アダマス・ラージ・ボーンが王都での活躍を認められ、アダマンタイトの冒険者プレートを授与される為にエ・ランテル城塞都市へと向かってから数日後の事。 キーン村村長ヴァーサ・ミルナに、ある「終わり」が知らされる。
キーン村村長兼、アダマス・ラージ・ボーン第一従士となったヴァーサ・ミルナは、アダマスがアダマンタイトの冒険者プレートを授与される為にエ・ランテルへと向かってから数日経ったある日、自身の邸宅、執務室で一人これから自分が取るべき行動について思案していた。
全てを打ち明けた彼女の心は、以前より断然軽くなっている。 とはいえ、予言者の命令で村の住人を見殺しにした罪悪感はどうあっても拭えるものではない。 この後悔は肉体が滅んだ後も背負い続けることが、せめてもの贖罪であると心に誓う。
「悪を成した私には、いずれ罰が訪れる。 だから、それまでの間だけは…あの方を想い、傍に仕えていたい…」
ヴァーサが悲愴な決意を固めていたその時――
『――信徒ヴァーミルナ』
びくんと肩が震える。
額に冷や汗をにじませながら、顔を引きつらせて周囲を身渡し、それが魔法によるものであることを確認する。
「こ、これは補佐官殿! 一体どうされましたか?」
『予言者様の命により、キーン村を破棄する。 一刻で宝具の回収をせよ』
宝具と言われ、ヴァーサはそれが何かをすぐに思い出す。
予言者が火神官長補佐官――バアル・ファルース・インナに渡した強力なマジックアイテムの事だ。 村長とアダマスの邸宅作成や村で行った実験に使用された数々のアイテムは使い捨てではなく、複数回使用できるものである為、宝具は現地にいるヴァーサが管理していた。
「予言者様のご決定に異を唱える愚かさをお許し下さい。 しかし、村の実験は途中のものも多くあります。 その上、悪神の情報収集も……」
『ヴァーミルナよ。 私は予言者様の名において、村を破棄すると申した。 かのお方の言葉は絶対。 分かるな?』
焼け付くような憤怒が伝わってくる。 ヴァーサは喉が張り付いたように声がだせなくなった。
『一刻の後、私自ら村を滅ぼす。 低位魔法程度で強化されていようと、村一つ蒸発させるなど容易い。 もう一度言う、宝具を回収し、村の出口まで来い』
そこまで断言し、ふと憎悪が緩む気配が漂う。 慈母の如く優しさを強引に含ませた声がヴァーミルナの頭に直接響く。
『予言者様は貴様の事を気にかけていらっしゃる。 その理由は定かではないが、拾われ、育てられた恩義を忘れたか? ヴァーミルナよ』
補佐官の冷静な声に、ようやく言葉が出せる程度には心が落ち着く。
「そ、そのようなことは…決して」
『……では、ヴァーミルナに申し付ける。 全ての宝具を回収後、一人で今から指定する場所に来い。 時間は……』
「……畏まりました」
〈
「ついに…来てしまった…」
ヴァーサは一人では解決できない問題だと考え、アダマスに魔法で〈
「――どうして!?」
魔法が届かない。 あまりに遠く離れ過ぎていれば、連絡がとれない場合は確認されているが、キーン村からエ・ランテルの距離程度であれば繋がらないはずはなかった。 距離の問題ではないとすれば、魔法的に外部との連絡手段を遮らえた場所にアダマスが居るということ。 その場所がエ・ランテルなのか、別の場所なのか判然としない今の状況で、一からアダマスを探している時間は、ヴァーサには残されていない。
アダマンタイト級冒険者に匹敵する
せめて村人を逃がす時間を稼がなければならない。
ヴァーサは執務室の奥、厳重に魔法で防御された保管庫の扉を開けることを決意する。
自らが真に信じる神より授けられた宝具を使用する時が来たのだ。
●
五百年前に大陸を瞬く間に支配した
やがて王に追い詰められた一部の人類を救うため、神は己の神聖な宝具を使用し、王でも侵入できない聖域を築き、護るべき者達をそこに匿う。 聖域の中で人々を導き続けた神は、やがて王が消え去った事を知り、閉じ込めていた人類を外の世界へと解き放った。
