【これまでのあらすじ】
DMMO-RPG YGGDRASIL
二一二六年に、日本のメーカーが満を持して発売したオンラインゲーム。
爆発的な人気を博したユグドラシルは課金することで便利なアイテムや強力な装備を手に入れることができたが、頑として無課金を貫いた集団がいた。その名も無課金ギルド『アダマス』
無課金としては最上位にある、全ギルドランキング五十位以内にまで上り詰めた『アダマス』だったが、ある事件をきっかけにギルド拠点諸共崩壊。その元ギルド長、ラージ・ボーンはギルドを失った後も「約束」を果たす為、ユグドラシルをプレイし続けていた。
そして訪れた最終日。かつてのギルド拠点で最期の時を過ごしていたラージ・ボーンは謎の現象によって、ゲームキャラの姿―骸骨じみた姿―で未知の異世界へと転移してしまう。
その後、成り行きで謎の騎士団に襲われていた村、キーン村を救済。それからというもの、ユグドラシルで果たせなかった「約束」を、この世界で果たそう奔走する。
しかし、ラージ・ボーンの存在そのものが周りの人間へ災厄をもたらすと断言され、道を見失いそうになりながらも、謎の人物スズルの叱咤とキーン村村長ヴァーサの激励により復活。魔物の軍勢に襲われていた王都の危機に馳せ参じる。
その際、アダマンタイト級冒険者モモンが神をも超越した
自分がこれから何をするべきか、気付くことができたラージ・ボーンは王都からキーン村に戻った後、ヴァーサに真実を打ち明かす覚悟を決める。
一話 「レディの決意はダイヤモンドより硬い」
城塞都市エ・ランテルより西に位置する小村。数ヶ月前までリ・エスティーゼ王国に住まう人々にとって、キーン村とはその程度の印象しかなかった。新しい村長が就任してからというもの、瞬く間に成長を遂げ、更に王都でアダマンタイト級の活躍を見せた大戦士、アダマス・ラージ・ボーンが拠点にしているとあっては、もう看過できない場所となっている。
そんなキーン村、現在は強固な一枚の分厚い外壁に囲まれ、立派な兵舎や教会が建ち、村長とアダマスそれぞれが住まう二つの豪邸。とても「村」とは言えない地の中央広場から東に進んだところにあるアダマス邸、通称「大戦士の館」最奥にある主人の自室、丁寧に入口の扉が開かれた。
「どうぞ、お入りください」
「し、失礼します…」
最初に部屋へと入ってきたのは身長二メートルを優に超える赤と白の色で構成された巨大な魔人、もとい救国の英雄アダマス・ラージ・ボーン。そして、艶やかな薄紫の長髪を揺らす褐色の美女、キーン村の村長ヴァーサ・ミルナだ。
部屋の中にはキングサイズのベッド、八人は同席できる楕円形の黒檀テーブルと仕事机。アダマスが全体重をかけても余裕のある大きさと頑丈さをもつソファ。 エ・ランテルや王都で手に入れた武具、知り合いに作ってもらったと武道具等が仕舞われたウォークインクローゼット。そしてどこぞの貴族の子供の為に作られた国語の教本が目立つ本棚がある。
アダマスは扉が閉まったことを確認すると、急いでテーブルの椅子を引いてみせる。
「あの…ど、どうぞ」
「ああ! そのようにお気遣い頂いて、申し訳御座いません!」
「いや、なんというか… 女性を自分の部屋に招きいれるのは、初めてなもので…」
ヴァーサは信仰ともいえる感情を抱く相手のエスコートに恐縮しながらも、素直に応じる。 男性であれば誰もが見惚れるような、美しく優雅な仕草で引かれた椅子に腰掛ける。
アダマスはその向かい側に座り、手は膝の上。カチカチに固まり明らかな緊張がにじみ出ていた。
居心地が決して良いものではない沈黙の時間が訪れる。二人の視線は下を向き、一点の曇りも無いテーブルのシミを探す。
「「あのっ…」」
アダマスとヴァーサは同時に顔を上げ、同時に声を発した。その後小さな「あ…」という声が室内に響く。再び、静けさがこの場を支配した。
「アダマス様…」
「ひ、は…はい! どうぞ」
ヴァーサが小さく右手を挙げ、発言の許可を求める。アダマスはビクンと一度肩を震わせ、気持ちを整えてから了承した。
