骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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キーン村を襲っていた騎士たちを殲滅したラージは、少女に名前を聞かれ、とっさに自分がギルド長を務めていたギルドの名前を冠し「アダマス・ラージ・ボーン」と名乗る。


三話 「復寿ノ札(フクジュノフダ)」

 

 

 村長の家は中央広場西にあり、村の規模と比較するとかなり大きな館だった。

 入口も広く、これは食料の買い付けに来る業者や国軍の関係者が度々来訪しては「他より優先して糧を流して欲しい」と相場より若干気前の良い金額を提示してくれる為である。村の先行きの明るさは現女性村長、ヴァーサ・ミルナの手腕によるところが大きい。

 木製の薫り漂う広間の真ん中には重厚な印象を受ける黒い円卓と数脚のイスが置かれていた。そのイスの一つに座り、アダマスは室内を観察する。

 ガラス製の窓から入ってくる月明かりと、部屋の隅に飾られたランタンの照明によって闇は追い払われている為、闇視を使わなくても問題なく視認できる。どこを見渡しても機械製品などの姿は見受けられない。科学技術はさほどこの世界では発展していないな、と判断するが、特殊技術(スキル)が使える以上、もしかしたら魔法が存在する可能性も捨てきれない。そんな世界での科学技術は、どれだけ発展するのかという疑問を抱く。それ以上に思考を働かせるのは、村長邸の異様さ。他の家屋は耐久性に乏しい古い木製であるにも拘らず、この館はまるで小金持ちの別荘のようだ。

 アダマスは邪魔にならないよう、棒状武器を円卓に立てかけようとする。全てを破壊する為に作られたような兵器は月光を反射して煌き、『神殺しの杖』と表現されても飛躍し過ぎているとは言わせない力を感じさせるものだった。それを見た村人たちが浮かべた驚愕の――目から零れ落ちるのではという程の絶句した顔が思い出される。仲間たちが自分の為に最高の素材を集め、作成してくれた最高級の武器に対する、村人の純粋な驚きは、誇らしげな気持ちを強くわき上がらせた。しかしそんな浮わついた心は僅かな喜び程度まで抑え込まれ、アダマスは眉をしかめる。

 この強制的な鎮静効果は、どうやらアンデッドの保有する精神的な攻撃に対する完全耐性の結果ではないかと、やけに冷静にアダマスは考える。

 

 「お待たせしました。」

 

 ―――向かいの席に村長が座る。

 村長は日に焼けた肌に肩ぐらいある薄紫色の髪が特徴的な女性だ。

 体つきは細身ではあるが、痩せ型というよりは無駄な部分をできる限り省いて作り上げられた印象を受ける。麻でできた丈夫そうな服は土で汚れているが、臭うということはない。強い疲労は顔には表さないようにしている様子だったが、三〇代半ば程かと思われる年齢の推測は美女特有の難しさがあった。

 

 「どうぞ」

 

 村長は円卓の上に置いた白磁の器をアダマスは片手を上げて断った。

 喉の渇きを一切覚えていないし、この兜を取るわけにもいかないからだ。

 その時、アダマスは村長の左手薬指に不思議な反射をする宝石の指輪が嵌められていることに気づくが、近くに男性の気配がないことから、ご不幸があったと推測し、追及することはなかった。

 

 「せっかく用意していただいたのに、申し訳ない。」

 「滅相もありません。頭をお上げください」

 

 頭を軽く下げたアダマスに村長は慌てふためく。理知的な印象を受ける女性だったが、先程まで圧倒的な暴力の限りを尽くしていた人物が頭を下げるという想定外の事態にはこういう表情もするのかと、村長に対するイメージを良い方向に更新しながら、尋ねる。

 

 「さて、お聞きしたいことは山ほどあります。」

 「はい。ですが、その前に……ありがとうございました!」

 

 村長は静かに、深く頭を下げた。その声は震えており、人が涙を堪える音が聞こえた。

 

 「あなた様が来てくださらなければ、村の者は一人残らず殺されていたでしょう。心より感謝いたします。」

 

