ナザリック地下大墳墓、絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンは、守護者統括アルベドへセバスをここに呼ぶよう命じた。
ある極秘任務を下す為に。
ナザリック地下大墳墓の
慈悲深き、唯一無二の主、アインズ・ウール・ゴウンへの謁見はいつでも極度の緊張を要する。 もちろん、優しき主からそんなことを求められたことは一度も無いが、どうしても恐縮してしまうもの。 ただ、それ以上の喜びがセバスの背中を押し、扉を数度ノックする。
「…セバスか、入れ」
扉越しにアインズの荘厳な声が聞こえた。
本来であれば、メイドか守護者統括が先ず扉を開け、ノックした者の確認を取るはずだ。 それがないということは、執務室の中には主人だけ。 守護者統括にも内密の任務を命じられるのではと、セバスはより一層緊張感を高める。
「失礼いたします」
出来る限り丁寧に扉を開け、そして締める。 全ての動作が従者として最上と言える仕草だった。
主人の声を聞き逃さず、近過ぎない適度な距離まで歩いたところで、セバスは跪く。
自分から声は出さない。 主の言葉を待つ。
「…面を上げよ」
「はっ!」
セバスの目に、至高にして最強の存在が映る。 美貌と智謀、博識と膂力、全てを持ちながら奢らず、高みを目指し続ける慈悲深き主。 至上の人物に仕えることのできるナザリックのシモベ程幸福な者はいないと確信する。
「うむ、セバスよ、ツアレはよくやっているか?」
「はい。 アインズ様の御慈悲により僭越ながらナザリックの一員となりましたツアレ本人の努力もあり、いずれメイドとして及第点を得るものと確信しております。 私が教えられない部分はペストーニャが……」
ツアレとはヤルダバオト事件の前に、セバスが王都の娼館から救出した少女。 セバスの傍に居ることを望んだツアレの意思を受け止めた主が、ナザリックのメイドとして迎え入れることを許可した結果、現在セバス直属のメイドとして訓練を積んでいる。
セバスの話しが一段落したところで、アインズは口を開いた。
「…そうか、問題ないようで何よりだ。 ではセバス、本題に入ろうか」
「はい。 何なりと」
娘か妹の話をするような気分を切り替え、セバスは執事であり、一級の戦士としての意識を整える。
「今日から数日の後に、アダマスがキーン村を離れ、エ・ランテルへ向かう。 お前に命じるのはアダマスが不在の間、村の防衛だ。 村の周囲に設置されたトラップの解析は終えている。 どうやら高レベルの存在に反応して、転移魔法が発動するタイプらしい」
アインズはセバスに小さな装飾の無い金の指輪を投げ渡す。
「それは表面上、レベルが二十四以下になるものだ。 本来、他プレイヤーによるステータス調査を誤魔化す為のものだが、レベル制限トラップにも使用できると実験で判明している。 これを使えば、村のトラップも回避できるだろう」
「畏まりました。 全身全霊をもちまして、任務を遂行したします」
受け取った指輪を熱い気持ちで握り締めながらセバスは答えた。
執事の返事に対し、満足げな主人は再び口を開く。
「例の『敵』が我々同様にトラップの回避術を見つけていないとも限らない。 その辺り警戒するように。 あと、もし戦闘が起きた場合はできるだけ良いタイミングで助けよ。 これはアダマスに恩を売る為でもあるのだから」
「…大変申し訳御座いません。 非才の私に、アインズ様の考える「良いタイミング」というものを教えていただけますでしょうか?」
「ああ、そうだな、例えば… キーン村を守ろうとする者に、敵が止めを刺そうとする直前とか…かな」
●
セバスはアインズの命令通り、アダマスがキーン村を発ってから数日後、彼が最初に転移した場所に来ていた。
この場所に転移した理由は、アインズがアダマスとの対話の為に、安全が確保されているからである。
日にちをずらしたのは、アダマスが居なくなってからすぐに村へ訪れては、村長あたりに怪しまれる可能性を考えてのこと。
