骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 希望の神によって護られ、施しを受けた人類は、長い時間をかけて腐敗していった。
 人類を護る為の力を使えば使うほど、神は弱っていくのを四人の巫女はただ見守ることしか出来なかった。

 力と知恵を与えられた人々はやがて、それ以上を求め、奪おうとする。
 神はこれを悲しみ止めようとするも、力を失ったままでは止められず、深い傷を負わされる。

 神は彼らを止めるべく、大きな「力」を求めた。
 その代償は、とても大きく、残酷なものと知りながら…



最終章 いつの日かハッピーエンド
一話 「ワインレッドの心」


 

 

 アダマス・ラージ・ボーン――血と骨の色で構成された魔神のような外見を持つ不死英雄(アンデッド・ヒーロー)――赤白(せきびゃく)の大戦士とも言われる人物は今、ナザリック地下大墳墓第五階層「氷河」に来ていた。

 「目的地まで、もうすぐ」

 「ありがとう、シズさん」

 案内役として付いてくれているナザリックの戦闘メイド――プレアデスのシズ・デルタ――に感謝の気持ちを伝える。

 シズは非常に整った顔立ちをしてはいるが作り物めいたもの。 宝石のような冷たい輝きが宿った翠玉(エメラルド)の瞳が表に出ているのは片側だけであり、もう片側はアイパッチが覆っていた。 長く伸ばされた赤金(ストロベリーブロンド)の髪が吹雪で靡いていた。

 「あっち」

 淡々としたシズの様子に(アイアン)級冒険者の一人を思い出しながら、案内されるままに進んでいくと、目指すべき場所が見えてきた。

 誰もいないように見える白色の世界ではあるが、アダマスの常時発動している特殊技術(スキル)による超知覚によってそれが偽りであることを理解している。

 先にナザリックの支配者からの連絡によって、来客がいることを知っているからこそ、潜む者どもは姿をみせないだけだ。

 アダマス達は第一の目的地である巨大な半球形ドームに到着する。

 そこには巨大な二足歩行昆虫を思わせる異形が佇んでいた。

 大きさは二・三メートルはあるアダマスよりもさらに頭一つ抜けている。 二・五メートルはるだろうか。

 身長の倍はあるたくましい尾や全身からは氷柱(つらら)のような鋭いスパイクが無数に飛び出している。 左右に開閉する力強い下顎、ライトブルーの硬質な外骨格にはアダマスも「ほう」と感嘆の吐息をもらす。

 「ヨクゾイラッシャッタ。 アダマス・ラージ・ボーン殿」

 若干聞き取り難い、硬質な声だ。 口調は正しく武人、礼節と狭義を重んじる性格なのだと思わせる。

 「コキュートスさん…ですよね。 同盟宣言の時、以来ですね」

 「呼ビ捨テニシテクダサッテ結構。 アダマス殿ハアインズ様ト同格トノコト。 強サニオイテモ私ヲ上回ッテイルトオ見受ケシマス」

 「強さ云々に関しては、装備の差だと思うけど…。 その辺りは実際に戦ってみないことには分からないと思うから、また今度、試合ってみます?」

 「オオ! 是非!!」

 武人がかなり前のめりに同意してきた。

 あまりの勢いに思わず後ずさりながらアダマスは本題に入ろうとする。

 「それで、コキュートス。 会いたい人が居るんですけど」

 「話ハ聞イテオリマス。 例ノ魔女デスナ」

 「ええ、アインズさんから、彼女が自分と話がしたいと… 聞いたものですから」

 「装備ハ剥ギ取ッテオリマスガ、何卒オ気ヲ付ケクダサイ」

 「わかっています」

 

 気を引き締めたアダマスは万が一の護衛役であるコキュートスと案内役のシズと共に、同階層にある牢獄へと向かった。

 

 

          ●

 

 

 氷結牢獄の奥、生物を拒絶するような極寒の場所に、魔女の捕らえられた独房がある。

 今の魔女の服装はアダマスが初めて会った時に着ていた旗袍(チャイナドレス)ではなく、王国の一般的な町娘が着るような服装だった。

 おそらく、先日の王都での一件でナザリックが手に入れたものだろう。

 「こうして目の前にするのは初めてだな、悪神よ…」

 予言者のシモベにして上位の炎精霊に匹敵する力を持つ魔女、インナ。 魔法で強化された格子越しにこちらを恨めしそうに睨みつける女性のことでアダマスが知っているのはそれくらいだった。

