骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 人類が為の世界を創造すべく、それ以外の世界を滅ぼそうとする神、ノアの野望を阻止する為、単身敵の本拠地「ノアの方舟」へと乗り込んだラージ・ボーン。
 最新部で発動させた強力な広範囲攻撃を囮にすることで、中枢機関に爆弾を設置、予定外に現れた仲間達と共に方舟を脱出。 機会を見計らって起爆させ、ノアの計画と方舟の迎撃システムを崩壊させた。
 最高の好機にかつての仲間達、そして死の超越者アインズ・ウール・ゴウン率いるナザリック軍団が集結。
 今、全てに決着がつけられようとしていた。




四話「雨よりせつなく」

 

 

 ―私は間違っていたのでしょうか―

 

 荒野に突如として現れた神威の軍団を前に、ノアは何度も聞いた言葉を思い出す。

 

 そう言った人間を何人も見てきた。 彼らは何も間違ってなどいない。 ただ、神と信じる私の指示に従ったまでだ。

 人類を守る為の実験を行うべく、『教国』という名の国を作り、指導者を立てる。 数十年から百年程度で一通りの実験を終えれば、また根本から方針を変えた国作りを始めるために国を衰退させる。

 これを何度も繰り返し続けた。

 多くの死を見た。

 多くの終わりを見た。

 

 だがそれは、人類全体の反映と存続が為。

 自分の行いを肯定しながら箱庭の創造と破壊を繰り返した結果。

 ある答えに辿り着く。

 

 ―人類は必ず滅びを迎える―

 

 私は真に絶望した。

 『赤錆』という私に肉体と魂を捧げた男との契約である『人類の存続』が果たせない。

 では、どうするべきなのか…

 

 

 滅びるのであれば、せめて人の手で。

 悪魔、不死者(アンデッド)、魔物、亜人種、神や天使の暴力によるものではなく、人類の過失と後悔によってもたらされる最期であるべきだ。

 

 その時、神である私は不要。

 精霊であるエヌィ・シーアも…

 

 人で在り続けたヴァーミルナが見守る人の世こそ、我が望みであり、我が創造主、赤錆の望みであるはずだ。

 創造主の宿願を叶えることは至上の喜びなのだから。

 

 

   ●

 

 

 少し足を動かせば、ジャリ…と砂音が聞こえる荒野。 永い時をかけ硬く踏みしめれた大地の上で赤白(せきびゃく)の恐ろしい魔神の姿をした大戦士は大きく息を吸った。

 肺腑のない戦士にとって、その行為は所謂(いわゆる)真似事と言えるものだったが、大事な意味を持っている。

 深呼吸には精神に一時的に溜め込まれた「感覚」をリセットする機能があるといわれている。

 ここ数分の焦燥感、衝撃、驚愕、そしてこれから起こりうる事への恐怖、期待、不安、慢心。

 それらを一度カラすることで、より新しい情報を思考に取り込みやすくする。

 

 不死英雄(アンデッドヒーロー)ラージ・ボーンは大事の直前にいつもこうしてきた。

 

 気持ちを整え、肉も臓腑も無い胸にめいっぱいの「気」を溜め込み、一気に放つ。

 「これより我ら『アダマス』はアインズ・ウール・ゴウン率いるナザリック指揮下に入る!」

 「「「「了解!!」」」」

 ラージ・ボーンの号令に間髪を容れず応答する元『アダマス』のメンバー。

 ほとんどの仲間達の感覚では数年振り、ある者にとっては数百年ぶりの号令にもかかわらず、微細な乱れも感じさせない。

 気を吐き出した筈の胸の中が、「よく分からないもの」で満たされた。

 その「よく分からないもの」に意識を向けると、力が湧いてくる。

 ラージ・ボーンはその力で、より強く己の武器を握り締めた。

 

 

 「我々もラージ・ボーンの指示通り、指揮はナザリックの預ける! 良いな、巫女たちよ! 今こそ赤錆様より命じられた使命を果たす時!!」

 「「「はっ!」」」

 金髪、金眼の巫女長、バエル・ヘラー・クロエの指示に凛とした三つの声が返ってくる。

 数百年の間仕えてきた存在へ牙を剥くことに、迷い。 むしろ、永い間この瞬間を待っていたとでも言うべきものだった。

 

 

 「アルベドよ、こちらの戦力はナザリックと赤錆を除いた『アダマス』トップ一二人、及びエヌィ・シーア四名だ。 この状況での指揮権を与える。 できるな? 私もお前の指揮下に入るが、遠慮することはない。 存分にその手腕を振るうが良い!」

