骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 獅子の咆哮は天を裂く
 魔人の怒りは大地を裂く

 神の雷はやがて、人に実りを齎す




五話「悲しみの孔雀」

 

 自分が何の為に生まれてきたのか、そんな事をつい最近深くじっくり考えた。 その時は上手く答えを出せないまま、思い切り叫んで暴れることにした。

 誰かが言っていた、「叫んでる人は何かと戦ってる人だ」と。 自分だったり、他人だったり、自然だったり、見えないものっていう時もあるだろう。

 

 自分が選んだ人間以外を滅ぼそうとしている自称神様――ノアを目の前にして、叫ぶ気が起きないのは、どうしてなのか。

 血と骨の色を纏う魔神の如き不死者(アンデッド)ラージ・ボーンは神の傲慢を打ち砕くべく集いし最強の戦士達を背に、一人荒れ果てた荒野の土を踏みしめながら、真紅の鎧を纏う騎士の姿をした男の下へと歩みを進める。

 「ノア、正直なところ、自分は君を殺したくない。 アインズさんが言っていたよ、NPCは創造した人の… 子供のようなものだと。 あの巫女たち、インナやクロエから感じた、赤錆さんの面影のようなものを、君からも感じるんだ。 だから…」

 ラージ・ボーンは魔法を使い、ノアにだけ聞こえるように語りかけた。

 真紅の騎士は空間から華美な装飾を施され、強力な魔力を秘めた剣と盾を取り出し、剣先を魔神に突きつけながら、同じ方法でラージ・ボーンにだけ伝わるように話し始める。

 「愚かな男だ。 絶対的な勝利を前にして、そのような戯言を垂れるとは…。 どこまでも脆弱で、矮小で、無謀で… 危なっかしくて、周りのことばかり気にして、自分のことが見えてなくて、他人を助けようとする自分を偽善者と言いながらその偽善を貫き通すお前の姿が、憎らしかった、羨ましかった… そして、憧れた、眩しかった…」

 「…ノア? 君は…」

 「私の言葉ではない。 アカサビの手記を読んだのだ。 あの男の魂が、この肉体に存在していたころのな… だが、その気持ちが今ならわかる。 これ程までにわかりやすい状況があるか? 周りを見てみろ、私は一人、貴様の後ろには… それでも、退くわけにはいかん」

 「わかってる。 その為の一騎打ちだ。 これは前もって皆に伝えてるから、横槍は心配しなくて良いよ」

 ラージ・ボーンは腰を落とし、重心を安定させながら二振(ふたふり)の武器を握り締め、一本を上段に、一本を下段にして迎撃の構えを取る。

 胸に下げたネックレス型の世界級(ワールド)アイテムは淡い光を放っていた。

 「良いのか? この距離だ、私が貴様を倒した後、混乱に乗じて転移できてしまうぞ?」

  ノアは少し驚いた表情をした後、不敵な笑みを浮かべながら言葉を返した。

 「問題ない、自分は絶対に負けない」

 ラージ・ボーンの言葉からは正に、絶対の自信が感じられた。 それは無謀、無策ではなく、根拠のある自信。 しかし、ノアにも一対一ならば負けない理由がある。 ワールドチャンピオンという戦士系最強職業(クラス)の最終レベルで習得出来る超弩級最終特殊技術(スキル)次元断切(ワールドブレイク)》を準備時間、発動後の硬直、消費無しで連発可能という能力をノアは持っている。 本来ユグドラシルにてエネミーの行動はAI(人工知能)によって制御されており、それによって滅多に使用してこない設定になっていたが、意思を持つ者がその力を持った時、どれ程恐ろしいかは想像に難くない。

 魔法的防御をもほぼ完全に無効化する一撃に、如何なる強固な鎧を見に纏おうとも、致命的なダメージは不可避。

 

 ノアは構えを取ったまま、指一つ動かさない魔神に不信感を抱きながらも自身の間合いギリギリまで近付き、強大な力を込めた剣を大きく振りかぶる。

 

 ―必要な情報と戦力は揃っている―

 

 特殊技術(スキル)発動の直前、ノアはある人物の言葉を思い出し、背筋に悪寒が走った。 しかし、振り下ろされる勢いは留まる事なく――

 《次元断切(ワールドブレイク)

 

 ノアが視界の端で、ラージ・ボーンの身についていたネックレスが一層輝を増したことを認識した直後、自身の肩口から空間ごと切断され、血が噴水のように高く吹き上がった。

 

 「な…ぁぐっ!?」

 