 「本題を聞かせてほしい。 情報を吐き出した以上、ナザリックにとってもあなたは用済みであり、村を襲おうとしたことで、自分があなたを殺す理由もある」

 「ハハ… ならば、何故殺さぬ?」

 「ヴァーサが、あなたの助命を願ったからだ」

 「ヴァーミルナが?  …ハッ、つくづく… 愚かな…」

 嘲笑というよりは、諦めの笑いと感じられるような声がアダマスの耳に届く。

 「コキュートス、シズ、少し… 席を外してもらっても良いだろうか? この人はもう…」

 「…畏マリマシタ。 デハ、終ワリマシタラ、声ヲオカケクダサイ」

 「…了解」

 アダマスの意図を察したコキュートスがその場を離れ、それにシズも付き従っていった。

 

 シズはそのまま去っていくが、コキュートスは魔女の視界には映らない場所で気配を殺している。 主の命令と客人の願いの両方を実行する為の手段を考え、選ぶ。 アダマスはコキュートスが思っていた以上に機転の利く守護者だと印象を改める。

 「これで、言いたいこと… 言えるだろう」

 「悪神に気を使われるとは、なんと腹立たしい…」

 「いいから話せ、自分に何を伝えたいんだ?」

 

 先程まで全てを諦めたかのようなインナの瞳に、炎が宿るのをアダマスは見逃さなかった。

 しかし、それは敵対心ではなく、まるで祈りのよう。

 「予言者…ノア様が、なぜ貴様を「悪神」と呼んだか、わかるか?」

 「ヴァーサから聞いたよ。 自分が、予言者から全てを奪った「悪」だからだろう? 確かに、自分はあの人から多くを奪い、それを壊した… 恨まれて当然だ」

 「違う!」

 エンナの突然の気迫がアダマスの心に響く。

 「悪とは敵だ。 敵とは恐れだ。 …ノア様は貴様を恐れている!」

 

 

          ●

 

 

 魔女との話を終え、アダマスはコキュートスが待つ廊下へと足を進める。

 「モウ、ヨロシイノデスカ?」

 「ええ、ありがとうございます。 もう十分です」

 「ソレデ、イカガスルオツモリカ。 アノ魔女ノ処遇ハアダマス様ニ任セルトアインズ様ガ仰ッテイマス。 シャルティアノ件モ、魔女ノ仕業デハナイト調ベハツイテオリマスノデ」

 

 「…あの魔女を解放します」

 「泳ガセルノデスカ?」

 「いえ、そうじゃないんですけど。 自分に考えがあります」

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

          ●

 

 

 独房での一件から数日後アダマスはインナから教わった通りの道を歩き続けていた。

 城塞都市エ・ランテルより南方、南北に連なる山脈に沿って南下していくと、山の麓に独りの女性を見つける。

 長い金髪、黄色の目をした白い肌の女性。 純白のローブには金糸で幾何学模様の刺繍が施されており、その上に黄色の羽衣を羽織っていた。

 アダマスは駆け足で女性の下へと駆け寄り、声をかける。

 「こんにちは、インナさんから話は通っていると思いますが、アダマス・ラージ・ボーンです。 この度は、よろしくお願いします」

 相手から目を離さずに、四五度のお辞儀をする。

 「はい、話は伺っていますよ、アダマス様。 お初にお目にかかります、私はチャオ・テアル・トリス、御方に創造されしエヌィ・シーアが一人、土の巫女を務める者です」

 トリスは丁寧に深々と頭を下げ、静かで美しい声で自己紹介をした後、アダマスの足元を見て「クス…」と小さく鼻で笑った。 ほんの小さな仕草に、緊張で固くなっている戦士が気づくことはない。

 そしてトリスはアダマスに背を向けて、呪文を唱え始める。

 

 《バルサザール・チャチャガズー・イル…シュ…アス……ハーク》

 

 アダマスの耳に後半聞き取り切れなかった理解不能の単語が届くと、トリスの目の前に小さな祠が現れる。

 祠の中には地下へと繋がる階段が見えた。

 トリスは振り返ってから、感情の読み取れない分厚い仮面のような笑顔をアダマスへ向け、口を開く。

 「では、私の後についてきてくださいますか?」

 「…はい」

 人間としての残滓がアダマスに即答をさせなかった。

 アダマスの記憶では数年ぶり、ただし相手は数百年の時を経て出会う。

 世界級(ワールド)アイテムのデメリットによる記憶の変化やこの世界での経験が、かつての友をどれ程変えてしまったのか、この目で確かめることを恐れている。

 しかし、前に進まないわけにはいかない。 友と、護るべき存在の為にも。

 アダマスは拳を握り締めながら、ぎこちない一歩を踏み出した。

 

 

          ●

 

 

