骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 いつか、ある人物が語った。
 何百年生きても、「魂」は変わらないと。




六話 「自由な魚」

 

 

 キーン村が『敵』に襲われたという報を聞いたアダマスは、アインズとの会談を中断し、転移魔法を使用して急ぎ村へと戻る。

 そこにいたのは、かつてユグドラシルで共に戦い、憧れた女性のアバターと瓜二つの人物。 スカアハと名乗り、センリであることを否定する彼女と今、アダマスは村にある邸宅、自室でテーブル越しに向き合っていた。

 (なになに、何なんだこの状況。 アインズさんとこれからについて話し合ってたら、村が襲われたって聞いて、急いで戻ってくるとセンリさんにそっくりな人がいるし。 自分はNPCだとかセンリさんに作られたとか言ってるし。 たしか、ナザリックのNPCも転移してから自我を持ったっていうけど… なんだっけ、こぎとえるごずむ? 我思う、故に我有り… いやいや、そんなことよりもスカアハを見るなりアインズさんはナザリックに帰っちゃうし。 とりあえず、会談でガゼフさんについての相談を伝えられたからイイけど…)

 アダマスは項垂れたまま猛烈な勢いで状況を整理しようと思考を巡らせる。

 男の目の前で美少女は楽しげな笑みを浮かべていた。 失った筈の笑顔と酷似したそれを見せられて、アダマスの思考は不死者(アンデッド)がもつ精神の安定化で処理が追い付かないほどに混乱している。

 「ここが骨太くんの部屋かー。 豪華だね!」

 「ああ、ありがとう…」

 スカアハの声が聞こえた瞬間、アダマスの肩がビクンと震える。 何とか顔を上げて相手の顔を直視するが、その仕草、声、雰囲気までそっくりな女性のことがチラつく。 頭ではスカアハの事をセンリ本人ではないと考えながらも、心が落ち着いてくれない。 聞かなければならないことも沢山ある。 先ずは声を出さなければと、アダマスは口を開いた。

 「いや… スカアハって名前聞いた時は、赤錆さんが他所のギルドで作ったNPCかと…」

 「あかさびってだれ?」

 不思議そうに首を傾げたスカアハの言葉を聞いて、アダマスは無いはずの目を見開きそうになる。

 「え… 君はギルドの事を知らないのか? いやでも、自分の事を「骨太」って…」

 「うん、それはセンリが話してくれたから。 本当はラージ・ボーンっていうんだけど、直訳すると「骨太」だからって。 それと、すごく良い人だって言ってた。 一人でいたくない時は話相手になってくれて、いつも助けられてばかりだったって」

 スカアハは良い思い出を語るように穏やかな笑顔でセンリが自分に話し聞かせたことを指折り数える。 いつも助けられていたのは自分の方だと、アダマスは思いながら、スカアハの記憶についていくつか気付くことができた。 彼女は「センリの魂を持つ」が「センリの記憶を持っているわけではない」ということ。 「魂」とは、センリも曖昧な表現をしたものだと思う。 しかし、どうやってスカアハが生まれたのかが謎のままだ。

 「ええと、スカアハさん…」

 「んー、さんは要らないよー」

 「ん、じゃあ…スカアハ、君はどこでセンリさんと話をしたのかな?」

 「わかんない。 そこはいつも薄暗くて、センリ以外来なかったし、あたしも外に出なかったから」

 ギルド『アダマス』も大型の拠点を所有するギルドである為、一〇〇レベル級のNPCが何体か拠点守護者として創造されたが、その中に『スカアハ』というNPCは存在しない。 かといって、引退直前まで『アダマス』に所属していたセンリが他所のギルドで『スカアハ』を作成することはできないはず。 『アダマス』のギルド武器、獅子槍ディンガル―と同じ性能を持つ複製(レプリカ)―を所有している時点でおかしい。 