セバスが村を訪れる体面は、王都でアダマスに助けられた貴族の贈り物を届ける執事――というものだった。
用意された荷馬車に乗り、先ずは街道へと出る。 そこからキーン村の入口へと向かう予定だ。
ここ数日キーン村に問題が起きていないことは、村の周りを見守っているシモベから定期的に連絡を受けている為に知っている。
その為、村よりも移動中の自分の周りを警戒しながらセバスは馬を走らせていると、目の前の街道を歩く人影に気付く。
「あれは…まさか…」
その人影に近づくにつれ、疑惑は確信へと変わる。
セバスは馬車で人影の前へと回り込む。
「んー、何かご用?」
人影――藍色のマントで全身を隠す、美しい少女は突然目の前に現れた人物に対し、特に驚くことなく可愛らしい笑顔で首を傾げてみせた。
セバスは馬上から少女の顔を見て、ナザリックがこの地へと転移する前、自身の創造者である、たっち・みーが他の至高の御方と話していた人物を思い出す。
「センリ様…」
「あははー。 残念、五〇点。 私はセンリではないんだー」
白い肌、マントの隙間から見える黒いボディスーツに、日の光を反射する深紫の光沢が美しい長髪。 そして、決定的証拠とも言える、黄金の槍をもつ女性。 主人が言っていた『センリ』の特徴そのままの人物は、セバスの言葉を半分否定した。
中途半端な回答に対し困惑するが、セバスはそれ以上に現在の自分の立場を見返し、慌てて馬から降りる。
「これは…馬上から失礼しました。 私はセバス・チャンと申します。 主の命を受け、キーン村へと贈り物を届けるところでして…」
「へぇ~… あたしはスカアハ。 村にいるアダマスって人に会いに行くんだよー」
健全な精神を持つ若者であれば、一目で恋に落ちてしまいそうな笑顔を浮かべる美少女。
実際セバスはアダマスが村にいない事を知っているが、アインズが作った筋書き上、キーン村へと贈り物を届ける『老紳士セバス』は何も知らないという設定なので、スカアハにその事実を伝えられないことに、罪悪感を抱く。
しかし、先ほどのスカアハの返答から、明らかに彼女は『センリ』について何か知っている様子だった。
セバスがそのことについて、スカアハに訪ねようとしたその時、キーン村の方向から強烈な爆発音が聞こえた。
先に反応したのは、スカアハだった。
「行ってみよう! オジサマ」
「お、オジ… はい、参りましょう」
突然の呼称に一時思考が停止してしまうが、すぐに冷静さを取り戻したセバスは、馬車よりも速い自分の足で、街道をスカアハと共に駆ける。
●
唯一無二の主であるアインズの予想は的中していた。
アダマスの不在を狙ってか、キーン村の長と
戦場の爪痕は悲惨の一言であり、所々が火の海と化していた。 地面が融解している場所さえある程。
そんな爆心地で村長を守るように立つ満身創痍の
まさにゴーレムに対し、魔女が止めを刺さんとしたその刹那、スカアハが声をかけ、相手が思考を止める。 その間に村長、ヴァーサのもとへとセバスは目にも映らぬ速さで駆け寄った。
スカアハは魔女に向けて、「○○は通用しない」と満面の笑顔で断言しているが、その事よりもセバスは項垂れる女性の安否確認を優先させる。
「お怪我はありませんか?」
地面に膝を突き、涙で目を腫らせたヴァーサを介抱しつつ、セバスは優しく真っ直ぐな眼差しで尋ねた。
「は、はい…。 貴方がたは…いったい?」
ヴァーサが震える声で必死に絞り出した言葉に、膝を屈したゴーレムの頭部を愛おしげに撫でているスカアハが答える。
「骨太くんがこの子を預けたんなら、あたしはあなたの味方だよー」
「ほ、ほね…くん?」
セバスは話の流れから『骨太くん』がアダマス・ラージ・ボーンを指していることは理解したが、親しげにそう呼ぶスカアハのことは未だに謎のままだった。
自らを「センリではない」と言いながらも、その態度、装備、雰囲気までそのままな彼女はいったい何者なのか。
