ナザリック地下大墳墓階層守護者統括――アルベドは唯一無二の主、アインズ・ウール・ゴウンに命じられ、主人の執務室である作業を行っていた。
遠くない寝室では、アインズと同盟者アダマス・ラージ・ボーンが二人きり。 言い得ない気分に悶々としながらも、与えられた任務を果たすべく気を引き締める。
「ふう…」
メイドが淹れた特殊な効果を持つ飲み物を口にしたアルベドの、美しく艷やかな唇から甘い吐息が漏れる。
絶対支配者にして至高の存在、アインズ・ウール・ゴウンの執務机に置かれた紙の束と向かい合って五時間が経過したところだ。
その紙には先日、リ・エスティーゼ王国王都に突如現れたワールドエネミー、サン・ブレイズを始めとする“七曜の魔獣”について記載されていた。
『七曜』というだけあって、全七体の同等の力をもつ魔獣が存在する。
魔獣はそれぞれ月、火星、水星、木星、金星、土星、太陽の名を冠し、それらを統率する神―タイプ・ノヴァ。
ノヴァが魔獣を統べる神となる経緯についても事細かに書かれているが、今回は敵となり得る七体の魔獣とノヴァの戦闘能力にのみアルベドは注視した。
単純戦力として、ナザリックの全戦力と同等と言える魔獣を七体同時に相手にした場合、どのように戦力を分け、どのような策をとれば完勝できるのか。 そう、主人が求めたものは「完勝」だ。
慈悲深い我らが至高の御方アインズ・ウール・ゴウンはナザリックのシモベを一粒とて失わない作戦を望んでいる。 しかし同時に、作戦立案の困難さも十分承知している為、アルベドに「ユグドラシル金貨、私やシモベの魔力によって生み出せるもの以外、つまり我が友が創造したシモベを一人でも失うことがあってはならない。 シモベ達の長たるお前が完勝の策を立てられないのであれば、それは最初から無いも同然だろう。 もし立案できなくとも気に止むことはない」と優しい言葉をかけた。
しかし、デミウルゴス主宰のゲヘナ作戦最中に現れ、よもや事態を滅茶苦茶にしかけた獣を野放しにするようなことは出来ない。
集められた情報から『予言者』と名乗る人物が、サン・ブレイズ召喚に関わっていることは火を見るよりも明らかである。
その予言者の部下が持っていた
精神攻撃に対する絶対耐性を持つ、ナザリック階層守護者シャルティアが以前に精神支配を受けたことがある。 その効果が
慈悲深く寛大な王が心を痛めた事件。 その御手によってシャルティアを一度殺さなければならない状況を作った怨敵が、のうのうと生きていて良いはずがない。
苦痛と絶望の中で悶え苦しみなが滅ぶべきなのだ。
それに、思考を止めるにはまだ早い。 魔獣が七体同時召喚されるのはあくまで「最悪のケース」である上、アダマスが予言者と対峙する前に、主が超位魔法によって強力な魔物が複数召喚される手筈となっている。 正確に何体現れるかは不明であるが、戦力として加わればまだ希望はある。
更に、これからデミウルゴスがこの部屋に持参する資料が加われば、十二通りは策を練ることができる。
アルベドはそれを心待ちにしながら、今の自分ができる限りを尽くす。
●
執務室の扉が外側からノックされる音が聞こえた。
アルベドはメイドにデミウルゴスであれば中に入れるよう指示を出す。
メイドは丁寧かつ急ぎ足で扉へと向かった。 少しだけ扉を開け、外の人物と言葉を交わす。
「これはデミウルゴス様、アルベド様から来られたら中に入れるよう指示を頂いております。 どうぞ」
メイドに感謝を告げたデミウルゴスが執務室へと入ってくる。 相変わらず十分すぎる程に整えられた身だしなみと、自信に満ちた姿勢だ。
「アインズ様から指示を頂いた例の資料、お持ちしましたよ、アルベド」
待ちわびていた品物の到着にアルベドは頬が緩む。
デミウルゴスが届けた資料、それはある人物によって公開された「ギルド『アダマス』メンバーの百人分のデータ」だ。
「アダマス様… これからギルド『アダマス』についても話に上がりますから、区別の為にも同盟者様のことは、『ボーン様』と呼称しましょうか。 改めまして… ボーン様から頂いた情報を元に、改竄されていた部分を私が加筆修正しました。 そして、アインズ様から指示して頂いた『アダマス』の戦闘要員十三名は分かりやすいよう印をつけています」
