骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 止まない雨はない。
 それは雨を嫌う人に言っているのか、雨が好きな人に言っているのか。
 後者であれば、随分と意地の悪い言葉だと思う。

 私は雨が好きだ。 見る分には…   

 ※赤錆の手記より(後に何者かの手によってこのページは焼却される)



六話「優しい雨」

 

 

 「良いかお前達、この事は私に知られてはならない。 此処には二度と立ち入るな」

 「「はっ!」」

 全面が一点の曇りもない白壁で覆われた小さな部屋、中央に置かれた薄らと赤みを帯びた桜木の柩の前で真紅の鎧を纏う騎士は、自身の前で跪く四人の美女に重々しい口調で命令した。 それに女達は凛々しい声で了解の意を示す。

 その返事に満足した騎士は緑色の鉱石で出来た立方体を懐から取り出した。 立方体はまるで生きているかのように脈動の如く光を明滅させている。

 「赤錆様、本当によろしいのですか? 先ずラージ・ボーンなる者が本当に現れるのか、そして赤錆様の身体に降りた神を倒すことができたとしても、それが成功するかどうか…」

 超大な魔力を秘めたアイテム――データキューブを見た美女の一人、クロエが悲痛な面持ちで訴えた。

 自身の身を案じてくれている女性の言葉に対し、騎士は優しい微笑みと口調で返す。

 「使用者の現在の状態を記録、複製を創造した後、使用者が死亡した時にその複製が起動する。 一応説明書きにはそう書いてあったが、複製が何百年も置きっぱなしになったり、魂… 記憶の改変が行われた場合に実験通りの結果を出すかは… 確信が持てるものじゃないな」

 「であれば、やはりお止めになるべきです! かの不信心な暴徒など放っておくべきです。 赤錆様の恩寵に(あずか)りながら、それを裏切り他方への略奪を行おうとする者達など」

 美女の言葉に騎士は先程までの笑みを落とし、真剣な眼差しで断言する。

 「それはできない。 彼らの為に経験値… 力を使い過ぎ、弱まってしまった私には、この方法以外残されていない。 なんとも情けない話だ」

 「そのような事は、決して…」

 騎士は瞳を不安の色で満たした女達に、めいっぱいの笑顔で伝える。

 「それに、本当にラージ・ボーンがこの世界に現れたら。 なんとかしてくれると思うんだ」

 「信頼… されているのですね」

 「ああ、あいつはいつも危なっかしくて、真っ直ぐ過ぎて周りに心配ばかりかけているが、やる時はやる男だ。 予想を裏切り期待を裏切らない、とか表現してた者もいたな。 今なら言える、私はあの男のことが大好きだった。 娘とも言えるお前達と同じくらいな」

 「「赤錆様!」」

 “娘”と表現されたクロエ達は歓喜に皆瞳を潤ませる、中には大粒の涙を流す者もいた。

 「あぁ、泣いてくれるな。 では複製を創造した後、この柩に封印する。 かの世界級(ワールド)アイテムを使用し、私の身体に神を下ろした後のことは、頼んだぞ」

 「「はっ!!」」

 部屋に美しい女たちの凛とした声が再び響いた。

 

 

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 「以上が、今から二百年以上も前のことじゃ」

 緑髪、緑目の巫女、クロエが元『アダマス』メンバーとスカアハ、エヌィ・シーア達の一団の先頭を歩きながら、すぐ後ろを歩くラージ・ボーンに語った。

 クロエの魔法により転移した場所は古い坑道のような一本道の途中、別の巫女の魔法で坑道に灯りが灯される。 幾重もの魔力で封印された扉を抜けた先に、これまで以上に強力な封印を施された大扉の前に辿り着いた。

 立ち止まったクロエは封印解除の言葉を放つ。

 『アダマスとハザールに栄光あれ』

 その呪文を聞いたラージ・ボーンを含めた数人は思わず「えっ」と声を漏らした。

 声を発した者達の様子に笑み浮かべたクロエが口を開く。

 「アダマスは言わずもがな、ハザールは赤錆様が先導して作られた組織の名前らしいのぅ、ある国の言葉で『千』という意味だとか」

 「それって…」

 藍色のマントを羽織り、黄金の槍を持つ少女が質問を投げかけようとしたのと同時に、大扉が開き始める。

 

