アダマスは予言者から、本人が成そうとしている計画の本心を聞き出し、これを阻止すべく、計画の中枢である「ノアの方舟」に単身赴いていた。
真っ白な床から現れた―むしろ、生えたという表現の方が正確か―床と同じ色をした立方体の上にアダマスは慎重に腰を下ろした。
そこから針が飛び出たり、電流が流れたりしては危険だが、目の前で腰掛ける人物を見る限り、そのようなしないだろうと、根拠のない思考に至る。
「トリス、もう下がって良いぞ」
「かしこまりました」
予言者ノアの言葉に深くお辞儀をした金髪の女性は、中央にある光の柱が照らすドーム状の白い部屋から霞のように姿を消した。 本人の魔法によるものか、この構造物の仕様なのかは不明だが、本来部外者であるアダマスの不安を掻き立てる要素に充分なり得る現象ではあった。
「正直、あなたを何と呼べば良いのか、迷ってます。 予言者とか、ノア…ノヴァ? それとも、赤錆さん? いや、とりあえず、こちらの精神衛生と便宜上、ノアと呼ばせてもらいますよ」
「それで結構。 私もここ三百年はそう呼ばれているので、分かりやすくて良い」 アダマスは
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。 自分が此処にいる理由を思いだし、アダマスは顔を上げて、今必要な言葉を放つ。
「ノア、自分が此処に来たのは…」
「計画を中止しろ、と言いに来たわけではあるまい?」
「……その通りだ」
「フフ…笑わせるなよ悪神。 神聖な心を持つ純粋な人類のみを選別し、次代に託す。 浄化された大地に暮らす人々は神魔の脅威に怯えることなく暮らせる。 人類にとってこれ程の救済はあるまい? 人と、人ならざる者達との平和的共存等有り得ない。 人類同士で殺し合うのも良かろう。 人の世に、人以外が手を加えなければ、それで良い」
淡々と語られるノアの言葉にアダマスは絶句した。
まるで
善悪を超えた場所から振り下ろされる鉄槌に、返す言葉がない。 もとより、説得など不可能とは思っていたが、ここまで隙なく組み上げられているとは考えていなかった。
アダマスは一つため息を零した後、口を開く。
「…そこまで考え尽くしているのなら、自分から言えることは何もない。 ただ、あなたが滅ぼそうとしているものを守りたいから、それは阻止させてもらうぞ!!」 アダマスは立ち上がり、戦士版の超位魔法とも言われる自身が持つ最強の
強大な魔力が己の体の中心に充填されていく。
「その技、発動に時間が掛かりそうだな…止めさせてもら… 手のそれは?」
「課金アイテムだ」
アダマスは両手に一つずつアイテムを持ち、右手に持つ友人から今回の為にもらった、クリスタル製の砂時計を起動させ、本来なら発動までにかかる時間をゼロにする。
「〈
二メートルを超える巨体に満たされた魔力が爆発、大戦士を中心に太陽が顕現したように、視界の全てを白く染め上げる。
超高熱源体によって生じた絶熱が一気に膨れ上がり、効果範囲内の全てを貪欲に貪り尽くす―― はずだった。
「魔法を無効化する術はあっても、
放たれたエネルギーは中心に立つ光の柱に吸収され、空間に影響を及ぼすことなく、太陽は消失した。
棒立ちになる大戦士は
「はぁ~… やっぱりダメか。 一生懸命考えた計画だったんだけどな~… いや、正直自信なかったし、自分は最初からあの人の作戦の方が上手くいくと思ってたし」
言い訳のような独り言をブツブツと目の前の空間に零しながら、再びため息をつく。 駄目な大人の手本を披露する男は片手を上げて呟く。
「すみません、プランBです」
『かしこまりました』
十数分前に消えたはずの女性がアダマスの隣に現れ、即座に脱出魔法を発動させようと呪文を唱え始める。
「〈グリース…〉」
トリスが呪文を唱え終わる前に真紅の神が指を鳴らす。 その音と同時に壁や床から多数の鎖が飛び出し、大戦士と巫女の五体を拘束した。
「
ノアは鎖によって縛り付けられる二人を見て、吐き捨てるように言葉を吐いた。
「これは、ちょっとマズイな…」
アダマスは万が一脱出が不可能であっても、一対一であればノアを倒す自信はあった。 しかし、拘束されてしまうことは決定的な誤算。 内心焦りながら、隣で縛られる金髪の女性の顔を見ると、意外な表情がそこにあった。