 必殺の一刀を放ったはずのノアの方が致命の傷を受け、己の血で出来た池溜りに崩れ落ちる。

 「何を…した… 」

 強烈な痛みで朦朧とした意識の中、ノアが何とか絞り出した言葉にラージ・ボーンは深く、落ち着いた声で答えを返す。

 「世界級(ワールド)アイテムだよ」

 答えを聞かされ部分的に理解しながら、ノアは自身に回復魔法をかけつつ、のろのろと立ち上がる。 このダメージが世界級(ワールド)アイテムによって(もたら)されたものであることは確実。 では、そのアイテムのどのような力によって、このような事態に陥っているのか、それが問題だった。

 一部の特殊技術(スキル)に反応するものなのか、また特別な条件下だからこそ発動したものなのか、世界級(ワールド)アイテムとはいえ、ありとあらゆる攻撃を反射させられるほど、理不尽ではないはずだ。

 ノアは自分なりに分析し、次の一手を考える。 直接攻撃に反応した可能性を考え、特殊技術(スキル)も使わず、片手に持つ盾をラージ・ボーンの顔面めがけ投げつけた。 もし盾が跳ね返ってきても、すぐに回避できるよう体勢を整えながら――

 

 ゴシャッ―!!

 

 「ばぐっ!?」

 鼻頭に強烈な衝撃を受け、ノアは大きく仰け反った。 鼻骨が粉砕されたのだろう、(おびただ)しい量の血液が鼻腔から流れ出ている。

 激痛に思わず瞑ってしまった目を開けると、自分が投げた盾は、相手の足元に落ちてる。

 ノアは混乱していた。 どのような理屈で、この不可解な現象が起きているのか、全く理解できないまま。

 「終わらせるぞ」

 より真紅に染まった騎士に、理不尽の塊がゆっくりと近付く。 まるで命乞いを待っているかのように。

 

 

 ラージ・ボーンが身につける首飾り型世界級(ワールド)アイテム『単眼像神(ギリメカラ)』、その効果は「発動中あらゆる物理“ダメージ”を反射する」というものだ。 使用したのは、八目鰻のような吸血鬼(ヴァンパイア)に突撃された時、万全の装備でない状態に襲いかかられた為、思わず使ってしまった以来。

 ダメージ自体を反射させる為、それが飛び道具であれ、アイテム装備者に命中した時点で、攻撃者がダメージを負うことになる。

 その正体を知らないまま戦うことに恐ろしさを今、真紅の騎士は思い知らされていた。

 

 雲を掴むような思いを強いられるノアは無意識に後ずさってしまう。

 ラージ・ボーンはその瞬間を見逃さず、一瞬で距離を詰める為の特殊技術(スキル)を発動させた。

 

 《非攻撃性中距離特殊技術(ネガティブロングレンジスキル)

 

 そのまま極限まで強化され切った必滅の凶器を振り回す。

 

 《獅子王八連撃(バーニンレイヴ)

 

 二振の武器それぞれに自身のHPを消費して発動された特殊技術(スキル)は計一六連撃となり、ノアの命を粉砕した。

 

 

          ●

 

 

 《ライフエッセンス》

 ラージ・ボーンは対象のHPを把握する為の魔法を使用し、ノアのHPが尽きていることを確認した。

 しかし、真紅の騎士は立位を保ち続けている。

 「驚いているようだな、だが見てみろ」

 ノアはそう言って、右手の篭手(ガントレット)を外してみせる。 そこに中身はなく、鎧の奥から黒い砂がこぼれ落ちていた。

 「ノア…君は…」

 「私は後悔などしていない。 全ては人類の為、我が創造者の悲願成就の為、私は私なりの答えを導き出したに過ぎない。 だから、悪神…いや、ラージ・ボーンの言うとおり、私は何も間違ってなどいない。 しかし、今になってようやく分かったことがある。 …創造者がなぜ、貴様を羨んだのか、貴様に憧れたのか、私も… 友に… ……」

 

 

 ザァァァ―――……

 

 

 騎士は象徴とも言える真紅の美しい鎧を残し、砂塵となって荒野の風に舞っていった。

 致命の一撃を与えた魔神は魂が抜け落ちたように、武器を手放す。

 

 鎧の隙間から、輝くの七つ宝石が嵌められた杯が見えた。

 ラージ・ボーンは空いた手で拾い上げる。

 

 「…アインズさん、終わりましたよ」

 

 戦いの終わりを告げられた超越者(オーバーロード)にして、この勝利の立役者、ナザリック地下大墳墓が絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンが空中より、ラージ・ボーンの隣に舞い降りた。