「アダマス様…」
「たぶん、後にする方が緊張すると思うので、自分は後で良いです。 ヴァーサさんから…先に、どうぞ」
王都でのヤルダバオト襲撃事件の後、二人はお互いに秘密を明かすことを約束していたが、なかなかお互いに腹が決まらず、無為な時間を過ごしていた。
そんな折、エ・ランテルの冒険者組合から王都で活躍したアダマスに対し、アダマンタイトプレートの授与を行いたいという連絡が入る。 一度エ・ランテルに向かえば暫くは帰ってこられないと思った二人は、アダマスの出発前夜、ついに胸の内を明かす覚悟を決めた。
発言の許可を得たヴァーサが俯きながら、一つ一つ確かめるように言葉を紡ぎ出す。
自分は法国で拾われた孤児であり、予言者と名乗る人物に拾われ、ヴァーミルナという名前を与えられる。
そんなある日、予言者からリ・エスティーゼ王国国境の村、キーン村を治めるよう指示を受ける。 予言者の指示通り数々の実験をこなし、魔物が村に近付くようであれば排除もした。 村人の仕分け、農耕の改新、他にもいろんな施策を実施。どれも革新的で、村はどんどん立派に、豊かになっていった。
ヴァーミルナは予言者の指示に、ある違和を感じていた。 それは、予言者の村に対する指示がまるで「ゲーム」をしているかのように、客観的過ぎたこと。 非情に徹しきれないヴァーミルナに実験場所を管理させたのも、それが理由だろう。 村人一人一人の気持ちを全く意に介さず、人間の能力にのみ焦点を当て、合わせた仕事を斡旋する。 住居や産業地帯の区画整備も合理性だけを追求し、取り壊しと構築を繰り返した。 その究極が、あの「間引き」だった。
「間引き」はもともとスレイン法国の中で計画されていた内容にいくつかの追加点を盛り込んだものであり、国境付近の村を帝国の兵を装って襲う。 近隣のカルネ村も標的となっていたが、このキーン村は別の目的があった。 文字通り「間引き」だ。 外部からの移民をいくら制限しても、食糧事情が逼迫しない村では人間が一方的に増え続ける。 そうなれば、予言者曰く「無駄な人間」が多くなり、食糧や時間、場所を浪費すると予言者は話していた。
村長を含めた「有益な人間」を予め村の外部へと動かし、その間に騎士が村を襲う。 間引きが行われた後、騎士団は撤退。カルネ村を襲った騎士団と分けられていた理由は、目的が違う為だ。最悪でも、キーン村を襲わせた部隊の隊長を切り捨てれば村の領主である王女を介して丸く収められる手筈を整えている。 その為にジャランという「無駄な人間」と言える貴族を飼い慣らしていたのだ。
ヴァーサはテーブルの上で組んだ両手指に力を込めながら、なるべく冷静に、淡々と語った。アダマスに対し、自分はあくまで命令されていただけだと、同情を買う為に伝えたわけではないのだから。
相手の性格を考えると、涙を流せば優しく接してくれるだろう。 声を震わせれば心配してくれるだろう。 しかし、そんなものが欲しいわけではなかった。ヴァーサは自分の知る全てを伝え、アダマスという優しくも神の如き力を携えた人物に、この村を守ってもらう為。
予言者の邪悪な思惑によって弄ばれ、散らされる不幸な命を、これ以上増やさない為に。
女はそれを嬉しく思い、そして、これから親愛なる人物によって罰せられるであろう自分自身の幸福を呪った。
「…これが、私の話せる全てです…… キーン村と、カルネ村を襲った騎士達に国境を越えさせたのも、私。 村の皆も、アダマス様のことさえ、騙し続けていたのです…」
あまりにも真っ直ぐなアダマスの態度に、耐えられなくなったヴァーサは顔を伏せてしまう。どのような叱咤も受ける覚悟をしていた女は、相手から返ってきた言葉に、目を丸くした。
「…ありがとう、ヴァーサさん。 あ、ヴァーミルナさんって呼んだ方が良いのかな? じゃあ、自分の番ですね」
「え?」
「え?」
ヴァーサは一番予想していなかったアダマスの反応に、何も考えられなくなる。怒られるのではないか、それとも唯々優しく慰められるのか、何がしかの反応か、感情の言葉が返ってくると思っていたが、実際は「特になし」だった。 腑に落ちなさ過ぎて、ヴァーサはその反応に対し追及する。
