エ・ランテルでアダマンタイトプレートを授与されたアダマスはその足で、冒険者モモンが指定した場所に赴く。 そこに現れたのは、死の超越者にしてナザリック地下大墳墓絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウン、その人だった。
自身が持ち得る最高の装備、赤と白を基調とし、黒とベージュのラインで彩られた神をも喰い殺す魔獣を模して作られたような
「これが…あのナザリック地下大墳墓。 すごい…」
アダマスは上位ギルドとして有名だったギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が拠点内部の荘厳な装いに、感嘆の呟きを漏らしてしまう。 自分がギルド長を務めていたギルド、『アダマス』の拠点である地下都市ゴートスポットも自慢できる広さではあったが、ナザリック程隅々まで装飾が行き届いていたわけではないし、都市中央の聖殿以外殆ど手付かずだったことを思い出す。 流石はアインズ・ウール・ゴウンと感動していると、横から上機嫌な声が聞こえてくる。
「はははは… そうか、以前にこの世界の住人を招き入れた時も褒められたが、ユグドラシルプレイヤーであり、たっちさんの友人である君にそう言ってもらえると、また違った嬉しさがあるな」
このナザリック地下大墳墓絶対支配者、モモンガ――今は故あってギルドの名を名乗る人物の朗らかな笑い声だった。 頭部には見事な王冠のようなものを被り、豪華な漆黒のローブを纏っている。 指にはいくつもの指輪が
「正直、どれくらい課金したのか聞くのも怖いくらいですよ。 それと、凄く丁寧に作りこまれてる、特にあの像なんか…」
「仲間達と共に築き上げた、ナザリック地下大墳墓。 そこに住まうNPCも含めて、全てが私の宝だよ。 すまないアダマス、中で部下を待たせていてね、そろそろ扉を開けたいんだが…良いかな?」
まるで子供のように
「さあ、行こうか」
アインズが支配者らしい態度でアダマスに声をかけた。ただし、若干の緊張感を含んでいる辺りに本人の真面目さを感じて、アダマスの緊張が少しだけ解れる。 アダマスはアインズの隣に立ち、姿勢を整える。 打ち合わせ通りに。
「はい、アインズ殿、よろしくお願いします」
アダマスの返事を待っていたかのように、重厚な扉は誰も手をふれていないのにゆっくりと開いていく。
視界に飛び込んできたのは広く、天井の高い部屋だった。壁の基調は白。そこに金を基本とした細工が施されている。
天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っていた。 壁にはいくつもの大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。
玉座の間に相応しい赤い絨毯の上に足を踏み入れた瞬間、アダマスはその左右から騒めきを感じた。 一〇〇レベル級の能力を持ったNPC達だ、悪魔、
ただ、その重要性は理解したが、居心地の悪さまでは拭えない。 誰がどんな意図を持っているにせよ、無言で見つめられるのは、正直…キツい。
そして、アダマスを緊張させるもう一つの理由、それは以前に遭遇した
「よく来てくれた、我が友、アダマス・ラージ・ボーン殿」
アインズの声に再び守護者達がざわついた。 それもそのはず、アインズが友と呼ぶ存在は本来、『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーである――NPC達が至高の四一人と呼ぶ存在――四一人のプレイヤーだけだからだ。
「――騒々しい。静かにせよ」
支配者に相応しい威風堂々たる態度でアインズが手を振るう。
長い時間と想像を絶する練習量から、その身に覚えさせたと感じさせる動きだった。 恐らくこの場でそう思っているのはアダマスだけだろうが、その涙ぐましい努力に感動を禁じ得なかった。
