骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 アダマスは予言者から、本人が成そうとしている計画の本心を聞き出し、これを阻止すべく、計画の中枢である「ノアの方舟」に単身赴いていた。



二話 「今日は泣くのにふさわしい日」

 

 

 真っ白な床から現れた―むしろ、生えたという表現の方が正確か―床と同じ色をした立方体の上にアダマスは慎重に腰を下ろした。

 そこから針が飛び出たり、電流が流れたりしては危険だが、目の前で腰掛ける人物を見る限り、そのようなしないだろうと、根拠のない思考に至る。

 

 「トリス、もう下がって良いぞ」

 「かしこまりました」

 予言者ノアの言葉に深くお辞儀をした金髪の女性は、中央にある光の柱が照らすドーム状の白い部屋から霞のように姿を消した。 本人の魔法によるものか、この構造物の仕様なのかは不明だが、本来部外者であるアダマスの不安を掻き立てる要素に充分なり得る現象ではあった。

 

 「正直、あなたを何と呼べば良いのか、迷ってます。 予言者とか、ノア…ノヴァ? それとも、赤錆さん? いや、とりあえず、こちらの精神衛生と便宜上、ノアと呼ばせてもらいますよ」

 「それで結構。 私もここ三百年はそう呼ばれているので、分かりやすくて良い」 アダマスは面頬付き兜(フルフェイスヘルム)の細いスリットの隙間から、相手の顔を覗く。 胸を張り、自信に満ちた表情が窺える。 それに対して自分の猫背はどうにかならないかとノアと自分の差に少しだけ気分が沈む。

 しかし、そんなことを気にしている場合ではない。 自分が此処にいる理由を思いだし、アダマスは顔を上げて、今必要な言葉を放つ。

 「ノア、自分が此処に来たのは…」

 「計画を中止しろ、と言いに来たわけではあるまい?」

 「……その通りだ」

 「フフ…笑わせるなよ悪神。 神聖な心を持つ純粋な人類のみを選別し、次代に託す。 浄化された大地に暮らす人々は神魔の脅威に怯えることなく暮らせる。 人類にとってこれ程の救済はあるまい? 人と、人ならざる者達との平和的共存等有り得ない。 人類同士で殺し合うのも良かろう。 人の世に、人以外が手を加えなければ、それで良い」

 

 淡々と語られるノアの言葉にアダマスは絶句した。

 まるで目的(プログラム)を設定された機械(コンピュータ)

 善悪を超えた場所から振り下ろされる鉄槌に、返す言葉がない。 もとより、説得など不可能とは思っていたが、ここまで隙なく組み上げられているとは考えていなかった。

 アダマスは一つため息を零した後、口を開く。

 「…そこまで考え尽くしているのなら、自分から言えることは何もない。 ただ、あなたが滅ぼそうとしているものを守りたいから、それは阻止させてもらうぞ!!」  アダマスは立ち上がり、戦士版の超位魔法とも言われる自身が持つ最強の特殊技術(スキル)を発動させる。

 強大な魔力が己の体の中心に充填されていく。

 「その技、発動に時間が掛かりそうだな…止めさせてもら… 手のそれは?」

 「課金アイテムだ」

 アダマスは両手に一つずつアイテムを持ち、右手に持つ友人から今回の為にもらった、クリスタル製の砂時計を起動させ、本来なら発動までにかかる時間をゼロにする。

 

 「〈究極大崩壊(ジェノサイドアタック)〉!!!」

 二メートルを超える巨体に満たされた魔力が爆発、大戦士を中心に太陽が顕現したように、視界の全てを白く染め上げる。

 超高熱源体によって生じた絶熱が一気に膨れ上がり、効果範囲内の全てを貪欲に貪り尽くす―― はずだった。

 

 「魔法を無効化する術はあっても、特殊技術(スキル)であれば、概念炉にダメージを与えられる… と考えていたのだろうが、残念。 対策済みだよ」

 放たれたエネルギーは中心に立つ光の柱に吸収され、空間に影響を及ぼすことなく、太陽は消失した。

 

 棒立ちになる大戦士は(わざ)とらしい大きなため息をつく。

 「はぁ~… やっぱりダメか。 一生懸命考えた計画だったんだけどな~… いや、正直自信なかったし、自分は最初からあの人の作戦の方が上手くいくと思ってたし」

 言い訳のような独り言をブツブツと目の前の空間に零しながら、再びため息をつく。 駄目な大人の手本を披露する男は片手を上げて呟く。

 

 「すみません、プランBです」

 『かしこまりました』

 十数分前に消えたはずの女性がアダマスの隣に現れ、即座に脱出魔法を発動させようと呪文を唱え始める。

 「〈グリース…〉」

 トリスが呪文を唱え終わる前に真紅の神が指を鳴らす。 その音と同時に壁や床から多数の鎖が飛び出し、大戦士と巫女の五体を拘束した。

 

 「聖金の鎖(チェイン・オブ・イオアン)不死者(アンデッド)である貴様自身の力では絶対に拘束を解くことは不可能。 そしてトリス、精霊《エレメント》種であっても、七〇レベル程度のお前ではな…。 やはり裏切ったか、チャオ・テアル・トリスよ… 他の巫女も同様だろうな。 まあ良い、お前たちも浄化後の世界には、不要な存在だ」

 ノアは鎖によって縛り付けられる二人を見て、吐き捨てるように言葉を吐いた。

 「これは、ちょっとマズイな…」

 アダマスは万が一脱出が不可能であっても、一対一であればノアを倒す自信はあった。 しかし、拘束されてしまうことは決定的な誤算。 内心焦りながら、隣で縛られる金髪の女性の顔を見ると、意外な表情がそこにあった。

