骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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平和な村が突如として謎の騎士団に襲撃された。 その様子を見たラージ・ボーンは『約束』を果たす為、走り出す。


二話 「時間差火炎属性攻撃付与投擲武器(カエンクナイ)」

 

 東西を森に挟まれた農耕が盛んな村。これといった特徴もなく、村人は今日の夕食と明日の天気を気にしながら、今より悪くならないように努める、ごく普通の村。

 特産品の野菜や住民の人柄を気に入ってくれた王国の戦士が様子を見に来ては周辺の魔物退治をしてくれるおかげで、時々野生動物に畑を荒らされることが、一番の事件だろう。

 夫が作業の片付けを、妻が夕食の準備を始める頃、平和と呼ぶに相応しい場所が今、最悪の災いに呑まれていた。

 

 「いい光景じゃないか」

 

 慎ましやかに暮らしていた村の住人を全身鎧の騎士たちによって殺戮が行われる惨状を眺めながら、一層豪奢な飾り鎧を身に着けた男が白い歯をむき出しにする。 

 「努力すればした分、富も名声も手に入る。 これは選ばれた人間の特権だな。 俺こそが選ばれた人間、ジャラン・アーク・ギルジット様なんだ。 物心ついたころから馬術、剣術の訓練や、上流マナーを学び、人の上に立つべく英才教育を怠ることなく耐え続けた俺の…実力だ。」

 

 国の名門貴族の長男として生まれ、欲する物を手に入れ続けた男は両手を広げながら、飼いならされ幼児でも乗りこなせると言われる程に調教された馬にのり、殺傷能力をもつ剣は重くて扱えない為に、ただ軽いだけの脆い模造刀を与えられ、覚えられないのを相手の所為にして数十人のマナー講師を辞めさせた結果、本人には伝えず両親が『上位貴族の交流会に出さない』という妥協点に辿り着いた自身の努力を称える。

 

 村には何の訓練もされていない、戦うための装備など手に取ったことすらない人々しかいないにも関わらず、ジャランの周りを囲うように屈強な鎧騎士が五人護衛についている。

 

 「お前たち、しっかりついているんだぞ? 農民ごときに俺が怪我をすることもないだろうが、戦いとは同じ階位の者同士で行うものだ。 わかるだろう? 違うんだよ、みずぼらしいこいつらとは! だいたい、こんな辺鄙な場所でなく、もっと大きな戦場で指揮をとることこそ、本当の…」

 

 アアアアアアアアアアァァァァ――――ッァ!!

 

 護衛たち一人一人に利き手の指を突き付けながら説教を続けていると、ジャランから一〇〇メートル程離れたところの村人を追っていた騎士の動きが突然止まったかと思えば、激しい炎に包まれたのだ。上等な灯油を掛けられた後に火種を放り込まれたかの如く。

 

 その後も次々と騎士が燃えていく。

 動物性の油が燃える独特の匂いがジャランの鼻腔に届き、認識を拒否していた思考に実感を与える。

 

 「なっ何が起こっているんだ! おおおおお前ら!俺を守れ! 何なんだ!何なんだよ!!」

 

 軟らかく重い、戦闘に用いる武具の装飾としては適さない金が全身に施された鎧をガチガチ鳴らせながら、ジャランは恐慌状態に陥る。 一人、また一人と燃えていく光景に鎧の中身は雨にでも打たれたかのようにびしょ濡れになっていた。

 

 「ば、ばけもの…」

 

 炎と煙の向こうから、現れたのは――――二本の太く長い金属製のボルト状殴打武器をそれぞれの手に握り、金属でも石でもないような独特の光沢を帯びる血と骨を連想させる色をした装甲を身に纏う、異形の魔物だった。

 

 

          ●

 

 

 「助けてくれたの?」

 

 一〇代半ばごろの少女、エマは突然現れた手が二本、足が二本のヒトに近いカタチをしながらも、ヒト以外の何かであると本能が告げる存在に、とても大切な疑問を投げかけた。

 