(――アインズさん、あなたは最高の主人です。 自分はただ流されるばかりだったというのに)
「お招きに与り恐縮の至り。 被帽の無礼という言葉もある、この兜を取ってもよろしいかな?」
「おお、皆にその姿、見せてくれるか」
アダマスは勿体付けるようにゆっくりと、その左右の装甲から大きな牙を生やす兜を外し、右の脇に抱える。 また守護者達が騒めく。 アダマスは度々起こる事態にだんだん楽しくなってきていた。
騒然となる理由は明らかだった。 それは、アダマスが曝した肉も皮も無い、骸骨の頭部が、神代の聖域であるナザリックの王にして死の超越者、アインズ・ウール・ゴウンのそれに瓜二つだった為。 違いは眼窩の奥に宿る灯火の色が赤か青かくらいだ。
「か、カッコイ…うぎぃ!」
戸惑いを隠せないでいた守護者達の中でも一人だけ異質な嬌声を上げていた銀髪の少女が隣にいた
「……守護者よ、我が声を聞け。 これより、ナザリックはアダマス・ラージ・ボーンと同盟を結ぶ。 以後、彼のことは賓客として扱うのだ」
多くの凛々しい声が聞こえた。 アインズが守護者達の心をしっかり掴んでいると確信させるに足る声だった。
その声に満足したように、アインズは再び口を開く。
「さて、この後の話は私の自室で行う。 皆にはすまないが、アダマス殿と私、二人だけの…極秘で行いたいことなのだ」
「畏まりました。 では私はドアの外で待機いたしますので、御用の折はいつでのご連絡ください」
玉座の横で佇んでいた白いドレスの絶世の美女が
アダマスはその仕草を見て、不思議とヴァーサの事を思い出していた。
●
「ここが私の部屋だ…強力な魔法がかかっている為、情報が外部に漏れることはまずないと思ってもらって大丈夫だ」
アインズの自室に招き入れられたアダマスは、豪奢な内装を見てアンデッド特有の精神の安定化が訪れる程に感動していた。
「はー… 流石に緊張しました。 道中話には聞いてましたけど、本当にギルド拠点ごと転移したんですね」
「俺も驚いたよ。 ユグドラシルサービス終了時刻になってもログアウトできないわ、GMコールもできないわ。 NPCは自分で考えて行動できるようになるし、本当に、アンデッドでなかったら胃に穴が空くような事態が何度あったことか」
アインズは玉座の間に居た頃とは打って変わって気さくな話し方をアダマスに向ける。 魔法でソファの位置を黒檀の机を挟んで対面式になるよう移動させ、部屋の奥側に置いたソファに腰掛けた。 アダマスも促されるまま正面のソファに座る。
「さてと、どこから話そうか…お互いに聞きたいこと、伝えなければならないことが山ほどあるはずだから」
アインズが「ふむ…」と顎に手を添えて考えこんでいるのを見たアダマスは、右手を小さく上げてから口を開く。
「じゃあ、自分からで良いですか? まず、エ・ランテル冒険者組合に自分宛に依頼を出してくださってたのに、大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」
アダマスは座ったまま、深々と頭を下げる。 その様子にアインズはやや困った様子で掌を見せながら言葉を返す。
「いやいや、あの状況じゃ仕方ないさ。 それに、王都でもゴタゴタしてたから… そもそも、その件もナザリックが起こしたことだし…」
気まずそうに顔を背け、頬骨を掻きながらアインズは打ち明けた。 王都での魔物襲撃事件、その主魁である魔王ヤルダバオトは先程紹介した守護者の一人デミウルゴスであると。
「あの時、アインズさんの横にいた悪魔ですよね。 お陰様でアダマンタイトプレートも手に入りましたし、サンブレイズとの戦闘は、良い肩慣らしになりました。 結果的にキーン村に被害が及ばなければ、自分は構いませんよ」
「随分と…割り切ったんだな。 少し前とは大違い、何かあった?」
先日スズルと名乗って彼を叱咤したアインズは、その頃との様子の違いに驚いていた。
「その…いろいろです」
