骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 右も左も分からないまま村の救世主となったアダマス。手厚い接待を受けながら、一人の時間を懐かしんでいた。


第二章 巨星爆誕
一話 「強化付与系特殊技術(バフスキル)」


 

 騎士団に襲われていた村を救ってから数日が経とうとしていた。アダマスは事件の結果生まれた空家を一軒宛てがわれ――ヴァーサからは村長邸の一室を勧められたが――、一人の時は主に実験を繰り返していた。強化、移動系の特殊技術(スキル)は問題なく使用できたが、相手の能力を下げたり、拘束や能力低下等の状態異常を起こすようなスキルは、敵がいないため確認ができていない。

 

 「村の皆から話を聞いていると、小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)等の亜人種は結構うろうろしているらしいから、その辺りで試してみてもいいかもしれないけど、あんまり自分勝手に敵対するのも後々問題になりそうだ。

 いっそ何か後ろ盾をもって依頼を受けながらモンスター討伐とかすれば、まだ憂い無く戦闘実験が出来るかもしれないな。」

 

 誰かに雇ってもらうにしても、素性の知れない者を簡単に採ってくれるだろうか。この間の戦闘…あれはもう虐殺だろうか、ともかく、十分な装備をした部隊を一人で全滅させたのだから、能力は悪くないと思いたいけれど、『上には上がいる』ということをアダマスは知っている。

 

 「考えていても仕方ない、広い場所でしか出来ない実験をしに行こ――」

 「アダマス様、中に居ますか?」

 

 もともと重度のインドア派な為、異世界に来てからでも屋内…というか、室内で済ませられるものなら、全て済ましてしまいたいと思うが、そういうわけにもいかないので、胡座をかいていた膝を叩いて気分を切り替えていたところに女性の声が聞こえた。

 

 「あ、はい。 います。どうぞ――」

 

 不死の身体を手に入れても、なかなか人間であったころの癖は消えないもの、気を抜くとつい話す頭に「あ」をつけてしまいながら入口の方へ顔を向けて返事をする。

 

 「おはようございます、アダマス様。 朝食はどうでしたか?」 

 「御馳走様でした。大変美味しかったですよ。 ですが、襲われてから何日も経っていないのに、あれだけ用意して頂くのも村の負担になるでしょう。自分は旅慣れていますから、本当に少しだけで構いませんよ。」

 「村の救世主であるアダマス様にそんな対応はできません! その辺りは村長が上手くやっているみたいですよ。 ここはもともと、定員を設けることで食糧面は困らないようになっていますから。」

 

 入ってきたのは赤髪の少女、エマだ。先日の一件で天涯孤独の身となった彼女は、現在村長からアダマスの世話係という役職を与えられている。

 村長によって彼女のように、世話役、農耕、経理、施工、見張り、備品等、村人一人一人に明確な役割が定められており、2~3年に一度役職の入れ替えが行われる。誰が、どの職に適しているか試行する意味とマンネリ化を防ぐ狙いがあるらしい。 年齢を重ね、体力が落ちてくる者が居れば新しい移民を募る。 食いっぱぐれの起きないこの地は誰にとっても魅力的であり、募集をすれば直ぐにその枠は埋まる。 ここまで豊かであれば、賊や『悪い貴族』に狙われそうなものだが、村長ヴァーサが『損益を合理的に理解できる貴族』と繋がっている為だとアダマスは聞いている。

 

 アンデッドである救世主は食事は不要であり、用意してもらった食べ物は実験に使うか、特殊技術で跡形もなく燃やしてしまうかのどちらかなので、とても心苦しい日々を送っていた。

 

 「エマさん、自分は一度村の外に出て少し体を動かそうと思います。村長にそう言っておいてもらえませんか?」

 「それなら、私もお供の準備をします。 待ち合わせは西の出入り口ですか? 村長に報告して…出発は――」

 「あ、いや― 一人で、です。」

 「ダメです!!」

 「え?」

 

