骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 アインザック「ラケシル、魔術師組合長である君の意見を聞きたい。 ラージ・ボーンの事だ」

 ラケシル「友人としてではなく、エ・ランテル冒険者組合長殿から呼び出されたと聞いてきてみれば… いや、確かに一大事だ。 昨今類を見ない大英雄であるモモン氏が魔導国に下り、同等と噂されていたラージ・ボーンは魔導国と同時に建国した不壊国の王となった。 その不壊国は魔導国と同盟を結び、次期アダマンタイト候補との呼び声高いスカアハは不壊国の幹部に座した。 優秀な人材は(ことごと)く例のアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下と連なる者になってしまったわけだな」

 アインザック「国王となるにあたって、ラージ・ボーンが冒険者稼業を引退すると言い出した時は肝を冷やしたぞ。 人類の切り札と言えるアダマンタイト級冒険者を失う事は、あまりに大き過ぎる損失だ」

 ラケシル「王としての責務で、冒険者として活躍する時間が取れない。 という意味で、彼は提案したのだと思ったが… 他の意味も持つのかもしれないな」

 アインザック「キーン村… 今は首都キーンか、そこを拠点としている冒険者チームはエ・ランテルの冒険者組合に所属したままとなっているが、彼らがこれからどうするのかは、本人たちの意思を尊重するつもりだ」

 ラケシル「そういえば、不壊国の住人が新たに冒険者になったそうじゃないか。 それも、かなりの逸材だと聞いている」

 アインザック「ああ、彼のことか… 正直に言うと、不安はある」

 ラケシル「どうしてだ? アインザック」

 アインザック「彼が… 人間じゃないからだ」




終話「骨太元ギルド長は穏便に過ごしたい」

 

 

 「陛下、中に居られますか?」

 ヴァーサは敬愛する主人の部屋の扉を数度叩きながら尋ねる。 しかし、返事も気配もない。

 

 先の王国と帝国との戦争に際し、リ・エスティーゼ王国領地で二つの国が独立を果たした。 一つは城塞都市エ・ランテル及びその西側一帯を領地とした魔導国ナザリック、そしてもう一つ、魔導国の南側に位置する極小規模の土地を獲得した不壊国アダマス。

 アダマスの王として即位した人物こそ、ヴァーサの絶対の主人であり、『天上の十三人』の頂点、不壊王ラージ・ボーンその人である。

 

 しかしながら、その新王は度々行方不明となっていた。

 首長としての仕事である統括や一部指示系統は主に参謀総長という地位についた赤錆氏が担ってはいるが、大事の最終決済はどうしても王であるラージ・ボーンが行わなければならない。

 国の備蓄、社会福祉、医療関係は独立以前、キーン村と呼ばれていた頃の土地を管理していたヴァーサが担当しており、それらの決済をラージ・ボーンに行ってもらうため、かれこれ一時間は探し回っていた。

 もちろん魔法による連絡、捜索は探し始めた頃に行っている。

 「また…ですか」

 大量の紙の束を抱え、ヴァーサは本日何度目とも知れないため息を零す。

 

 「どうしたんだ? こんなところで、溜息なんかついて」

 「あ、あかっ… 参謀総長閣下!」

 ヴァーサが聞き覚えのある男性の声に顔を上げると、そこには真紅の鎧を身につけた金髪の美丈夫が立っていた。 思わず両手を広げてしまい、大量の用紙が床に散蒔かれる。

 慌てて拾い集めようとする自分よりも圧倒的上位者であるはずの赤錆も紙を集めていることに気付き、ヴァーサは驚きのあまりいっそう取り乱してしまう。

 「ああ、閣下にそのような… お手を汚してしまいます!」

 「ハハ、閣下はよしてくれないか? 参謀総長っていうのも、軍隊とかが好きな仲間の趣味だから、ヴァーサがそれに付き合ってやることはない」

 「いいえ! 『天上の十三人』の一人で在らせられる赤錆様をお呼びするのに…」

 「その『天上の…』っていうのも私は仰々し過ぎると思うんだ。 おそらく、魔導国でアインズさんと面談した時に、NPCが『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーの事を『至高の四十一人』と言っていたのを聞いた者が言い出したんだろうが…」

 

 赤錆は紙を拾い集めながら独り言のような愚痴を零し続ける。 ヴァーサは一部理解できない言葉が出てくる愚痴に対し、「はぁ」と相槌を打つ。

 『天上の十三人』、世界を滅ぼすほどの魔獣をたった一人で圧倒する不壊王ラージ・ボーン本人と、その王と同等の力を有し、旧友でもある十二人を合わせた一三人。 ラージ・ボーン、スカアハ、トラバサミ、赤錆、カーマスートラ、シーシュポス、ドラゴンダイン、ルバーブ、コンスタンティン、まちぇーて、キュイラッサー、ハーフブリンク、マグナード。