 考えれば考える程謎は深まるばかり。 原点に立ち返るなら、なぜセンリはスカアハを創造したのか。 …しかし、それらはもう過去の話。 今アダマスが気にしたいのは――

 「スカアハ、君はこれからどうするんだい?」

 「特に考えてないよ。 センリは人の役に……」

 「スカアハはスカアハだ。 君はセンリに縛られることはない」

 「え…」

 アダマスは素直な自分の気持ちをスカアハに伝えた。 少女はその答えが意外だったのか目を丸くしたまま、聞く姿勢を保ち続ける。

 

 センリが何故、スカアハに「自分の魂」を託したのか。 その意味を考えるべきなのだ。 記憶や自分自身という設定ではなく、センリ自身の何かを残したくて彼女が生まれた。 それはまるで――

 「この世界は君がセンリの目的を果たす為のものじゃない。 世界は君が幸せになるためにあるんだよ」

 「…いいのかな」

 「君を創造したセンリという女性は、本当に沢山の人から愛されていた。 自分もその一人なんだけどね。 僕にとって大切な人が、何かの思いを込めて君が生まれたのなら、僕にとっても君はたぶん…娘のような存在なんだと思う」

 「……」

 スカアハは感情が汲み取れない複雑な表情で、アダマスの顔をじっと見つめる。

 「センリは娘のような君の人生を、縛ろうとはしないだろう。 ただ、幸せになることを望んでいるはずだ。 だから、君は君のしたいことをすれば良い。 なりたいようになれば良い。 今はなくても、これからゆっくり見つければ良い。 その為に手伝いが必要なら、いつでも連絡して。 〈伝言(メッセージ)〉は使えるね?」

 「…うん。   …パパ?」

 「ぶっほ!!」

 水分もなにもない筈のアダマスの口から何かが吹き出た。

 ずっと娘、娘と相手のことを表現しておきながら、逆に自分の事を「パパ」と表現された途端に、今まで自分がどれほど恥ずかしいことを口走っていたのか思いだし、のたうちまわりたくなる。

 「くは…あ… あのね、スカアハ、自分のよ、呼び方は…骨太で良いから!」

 「うん、骨太くんがそれでいいなら、そうする」

 美少女の満面の笑みだ。 不死者(アンデッド)でなければ、同じ顔の人物に二度目の恋をするところだった。

 

 

          ●

 

 

 ある日、目を覚ますと一面の草原の上にあたしは立っていた。

 覚えているのはセンリという女性が私を作り、魂を入れたこと。

 そして、よく話してくれた『骨太くん』という男の人のこと。

 優しくて、気が弱くて、変に達観してるところがあるかと思ったら、たまに子供よりも子供っぽい。 努力してるとこを見られるのが苦手で、でも人から認められたくて頑張る。 一生懸命なのを隠してるつもりでも、それが隠しきれなくて、周りがつい助けたくなる。 独りぼっちだとか、友達作りが苦手だとか言いながら、そのまわりにはいつも笑顔と温もりが溢れていた。 そんな人。

 センリはいつも語っていた。 「あんな人になりたい」と…

 

 空を見上げると少しの白と一面の青。 さっきまで居た暗い場所とは大違い。 ほんのすこし眩しいけれど、はじめて感じた日の暖かさと風に包まれる感触が心地良い。

 あたしの名前は『スカアハ』

 センリという女性の魂を持つ人形。

 …のはずが、やっと出会った『骨太くん』に、その認識(イメージ)を壊された。

 他人の役に立つことに人生を捧げた女性、「センリのようであれ」とは設定されていない。 創造者の魂なんて入れられても、何をしたら良いのかわからない。 

 

 

 骨太くんの大きなお屋敷、その客間の一つを貸してもらいながら、考えてみる。

 

 この世界に来てからのこと。

 街道に入ってから、道なりにあるいて着いた場所。 エ・ランテルで出会った人に勧められ、文字もよくわからないまま冒険者になったけど、たくさんの人が助けてくれた。 何故、自分に良くしてくれるのか尋ねると「かわいいは正義」とかいう、謎のルールがあるらしい。