 「お任せくださいアインズ様。 先日ご指示いただいた通り、被害を最小限に抑えつつ、完全なる制圧を果たせるプランの用意があります!」

 超越者(オーバーロード)の言葉に対し、自信に満ちた返答をする黒き甲冑の女戦士。

 愛する存在の熱い眼差しに上気した思考を瞬時に冷静なものへと切り替えたアルベドは敵勢力へと視線を向け、魔法を用いて全軍に指示を飛ばす。

 「では皆様、不肖私、ナザリック地下大墳墓守護者統括アルベドの指示に従っていただきます」

 数秒、誰も一言も喋らない時間が生まれた。 沈黙という了承を得た美しき指揮官

は豊満な胸の内に、細く括れた腰周り(ウェスト)からは想像もできない程の肺活量で空気を取り込んだ。 そして、瞳を大きくさせながら味方へ指示を飛ばす。

 「ナザリックよりシュブニグラス、オールドガーター二千、ガルガンチュアを前進、アダマスよりドラゴンダインとマグナードは特殊技術(スキル)を使用し防御力で、スカアハ、ルバーブ、トラバサミ、アウラのスピード重視系の獣で撹乱し進軍中の魔獣を足止め、魔獣同士を近づけさせないように。 既に魔法による強化を終えているナザリック所属の者は『アダマス』メンバーの強化を実施、なおラージ・ボーンの強化はコンスタンティンが行う!」

 アルベドの指示に従い、魔力を付与された充実した装備を身に纏う二千の骸骨騎士(スケルトンナイト)、二メートルを越えるラージ・ボーンが遥か見上げる程に巨大なゴーレム、深淵なる黒き叫星が山羊のような声を上げながら不安も恐怖も無いままに突撃していく。

 最低限の防御系特殊技術(スキル)を発動させた重装修行僧(アーマードモンク)ドラゴンダインと準ガルガンチュア級ゴーレムのマグナードがそれに続く。

 荒野に近付く者に死を(もたら)すオーラを、熱量を、極寒を、雷鎚を、滅茶苦茶に撒き散らす七体の大魔獣。

 互の第一波がぶつかり合う衝撃は先陣を切った骸骨騎士(スケルトンナイト)の約半数を骨粉にして天高く舞い上がらせた。

 

 決死の時間稼ぎにより、着実に魔法強化による攻勢の準備が整いつつあった。

 そんな中、アインズはラージ・ボーンの強化に注目する。

 不死者(アンデッド)でありながら、神聖属性に耐性を持ち、戦士職でありながら極限である十位階魔法を少ないながらも操る。 全快に八時間を要する常時回復と味方強化の常時発動(パッシブ)スキル。 戦士系の装備であれば、制限なく装備可能。 最大HPは全種族中トップクラス。 種族スキルとして、魔術詠唱者(マジックキャスター)殺しと言える特殊技術(スキル)も所持している…正に、最強の種族。 のはずなのだが、唯一にして最大の弱点がある。 むしろ欠陥とも言うべき「回復及び強化の無効化」、これが運営の用意した「地雷」と呼ばれる由縁だ。

 

 今回の作戦を練る際のラージ・ボーンの言葉をアインズは思い出していた。

 ―自分の強化は、コンスタンティンがしてくれます―

 不死英雄(アンデッドヒーロー)は、常時中位の強化魔法をかけられているレベルの能力をもつ。 故に強化等必要ないとも言えるのだが、もし、そんな化物を強化できるのなら、いったいどうなってしまうのか。

 

 ラージ・ボーンの様子を眺めていると、不死の大戦士が不可解な行動をとり始めた。

 自分の装備を解除し、地面に置いていく。

 確かにラージ・ボーンがいる場所は突撃した盾役のお陰で魔獣の攻撃範囲外ではあるが、戦場においては無謀にも程がある。 アインズが注意しようとしたその時、真っ黒の神父服に身を包んだ褐色の男性、コンスタンティンがラージ・ボーンに向かって魔法をかける。 正確には、戦士が置いている「装備」に対してだ。

 

 「魔法発動、《上位鎧魔力強化(グレーター・アーマー・エンチャント)》!!」

 

 「え…」

 アインズは思わず口を開いた。 心の中で「その手があったか」と呟きながら。

 確かに、ラージ・ボーンが装備している防具には様々な魔法効果が付与されている。 最大HPを増やすもの、火炎属性を軽減させるもの、攻撃力を増加させるもの、一部特殊技術(スキル)の性能を上げるものエトセトラエトセトラ…

 それらは装備することで、ラージ・ボーンにも効果はある。

 装備中に魔法強化ができないのであれば、一度外したものを強化してから装備し直す。

 ある意味、不具合(バグ)とも言える強化方法にアインズが唖然としている間も強化は続けられる。

 