 「す、すみません。大きな声を出して… でも、私はアダマス様のお世話係ですから。 お傍にいるべきだと思うんです!」

 

 エマは胸の前で両手を握り、大きな瞳でアダマスを真っ直ぐ見つめていた。 

 

 「大丈夫ですよ。王国戦士の方々は帰ってしまいましたけど、そんなに離れませんから。何かあれば…いや何か起きる前には戻りますから。」

 

 現在アダマスはこの村の守り手か用心棒のような存在だと自覚していた。その為にあまり村から離れないようにしろと彼女が村長から言われているんじゃないかと想像する。

 

 「そういうことじゃないんですけど…」

 「周辺にモンスターが居れば退治もしますし、あまり室内で過ごしていると鈍ってしまいます。 いざという時にエマさんや皆を守れずに後悔は、したくないですからね。」

 

 「アダマス様…」

 

 エマは口を押さえ、顔を真っ赤にしている。 顔を伏せているために目元は見えないが、瞳を潤ませているかも知れない。 しまった、格好付けすぎたか。 

 

 「そ、それじゃ… 自分は行きます。」

 「あの…」 

 

 微妙な空気に耐えかねたアダマスが家を出ようとエマの横を通り過ぎた瞬間、今にも消えてしまいそうなか細い声が聞こえた。

 

 「村長には上手く言っておきますけど…夕食までには、帰ってきてくださいね。」

 「――ありがとう、エマさん。 行ってきます。」

 

 アダマスは背中を向けたままの少女から門限が伝えられ、嫌われていませんように―と願いながら、村の出口まで無心で突き進んだ。

 

 

          ●

 

 

 特殊技術(スキル)を使用せず、自分の足で村から西へ一刻進んだ場所に広い草原があった。良い場所を発見したとアダマスは安堵しながらも警戒心を強める。 開けた場所はこちらも警戒しやすいが、誰かの監視も受けやすい。実験をするなら長居は出来ないなと。

 いつでも十分な戦闘態勢に入ることができるよう、装備は最高の物。外見は無骨な大鎧系モンスターだ。人に見つかれば滅茶苦茶警戒されるだろう。話せばわかってもらえるかもしれないが、もらえないかもしれない。

 先ずは索敵系特殊技術(スキル)で隠れている者や動く者が居ないか 思考の奥に意識を向ければ、使用できる特殊技術(スキル)の回数がわかる。どういう法則なのかはわからないが、そういうものだと思い、これ以上は考えない。 余裕がでてくれば、そういったこの世界と自分がいた世界との法則の違いについて調べてみても良いかも知れない。

 ぼんやりと地に足のついていない自分自身の不安に思いを馳せながら、特殊技術を発動させる。 すると、遠くで戦闘状態に入っている集団がいると判明し、そちらへ向かう。 隠密系の特殊技術(スキル)を有していないので、普通に身を屈めながらの観察を試みる。

 

 

 草原に隠された街道の近くで、人間四人と小鬼(ゴブリン)一〇匹が戦っていた。

 人間は四人組でそれぞれ装備が違い、一人が魔法詠唱者(マジックキャスター)、一人が弓兵、あとの二人は戦士系だろうかと眺めていると戦士と思っていた内の一人が跪く体勢を取り緑色に光ったかと思えば、小鬼(ゴブリン)が三匹動きを止めた。アダマスはこの位置からでは何が起こったか分からないと、現場へ躙り寄る。

 人間のパーティは非常にバランスの取れたチームワークだった。それぞれの能力を理解し、互いの深い信頼感がここまで伝わってくる。

 アダマスはふと、仲間の事を思い出す。

 

 

          ○

 

 

「キュイラッサーさんが、盾役で突撃の役のラージさんを守って左舷から。ハーフブリンクさんとトラバサミさんは右舷から魔法と射撃で砲撃。私は後方から視認で戦況を確認しつつ指示を出しますので、戦況が変わればその情報をください。気にならないような細かいことでも構いません。情報の精査はこちらで行ってからみんなに伝えますから。頃合を見て私が合図を出しますから、そうしたらセンリさんとまぐなーどさんで正面から中に入ってください。開門はいつも通りまぐなーどさんでお願いします」