 強く心のこもった感謝の言葉にアダマスは後悔の念を薄らせる。正直―やってしまった―という思いが今も強く残る。右も左もわからない状況でなくとも殺人行為を犯す等、あってはならないことだし、その後が怖い。殺した相手にも家族や友人、仲間がいただろうに、遺族が復讐にきたら…等、今更考えても仕方のないことではあるが、そういった苦心を村長の言葉で少し慰められたことに、感謝の心を覚える。

 

 「顔を上げていただけませんか?こちらとしては、ただの成り行きですから―」

 

 アダマスは考えていた。精神の沈静化が種族の特性なら、強く現れる正義感も特性なのだろうか…と。同じアンデッドでもスケルトンメイジの上位種、死の超越者たる『オーバーロード』であれば違う反応だったかもしれない。自分の種族である――

 

 「あなた様のお陰で多くの村人が助かったのは事実ですから。感謝だけは言わせてください。」

 

 熱の入った視線と言葉でアダマスの思考は遮られる。『村を助けた男』は今後の展開を考える―――

 

 「とりあえず、話をもどしてこちらからの質問に答えてもらっても良いですか?村長もいろいろ忙しいでしょうから」

 「命を救っていただいた方にかける時間以上に大切なことはございませんが、畏まりました。」

 「それでは先ず最初に―――ここはどこですか?」

 

 

          ●

 

 

 「は…はぁ!?」

 「! どうされましたか?」

 「え、いや、すみません。急に大きな声を出したりして…」

 

 素で変な声を上げてしまったアダマスだが、アンデッドの特性のお陰ですぐに冷静さを取り戻す。もし人間の体をしていたら、冷や汗が止まらなかっただろう。

 

 「お飲み物でも用意しましょうか?」

 「いえ、大丈夫です。 お気遣いありがとうございます。」

 

 アダマスが最初に聞いたのは周辺地理に関する事柄だ。その内容は聞いたこともない地名、国名ばかりだった。何があってもおかしくないと覚悟していたが、それでもやはり突きつけられると驚きが勝る。当初、アダマスも様々な方向に思考を巡らせていたが、ユグドラシルの世界を基本に考えていた。ユグドラシルのスキルが、アイテムが同じ効果を持って使えるのだから、何らかの関係性があるのでは、と。しかしまるで聞いたことの無い地名が彼を出迎えた。

 

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国。

 

 アダマスは肘を円卓につけ、手のひらで額を押さえながら自身の思考を支える。

 異世界に来た。状況証拠は山ほどあったが、事実として受け入れるにはあまりにも大きな衝撃だった。

 

 「どうかされましたか?」

 「いえ、なんでもありません。想定とは少し違っていたので、頭痛が… 失礼、問題ありません。 それより、他の話をきかせてください。」

 

 

          ●

 

 

 「村長、失礼します。」

 

 村長から情報を集めていたところに壮年の男が入ってきた。

 男はアダマスに一礼した後、真剣な顔でなにやら相談をしている。

 

 「どうかしましたか?村長。」

 

 アダマスは右手を差し伸べながら村長に尋ねる。

 

 「アダマス・ラージ・ボーン様、それが…」

 「アダマスで結構。それより話してください。出来ることであれば、協力します。」

 

 美女の顔に明かりが差し込んだようだったが、複雑な感情を含んだ表情を浮かべていた。

 

 「実はこの村に馬に乗った戦士風の者たちが近づいているそうで、恐らく王国の戦士でしょう」

 「先ほどお話に聞いた、この村を懇意にしているという人物が所属している部隊ですね?」

 「アダマス様の事をどう説明して良いか…」

「なるほど、そのあたりの話は…協力をお願いしても良いですか?」

 「お任せ下さい。誤解が生まれれば、必ず解いてみせます。」

 

 

 

 鐘が鳴らされ、アダマスは広場に集まる村人の様子を眺めながら、腕を組んだり、手を兜の上に置いたり、拳を口元に添えたりと、落ち着かない様子が明白だった。大きな感情の変動には抑制が働くが、小さな緊張感や焦燥はジリジリとアダマスの精神を苛んでいた。

 

 「王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ様はとても立派な方です。真実を話せば解ってくださいますよ。」