 《上位足甲魔力強化(グレーター・レギンス・エンチャント)

 《上位篭手魔力強化(グレーター・ガントレット・エンチャント)

 《上位兜魔力強化(グレーター・ヘルム・エンチャント)

 《上位武器魔力強化(グレーター・ウェポン・エンチャント)

 

 どの魔法も職業特性や特殊技術(スキル)によって最強化されたものだ。

 PCの能力は有限である。 その限られた能力を、まるでラージ・ボーンの補助の為だけに割り振ったようなコンスタンティンの魔法に、アインズは呆れながらも称賛の感情を覚えずにはいられなかった。

 

 強化を終えたコンスタンティンは小さなため息をこぼし、満ち足りた表情で口を開く。

 「終わりやした、骨太さん。 あの魔獣とは戦ったことはありませんが、あれってワールドエネミーですよね? フル強化の骨太さんなら…一体二十分強ってとこですかね」

 「久しぶりなのに、手際いいね。 ありがとうコンスタンティン。 あ~、自分は神性特性を持ったのを相手にするし… それに、今日は調子が良いから、十分で落とすよ。 その間、後衛よろしく」

 装備を解除し、骸骨の姿を陽の下に晒していた間、アインズの他にもう一つの熱い視線を感じていたラージ・ボーンは、コンスタンティンの言葉に堂々と答えた。

 

 

          ●

 

 

 アインズ、ラージ・ボーン率いる連合軍の主戦力が強化を終え、準備を整えたのを確認したアルベドが再び魔法による《伝言(メッセージ)》を味方各員に飛ばす。

 「予定の強化を確認。 一〇〇レベルの者はこれより最前線に合流。

 シャルテイア、ルバーブ、クロエは狼型魔獣を、

 アウラとマーレ、ドラゴンダインは要塞型魔獣を、

 コキュートス、ハーフブリンク、トラバサミは女王型魔獣を、

 デミウルゴス、キュイラッサー、インナは闘神型魔獣を、

 セバス、カーマ・スートラ、シーシュポスは女神像型魔獣を、

 アインズ様、マグナード、まちぇーては巨神型魔獣を、

 ラージ・ボーン、コンスタンティンは大精霊型魔獣を担当。 スカアハ、シュブニグラスは私の指示の下、各チームのフォロー。 ナザリック内上位のシモベは魔獣同士を近付けないよう撹乱と誘導に専念! …では、アインズ様」

 「うむ、我が愛しいシモベ達よ、我が友よ! …この手に勝利を!!」

 「「「オオオオオオオオオオオォォォオオッ―――!!」」」

 白雲を貫く大神山(みわやま)をも震わせる程の雄叫びが響いた。

 元アダマスメンバー達は全員七曜の魔獣の知識を持ち、シャルティアらナザリック階層守護者達も各々が担当する魔獣の戦闘データはこの数日で頭に叩き込んである。

 その動きに迷いはない。 瞳には勝利への確信が宿る。

 

 飛び出した上位戦士達が魔獣軍団の勢いを止め、その間にレベル八〇以上のナザリック高レベルNPCが最前線の加勢に加わっていく。

 ユグドラシル金貨やMP消費によって生み出せない、換えの利かない貴重(レア)な魔物は体力を消耗すれば後退し、巨大なゴーレムであるガルガンチュアが防衛する拠点で回復後再出撃。

 充実した魔法装備を持つナザリックオールドガーターを各チームのフォローにつけ、それぞれの魔獣同士が近付けないように行動、場合によっては自己犠牲をもって守護者とプレイヤーを守護。

 

 アルベドの指示通り、円滑に行動を開始する戦士達を見てノアは驚愕する。

 初めて会う者同士のはずだ。 それが何故連携が取れているのか、理解できずにいた。

 その様子に気付いたアインズが戦闘を続けながら嬉々として、ノアへと語り始める。

 

 「同盟(アライアンス)というものがある。 かつてナザリックを襲った一五〇〇人という規模の大軍がそうであったように… まあ、あれは烏合の衆と呼べるものだったが… とにかく、ギルドの垣根を越えて、強大な敵と戦う為に徒党を組むことはよくある話だ。 初めて会う者も居ただろう、性格的に相性の悪い者も居ただろう、そんな中でチームとして戦うことに熟練した猛者たち。 それが「トッププレイヤー」というものだ。 我がシモベたちはその点において、彼らに一歩譲らねばならないが、七曜の魔獣との戦いを意識し始めたころから、大規模作戦を練っていたのだよ」