「まあ、男が変わる理由なんて、知れてると思うけど」
アダマスは上機嫌にからかってくるアインズに対して、聞くべきことを思い出す。
「アインズさん、先程…同盟って言ってましたけど、具体的にどういうことですか?」
「ん、どこから話そうか…。 アダマス、俺はね、亜人や人間が共存、共栄して暮らせる国を作りたいんだ。 その為に、君に協力してもらいたい」
アダマスはアインズの語る言葉に耳を傾けた。
既に
「わかりました。 キーン村の皆も分かってくれると思います。 村長は自分がアンデッドだということを知っても、慕ってくれる気持ちを変えずにいてくれましたから」
「そうか… ありがとう、アダマス。 じゃあ、俺からいくつか質問しても良いだろうか?」
アダマスは無言で頷き、了承を示す。
「ん、先ずはキーン村を囲う高レベルトラップを仕掛けた人物の事なんだが…。 アダマスの存在を確認してから、君に何度か接触を試みようとしたんだけど、その人物に何度も邪魔をされてね。 こんなに時間がかかってしまったわけなんだが… 一応、あのトラップの性質までは分かったよ。 恐らくレベル二五以上の存在に対して発動する転移トラップだ。 しかし、性質以上にこちらが気にしていたのは、トラップを仕掛けた人物が…… ギルド『アダマス』を崩壊させた人物じゃないかということなんだが」
「ああ、それ違いますよ」
「え?」
アダマスの即答に驚いたアインズは迂闊な声を出してしまう。 ナザリックとしては、高レベルトラップ使い『キャンサー』こそ、『アダマス』を崩壊させる原因を作った人物であり、他のギルドにも入り込みスパイ活動を行うことで、プレイヤーに対する信頼を落とさせ、『アインズ・ウール・ゴウン』が四一人以上増やさなかった理由にもなった相手。 …として調べていたのだから。 しかし、キャンサーがアダマスに直接話しかけたのを聞いてから、その予想に揺らぎが生じていたのもまた事実。 アインズは詳しく聞くべきと身を乗り出して尋ねる。
「アダマスは… 誰がスパイだったのか、知っているのか?」
「ええ、まあ…一応、ギルドマスターでしたから。 ギルドの中で起きたことは、全部把握してます」
「なんと… だが、キャンサーは…」
「キャンサー? ハサミ? え、まさかトラバサミくんがスパイだって疑われてたんですか? まあ、そう誘導するようなやり方でしたけど」
アインズは両手で顔を覆わずにはいられなかった。 自身がまんまと『真のスパイ』のミスリードに乗ってしまっていたことに。 アインズはスパイが公開した情報で改竄された三人、センリ、ラージ・ボーン、そして『名前の一部だけ判明している人物』だと予想していた。 その判明している部分、「ハサミ」から「キャンサー」と名付けたというのに。
「アダマス、教えてくれないか? 何故スパイはそんなミスリードを?」
「もちろん、自分が犯人であるという疑いの目を逸らす目的があったんでしょうけど、それともう一つ… ラージ・ボーン、自分への怒りです」
「怒り?」
「はい、犯人は自分によく懐いていたトラバサミくんを犯人に仕立て上げる為、トラくんと自分のデータをわざと改竄して公開しました。 そして、センリさんのデータを書き換えた理由は…」
「人間は感情で動く生き物…か」
アインズは気付いた。 『真のキャンサー』はセンリに異常な執着を持っていて、その後を引き継いだラージ・ボーンに対し、怒り、本来自分が継ぐはずだった『アダマス』を崩壊させた上、疑いの目を逃れる為に別の人物を用意した。 その中でも、センリのデータまで改竄したのは、結局その者も人間だったということだろう。
「スパイが書き残した、ギルド長の為… とは、先代ギルド長であるセンリの事を指していたのか…」
「その通りです、アインズさん。 そして、村と自分を守ってくれていたのが…」
「…トラバサミ、忍者のクラスを所持した『高レベルトラップ使い』…」
アインズの頭の中でバラバラだった情報の点が一つの糸で結ばれていく。 ただ一つの疑問を除いて。