 「不思議な事を言うね。 システムなら近づいてきて、ありがとーってなるものなんだけど、アレか、その女性を助けられなかったからフラグでも折れたかな。 しかし、村か騎士かどちらを敵に回すなら、騎士を敵に回した方がよっぽどやっかいなんだろうけど…。 そもそも、GMコールは使えない、コンソールも浮かび上がらない、こんな状態じゃ、ゲームだと判断して行動するのも危険が…」

 

 独特の光沢を持ち滑らかな曲線を描くとても硬そうな装甲を持つそれは、顎――と思われる部分――に手を添えながら、エマにとって呪文のような言葉をならべる。 

 

 「お願いします!みんなを、村のみんなを助けてください! 差し上げられるものはありませんが…いえ、私にできることならなんでもします!! お願いです!みんなを…」

 

 エマが幼い頃、父が徴兵された戦地で亡くなってから、心も生活も困窮せずにいたのは、村の皆があたりまえの様に支えてくれたお陰だった。

 小さな村故、決して豊かではない暮らしの中、温かさを与えてくれた人々を救いたい一心で、地面に額を強く押し付けながら懇願する。

 

 「お願いします!! お願いします!!」

 

 恥も外聞もなく、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、恐らく唯一の希望にすがる。必死に、全てを投げ打ってでも。

 

 「これは…そうか、ごめん。失礼な事を考えてた。考えを改める。君は、生きてるんだね。

 了解だ、これ以上は―――殺させない。」

 

 『救い』は片膝をつき、エマの肩に手を置きながら、優しくそう告げた。 

 

 

          ●

 

 

 ラージは内心かなり驚いていた。騎士を潰した時の感触、そして潰れた人間の残骸、R18どころではない。

 それを目の当たりにして、動揺もしない自分自身にも。

 少女に背を向け、見えないように隠しながらグローブを外した自分の手は、予想通り、骨の手だった。

 

 「心も身体も、人間じゃなくなったんだな― それにしても」

 

 全身鎧の人間を攻撃する際、武器に相手を一時行動不能(スタン)にさせる効果を付与するスキルを発動させていた。与えたダメージ量から対象が自分が得意とする打撃武器に対して耐性がある様なら、相手が動けない間に主兵装を切り替える。これはギルド随一の知能派アタッカー赤錆氏による『初見相手への奇襲方法その一』だ。 普段の戦闘では、攻撃力、打撃性能、ノックバック効果、武器自体に付与されている特殊効果を上昇させるスキルを併用させ、場合によっては相手が上昇させた防御力分を貫通する能力を使うことでやっと前線で通用するダメージ量となるわけだが、先の攻撃はそれらを一切使っていない、ただの素振り程の衝撃になるはずが、たったそれだけで、その一撃で死んでしまう脆さに呆気に取られていた。

 

 「弱い…こんなに簡単に死ぬなんて…」

 

 その程度の攻撃で容易く死ぬ騎士の脆弱さを知ることで、張り詰めていた緊張感が抜けていく。

 無論、今の人間が特別弱い存在という可能性もあるが、深く考えている暇はない。

 約束したからには果たさなければならない。

 

 ラージは失った緊張感を警戒心に変え、周囲に張り巡らせる。

 

 「これを使うといい」

 

 アイテムボックスを開き、中から縦一〇cm程の菱形で黒い色をした鉄板のようなものを少女に渡す。裏には持ち手がついており、まるで小さな盾だった。

 

 「これはいったい――」

 「それはスフィアシールドといって…まぁ、とにかく君を守ってくれるものだ。その取っ手を握っている間、周囲に攻撃を無効化する膜を張ることができる。」

 

 シールドの効果は『二五レベル以下の物理、魔法、精神攻撃の無効』、効果だけ聞けば、序盤では最高の装備のように感じるが、これはユグドラシルのプレイヤー人口が過疎化し始めたころに、新規参加を呼び込む為に運営が苦肉の策として打ち出した、初心者用ギフトアイテムだ。つまり、レベル、職業、種族に関係なく装備できる。ラージは引退していった仲間が再びアカウントから作り直して戻ってきた時に「こんなのもらったんだけど、ギルド長に預けてあるアイテムで十分だし」と言い、そのメンバーから譲り受けたアイテムだった。