再び神は別の宝具を使用し、選ばれし民を守護する存在「エヌィ・シーア」と呼ばれる四人の守護者を創造する。 守護者はそれぞれに火、水、土、風の魔力特性を駆使することで、民を守り続けた。
しかし、選ばれし民は代を重ねるごとに神に守られていることに驕り、堕落し始める。 全てを与えられ、苦悩も絶望も知らない者達はやがて、他の地の人類から、命を奪い、犯し始めた。 これを止めようとした神にも、選ばれし民は反逆する。
神により力と知恵を与えられた民は、自分達の先祖を救った救世主に対し、瀕死の重傷を負わせ、聖地より追い出してしまった。
三百年も前の御伽噺である。
その頃より神は『予言者』と名乗り、時折人界に姿を現しては、人類が二度と間違えぬよう、道を示し続けた。 大陸の人類の中でも随一の戦力を持つスレイン法国に、守護者「エヌィ・シーア」の四人をそれぞれ神官長補佐に据えることで、法国の監視を行いながら。 神は人類という種を護り続ける。
エヌィ・シーアが一人、火のバアル・ファルース・インナは元々予言者の擁護下にありながらも悪神に与する村を滅ぼし、与えた宝具を回収する為、自身が座するスレイン法国の地下教会、最奥聖域で長距離転移魔法を起動させる。
●
インナが転移した場所はキーン村間でおよそ一キロメートル離れた小高い丘。 周囲に敵性反応が無いことを確認した後、次に自らの装備に目を向ける。
詰襟で横に深いスリットが入った女性用ワンピースとでもいうべきものだ。 色は白。 五本爪の龍が空に向かって飛び立っていく姿が黄金の糸で描かれている。 それは、アダマスの世界において
至高の宝具を複製するという、神をも超えた御業で作られた逸品にインナは指を這わせ、甘い溜息を漏らす。
敬愛する絶対者が作ったものとあっては、彼女にとって本物以上に価値がある。
まるで愛する人に抱き締められているかのような感覚をイメージの中で作り出しながら、その身を震わせる。
もう一度、深く艶のある呼気を吐き出す。
甘美な一時を堪能した後、意識を使命へと集中させた。
これから滅ぼすべき集落の方向へと視線を向けると、インナは自身を浮遊させる魔法を発動させた。 その足元が数センチ浮き上がり、地面との摩擦を起こすことなく村へと真っ直ぐに進んでいく。
高速移動によって靡く長髪は溢れんばかりの魔力によって、溶ける寸前まで熱された鉄のような赤い光を放っていた。
五百メートル程進んだところで、村の門と、その場で待つように命じた女の姿を見つける。
元漆黒聖典第四席次、ヴァーミルナ。 潜在的に持っていた人並みならぬ魔力を予言者様によって見出され、拾われた孤児。 御方の寵愛を受け、その力を一人でアダマンタイト級冒険者チームに匹敵する程にまで育てられておきながら、時折反抗的な目を見せる無礼者。
恐れ多くも予言者様に対し、何度も口答えをしながらも、何故か一度も罰せられることのなかった存在。
インナはヴァーミルナのことを心の底から嫌っていた。
そんな女を目の前にする苛立ちを抑えて、ヴァーミルナの手前十メートルの地点でインナは止まり、口を開く。
「信徒ヴァーミルナ、宝具五種を見せなさい」
「……」
ヴァーミルナから返事はない。 彼女はただ、その場に立っているだけ。
それだけでインナを腹立たせるのに十分だったが、さらに怒りの炎に油を注いだのは、ヴァーミルナの瞳に宿る、決意の灯火。
「なんだ、その目は…ヴァーミルナ。 まさか、予言者様のご意志に逆らおうというのか?」
予言者様を知る者に、そんな不敬な者がいるはずがない。 時折反論するこの女も、最後は絶対に逆らえない事実に顔を伏せるしかないはずだ。
そんなインナの予想に反して、ヴァーミルナの二つの目は、真っ直ぐに自分を見つめている。 女の薄紫の長髪が草原を走る一陣の風に靡いた。