 「頼りにしています。村長さん。」

 「ヴァーサとお呼びください。」

 

 村長は上目遣いで見つめながら、笑顔をアダマスに向けた。

 美人に下から視線を向けられる。悪い気のするものではない。

 

 やがて村の中央を走る道の先に数体の騎兵の姿が見えてきた。騎兵たちは隊列を組み、静々と広場へと進んでくる。

 

 「あれが王国戦士―――なのか」

 

 騎兵たちを観察していたアダマスは彼らの装備に違和感を覚える。

 先ほどの帝国軍の特徴を示していた騎士たちは、一名を除き統一された重装備であった。それに比べ今度の騎兵たちは、確かに鎧を着ているが各自使いやすいように何らかのアレンジが施されている。

 武装も豊富であり、様々な状況に対応できる装備から、軍隊というよりも傭兵団の方が近いのかも知れないと予想できる。

 

 やがてその中から馬に乗ったまま一人の男が進み出た。戦士たちのリーダーらしく、全員の中で最も目を引く屈強な男だ。

 

 「馬上から失礼する。私は、リ・エスティーゼ王国、ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである」

 

 逞しくも静かな声が広場に響き渡る。アダマスは村長から聞いた情報を思い出す。

 

 「王国戦士長… 王国の御前試合で優勝したとかいう…」

 「ほう、私を知っているのか。 貴殿が何者か教えてもらいたい。」

 

 ガゼフの視線が真っ直ぐアダマスに向けられた。

 あまり他人に見つめられるのは慣れていないが、ここで目を逸らしては今後何かと不都合がある可能性は高い為、アダマスも視線は逸らせない。

 

 「はじめまして、王国戦士長さん。 自分はアダマス・ラージ・ボーンという。 この村が騎士に襲われていたので、助けに来た者です。」

 

 アダマスは目線を相手に向けたまま軽く一礼し自己紹介を始めた。

 

 「広場に来るまで多くの死体を発見した。 人間の業ではありえない死に方をしていたが…貴殿はヒトなのか? 焼死体や上から何かに押され圧死したもの、首を飛ばされたものに大きな手で握りつぶされたような死体まであった。」

 

 鋭い――というよりは、当然の推測だろう。実際アダマスは実験として多種多様なアイテム、スキルを使用して騎士たちを殲滅したのだ。未知の怪物が特殊な力を使って暴れたと思われても仕方がない。 事実そうなのだから。

 

 「戦闘能力を持つ騎士を鏖殺してから、村人に手を出そうというところで我々が現れた…という線も」

 「違います!!」

 

 戦士長の考察を遮るように少女の叫びが辺りを震わせた、その声に一等驚いたのは、副長のマーク・バレーだ

 

 「エマ!!」

 

 赤髪の少女が村長の後方から、アダマス達に駆け寄ってくる。

 

 「村長、これは」

 「大丈夫です。」

 

 ヴァーサの耳打ちに一瞬扇情的な気分になるも、すぐに沈静化されてしまう。強制的な冷静さというものも、一長一短だとアダマスは思う。

 

 「アダマス様は本当に私と、この村を救ってくださったんです!」

 

 真剣な眼差しの少女の目は、強い意志を持って戦士長の眼を見やる。それに対し、馬から飛び降りたガゼフは深々と頭をさげた。

 

 「大変申し訳ないことをした。詫びる言葉もない。」

 

 その時、空気が揺らいだ。

 確かに、村の救世主への態度としては褒められたものではないかもしれないが、民を守る剣を持つものとしては、間違ってはいない行動であり、考え方によっては謝る必要のない、王国戦士長という地位に就く人物が身分も明らかでないアダマスに敬意を示しているのだから。

 この行為は流石に村長も予想していなかった様子で、眼を丸くしている。

 

 「いえ、立場が違えば、自分も同じことを言っていたと思いますから。 お気にされず。」

 

 力を持つ者よ、持たぬものを守れ。このテの言葉は耳心地が良く、賛同する人も多いだろうが実践できるか否かとなれば話は変わってくるだろう。

 もし、本当に自分が村人を襲おうとしていたとしたら、この男は命懸けでそれを止めただろう、とアダマスは思い、ガゼフに対して好い印象を抱く。

 