「あ、アダマス様? 私は…私のせいで多くの人が…」
「え、いや…やっちゃったものは、しょうがないんじゃないですか?」
「は、え? でも…」
「だって、ヴァーサさん、後悔してるんですよね?」
「………はい」
アダマスはいつもの口調だった。今の相手だけを見て、思ったことだけを言葉にする。 過去には一切拘らず、己の外道を恥じる女の心だけを見つめて。
「後悔している人に、それ以上自分は何もしませんし、直接被害を受けたわけではないので、あなたを罰する理由もありません。 確かに、母親を亡くしたエマさんが知れば、別の感情を抱いたかも知れませんが、自分にはエマさんがソレを知る必要性も感じられません。 大事なのは、これからあなたがこの村に対してどのように向き合ってくれるか…です」
「私が…この村に…」
「多分ですけど、奪った命の数で言うなら…自分の方が上です。 この村を襲っていた騎士、村の近くに現れた
「それは…」
「少なくとも、自分にヴァーサさんを責める理由も資格もありません。 ただ、言えることがあるとしたら… 先程言った通り、ヴァーサさんがこの村と、今後どう向き合っていくのか、どう向き合っていきたいのか、しっかり考えてほしいんです」
ヴァーサの瞳に生気が宿る。アダマスに懺悔することで、終わると思っていた自分の将来を考えても良いと、神が言う。 正に、ヴァーサにとって天啓だった。 悲しみや、苦しみではない、熱い感情がその
「私は…村の皆を守りたい。私のことを信頼してくれている皆の心に応えたい」
「自分も同じです。 だから、これが自分の…あなたへの信頼の証です」
そしてアダマスは両手でゆっくりと、自身の頭部を隠していた
中から皮も肉も、眼球すらない骸骨の頭部が曝け出された。
その眼窩には、微かな青い炎が揺らめいている。
「あ、アダマス様…」
ヴァーサは唖然とした。ガゼフと相対した時に、確かにアダマスの人間の顔を見ていた為だ。口元に手を添えながら、頭の中を駆け巡る思考の波動を何とか落ち着かせようとする。
その間もアダマスは言葉を続けた。
「ガゼフさんと会った時の顔は、マジックアイテムを使用しました。 ただ、効果は丸一日な上、数にも限りがあるので、使用を控える意味でも兜を被ったままだったんですよ」
「アダマス様…あなたは…いったい…」
「見ての通り、アンデッドです。 生者を憎み、滅ぼすことしか考えていないとか言われてる、アンデッドの…男です」
「でも、アダマス様は…私達を救ってくださいました。 それに、王都でも…」
「はい、どちらかと言うと、アンデッドよりも考え方は、人間寄りかなとは思っていますが… 人を殺しても何も感じないところとか、やっぱりアンデッドなんだなーって思います」
「まさか、元々は…人間で、その時の記憶も感情も残したまま…アンデッドに?」
「…たぶん、そうだと思います」
「なんという…」
ヴァーサはアダマス本人も、自分の置かれた状況を完全には理解していない、という言い方だと感じた。何故アンデッドになったのか、何故強大な力を得たのか、そして、その力をどう振るえば良いのか。
神と仰ぐ人物が、これほど不安定な立場にいる等と想像もしていなかった。彼が時折見せる不安感や、緊張感は「根」を持たない人間のそれだった。 もしくは、失ったのか。 ヴァーサは男が見せた最大の「弱さ」に対して、言葉に出来ない愛おしさを感じていた。
「アダマス様!」
「あ、は、はい!」
涙を拭った女は折れかかっていた心と姿勢を整え、アダマスを熱い眼差しで見つめながら訴えた。
「私に、アダマス様に忠誠を誓うことをお許しください」
突然の言葉に戸惑うアダマスを前に、ヴァーサは椅子が倒れる事もお構いなしで勢い良く立ち上がる。そして、相手の目の前まで進み、跪く。
「この身、この魂の全てを御身に捧げます」
胸に右手を添えて、拝礼とも言える程に深々と頭を下げる。