デミウルゴスは持参した資料の概要を説明した。
『アダマス』のメンバーについての情報に注目した理由は、ボーンと村を守ろうとしていた『高レベルトラップ使い』、元『アダマス』のメンバー『トラバサミ』が「仲間がいる」という意味の発言した。 という事実をボーンから聞いたアインズが、トラバサミが仲間と認識する人物は恐らく元『アダマス』のメンバーだと予測し、場合によっては味方になり得ると判断した為だ。
剣聖 キュイラッサー
赤き重武装ゴーレム マグナード
この十三人が揃えば数十名のギルド単位で攻略するはずのワールドエネミーも倒してしまう程の実力とチームワークだった。
資料には彼らの所持する装備や
資料に目を通していたアルベドは、不思議な感覚に襲われ、眉を
その様子を目にしたデミウルゴスは満面の笑で口を開く。
「アルベドも気付きましたか。 その資料は一部、私が改訂した部分もありますが、ほとんどは赤錆という人物一人が作ったもの… のはずでした。 しかし、私は読み進めていく時に気づいたのです。 このデータは複数の人物によって作られたものだと」
誰しも文章を書くにあたって、独特の「クセ」があるもの。 句読点の割合や改行のタイミング。 他にも多用しがちな言葉等あるが、センリのデータの部分と、ラージ・ボーンのデータの部分が明らかに別人が書いたかのような「クセ」が確認できた。
デミウルゴスは嬉々として言葉を続ける。
「アインズ様は当初『高レベルトラップ使い』、つまりトラバサミが情報漏洩の犯人だと疑っていましたが、ボーン様は赤錆の犯行だと断言されました…」
デミウルゴスの記憶にもある、アインズの勘違い――のはずだったが、忠実なるシモベである悪魔は、智謀の王たる主が間違いを犯すはずがないと考えていた。 その考えが正しかったという喜びがデミウルゴスの口を一層歪める。
「正答は「どちらも正しい」です。 赤錆とトラバサミの二人が情報漏洩を企てた。 もしくは、資料の作成は二人で行ったが、片方は漏洩目的でつくり、もう片方は別の目的があった」
アルベドは何故、ボーンを守ろうと奔走する人物が、本人を苦しめるようなことをしたのか理解できなかった。
しかし、一度目のボーンとの会談を終えたアインズから聞いた、トラバサミが発した言葉を一つ思い出す。
「トラップ使いは、ボーン様に対し「会わせる顔がない」と話していたらしいけれど、もしかしたら、それが理由なのかもしれないわね」
「どちらにしても、情報漏洩に関わっていたことは間違いないでしょう。 これまでの情報を踏まえて、アインズ様が御所望されたものを作成しましょう」
「そうね。 場合によっては、コキュートスやシャルティアは大喜びするでしょうね」
「例の薬草の時には、見苦しいところをお見せしてしまいましたが、此度はより完璧なものをお見せしましょう」
アルベドとデミウルゴスはお互いに熱い情熱が宿る視線を確かめ合う。
「そういえば、ニューロニストから魔女の尋問の途中経過を受け取っていました。 真っ先にアインズ様にお伝えするべきですが、アダマス様との会談はもう少し続きそうですから、アルベドに伝えておきましょう」
「今回は、大丈夫だったようね」
以前、アインズが捕縛したスレイン法国の特殊部隊「陽光聖典」の隊員には特殊な、自殺装置のような魔法がかけられていた。 ある特定の状況下で質問を数回されると絶命する、という仕掛けだ。
「ええ、警戒しておいて正解でした。 しかし、『敵』はその事で油断していたのでしょう、あの魔女には多くの情報が伝えられていたようです。 我々が知りたかった情報も…」
「『敵』の目的が分かったのね?」
「…人類以外の滅亡、魔女は「
【あとがき】
十二月二十四日に投稿したものを一度削除し、“七曜の魔獣”の情報を追加、視点とラージ・ボーンの呼び方を変えて再投稿いたしました。
前回より多少読みやすくなったかと思います。
今後も率直な意見、感想等頂けると嬉しいです。
「人様に読んで頂く文章」であるよう、今後も努力して参ります。