 数百年の時を経ても、劣化や汚れを一切感じさせない、まるで無菌室のような純白の部屋がそこにはあった。

 そして、部屋の中心に一人の男が佇んでいる。

 その男は綺麗に切り揃えられた金髪で、全てを見通すかのように透き通った碧眼、端正な顔立ち、北欧の英雄を思わせる肌色、白い入院着(クロッシング)のような衣類を纏っている。

 

 「赤錆様、ラージ・ボーン様をお連れしました」

 クロエの声に反応して、赤錆と呼ばれた男が部屋の入口、ラージ達の方向へと視線を向ける。 その眼はどこかぼんやりしていて、まるで寝起きの人のよう。

 

 「ラージ… ボーン…? 誰だ?」

 「赤錆さん…」

 男の言葉に、多少の覚悟はしていたラージ・ボーンの心に衝撃が走る。 最初に巫女の一人であるインナから、ノアを倒すことで赤錆が復活する可能性がある、という計画を聞いた時から、赤錆が完全な状態で復活しない可能性もあることは考えていた。 それでも、かつての友が自分のことを忘れてしまうというのは、あまりにも辛く、苦しい事実だった。

 重々しい空気の中、漆黒のローブを羽織った悪魔がラージ・ボーンを横切り、一番先頭に立って口を開く。

 「おい赤錆、相変わらず冗談のセンス… ゼロだな」

 「バレたか。 やはりお前は騙せんな、カーマスートラ」

 「「「なっ!!?」」」

 両手を広げ(おど)けて見せる赤錆に、その場にいた殆どの人物が様々な感情を乗せた声を吐く。

 

 

          ●

 

 

 「少しばかりまだ記憶の混乱、この世界に転移してからの事で思い出せないことがいくつかあるが、一応問題ない。 『アダマス』のことも、エヌィ・シーアのことも覚えてる。 お前達が話したヴァーミルナという女性については、このコピーを創造した後のことだから、記憶にはないな」

 部屋の中央、桜木の柩の横で、赤錆は後ろに四人の巫女を据えながら語る。

 その顔面には複数の打撲痕が痛々しい青色を表していた。

 「かなりレベルダウンしてるみたいですけど、僕の知る赤錆さんみたいで、良かった。 本当に良かった…」

 ラージ・ボーンは横に元『アダマス』メンバーを並べ、すぐ後ろにスカアハを据えながら陽気に振舞った。 不死者(アンデッド)でなければ、感情が溢れて涙を流していただろう。 そんな恥ずかしいところを曝け出すのも、悪くないかもしれないと心の中で思いながら。

 赤錆は手のひらで膝を叩き、意を決した表情で元ギルドマスターを見据えた。

 破裂音と熱い感情を含んだ瞳に、ラージ・ボーンはビクッと体が跳ねる。

 

 赤錆はゆっくりとした動きで床に両手をつき、土下座の姿勢を取る。

 エヌィ・シーア達が驚愕の表情を浮かべ、その両手を中空に彷徨わせながら混乱していた。

 「ラージ・ボーン、すまなかった! ギルドの情報を公開し、崩壊に追いやったのは、この私なんだ。 許してくれとは言わない、ただ、謝らせてほしい!」

 「え、あの… 赤錆さん… 僕は…」

 ラージ・ボーンもエヌィ・シーア達同様に混乱しながらも、すでに認識していた事実であり、そもそも原因を作ったのは自分自身だと、赤錆に頭を上げてもらおうと手を差し伸べようとしたその時、自分の横にいた元『アダマス』メンバー、忍者のトラバサミが赤錆の横で、同じ土下座の姿勢になり、叫んだ。

 「骨太さん! 俺もそれに協力してました! 本当にごめんなさい!!」

 「あ、そうだったの…? あ、ああ~」

 意外な事実に衝撃を受けていると、自分の横にいた元メンバー達がぞろぞろと動き出し、赤錆、トラバサミと一緒に横一列に並びながら同じことをし始めた。

 「すまん、俺らも赤錆達がやろうとしてることに気付きながら止めなかった! 他にもっと良い方法があったかもしれないが、あんなやり方に甘えてしまって、本当に申し訳ない」

 「「「本当に、ごめんなさいでした!!!」」」

 

 「え、ええ~~っ!」

 まさか自分一人だけが事件まで気付かなかったとは思わず、ラージ・ボーンは目眩を覚えるが、意識を強く持ち、今の自分がしなければならないことを実行した。

 「僕の方こそ、ごめん。 あの時、僕が無茶してたから、皆んなにこんな思いをさせてしまって、本当にごめん」

 目の前にいる彼らと同じ姿勢になりながら、元ギルドマスターは皆に謝罪の言葉を伝えた。

 