「予言者様の言葉を貴方が違えることはあり得ません。 そして、私があなたを止められない事実も」
「わかっているのなら、その眼はなんだ?」
「村人を逃がす時間もなければ、術もない。 なら私が取るべき選択はただ一つ」
「そうだ、村を放棄するしか…」
「私は…貴方と戦います」
ギチィ…と、インナの奥歯が軋む音が響く。
不快な戯言に付き合う理由もない。 予言者様からは、何があってもヴァーミルナの命を奪うことがあってはならないと申し付けられているが、傷をつけないようにしろとは言われてない。
多少痛めつけてでも、物事を分からせてやるべきだ。
「ヴァーミルナ、勝ち目のない戦いを挑むなど… 時間稼ぎか? 例の悪神を待っているのであれば、無駄だぞ?」
「ど、どういう…」
図星を突かれたのだろう、ヴァーミルナの顔に恐れと驚愕の感情が滲み出ている。
インナは畳み掛けるように高慢な笑顔で言葉を続ける。
「対悪神用として、予言者様より至高の宝具を頂いた。 これがあれば、かの悪神であろうと恐るるに足らず」
「それでも、私には… やるしかない!」
ヴァーサは木製の人形を手に取り、不自然に浮いている首を押し込む。
眩い閃光を放つ人形を中心に半径二メートル程の青白い魔法陣が出現した。
光の中で巨大化し続ける人形が最終的に到達した大きさは二メートルを超える、二腕二足一頭の赤き魔神のような姿。 インナが感じた魔力量では、明らかにその力はヴァーミルナを超える。
魂を得た人形は、一度ビクリと震えた後、胸を反らしながら天に吠えた。
「AOooooooooooo!!」
ヴァーミルナが取り出したマジックアイテムは明らかに強力な魔力を秘めており、悪神が彼女に渡したものであることは明白だった。 しかし、有益なものであればこれを奪い、予言者様に献上すべく様子を見ていたインナは、不敵な笑みを浮かべる。
「ほう、それは悪神を象ったゴーレムか。 面白い、彼奴が現れるまでの余興程度にはなり得るか?」
たしかに、現れたゴーレムはヴァーミルナよりも強い。 その実力を数値化し、かの有名なアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』リーダーを三十とするなら、ヴァーミルナが三十五、ゴーレムが五十。 そして、インナは八十だ。
●
予想していない敵の発生にもインナは余裕の表情を崩さない。
それは、予想していた最大の敵よりもゴーレムが圧倒的に弱い存在だと確信しているからに他ならない。
ヴァーミルナに防御と破壊力を強化する魔法を掛けられたゴーレムがインナに向かって、およそ人類では不可能な速度で突進してくる。
インナは嘲笑を浮かべつつ、自らの手の中に〈
〈
しかし、ゴーレムの勢いは衰えることなく、変わらぬ速さでインナのもとへと接近する。 ゴーレムは拳を握り締め、頑丈な
「なっ…!」
驚愕の声を上げたのはヴァーミルナだった。
人の身にあっては回避も防御も不可能な暴力は空を切る。 インナはゴーレムの動きを全て読んでいたかのように、最低限半身をずらして避けてみせたのだ。
先ほどの
魔女は口元を卑猥に歪めながら、ゴーレムの脇腹に手を添える。
〈|二重最強化・爆裂魔法《ツインマキシマイズマジック・エクスプロージョン》〉
強烈な炎属性の爆炎がゴーレムを襲う。 悪神の姿の特徴と性質を予言者から教えられていたインナは迷うことなく炎属性の魔法を行使した。 悪神は『神聖属性に耐性をもつ
「GAAAaaaa!!」
ゴーレムのよろめき、苦痛の断末魔の悲鳴を上げる姿にインナは確信を得た。
「愚かなヴァーミルナ、これが貴様の
「ゴーレム!」
ヴァーミルナの表情が焦燥と悲愴で満たされる。 確かな絶望を感じ取っているのだろう。 自分より強力なゴーレムが壊されれば、最早勝ち目はないと。
ゴーレムは身に纏う
「やはり、余興にもならんな」