 

 自分を助けてくれた人たちの役に立ちたい。

 この気持ちはセンリの魂に引っ張られているのかもしれない。

 それでも、きっとこの気持ちを骨太くんに打ち明けたら「やりたいこと、やってみよう」って言ってくれるだろう。

 

 骨太くんの傍にいれば、あたしは楽だと思う。

 あの人が示してくれる道なら、どんな場所でも行ける気がする。 どんな事だって、できる気がする。 

 でもそれは甘えなんだとも思う。

 

 もう少し、あの人と離れて頑張ってみよう。

 

 あたしは何をしたいのか。 あたしは何になりたいのか。

 たぶん、答えはそんなに遠くない。

 

 

          ●

 

  

 「スカアハ、気をつけてね」

 「うん! 村長さんも、お世話になりました!」

 「いえ、スカアハ様さえよろしければ、いつまでも居てくださって良いんですよ? アダマス様同様、スカアハ様もこの村の救世主なのですから」

 アダマス邸で数日泊まり込んだスカアハは、エ・ランテルに戻ることをアダマスとヴァーサに伝え、今その二人に見送られる。

 「同行したいのはやまやまなんだけど」

 アダマスは自分がこんなにも頼りない声を出しているとは信じられなかった。 旅立つ我が子に手を伸ばす父親のようではないかと考え、父親という単語に複雑な感情を覚える。

 「気にしないで、骨太くんも大事なことがあるんでしょ? 昨日少し話した時も、何か思い詰めた声してたし」

 「ん、そうだね。 ああ、でもいつでも連絡して良いからね? 何にもなくても、ちょっとした悩みとか相談でも…」

 「はいはい、本当にパパみたいだよー」

 「っぐ…」

 この単語を出されると、アダマスはそれ以上踏み込めない。 主導権(イニシアチブ)を握られるとはこのことかと、内心で肩を落とす。

 情けない男の様子を見かねたヴァーサが口を開く。

 「今回は非常にお世話になりました」

 村長の感謝を受け、スカアハは笑顔で頷いた。

 「村長さん、骨太くんのこと、よろしくお願いします!」

 「はい、お任せください」

 

 アダマスは笑顔を向け合う美女と美少女、その間に強烈な電撃が巻き起こった幻覚を見たような気がした。

 

 先日、魔女によって村が襲撃された際、村長は村人全員に魔法で〈伝言(メッセージ)〉を送り、カルネ村へ避難するように指示を出した。

 しかし、襲撃を退けた後、村人達があらわれる。 誰ひとり村長の指示に従わなかったのだ。 その上徹底抗戦の意思を示した彼らに対して、鬼のような形相で叱りつけたヴァーサの顔が思い出される。

 

 「それじゃ、また!」

 一度深々とお辞儀をする美少女に、アダマスとヴァーサは軽く手を振る。

 

 スカアハの姿が見えなくなるまで、二人は穏やかな心で見送った。

 

 

 「良かったのですか? あの方は…」

 「あの子は、ある意味で自分の大切な人の…子供なんだ。 だから、自由であってほしい」

 「そう…ですか」

 「それよりもヴァーサ、昨日も話したけど…」

 「はい、いよいよなのですね」

 

 「アインズさんから、予言者の目的と拠点が判明したと連絡が入った。 猶予はそれ程ない。 明日、ナザリックからいくつかアイテムをお借りして… 決着をつけにいく」

 

 






 アインズ「そういえばアダマスは、世界級(ワールド)アイテム一個持ってたな?」

 アダマス「はい、これですよね」(首飾りを見せる)

 アインズ「そうそう、それ。 たしか名前は…」

 アダマス「単眼象神(ギリメカラ)、ですよ」

 アインズ「そうだったな。 しかし、性能ははっきり覚えてるぞ」

 アダマス「まあ、アインズさんとのPVPにはあんまり役に立ちそうにないですけどね」

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