 少しはなれた場所で狼狽えるNPC以外で、その手を一人だけ床に付けていない少女があどけない表情で口を開く。

 「え、これ… あたしもする流れ?」

 「「「「いやいやいやいやいやッ!! しなくていーから!」」」」

 

 

 「ハハ…」

 「あはははは…」

 「ククク…」

 「「「アハハハハハハハ!」」」

 

 皆が一斉に顔を上げ、十数人が集まるには狭い部屋に笑い声がこだまする。

 まるで、一番楽しかった頃の再来のように――

 

 

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          ●

 

 

 「ここは…」

 リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが目覚めたのは見慣れない木製倉庫の中だった。

 「俺はたしか、ゴウン殿に一騎打ちを申し込んで… その後の記憶がない、俺は自分の持つ最高の一撃を放とうと…」

 ブレインとクライムに想いを託し、一つの魔法で数十万の命を奪う至上の魔術詠唱者(マジックキャスター)であるアインズ・ウール・ゴウンに決死の勝負を挑んだ。

 しかし、どのような勝負だったのか、記憶がぷつりと途切れている。

 何度頭を振っても思い出せないことに苛立っていると、倉庫の扉が開かれ、血と骨の色をした魔神のような鎧を身に纏う人物、アダマス・ラージ・ボーンの姿がそこにあった。

 「ボーン殿…? 俺はいったい…」

 ガゼフは気怠い肉体に活を入れ、なんとか立ち上がる。

 「ガゼフさん、貴方は死にました。 ですが、ここは地獄でも天国でもありません、貴方が以前訪れたキーン村… 今は不壊国アダマスの首都キーンですが… その一角です。 ちなみに、「死」と表現しましたが、実際に死んだわけではありません。 貴方の複製を創造し、死体として王国に渡しています。 魂のない肉の塊を創造することは我々には容易いことですから。 なので、深い理由は知りませんが、貴方の目的通り、その死は大陸中に広まることでしょう」

 あまりの情報量に眉間に皺を寄せ、熟慮してからガゼフは再び口を開く。

 「人間の複製など、そう易易とできるものでは… いや、それよりも何故、そのようなことを?」

 「アインズさんと賭けをしていたんですよ。 もし、アインズさんがガゼフさんを勧誘できなかったら、次は自分が勧誘しますって」

 「私の力は、王の剣。 他の誰のものにも…」

 ラージ・ボーンはガゼフに顔を近付け、伝えるべき言葉を伝える。

 「それはガゼフ・ストロノーフ… だからですよね。 しかし、ガゼフは死にました。 だから、これからは王の剣ガゼフとしてではなく、民の剣として、その力を振るっていただきたい」

 「民の…?」

 「はい。 王国戦士長だった貴方なら、聞き及んでおられるとは思いますが、このキーン村は魔導国ナザリックと共に独立し、新たな国、不壊国アダマスとなりました。 とはいえ、もとはリ・エスティーゼ王国の民、そんな彼らを守っていただきたい。 自分は貴方の力だけでなく、人間性を信頼しているのです」

 「自警団の団長でもさせるおつもりか?」

 「自分のイメージとしては自警団というよりも、公的な治安部隊の隊長を務めてもらいたい。 そう、不壊国アダマスの治安部隊長、ビーフ・ストロガノフとして!」

 

 「は?」

 王の剣ガゼフ・ストロノーフは死に、そして新たに民の剣ビーフ・ストロガノフが誕生する。 名前のセンスは兎も角として、今までとまた別の人生を歩む。 ただし、話を聞いているかぎり、王国戦士長の頃のような不自由さのない立場のように思える。 しかし…

 「すこし、考えさせてもらえないか?」

 「ええ、構いませんよ。 特に急ぐわけではありませんから!」

 

 この誘いを断ればどうなるのかはわからない。

 しかし、答えを急いて取り返しのつかないことになるよりは、じっくり考えてからでも遅くはないのでは…

 ガゼフは魔神の差し出した手を、無意識に握り返していた。

 

 






 戦いは終わり、駆け抜けた日々は全てが過去のものとなった。
 これから待ち受けるは艱難辛苦か天変地異か、
 何が来ようとも、きっと大丈夫だろう。

 仲間たちの笑顔と共に…

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