 

 「赤錆さん、いつもありがとうねー。 そういう指示出しとかギルド長のあたしがやんなきゃなんだろうけどー。」

 

 「いえいえ、センリさん。適材適所です。 この魔城の攻略は誰が欠けてもできませんよ。」

 

 「骨太さん、よろ。」

 「こちらこそよろしくお願いします。キュイさん」

 

 「こ、これであのギルド武器が完成するんだよね。た、楽しみですな。ぐふー」

 「ブリンクさん、鼻息荒い。 ―まぁ、僕もすごく楽しみなのは同じですけど。」

 

 「それじゃぁ、始めましょうか!」

 

 「「「了解」」」

 

 

          ○

 

 

 

 ユグドラシル時代の一場面を思い出している間に戦闘は終わっており人間側の完勝だった。 戦士と弓兵が武器、装備の手入れ。緑の光を発していた男が仲間の回復。魔法詠唱者(マジックキャスター)が何やら小鬼(ゴブリン)の耳を刃物で剥いでいる。 そういう趣味なのか、もしくは何かを作成する為の素材なのか、と考えながら様子を眺めていると、弓兵が何やら騒ぎ始めた。

 チームが一箇所に集まると、装備を整えて戦闘態勢に入った。とても警戒しているところを見るに、新しい敵が出現したようだ。 しかし、周辺を見渡すもそれらしい姿はない。 もしや、姿の見えないタイプのモンスターに気づいたのか…と感心しそうになったところで、人間たちが身構える理由に気づく。

 

 自分だ…

 

 無意識に近づき過ぎてしまっていたのだ。

 

 「違う! 敵じゃない!!」

 

 両手を高く上げ、武器を持っていないと伝えるが、弓兵の矢先は確実に此方に向けられている

 

 「あんなにはっきり喋るモンスター、上位種か!」

 「どうするペテル。 正直、勝てる気も逃げられる気もしねぇ」

 「絶体絶命であるな」

 

 「あの…」

 

 「どうした、ニニャ?」

 

 「あれ、モンスターじゃないんじゃ」

 「そんなわけあるか!あんな人間いるわけないだろ!!」

 「でも…」

 

 仲間を守るため一歩前へ出る戦士

 狼狽えながらも決して矢先をこちらから外さない弓兵

 覚悟を決める魔法戦士

 

 一人冷静な魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

 一人でも話の通じそうな者がいれば、そこを切り口にできるかもしれない。 アダマスとしては、戦闘経験のある人間と交流し情報収集がしたいのだ。

 「自分はアダマス・ラージ・ボーン! ここから東に行ったところにある村の用心棒だ!」

 

 「普通に話してくる、油断できないぞ。」

 「その村の人間、あいつが皆食っちまったんじゃないだろうな。」

 「万事休すであるな」

 

 「ただの自己紹介ですよ。」

 

 こちらの話を聞いてくれそうなのが一人いるが、これでは埒があかない。少しでも前進したら矢が飛んできそうな勢いだ。 恐らく此方に被害は無いと思われるが、良い気分はしない上に、ダメージがないと知られれば余計に怯えさせてしまいそうだ。

 

 「わかった。 これ以上は言わない。 だからせめて撃たないでくれよ?」

 

 両手を前に突き出しながら、アダマスはゆっくりと後ずさる。今回は多少戦闘の様子を見れただけでも良しとするつもりで四人組の視界から離れていく。

 後悔は残る。もう少し人間らしい装備にするべきだったとか、見つかる前に声をかけるべきだったとか。 いや、しかし情報が少ない状態を長く続けることは危険だ。「学びたいならやってみな」は誰の口癖だっただろうかと考え直し、改めてペテルたちに声をかけてみることを決心し、索敵特殊技術(スキル)を発動させると…意外な情報が入ってきた。