 黒鉄のような光沢と質感を持つ長い階段を下りながら、アダマスは周囲を見回す。

 底の見えない大きな穴の中に向かって伸びる一本の階段から、壁までの間には何もない。

 階段に手すりは無いが、その幅が五メートル以上はあるために二人で下りている分にはまず踏み外すことはないだろう。

 階段から数メートル離れた場所にある壁にビッシリと書かれた古代文字がぼんやりと光っている。

 その光は一色ではない。 緑だったり橙色だったりと、複数の色を放っている。

 まるで昔、映画で見た巨大な天空城の中にいるような感覚。

 地下にいるはずなのに、「天空」という感想を抱いたのは、アダマスがこの構造物の目的を知っているからに他ならない。

 

 「あの壁に書かれている古代文字には、全て強力な魔法が込められております。 ノア様が二百年の時をかけて建造された「方舟」は概念結界及び物理結界で保護されており、内部は中枢に設置されております概念炉によって常に水と食料の供給が… 失礼いたしました。 こういった話を聞きにこられたわけではありませんよね。 アダマス様が興味を持っておられるようなので、つい…」

 「あ、いえいえ。 大変興味深いです。 自分は魔法関係の知識は乏しい方なので、ありがたいです」

 「そう言って頂けると、私も嬉しいです」

 アダマスの視界に入ったトリスの横顔は先程見た仮面のような笑顔ではなく、本当に嬉しそうな笑顔に見えた。

 アダマスは上機嫌な相手に気になる単語について尋ねる。

 「先程「方舟」と聞こえましたけど」

 「ええ、この「ノアの方舟」は予言者ノア様の計画、「浄化(カタルシス)」によって聖別された人類の…まさに方舟です」

 

 予言者の目的「浄化(カタルシス)」について、アダマスは友から聞かされていた。

 その内容自体に驚きはしなかったが、それをかつての友が行おうとしている事には、不快を感じずにはいられない。

 「…方舟に入れなかった人は?」

 「ノア様が召喚される神獣によって、昇華することになるでしょう。 魔物も、悪しき心をもつ人の形をした動物も、ノア様によって選ばれなかったものは、全て、例外なく」

 「予言者…ノアの方舟……か。 あの本の通りなら、神獣じゃなくて大津波のはずだけど…」

 「…何か?」

 「あ…いえ、その…キーン村の実験について、教えてもらいたいなと…」

 「構いませんよ。 どこからお話ししましょう… では、先ず、この方舟が天空へと舞い上がった後、召喚された神獣による昇華が始まります。 そして、昇華によって傷ついた大地が再び再生するまでの長い間、方舟の中の人類が生活していく試験を村で行っていたのです。 限られた場所での食糧供給、人的資源の活用、人類は与えられるばかりでは腐敗してしまいますので。 そして、人類の指導者こそヴァーミルナなのです」

 「…そのことを、彼女は?」

 「まだ、知らされていないでしょう。 あの子は優しい子ですから。 ノア様も、計画を実行するその日まで、伝えないつもりのようです」

 

 トリスが語っている中、「腐敗」という言葉に強い敵意をアダマスは感じ取っていた。

 

 何度か転移装置を経た後、真っ白な空間に辿りついた。

 直径五十メートル程のドーム状の広場の中央には黄金の光を放つ一条の光の柱が見える。

 トリスは真っ直ぐ中央に向かって歩きながら、アダマスに語りかける。

 「あれが、この方舟を支える概念炉です。 そして…」

 

 柱の裏から一人の男が姿を現す。

 その男は真紅の鎧を身に纏い、整えられた黄金色の髪と端正な顔立ち、アダマスの心に郷愁と憤怒が同時に湧き上がる。

 

 紅色の神は、待ちに待った客人を迎えるように両手を広げ、口を開いた。

 

 「ようこそ「ノアの方舟」へ。 悪神、アダマス・ラージ・ボーン!」

 

 

 

          ●

 

 

 

 「……ここで当ってるのか?」

 「なんだっけ、ロケーター?」

 「いやいや、スニーカーッスよ」

 「……」

 「クソッ、こんな時にメッセージが途切れるとか、ありえねぇ」

 「短気は損気ぞー。 とりあえず合図は待つしかないぬーん」

 「ブフー… で、ココどこ?」

 

 






 【ユグドラシル時代『アダマス』の一幕】

 センリ「あたしとトラくんって、一部のスキル被ってるよね」

 トラバサミ「たしかに。 俺は職業(クラス)が忍者ですから、隠密スキルを取るべきだと思って、持ってますけど… センリさんは何で?」

 センリ「ほら、あたしってば『影の女王』じゃない?」

 トラバサミ「あ~~…。 でも確かに、あのスキル便利ですもんね」

 センリ「なんていうか、「影」ってつくスキルって、カッコイイよねー!」

 トラバサミ「…骨太さんの影響、ばっちり受けてますね」

 センリ「えへへー。 ありがとー!」

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