再びスカアハの方向から声が聞こえる。
「ゴーレムくん、もう大丈夫だよー。 お姉さんにまかせなさーい」
十にも満たない子供が生まれたばかりの弟か妹に対し、年長者振るような可愛らしい口調でスカアハはゴーレムに笑顔を向けた。
ゴーレムは元の手のひら大の人形に変わり、ヴァーサの手元に戻る。
目まぐるしい状況の変化にやっと追いついた赤毛の魔女が叫ぶ。
「貴様ら…何者だ!」
「…何者でもないよ。 ただのスカアハっていう名前の女。 あ、でも一個だけ設定があるけど… そこはまあ、今言うべきじゃないだろうし、女の人をいじめるようなダメ子さんには絶対に教えてあげない!」
そう言い終えた後、美しい藍色のマントを投げ捨て、黄金の槍を構える健康的でしなやかな肢体を持つ女性に対し、セバスはその正体を二つ見つけることができた。
自分と同様に「設定」を持つ彼女は『NPC』であり、たっち・みーが言っていたある女性の性格から、誰がスカアハを作成したのかも。
老紳士は立ち上がり、魔女に神をも射殺しそうな眼光をむけながら名乗る。
「私の名は、セバス・チャンと申します。 大変申し訳ないのですが、あなたには聞きたいことが山ほどあります。 捕らえさせていただきますよ」
「いけない! あの女が着ている服は至高の宝具! 精神攻撃に絶対耐性をもつ
「…なっ!?」
ヴァーサの悲痛な叫びに一番反応したのはセバスだった。
「もう遅い!」
魔女は絶対洗脳の魔道具、“
この場での一番の強者へと向けて。
「……あのさ、あたしさっき言ったよね? それ、効かないって」
「ば、ばかな!!」
セバスの見立てで、ヴァーサはレベル三十五程度。 そして、アインズから授けられた指輪の効果により、どれほど観察眼の優れたものでもレベルは二十四以下としか判断されなくなっているセバス。 二人の目の前に立つスカアハは、世界を滅ぼすと言われる魔樹をも超える一〇〇レベル。 魔女が彼女を認識してすぐ「効かない」と宣言されながらもスカアハを狙ったのは、それを
魔女は最大の一手を間違えたのだ。
「本当に…効かないとは…」
この場で魔女の次に驚いていたのはセバスだった。
己と同じ一〇〇レベルの能力を持ち、精神攻撃に対する絶対耐性を有するシャルティア・ブラッドフォールンでさえ、ある
主であるアインズも言っていた「相手が
「至高の宝具が効かない相手は、同等の魔力量を有する宝具を持つ者のみ… 貴様も
「へぇ~、察しがいいね。 でも五〇点。 これは
絶対優勢だと信じ込んでいた状況が一変したことに狼狽える魔女の質問に、黄金の槍をクルクルと器用に回してみせながらスカアハは茶化して答えた。
魔女の口から「
「スカアハ様、先程も申し上げたのですが、あの魔女を尋問したいのです。 捕らえるのを協力していただけませんか?」
「いいよ~。 あたしも聞きたいことあるし。 いろいろ情報聞き出せたら、あたしにも教えてほしいな~」
「もちろんです。 それでは、参りましょうか…」
魔女―バアル・ファルース・インナの精神が焦燥と不快で満たされる。 自分に敵う存在は神だけだったはずが、なぜ突然現れた者に追い詰められているのか。 絶対なる至高の存在に創造された者としての自負が、敗走という最善の判断を数秒遅らせる。 ほんの一瞬の迷いは、魔女の運命を終わらせるのに十分な時間だった。
●
アダマスとアインズはナザリック地下大墳墓、主人の自室前廊下に作られた
キーン村が『敵』の尖兵によって襲われそうになったが、アインズの部下がこれを防衛、尖兵を捕らえることに成功し、今この
そして、防衛を成した人物が現れたら、自身も村の様子を覗う為に同じ
「本当にありがとうございました、アインズさん。 まさか、このタイミングで来るとは…」
「こうなることは予想していた。 それと、どうやら村を守ったのは部下だけではないようだぞ、アダマス」
「それはどういう…」
自室を一歩出た途端、口調が支配者のそれに即座切り替えるアインズの器用さに、感心していると、