 かなりぞんざいな渡し方だったため、思い出の品と言う程の思い入れも無い為、少女に渡してもなんら問題はない。

 

 「さて――と」

 

 今この場所は村のはずれ、黒煙の上がる方向に目を向ければ、大勢の人間が少数の人間に追い回されている。 ただし、少数の人間は訓練された動きで、馬を操り着実に死体の数を増やしている。

 ラージはその光景から目を離さないまま、腰に右手を添え、何かを摘む素振りをすると、まるで手品の如くその手に小型のナイフのようなものが現れる。

 腰を深く落とし、左手の指を地面に添えて

 

 「ただのジャンプでどれくらい飛べるのか―」

 

 全力に対し、半分程の力で村の中心に向かって飛んだ――はずが、今の自分が居る位置は地上二〇m以上の高さだ。 想定以上の跳躍に驚きながらも、心に直接冷水をかけられたかのような感覚の後冷静さを取り戻し、一人の騎士に向けて投げナイフを構える。

 

 「スキル発動――投擲・・・lv5」

 

 ゲームのプレイにあたり、大きな楽しみの一つとしてプレイヤーキャラクターの成長がある。キャラクター育成の中に『特殊技術(スキル)』があり、ラージはその後にある『実践』を特に悦びとしていた。 合戦用三割、一対一用七割で構成されているスキルの中、性能や実用性を度外視して特にお気に入りなのが『投擲』だ。

 リアルではコントロールが無く、キャッチボールをしようにも、投げたボールが大きく右斜め上に逸れるか、相手に届かないかのどちらか。 そういう理由もあって、球技全般を苦手とするラージにとって、このスキルは福音だった。

 ゲームの中で、スキルを発動させれば、投げたものが思い通りの場所に届く。 初体験はとても気持ちが良かったのを今でも覚えている。

 

 新しい世界で、またあの感覚を得られる喜びに期待しながらナイフを投げる。

 

 ラージが投げたナイフ『カエンクナイ』、効果は命中した対象に刺突ダメージの後、時間差で炎属性の中位魔法が発動する消費アイテム。 使い勝手が良い為に、アイテム作成能力を持つギルドメンバーに大量の注文をして困らせたのも良い思い出だ。

 予想以上に長い滞空時間の許す限り、目に映る鎧を着た人間にカエンクナイを投擲していく。

 

 

           ●

 

 

 「どうしてこうなった!どうしてッ!!」

 

 選ばれし者ジャラン・アーク・ギルジットは血を吐き出さんばかりに突如として現れた災厄に対して罵声を浴びせる。

 狩る側が一転、狩られる側へと変わったことを認められずに唯々どうしようもない現実への不満を吐露するしかなかった。

 

 血と骨の色をした災厄は次々と部下をいろんな方法で殺していく。

 拳で、蹴りで、武器で、投石で、時には死体を枯れ枝のように振り回し、肉色の塊を量産し続ける。

 

 「くそっ! こんなはずじゃなかった、ただ俺は村人を適度に間引いて、いく人か逃がして終わり。そうなるはずだった! なぜだ!!」

 

 邸宅に戻って匂いと埃を落とした後、適当な女を数人抱いて寝るだけだったはずの今日という日が、塗り替えられていく。

 

 「おおっ…く、ぅお前ら! 何をしている!撤退だ!俺を運べ!!」

 

 ジャランは腰が抜けてまともに動けなくなっていた。もう見ていられないとばかりに、瞼をぎゅっと閉じながら目の前にいた二人の騎士の背中を叩く。 しかし、返事も動きもない。

 最悪の事態を予感しつつも目を開ければ…返事等できなくて当然である。

 背中を叩かれた騎士はどちらも、頭と呼べる部位を失っていたのだ。

 

 そのまま崩れ落ちた死体の向こうに、絶望がこちらを睨みつけていた。

 