「予言者等と名乗る偽りの救世主より、私にとってはアダマス様こそ真なる神であり、最愛の人! アンデッドであったとしても、この想いに…」
「ちょっと待ってください! ヴァーサさん…」
際限なく勢いを増していた女の、先程までとは異質な告白をアダマスは言葉で制止した。ヴァーサの無念の表情を見て、アダマスは自分の言葉を勘違いされたことを認識する。
「あの、ヴァーサさん…その、そういうのは…嫌とかじゃなくてですね…。 たぶん、自分の持つ力の所為なんですよ、きっと…」
「どういうことでしょうか?」
不思議そうに小首を傾げるヴァーサに対し、アダマスは居た堪れなくなりながら説明する。
「自分には、恐怖状態の人の心を正常な状態に戻したり、周りの人の能力を向上させる力があります。 それはきっと、自分本来の魅力以上に周囲から慕われたり、想われたりするんだと思います… だから、今ヴァーサさんが自分に対して抱いている感情は…」
その続きは何と言えば良いのだろう。このまま続ければ続けるだけ、情けなくなる自分が容易に想像できたアダマスは口ごもってしまう。ちらりと窺ったヴァーサの表情は、優しい微笑みを浮かべていた。
女は笑みを称える口を開く。
「それは、程度の問題ではないでしょうか?」
「程度…ですか?」
「はい。 アダマス様は、その力によって得た信頼や愛情を、偽りのように話されましたが、私はそうは思いません。 顔の美しい人、身長の高い人、力が強い人、博識な人、世の中には様々な魅力があります。そして、アダマス様がもつ、そのお力も、その一つでしかないと思うのです」
「そう…なんですか?」
「はい! その力を含めて、アダマス様の魅力なんです。 何より私は、アダマス様が持つ強大な力を自分の為だけでなく、この村や国の民を守る為に使ってくださった事が、とても嬉しいのです。 その事実は、アダマス様が話された力と、あまり関係がないと思いませんか?」
「そう言われると…そうかも」
アダマスは顎に手を添えながら、言いくるめられたような気分になりながらも、正直悪い気はしなかった。 むしろ、ここまで自分自身を全肯定されたのは久々だった為に、いろんな意味で心が傾いている。
畳み掛けるようにヴァーサは続ける。
「重要なのことはひとつだと思います」
続きをまつアダマスに、ヴァーサは寂しげに言葉を紡いだ。
「ご迷惑でしょうか」
アダマスは口を開けてヴァーサの顔を眺める。言葉が脳に――あるとは思えないのだが――染み込むにつれ、何を言いたいかが理解できた。だからこそ慌てて弁明を図る。
「い、いえ、そんなことはありませんよ」
ヴァーサほどの美女に愛されて不足は何もない。
「ならよろしいのではないでしょうか?」
「……えー」
強引な押しは嫌いではないけれど。アダマスはそう思いながらも、うまく言い返す言葉が生まれてこない。
「ならよろしいのではないでしょうか?」
再び繰り返すヴァーサに、アダマスの心は完全に折れた。諦めでも妥協でもない、納得の溜息が溢れる。
「そう…ですね。 じゃあ…改めて、これからもよろしくお願いします。 …ええと、何とお呼びすれば?」
「私はアダマス様のシモベとなるのですから、そのような敬語はもう良いのではないでしょうか? あと、お好きにお呼びください。もともと私は名無しですので」
「うんん~…じゃ、やっぱりヴァーサで。 呼び慣れてるのもありま… あるけど、なんとなく、イメージに合ってるとも思うし」
「かしこまりました。 よろしくお願いいたします、アダマス様」
ヴァーサは再び深々と頭を下げる。
アダマス「ええと、村の皆には…自分達の関係をどう説明すれば…」
ヴァーサ「アダマス様さえよろしければ、夫婦…など、いかがでしょう? であれば、敬語がなくなったことも説明がつきます」
アダマス「さすがにそれは…」
ヴァーサ「ご迷惑でしょうか?」
アダマス「そういうわけじゃなくて… 夫婦なんて言ったら、周りに気を使わせてしまうよ?」
ヴァーサ「よろしいのではないでしょうか? むしろ、それが目的…」
アダマス「何か言った?」
ヴァーサ「いいえ、何にも!」