「これはアインズ様、アダマス様、ご機嫌麗しく御座います。 この者が目覚める前に、ニューロニストの部屋へ運びますので、失礼ながらこれで…」
セバスは深々と一礼した後、女性の重さなど無いかのような軽い足取りで廊下を早足で駆けていった。
「あの女の人が、村を襲ったということか。 やっぱり、拷問とかするんですか?」
「はっはっは、丁寧に扱うさ。 何せ大事な『敵』の情報源なんだから」
アダマスの興味本位の問いに、大きく口を開けて笑いながらアインズは答えた。
「それより、村の方へ行かないか? 村を救ったもう一人の事が、私も気になるんだ」
「そうですね、早く行ってお礼を言わないと」
アダマスが
一人はキーン村村長であり、元スレイン法国特殊部隊漆黒聖典が第四席次ヴァーミルナ、現在はアダマスの第一従者ヴァーサ・ミルナ。 服が煤で汚れているが、怪我をしている様子はない。 彼女の手元にある、アダマスが渡した人形がかなりダメージを負っているところから、ゴーレムが守ってくれたことに小さな喜びを覚える。
そして、もう一人の人物の外見に、一緒に転移してきたアインズと共に、絶句した。
「あらら、骨太くん。 久しぶり~…じゃなくて、一応はじめましてになるのかな?」
白い肌に黒いボディスーツを身に纏う、しなやかで健康的な肢体を持き、深紫の長髪を草原の風に靡かせる美少女がアダマスに手の平を見せながら声をかける。
アダマスは困惑する。 自身を「骨太くん」と呼ぶのは世界で一人だけ。 その人物つと酷似した美少女の、支離滅裂な挨拶に思考が追いつかない。
困惑の度合いが軽く、アダマスよりも先に言葉を発することができたのはアインズだった。
「まさか、センリさん…なのか?」
「さっきのオジサマにもそう言われたけど、ちょっと違うんだ。 私の名前はスカアハだよ。 それに、センリはもう…」
アダマスは謎の女性から聞こえてきた言葉を、両手を突き出して制止する。
「…待て! それ以上は言わなくていい。 君がセンリさんじゃないってことは、分かった。 ただ、センリさんしか使えないはずの、その槍を…何故君が持ってるのか、教えてほしい。 返答次第では…」
この場に居合わせた誰もが背筋に不快な電流が走ったように感じた。 普段穏やかな男が見せた、ほんの少しだけの憎悪。
アダマスの真剣さに、真面目な表情になったスカアハは冷静に語る。
「うん、これは獅子槍ディンガルだけど、厳密には『アダマス』のギルド武器じゃない」
「久しぶりだけど、はじめて。 ディンガルだけど、ギルド武器じゃない。 まさか、君は…」
アダマスは気付いてしまった。 スカアハと名乗る女性が何者なのか。
スカアハは魔法で結界を張り、アダマスとアインズにだけ聞こえるようにしてから、答えを告げる。
「あたしはNPC。 ギルド『アダマス』先代ギルドマスター、センリに能力、装備を複製され、「センリの魂を持つ」と設定された『
【ユグドラシル時代、ある最強の二人の一幕】
たっち・みー「ラージさんから聞きましたよ、引退されるって」
センリ「骨太くんったら。 まあ、関係者には話して良いよって言ったし、たっちさんは十分関係者だもんね」
たっち・みー「そう言ってもらえると嬉しいですよ。 理由は聞きません。 私も、これからもっとイン率低くなると思いますので」
センリ「みんないろいろあるよねー。 えっと、たっちさんにお願いが…」
たっち・みー「何ですか? あまりログインできなくなるので、長期の話となると難しいですが」
センリ「いやいや、そういうんじゃなくて。 最後に、一回ヤリません?」
たっち・みー「ああ、なるほど… ん、よろんで」
センリ「やったー。 あっと、安心してください。 ギルド武器は使わないんで」
たっち・みー「それはまあ、そうですよね…。 じゃあ副武装の…なんでしたっけ」
センリ「ゲイボルグ・オルタネイティヴですよー。 そんじゃ、PVP開始ー!」