 彼らは王に次ぐ権限を持ち、正しく天上の存在として国民から信仰の対象となっていた。

 

 赤錆は自分が拾い集めた紙束の角を整えてから、それをヴァーサに手渡す。

 「その様子だと、また… なのか」

 「…はい」

 ヴァーサの振る舞いに全てを悟った赤錆が同情の混ざる笑みを浮かべた。

 「ヴァーサの魔法で探知できない場所。 心当たりはあるが… どうする、連れ戻そうか?」

 「それには及びません。 多忙な赤錆様にそのようなことは…」

 「多忙なのは君も同じだろう。 食事、睡眠不要、リング・オブ・サステナンスを装備しているとはいえ、精神的な疲労は人間である君にとって看過できるものではない。 ラージ・ボーンからも定期的に休みを取るように言われているだろう?」

 「それは… そうですが…」

 「なら、暇そうな人物を向かわそう。 アテはある」

 「ええと、それは天上のどなたかですか?」

 「ああ、彼女なら穏便に済ませてくれるだろう」

 

 赤錆は《伝言(メッセージ)》の魔法を使い、スカアハにラージ・ボーンをある場所から連れ戻すよう依頼した。

 「これで、夕方までには戻るだろう。 怠けた分、不死者(アンデッド)の特性を活かして不眠不休で働いてもらわないと」

 「お、お手柔らかに…」

 「君はもう少しラージ・ボーンに厳しくするべきだ。 将来の(きさき)としても…な」

 予想外の一言に、顔を、耳まで真っ赤にしながらヴァーサは慌てふためく。

 「そそ! そんなっ! あ、あの… ラージ様にはスカアハ様という方がっ」

 「別に構うまい。 王に妻が一人や二人いることなど、珍しくないだろう? どちらが正妻となるかは、そっちで話し合ってもらわなければならないがな。 ハッハッハ!」

 

 

 「…あ、ところで、方舟にいた五百余人の住人について相談があるんだが」

 「…はい、私でよければ」

 朗らかな笑いから一転、赤錆は真顔を作り、ヴァーサもそれに合わせて冷静に対処する。

 何度となく繰り返されてきた不壊国の日常がそこにはあった。

 

 

          ●

 

 

 「へえ、それが『完全なる狂騒』ですか」

 「ああそうだ。 直接見るのは初めてか?」

 魔導国ナザリックの中枢であるナザリック地下大墳墓、その絶対支配者であるアインズ・ウール・ゴウンの自室、向かい合って豪華なソファに腰掛ける二人の不死者(アンデッド)が談笑していた。

 一人は漆黒のガウンを羽織り、一人は赤と白とを基調とした全身鎧(フルプレート)を身に纏っている。

 全身鎧(フルプレート)不死者(アンデッド)―ラージ・ボーンはガウンを羽織る不死者(アンデッド)――アインズ・ウール・ゴウンの手に持つカラフルなクラッカーを凝視しながら感嘆の声を上げていた。 

 「そのアイテムがあれば、精神の安定化が起きなくなるんですよね?」

 「ああ、一時的なものではあるが、使い方によっては面白いかもしれないな」

 「ある意味、お酒みたいなものですね」

 「それは言い得て妙だな。 使い道を誤れば大惨事にも成りかねないという点においても」

 「今度、二人だけでやっちゃいます?」

 「それは楽しみだ。 とりあえず、お互いに落ち着いてからとしよう。 仕事、溜まってるんじゃないか?」

 

 ラージ・ボーンは痛いところを突かれ、頭を抱えて(うずくま)る。

 「ラージは… アレだろう、仕事を溜め込むタイプだ。 一時期はきっかり定時に帰って、期限ギリギリになったら慌てて残業してしまう。 しかも、サービス残業で…」

 「イタ、イタタタタ…」

 「そういうのは毎日細かくやっていけば良いんだよ」

 「うぅぅ… か、勘弁してください…」

 耳の痛い話に身悶えるラージ・ボーンを見て、楽しい気分になっていくアインズ。

 かつての友と共有していた時間に近いものが、そこにはあった。

 

 ラージ・ボーンは視界に映る皮も肉もないアインズの顔に、微笑みが宿った気がした。

 超越者(オーバーロード)はやけに落ち着いた口調で、気分を切り替え話し始める。

 「ありがとう、ラージ。 気を利かせてくれているんだろう?」

 「はい? なんのことでしょうか」

 「いや、そうだな、君のことだ、無意識にこういうことをしているのかもしれないな。 なんと言うか、今のような時間が、私にとって掛け替えのないものになりつつあるのは、認めるよ」