「大丈夫ですよ、アダマス様」
不安や焦燥の感じられない自信に満ちた微笑。 身動き一つ取れない女性のする表情ではない。
トリスの様子に不思議がっていると、アダマスの足元、正確には影から聞き覚えのある声がする。
『これだから骨太くんはほっとけないんだよー』
アダマスの影から姿を現した少女はその手に持つ黄金の槍を振るい、二人を拘束していた鎖を粉々に粉砕した。
「ハッハッハー! スカアハちゃん、華麗に参上!」
黄金の槍を床に突き、最高の笑顔をした美少女がアダマスとトリスの間で仁王立ちをしている。 突然の出来事にアダマスは反応が遅れてしまうが、金髪の女性の方へ視線を向けると、その顔に驚いた様子はなく、元々知っていたようだった。
「貴様、悪神の影に潜んでいたのか! しかし、調子に乗るなよ、ここは私の支配する世界だぞ!」
アダマス以上に驚愕していた予言者は激昂しながら再び指を鳴らす。 先程より多い数の聖金の鎖が三人に襲いかかる。
『スカアハさんもなかなか、放っておけませんよ』
トリスの足元から一瞬黄色い影が飛び出したように見えたかと思えば、次の瞬間、新たにアダマス達を拘束しようとしていた鎖が見えない何かに弾かれ、勢いを失ったまま床に落ちる。
アダマスの目の前に、久々に見る黄色い忍者装束の人物が立っていた。
「と、トラ…くん?」
「すみません、骨太さん、この姿を見せる勇気が今までなくて…。 でも、スカアハさんに言われたんです。 ちゃんと自分と相手を見なきゃ駄目だって…」
いつの間にトラバサミとスカアハが出会って、相談するくらい仲良くなっていたのか等聞きたいことは山ほどあるけれど、今はここから脱出することが最優先。 アダマスは気を引き締め、影から現れた二人に指示を出す。
「スカアハは自分の、トラくんはトリスさんのフォローで、脱出する!」
「はーい!」
「了解です」
「あ、は、はい! こちらです!」
「させるか!! …なにっ!?」
ノアはトリスの案内で出口を目指そうとする闖入者を止めるべく動こうとするが、指一本動かせなくなっていることに気付く。
予言者は唯一動かせる視線を下に向けると、自分の影に
「おのれ、《影縫い》かァ!!」
対象者の影に対する暗示をかけ、影に手裏剣または
トラバサミが影から出現する際、鎖の迎撃と同時に行った秘術によって、予言者は四人を捕らえる機会を奪われることとなった。
●
アダマス達四人はトリスの案内で長い階段を
その間、トリスは何かを思い出したようにアダマスに尋ねる。
「そういえば、プランBの方は…」
「大丈夫、ばっちりですよ!」
トリスの心配そうな声に、
「えー、何の話?」
「ここから出られたら教えるよ」
アダマスに質問をはぐらかされたスカアハは頬を膨らませる。
その様子に戦士と忍者は心をときめかせながら、視界の端に現れた光に向かって、一層足を早めた。
四人はその人数では決して広いと言えない部屋に辿り着く。
奥に白亜の立派な机があり、左右の蔵書壁には沢山の書物が並べられていた。
「ここはヴァーミルナの執務室になる予定の部屋です。 ここでなら、脱出魔法が使えるはず」
トリスは一人も欠けていないことを確認した後、呪文を唱える。
「〈
●
他人の魔法による転移の為に、一瞬崩しそうになる体勢を整えたアダマスが顔を上げた先には、驚愕の光景があった。
一人一人が一〇〇レベルである自分と同等の力を持つ九人。
一人は漆黒に赤いラインの入った外套と褐色の肌、長い白髪が特徴の
一人は高さ一メートル四〇センチ程の全身白いベールで覆われた、さながら魔物の花嫁衣装の
青い重装甲の
かつて仲間として共に笑い、共に戦った、最高の友人たちの姿がそこにあった。
漆黒の
「久しぶりだな、骨太」
アインズ「アダマス、課金アイテムの使い方わかる?」
アダマス「…すみません、教えてください」
アインズ「ああ、あとこれ。 プランB用のアイテムな」
アダマス「あはは、やっぱり自分の計画、プランAは駄目ですかね」
アインズ「単身乗り込んで、相手の拠点の中心で広範囲スキルぶっぱ。 絶対対策されているぞ。 賭けても良い、最終的に俺の考えたプランBになるから」
アダマス「悔しい! でも選びそう」