 「大丈夫ですよ、アダマス様」

 不安や焦燥の感じられない自信に満ちた微笑。 身動き一つ取れない女性のする表情ではない。

 トリスの様子に不思議がっていると、アダマスの足元、正確には影から聞き覚えのある声がする。

 

 『これだから骨太くんはほっとけないんだよー』

 

 アダマスの影から姿を現した少女はその手に持つ黄金の槍を振るい、二人を拘束していた鎖を粉々に粉砕した。

 「ハッハッハー! スカアハちゃん、華麗に参上!」

 黄金の槍を床に突き、最高の笑顔をした美少女がアダマスとトリスの間で仁王立ちをしている。 突然の出来事にアダマスは反応が遅れてしまうが、金髪の女性の方へ視線を向けると、その顔に驚いた様子はなく、元々知っていたようだった。

 

 「貴様、悪神の影に潜んでいたのか! しかし、調子に乗るなよ、ここは私の支配する世界だぞ!」

 アダマス以上に驚愕していた予言者は激昂しながら再び指を鳴らす。 先程より多い数の聖金の鎖が三人に襲いかかる。

 

 『スカアハさんもなかなか、放っておけませんよ』

 

 トリスの足元から一瞬黄色い影が飛び出したように見えたかと思えば、次の瞬間、新たにアダマス達を拘束しようとしていた鎖が見えない何かに弾かれ、勢いを失ったまま床に落ちる。

 アダマスの目の前に、久々に見る黄色い忍者装束の人物が立っていた。

 「と、トラ…くん?」

 「すみません、骨太さん、この姿を見せる勇気が今までなくて…。 でも、スカアハさんに言われたんです。 ちゃんと自分と相手を見なきゃ駄目だって…」

 いつの間にトラバサミとスカアハが出会って、相談するくらい仲良くなっていたのか等聞きたいことは山ほどあるけれど、今はここから脱出することが最優先。 アダマスは気を引き締め、影から現れた二人に指示を出す。

 「スカアハは自分の、トラくんはトリスさんのフォローで、脱出する!」

 「はーい!」

 「了解です」

 「あ、は、はい! こちらです!」

 

 「させるか!! …なにっ!?」

 ノアはトリスの案内で出口を目指そうとする闖入者を止めるべく動こうとするが、指一本動かせなくなっていることに気付く。

 予言者は唯一動かせる視線を下に向けると、自分の影に苦無(クナイ)が刺さっていた。

 「おのれ、《影縫い》かァ!!」

 対象者の影に対する暗示をかけ、影に手裏剣または苦無(クナイ)を当てることで相手の動きを止める、忍者系職業(クラス)が有する特殊技術(スキル)の一つ。

 トラバサミが影から出現する際、鎖の迎撃と同時に行った秘術によって、予言者は四人を捕らえる機会を奪われることとなった。

 

 

          ●

 

 

 アダマス達四人はトリスの案内で長い階段を只管(ひたすら)走り続けていた。

 その間、トリスは何かを思い出したようにアダマスに尋ねる。

 「そういえば、プランBの方は…」

 「大丈夫、ばっちりですよ!」

 トリスの心配そうな声に、溌剌(ハツラツ)とした声色で、両手のひらを見せながら答えた。

 「えー、何の話?」

 「ここから出られたら教えるよ」

 アダマスに質問をはぐらかされたスカアハは頬を膨らませる。

 その様子に戦士と忍者は心をときめかせながら、視界の端に現れた光に向かって、一層足を早めた。

 

 

 四人はその人数では決して広いと言えない部屋に辿り着く。

 奥に白亜の立派な机があり、左右の蔵書壁には沢山の書物が並べられていた。

 「ここはヴァーミルナの執務室になる予定の部屋です。 ここでなら、脱出魔法が使えるはず」

 トリスは一人も欠けていないことを確認した後、呪文を唱える。

 

 「〈迷宮脱出魔法(グリース・テレポート)〉」

 

 

          ●

 

 

 他人の魔法による転移の為に、一瞬崩しそうになる体勢を整えたアダマスが顔を上げた先には、驚愕の光景があった。

 

 一人一人が一〇〇レベルである自分と同等の力を持つ九人。

 

 一人は漆黒に赤いラインの入った外套と褐色の肌、長い白髪が特徴の魔術詠唱者(マジックキャスター)

 

 一人は高さ一メートル四〇センチ程の全身白いベールで覆われた、さながら魔物の花嫁衣装の古き純白の粘体(エルダー・ホワイトウーズ)

 

 青い重装甲の修行僧(モンク)、黒い神父衣装と黒い肌の神官、青い軽装備の暗殺者(アサシン)、立派な角を生やした黒いミノタウロス、純白の鎧を身に纏う剣聖、緑色の神獣、準ガルガンチュア級の赤きゴーレム…

 

 かつて仲間として共に笑い、共に戦った、最高の友人たちの姿がそこにあった。

 

 漆黒の魔術詠唱者(マジックキャスター)がアダマスに向かって一歩足を踏み出し、満面の笑みで口を開いた。

 

 

 「久しぶりだな、骨太」

 

 





 
 アインズ「アダマス、課金アイテムの使い方わかる?」

 アダマス「…すみません、教えてください」

 アインズ「ああ、あとこれ。 プランB用のアイテムな」

 アダマス「あはは、やっぱり自分の計画、プランAは駄目ですかね」

 アインズ「単身乗り込んで、相手の拠点の中心で広範囲スキルぶっぱ。 絶対対策されているぞ。 賭けても良い、最終的に俺の考えたプランBになるから」

 アダマス「悔しい! でも選びそう」

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