 「ヒィアアアァァァッァアアアアアアアアアアアアアア――――っ!!!!」

 

 恐慌状態に陥った男は体中の穴という穴から体液を垂れ流しながら絶叫する。

 

 「お前は何だ…」

 

 「ひぇ…?」

 

 想像と違う、温かな声が怪物から発せられた。 聞く者が違えば、勇気や安心を得られるであろう、そんな力を秘めた声だ。

 しかし、その言葉の中に確かな殺意を感じているジャランにとっては何の救いにもならなかった。

 

 「はひぃ! わわ、わだじはめいれぇで!! 命令でじがだなぐ!!!」

 「もう一度聞く、お前は何だ?」

 「ひっひっ…、てっ帝国の…! うぇひ!?」

 

 自分が帝国の人間であると主張しようとすると、怪物がジャランの兜を取り上げ、軽く握りつぶした。まるで紙でできた物のように。その様子は、ただ兜の硬さと自分の力を試す行為のように見えたが、そんなはずはないと、帝国騎士の特徴が一番わかりやすい兜を潰したということは―――

 

 「ひぃぃぃぃ!! ほ、本当のことを言いましゅ! わだじは法国のものでじゅ!! なんでもじまずがら!!いいぃいのちだけわぁあ!!!」

 

 「ぇ… あ、だと思ったよ。 知っていることを全部話すんだ。」

 

 鼻を真っ赤にしながら、汗と涙と鼻水で顔面を醜くもぐちゃぐちゃに汚しながら、ジャランは全てを話した。

 帝国騎士のフリをして王国の村を襲っていたこと、その真意は知らされていないが、別働隊が他の村を襲う手はずになっていること。自分は貴族であり、助けてくれれば大金を用意できること。

 自分一人の命が助かるのであればと、聞いてもいない待機している部下の居場所までも吐き出した。

 

 「こ、ご、ころさないでくださいぃ…おねがいします…」

 

 両膝を地面につけ、手を頭の上で組みながら拝むように懇願する男を前にした怪物は

 

 「そうだな、わかった。 殺させないとは約束したが、必要以上に殺すなんて言った覚えはないし」

 「そ、それじゃあ!」

 

 ジャランは目を見開き、歯茎を剥き出しながら安堵した。

 やはり金の力で動かせないものなどないと。部下の命などいくら差し出しても、また補充すれば良いだけだと。

 

 「ああ、殺す理由はない。 自分には…な」

 

 怪物が後ろを振り向く、その視線の先には木槌や鍬、鎌等の農具を握りしめた村人が集まり始めていた。 怪物がジャランの目の前に現れるまでの間に、救出された住人たちだ。

 

 「ま、まさか…」

 「あっちには理由があるかもしれないな。」

 

 言い終えると怪物はジャランの脇を掴み、村人たちの下へと放り投げる。

 若干右へ逸れたが問題はない。 落ちた地点に皆が向かっている。

 

 「ぶべっ―」

 背中に強い衝撃を受け、潰れた声が喉から吐き出される。

 

 幼い頃から厳しい訓練を耐え抜いたジャランではあったが、多勢に無勢と一方的な暴力が始まろうとしてた。

 

 

           ●

 

 

 「終わったよ。」

 

 シールドの大きさは二m以上あるが、エマはできる限り体を小さく丸め、与えられたアイテムを握りしめていた。

 

 「本当ですか?」

 

 『救い手』は無言で深く頷く

 

 「ああ、ありがとうございます!ありがとうございます!! ―あの…よろしければ、お、お名前を……」

 

 

 ラージは深く考えた、自分が今ここにいる理由を。

 夢かもしれない、仮想世界かもしれない、それでも『約束』を果たすことができるなら、この世界にかけてみたい。

 失われてなんかいない、あの名を轟かせたい。

 

 

 「アダマス… 自分の名前は――アダマス・ラージ・ボーン」

 

 





次回満を持して、みんな大好き至高の御方登場…   …チラッとですが。

―――――――――――

20161012誤字修正

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