〈|二重最強化・爆裂魔法《ツインマキシマイズマジック・エクスプロージョン》〉
一方的な陵辱が続く。 地獄の業火によって、為す術もなく崩壊していくゴーレム、度重なる爆風と衝撃によって、その左腕が根元から吹き飛んだ。
「GAooahhh!!」
「ゴーレムは確かに大したものだ。 一体でアダマンタト級冒険者チームにも勝てるだろう。 だが、それまでだ。 世界を滅ぼす魔樹程ではない。 そして、私が全力を出す程でもない」
インナが満足気な笑を浮かべ、ゴーレムの脆弱さを嘲笑う。
ガシャンッ―― ゴーレムは自身を中心に焼け野原と化した地面に頭部から崩れ落ちた。
「ヴァーミルナ、お前は援護していたつもりかもしれないが、お前たちの力の差がありすぎて、まともにチームワークは取れていなかったぞ?」
「ぐうっ…」
ヴァーミルナは何も言い返せず、ただ己の無力さを呪うしかなかった。
この場における絶対的強者が弱者であるヴァーミルナの方へと進もうとする――
「なんだ…?」
突然インナの動きが止まる。 振り向けば、滅ぼしたはずのゴーレムが、残った右手で自分の服を掴んでいた。 砕けた兜の隙間から除く肉も皮もない、骸骨の頭部、その眼窩に未だ闘士宿る青白い炎を燃やしている。
至高なる宝具であり、最愛の神のように愛情をもつ装備を薄汚い手で握られたインナは、一瞬にして頭に血が上り、自ら輝きを放つ赤髪を一層光らせながら激昂した。
「このっ!! 触れるな!!」
インナは魔力を込めた拳をゴーレムの側頭部に全力で、戦略も智謀もない、ただの暴力を振るった。
その衝撃で赤い兜は飛ばされ、左眼の上部が砕けた
「ゴミが…」
興奮したインナの呼吸は荒く、服の汚れを必死に取ろうとする。
その間にゴーレムはインナとヴァーミルナの間に立ち、拳を構えた。
「ゴーレム…もう、もういいんです」
左腕を失い、立派な鎧は半分溶け、砕かれた頭部が痛々しい満身創痍の姿にヴァーミルナは涙を流しながら諦めの言葉を紡いだ。
しかし、ゴーレムは膝を突くことなく、真っ直ぐに敵を見据えている。
「よくも…よくも、やってくれたな…ゴミクズがァ!!」
瞳孔の開いたインナの目が狂気に光る。
眉間に青筋をたてた、生殺与奪権を持つ者を前に、先に膝を突いたのはヴァーミルナだった。
「私には…守れない… アダマス様…」
絶対強者は興奮のままに叫ぶ。
「予言者様の寵愛を受け、その慈悲により生かされているお前が! なぜ、あの方に逆らう!? あの命令さえなければ、今すぐに焼き殺してやるのに!」
「そんなの…知らない…」
「何故私じゃない! 予言者様はお前ばかり気に掛ける!? お前が憎い! ヴァーミルナ!!」
ゴーレムは来たる暴力から後ろで啜り泣く女性を守るべく、仁王立ちの姿勢を取る。
インナがそれに構わず、両手に強力な魔力の球を生成しようとした時――
「はぁ~い、そこまで~」
この場に相応しくない間の抜けた声が聞こえた。
インナは咄嗟に声のした方向、後ろを振り向くが、そこには誰もいない。
もう一度、ヴァーミルナとゴーレムが居る村の方向へと視線を向ける。 そこにはヴァーミルナを介抱する執事服を着た老人と、膝を突いたゴーレムの頭を愛おしげに撫でる藍色のマントを身に纏う女の姿があった。
女はマントの隙間から、白い肌と黒いボディスーツが見える、深紫の長髪の美少女。 その手には黄金の槍が握られていた。
槍使いは口を開く。
「その服…傾城傾国だね? なら、最初に言っとくよ。 そいつは、私には通用しない!」
美少女は満面の笑顔で断言した。
【アインズの自室にて】
アダマス「えっと…あの白いドレスの黒い羽の生えた美人さん」
アインズ「アルベドのことか?」
アダマス「そうそう、そのアルベドさん。 アインズさんを見る目が、なんというか…ヤバいですね」
アインズ「ああ…うん」
アルベド「お呼びですか!?」
アダマス&アインズ「「ここ魔法で絶対防音のはずだけど!!」」