 戦闘状態にある団体を感知したのだ。 まさかと思いながら四人が居た方へ移動すると、予想通りの事態になっていた。

 大鬼(オーガ)の軍団に今、囲まれようとしてた。 それも十や二十どころではない、森がある方向からどんどん押し寄せている。 その姿は人間を襲おうとしている、というよりも、森にある何かから逃げているような群れの大移動を思わせる光景だった。

 たしか、方向的に村人から聞いた『トブの大森林』だろうか。そこで何かが起こっているようだ。今度調べてみるのも良いかもしれないが、今はそれどころではない。情報提供者(予定)が窮地に陥っているのであれば救出した方が良いかもしれないが、また知らない勢力を敵に回してしまうなと一瞬思うも、すぐに全滅させてしまえば良いかと思考を切り替える。人間を辞めてから、考え方が乱暴になったな―と感慨に耽りつつ…

 

 アダマスは足元にある小石を一つ拾い上げる。

 

 

         ●

 

 

 「なんなんだよこいつらは!」

 

 弓兵、レンジャーのルクルットが長弓を引き絞りながら唸る。大鬼(オーガ)たちはずんぐりとした体型、ぱっと見肥満、よく見ると筋肉だるまであり人間が似た体型であれば鈍間で走る速さは大したことはないだろう。ただし鬼である者達はその範疇になく、多少鍛え上がられた人間が全力疾走で逃げようとしてもいずれは追いつかれてしまうだろう。 そんな大鬼(オーガ)の大群と遭遇してはもはや命懸けで戦うしかない。 モンスターとはまだ一〇〇メートルは離れている為、接近するまでのあいだにできる限り数を減らそうとはするが。 状況は絶望的である。

 

 「十や二十じゃきかないぞ。」

 「一難去ってまた一…いや百難といったところであるな。」

 「気休めかもしれませんが、魔法をかけます。 やれることをやりましょう、生きて帰るために」

 

 〈鎧強化(リーン・フォース・アーマー)

 

 戦士ペテル、そして魔法戦士とアダマスに思われていたドルイドのダインの後方で魔法詠唱者(マジックキャスター)ニニャが防御魔法を発動させる。

 それを耳にしながらルクルットの放つ矢が大鬼(オーガ)一体の頭部に命中。再び矢を番えるが、軍団と四人との距離は着実に縮まっていた。

 ペテルは後ろで支援にあたる仲間を守るべく先頭に位置し、その後ろにダイン、さらに後ろにはルクルットとニニャの二人がいる。 上から見るとダインを中心にYの字のような陣形になる。 接敵すれば囲まれやすい陣形と言えるが、先ずは先頭集団の攻撃を防がなければならない為に、四人ではこの陣しかなかった。 もっと考える時間と余裕があれば他の方法も思いついたかも知れないが、このまま戦うしかない。

 彼我の距離は残り二〇メートル、ペテルは武技〈要塞〉を起動させるべく身構えた瞬間。有り得ないことが起こった。

 

 ゴバッ――!!

 

 「な、なんだっ!?」

 

 ペテルの目の前で突然―― 地面が爆発したのだ。

 その衝撃で前方一〇メートル先の地面は数十体の大鬼(オーガ)もろとも消失していた。

 

 後方で呆然としていたルクルットの左耳に微かな声が聞こえてくる。

 

 

 「投擲物に威力や範囲強化系バフは効く、と。着弾も巻き込んだ多さもユグドラシルの時と同じ感覚でできるなんて、どういう理屈だ。」

 

 

 声が聞こえた方向へ眼を向ければ、そこには先ほど遭遇し、離れて行ったはずの『村の住人を全て食い殺した人間の言葉を流暢に喋る上位モンスター(アダマス・ラージ・ボーン)』が満足げに投球フォームを確認していた。

 

 

 





 アダマス「死体なら物と認識されるかも知れないけど、生きた人間を投げる時は強化バフ効くのかな――」

 「それあかんやつや」

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