 「それにしても、かなり腕の立つ御仁とお見受けするが、ボーン殿の名をぞんじあげませんな」

 「自分は旅の途中、偶然通りかかっただけですから。当然でしょう。」

 「旅の途中か。よろしければ村を襲った者共について出来る範囲で構いません、説明をお願いしたい。」

「喜んでお話しさせてもらいますよ。こちらとしても直ぐに伝えなければならない情報もありますから」

 「先にこちらから一つ良いだろうか…。 兜を外してもらえるかな?」

 

 やはり来たか。村長から事前に「こちらを信頼させる為にはアダマス様のお顔を相手に見せる必要があると思いますが、大丈夫ですか? ずっと兜を外されないので、何か理由があるとは推察できるるのですが…」と心配そうな顔で言われたが、用意も無しに骸骨の素顔を晒すリスクは余りにも大きい。しかし『用意が有る』なら問題はない。

 アダマスはゆっくりと両手で、勿体つけながら兜を外す。

 

 「これで良いでしょうか。」

 「…ありがとうございます。ボーン殿。 黒髪黒目とは親近感を禁じえませんな。 ご出自は南方だろうか。」

 

 「まぁ、かなり遠く。とだけ言わせていただきます。」

 「複雑な事情がお有りのようだが…。 話が逸れてしまった、申し訳ない。それで、ボーン殿が我々に伝えたい内容というのは?」

 「騎士の一人から聞いた話なのですが…」

 

 

          ●

 

 

 一晩村で休息を取ったガゼフ達は、翌日早朝に次の巡回先であるカルネ村へと向かう。

 戦士長の指示で2名の騎兵が村に残ることとなった。表向きは村の護衛を増やすことと言っていたが、おそらくアダマスの監視が主目的だろう。

 その内の一人は副長マーク・バレーだ。

 マークを村に残すにあたり、ガゼフと副長二人の会話をアダマスの鋭い聴覚がとらえていた。

 「隊長、副長である自分が抜けては指示系統が」

 「ボーン殿がいなければ、怪我人搬送の為に部隊を二分していたところだ。副長権限はリディックに引き継がせる。マークはあの子の傍にいてやるべきだ」

 「隊長…」

 

 この会話を聞いたアダマスは、ガゼフの印象を良い方向に一段引き上げた。

 

 

 

 

 戦士たちを見送った後、村の東側にある共同墓地で葬儀が始まった。大きな石碑にアダマスには読めない文字で名前が刻まれた墓石が点在している。その中で村長が鎮魂の言葉を述べていた。

 集まった村民の中に助けた少女――エマ・マリーの姿もあった。母親の死体も今回埋葬されるそうだ。

 村人とは少しばかり離れた場所で眺めているアダマスは深く腕を組みながら左手に持つルーンが描かれた一枚の札を弄りながら思案を巡らせていた。 死者復活の力を持つアイテム。アダマスが持っているのはこの一枚だけではないが、使用すれば失われる消費アイテムだ。数に限りがあり、補充の方法がない現状では、余程のことがない限り、使用は控えなければならない。この事実を知れば、非情と思われたとしても。

 弱者を救う正義感を有していながらも、冷徹な判断ができる自身の精神に複雑な思いを抱きながら、アダマスはゆっくりと札をアイテムボックスに仕舞った。

 

 「村を救ったことで…許してもらおう。」

 

 

 ちょうど新たな墓石に土をかけるところで、一人の少女が戦士の胸で啜り泣く声が聞こえた。

 

 

          ●

 

 

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 「この村の村長だな。横にいるのは一体誰なのか教えてもらいたい」

 

 

 

 「それには及びません。はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われておりましたので。助けに来た魔法詠唱者(マジックキャスター)です。」

 

 

 

 

 

 





これにて第一章「アダマス・ラージ・ボーン」は終了です。
次回、幕間を挟んでから第二章「巨星爆誕」が始まります。
よろしければ読んでやってください。

次回の幕間タイトルは「死の超越者サイドその1」です。

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