「では、そのスパイとは…?」
「―それは…」
アダマスは答えを詰まらせる。 言うなれば身内の恥であり、何より解決できるなら自分一人で解決すべきだと考えていたからだ。 しかし、もし…自分に恨みを持つ人物である『敵』の正体が『真のキャンサー』なら、自分と関係を持ったアインズに危害が及ぶ可能性は大いに有り得る。 決意を固め、口を開く。
「ユグドラシル時代、赤錆と名乗っていた…人物です」
アインズは思い出していた。スパイ――赤錆が公開し、自分が目にした『アダマス』の情報を。
「ま、まさか…」
「どうしました? アインズさん」
アインズのただならぬ様子に、アダマスは心配の声をかける。 ひとつ深呼吸を置いたアインズが己の考えを語り始めた。
「赤錆と言えば、マントを含めた全身真紅の装備の…?」
「はい」
「召喚スキルを持った、聖騎士の…?」
「はい」
「……まずい」
アインズは再び顔を両手で覆う。 最悪の事態を予想してしまった為に。 最近ナザリック近郊に現れた、ナザリック全軍に匹敵する戦力であるワールドエネミーを召喚した『予言者』と名乗る人物と共通点が複数存在する。 今この状況で、他の答えを導き出すのは余りにも危険過ぎる。 伝えなければならない、渦中にいる男に。
「アダマス、赤錆は今…予言者と名乗り、君を狙っている」
「…そうですね、そんな気はしてました。 ヴァーサさんから予言者と名乗る人物について聞いた時から」
「そうか、アダマスは村長が法国と繋がっているのも知って…」
「ええ、それでも彼女は国を裏切ってまで、自分についていくと、言ってくれました」
アインズは両手を膝の上に起き、ソファの背もたれに体重を心ごと預け、天を仰いだ。
「強敵だな。 こちらの調査で、予言者はわざとアダマスにワールドエネミーをぶつけたと判明している。 君を知る人物なら、あのワールドエネミーでは逆にアダマスが倒してしまうことは分かるはずだ。 ということは、あれは唯の実験だったんだろう。 その後始末をアダマスにさせただけ… つまり、まだ同等の魔物を召喚できるという事だ」
「そう…ですね。 赤錆さんが本気で自分を殺そうとしたら、たぶん… 数体同時召喚とかしちゃうんじゃないでしょうか」
「やめてくれ、考えたくもない。 正直ワールドエネミーが一体であったとしても、ナザリックのNPCを犠牲にする可能性がある限り、戦闘は避けたい」
「わかっています。 そこは、同盟とか関係なく、アインズさんの「家族」を大切にしてください。 言うなれば、これは…兄弟喧嘩みたいなものですから」
「はた迷惑な話だ…」
「本当に…」
『敵』はワールドエネミーを召喚できる存在。
自分達より五百年早くこの世界に現れ、暗躍と実験をくり返しながら力を蓄えた凶神。
圧倒的不利に立たされながら、不思議とアインズの心に不安という感情が訪れることはなかった。
目の前にいる男が、まだ諦めていないからだろう。
「センリさんが何故『アダマス』をあなたに託したのか、分かった気がするよ」
「え、アインズさん、何か言いました?」
「いや…アダマス、ワールドエネミー程の強力な召喚は普通に考えて不可能だ。 なら、そこには必ずカラクリがあるはず、そこを探ろう。 ユグドラシルじゃいくらでもあったでしょう、運営の脳みそを疑ったムリゲーボスキャラなんて」
「ありましたね、超高難易度イベント。 あれはキツかったなー…」
戦士と魔術師が笑う。
お互いに肉も皮も失い、魂さえ不死の身体に犯されようと、その信念だけは決して曲がることのない男達が嗤う。
決して敵に回しては行けない存在を二人も敵にした、男の愚かさを…
【本編と全く関係のないメタ劇場】
槍使い「七章のタイトルが誰を指しているのか分かるものだけど、一章三~四話構成のこの小説で、その人物が未だ出てこないのはどういうことなの?」
●「七章は同時進行でいろんな事が動くので、六話構成です」
槍使い「マジ?」
●「マジです」