 以前、魔獣の一体がラージ・ボーンと一対一で敗北した。

 しかし、それは特殊な条件が複数揃っていた上での敗北であり、魔獣七体同時召喚という混沌とした状況で同じことが起こるはずがない。

 ノアは己の認識に疑念を感じ始めていた。

 「戦力だけならば、こちらのほうが…」

 「単純戦力として、七曜の魔獣一体は最高レベルプレイヤー数十人分。 ただし、それは搦手なしに殴り合ったら… の話だ。 通常ボスとの戦闘は三十分は掛からない、五十分かかれば超長期戦と言われるくらいだ。 ただ、思い出してみるが良い、サン・ブレイズに対してラージ・ボーンがかけた時間は三十分程度。 数十人が真面目に戦ってかかる時間と同じ… おかしいと思わないか?」

 「…それは… 」

 「単純な話だ。 相性だよ」

 「なに?」

 「ラージ・ボーンが両手に一本ずつ持っている武器、あれは「神性特効」の力が付与された武器だ。 そして、彼が今、この世界で二度目の戦いを挑んでいるサン・ブレイズの性質は「神性」であり、主に使用する魔法は「火炎属性」と「神聖属性」、ラージ・ボーンの種族である不死英雄(アンデッド・ヒーロー)は「回復不可」というデメリットの代わりに「神聖耐性」を手に入れ、装備によって火炎属性にも抵抗力をつけられる。 どうだ、勝てる気がしないだろう? まあ、一見無敵に思える種族だが、どうしても穴はある。 ただ、それを今貴様に言う必要な無い」

 「な…な…」

 七曜の魔獣を同時に召喚すれば、絶対に負けるはずがない。

 ノアの中で常識と言える程にまで固められた認識が今、崩れようとしていた。

 

 「今、それぞれの魔獣と対峙している者も、相性の良い者を選抜している。 どの魔獣がどのような弱点を持ち、どのような攻撃をしてくるのか。 そして、どの味方がどのような弱点を持ち、どのような得意分野を持っているのか完全に把握している。 必要な情報と必要な戦力、両方が揃っているのだから、負けるはずがないな!!」

 

 魔獣達の状態を完全に把握しているノアは、アインズの言葉通りとなりつつあるという事実に驚愕した。

 魔獣の操作に専念している自身が前線に赴くこともできないまま――

 

 

          ●

 

 

 一体の魔獣が崩れ落ちてから、魔獣戦線は加速度的に崩壊していった。

 銀狼は浄化され、機械要塞は粉砕され、氷の女王は砕け散り、闘神は両断され、女神は融解し、巨神は頭部から潰され、大精霊は跡形もなく消滅した。

 

 ラージ・ボーンにとって、残す敵は一人。

 綺麗に切り整えられた金髪、真紅の鎧を身に纏う、かつての友の姿をした存在。

 己が選別したモノ以外を滅ぼし、人間の為だけの楽園を築こうとした創造神。

 それぞれの戦いを終えた仲間達が見守る中、ノアと名乗る人物の前へ、ラージ・ボーンは一人で歩み近付く。

 

 「…私は間違っていたのか?」

 深い悲痛を感じさせる声がラージ・ボーンの耳に届いた。 声の主はやはり、ノアだ。

 「間違いっていうのは、「後悔した行動や言動」の事を言うんだと思う。 自分がやってきたことに後悔は?」

 ラージ・ボーンは自分自身の、居場所を失う原因を作った「間違い」を思い出しながら、最期の宿敵に尋ねた。

 「後悔など無い。 今も私がやってきたことこそ正しいと確信している」

 「なら、それは間違いじゃない。 ただ、失敗しただけだよ」

 「そうか…それでも、納得はできないな」

 

 「なら、決着をつけよう。 これはあの時、赤錆さんを止められなかった自分の役目だから」

 ラージ・ボーンは自身の身につける世界級(ワールド)アイテムを起動させた。

 

 





 
 【二百年前…】

 クロエ「ノア様、方舟の暗号の… あれはどういった意味なのですか?」

 ノア「ああ、あれは私と一緒にある組織を作った、仲間の名前だ。 私が赤錆の記憶を完全に失う前に、残しておきたかった。 バルサザール、チャチャ・ガズー、イルルヤンカシュ、アスタルテ・ザッハーク。 確かに私が先導して作ったし、組織の名前も私が考えたが、長は私以外の人物に務めてもらったんだ」

 クロエ「組織の長を? その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 ノア「私に、組織の長になる資格など無いからだ」

 クロエ「そのようなことは、決して!」

 ノア「良い、それに、人間でなくなった私に人類を導く資格もない。 故に、新しい世界を導くのもやはり、私以外の人間でなくてはならない。 これは、私自身の贖罪(しょくざい)でもあるんだよ」

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