 「えっと、アインズさん?」

 ラージ・ボーンは雰囲気の変化についていけず、姿勢を正してアインズの言葉に耳を傾けることしかできなかった。

 「NPCは皆良くしてくれているし、私も皆を等しく愛している。 我が子ほどと言っても良い。 しかし、決して対等ではない。 皆は私に絶対を期待し、私はそれに応える義務と責任がある。 だからこそ、ラージと、こんな風に何も考えず、楽な気分で他人と話のできる時間は、とても… 安心するんだ」

 「アインズさん…」

 「勘違いしないでもらいたい、かつての友が創造した… いや、友人の子供のような存在である彼らに囲まれていることに不満はない。 転移する前の人生より、今が充実しているのは事実だし、その実感を与えてくれているのは間違いなく彼らだ。 ギルメンが転移した君への嫉妬がないと言えば嘘になるが、多くの者を愛し、多くの者に愛される、この幸福は、今の君にも自慢できる」

 「はい、羨ましい限りですよ。 特にアルベドさんとか本当にもう… なんというか… ね!」

 「ああ、もう… 本当にアルベドは… な!! もし人間だったら即堕ちてしまうよ。 難しい漢字の方ね!」

 「確かにウチのヴァーサもナイスバデーですが、アルベドさんと比べると控えめというか、慎ましやかというか…」

 「うむ、アルベド以外にもソリュシャンというのが居てだな」

 「あ、何て言いましたっけ… プレアデス? あの女性もスゴイですよね」

 「そう、それ! いや~… こんな話、シモベの前じゃ出来ないわ~」

 「自分もですよ」

 「「ハハハハハハハハハハッ―」」

 

 天上にして至高なる高尚な会談が続く中、部屋の扉が外側からノックされ、美しい女性の声が二人の耳に届く。

 「アインズ様、ラージ・ボーン様、ご歓談中申し訳御座いません。 不壊国アダマスより、スカアハ様がお見えです」

 

 「あらら、思ったより早いな。 では、ここでお開きですね。 今日はありがとうございました、アインズさん」

 「こちらこそ楽しかったよ、ありがとう、ラージ・ボーン」

 

 二人の王はほぼ同時に立ち上がり、テーブルの上で固い握手を交わす。

 数秒、互の感情を伝え合うように見つめ合った後、ラージ・ボーンは扉へと向かった。

 

 

 春―始まりの季節。 冷たい風に怯えていた動物達は陽の下へと現れ、雪の下を耐え忍んでいた植物達が芽吹く時。 二人の王が誕生した。

 一人は死の支配者、最強にして至高の魔術詠唱者(マジックキャスター)

 一人は赤白(せきびゃく)の大戦士、天上にして心優しき不死英雄(アンデッドヒーロー)

 

 不死者(アンデッド)でありながら慈悲深き王が統べる国は、永遠の安寧と、繁栄が約束される。

 

 民は称え謳う。 ナザリックに、アダマスに栄光あれ。

 

 





 カーマスートラ「そういえば、コールドスリープから目覚めたら世界級(ワールド)アイテムが無くなっててさ」

 アダマス「ええ!? そ、それ一大事じゃないか!」

 カーマスートラ「まあ、あん時はそれどころじゃなかったしな。 真っ先にトラが疑われたけど、あいつがそんな事する理由も必要もないし。 そもそも、俺たちが持ってた世界級(ワールド)アイテムの中に、あいつの状況で使わないと不自然なものもあるから、すぐに嫌疑は晴れたけどな」

 アダマス「それにしても凄いね、一人一個持ってるなんて」

 カーマスートラ「ギルドが解散した後、赤錆が公開したメンバーのデータのお陰で、いろんなギルドに誘われたプレイヤーもいてな、俺なんかはシーシュポスと一緒にギルド立ち上げたり… それで各々が所属していたギルドで手に入れた世界級(ワールド)アイテムを最終日に持ち寄ってたってわけ。 元々は、それをお前に渡すつもりだったんだよ。 例のギルド解散のことでの、謝罪を含めてな」

 アダマス「それはもう、良いですって」

 カーマスートラ「まあまあ、気持ちだけでも受け取ってくれ」

 アダマス「……」

 カーマスートラ「どうした? 骨太」

 アダマス「何か、忘れてるような…」

 カーマスートラ「忘れるようなら、些細なことなんじゃないか? その内思い出すだろ」

 アダマス「それもそうですね」

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