 「それが、例の世界級(ワールド)アイテム…」

 「そうです、七曜の魔獣を操る神、ノヴァの力を得られるとされるアイテム、本当のところ、完全に破壊してしまいたいのですが… 約束しましたから」

 「まあ、世界級(ワールド)アイテムを破壊するなど、かなり困難だろうが… 気持ちは察するよ」

 ラージ・ボーンは手にとった杯を、相手の顔を見ることなくアインズに差し出した。 顔を向けないことが礼を失していると承知してはいるが、表情の表れない顔でも、面頬付き(フルフェイスヘルム)を被っていても、それができないのは未だ確かに存在する人間だった頃の残滓によるものだろう。

 

 アインズは杯を受け取り、少しだけ考えるように数秒間を置いてから口を開いた。

 「…約束… いや、契約通り例の方舟はナザリックが接収させてもらう。 中枢は破壊したが、生きている機能や利用できるものも多くあるだろう。 報告できる内容は、随時伝える」

 「…はい、それでお願いします… …」

 アインズはラージ・ボーンの肩に手を置き、苦い記憶を呼び起こしながら告げる。

 「私も、大切な存在を手にかける辛さを知っている。 だから、忘れろとは言わん。 ほとんど同じ状況だからな… このことで、また苦しみが吹き出してきたら、俺のところに来い、話くらいは聞いてやるさ」

 「ありがとう…ございます… アインズさん」

 ナザリックの支配者は伝言(メッセージ)の魔法で部下たちに命令を飛ばす。

 『戦闘は終了、撤収だ。 方舟接収の為、マーレ、シャルティア、デミウルゴスは残れ、他は追跡、監視を警戒して迂回しつつナザリックへ帰投。 諸君、ご苦労だった』

 部下に指示を出したアインズは、友の肩を一度軽く叩き、その場を離れていった。

 

 

 戦いの終わりを察知した元『アダマス』メンバー達とスカアハがラージ・ボーンに駆け寄ろうとしたが、異様な雰囲気を感じ、皆が一斉に足を止めた。

 

 「糞がァ!!!」

 

 温和な印象しか持たない元『アダマス』ギルドマスターの方から聞こえた憤怒の雄叫びに、耳に届いた者はその身を震わせた。

 

 「糞! 糞! 糞ぉ!!」

 ラージ・ボーンは何度も大地を殴りつける。

 尋常でない身体能力の高さから、拳が打ち付けられる度に地面が隆起し山が出来上がる程だ。 それでもラージ・ボーンの憤怒は収まらなかった。

 

 「何故こんなことになった! どうして僕がこんなことをしなきゃならないんだ! 友人をこの手で殺させるなんて!! 神か! 悪魔か!? どっちでもいい、あの人がこんなことをしなきゃならないまで追い詰めた奴がいるのなら、絶対に許さない!!」

 自分がこの世界に来た理由は知る由もない。 しかし、もしその理由が友人をこの手にかけることだとしたら… ラージ・ボーンは誰とも知らない存在に対し、怒りをぶちまける。 

 ラージ・ボーンの体が何度も淡い光に包まれ、精神の沈静化が発生した。

 数回沈静化を繰り返した後、ようやく表面的な憤怒は収まったが、それでも心の奥底で燻り、完全に鎮火することはなかった。

 落ち着きを確認した緑髪、緑眼の美女がラージ・ボーンに近付く。

 「アダマス・ラージ・ボーンよ、落ち着いたか?」

 赤錆が召喚した巫女の長、バエル・ヘラー・クロエは魔神の背中に話しかけた。

 大きなため息を吐いてから、ラージ・ボーンは振り返る。

 「ええ… あ、はい。 もう、大丈夫」

 「なら良い。 では、行くぞ」

 「そうなんだけど、皆も連れて行って良いかな?」

 「ん? ああ、彼らも赤錆様のご友人というわけか。 なら問題あるまい」

 「ありがとう、クロエさん」

 「礼にはおよばん。 さあ、ノアが滅びた今、時間が惜しい」

 

 

 クロエは深く息を吸ってから、真剣な眼差しをラージ・ボーンに向ける。

 

 「行くぞ、赤錆様のもとへ」

 

 





 最初は成り行きだった。
 何もする気が起きなくて、夢も持っていなかった。
 ただ、他人に言われるがままの人生。
 辿りついた場所でも、淡々を作業をこなす日々。

 仮想の世界で出会った少女の夢は、眩しく、暖かかった。
 寄り添うと気持ちよくて、安心できた。

 そこで初めて気づく。
 何もしなかったんじゃない。
 夢を持つことが怖かっただけだと。

 夢は勇気を生み、勇気は優しさを育んだ。
 優しさはやがて、愛を芽生えさせた。

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