共に歩んだ仲間と一丸となり「約束」を守り、果たすべく
世界が終わるその日まで、守り通されるはずだったものは
ある人物の手によって、脆くも崩れ去ってしまう
下火月[9月]五日 03:32
自分が何の為に生まれてきたのか、偶に考える。大きなことを成し遂げたり、後世に受け継がせるようなものを残したり、もしくは悪いことをしてしまうのかも知れない。
人にとって迷惑なことだとしても、その為に生まれてきたのなら、しょうがないんじゃないか…とか。誰も教えてくれないし、どこかに落ちているようなものでもない。きっと、本当の答えや正解なんてないんだろう。と、毎回何の進展もなく、考察は終了する。
生まれてきた意味に縛られて生きるのも窮屈だろうから、答えなんかない方が楽で良い。それでも、どうしたら良いのか無性に教えて欲しくなる。自分より上手く生きられる誰かに、自分の人生を生きてもらえたら良いななんて、思ってしまう時がある。
パズルのピースのように、自分より大きな誰かが、丁度いいところに嵌め込んでくれないだろうか。
そしたら全部、その「誰か」の所為にできるから。
牙を剥き出しにして自分の周りをぐるぐる回る赤黒い魔狼たちを眺めながら、ラージ・ボーンは考えていた。
せっかく美人が後押ししてくれたのに、自分はまた立ち止まっていると。
ラージ・ボーンの背後二〇メートル、人間たちがこれ以上魔物に侵入させまいと作ったハリボテのバリケード。押せば倒れて仕舞いそうなくらい儚く見えたそれは、先ほどまで魔狼の攻撃を耐え、更に後方に居るであろう仲間を守っていた。中から槍を突出し、叫び、自分たちを奮い立たせながら、懸命に命を守っている。
人の身であった頃なら、感動した場面だろう。涙すら流したかもしれない。
しかし、肉を失い、臓腑を失い、瞳も、 脳すらなくした今、何も感じない。
鳥肌を立たせる肌もない。
それでも、何かが燃えている。
何も感じなくても、分かる事がある。
誰かが教えてくれている。
何かが囁きかけてくる。
悪魔なのか、神なのか、目に見えない魔物か、ヒトか分からないけれど、折角教えてもらったのだから、甘えてみよう。
全力で、この人の所為にしてみよう。
『アダマス』と名乗る一人の、どこにでもいる男の口車に乗ってみよう。
この男の声が聞こえるのは、これで最後かもしれないんだから。
「ウオオオオオオオオオオオォォォォォォッ―――!!!!」
王都に獣の叫びがこだまする。まるで産声を上げるように。無遠慮で、恥も外聞もかき捨てた。
全力、全開の叫び声が。
直後、ラージ・ボーンの心に、アンデッド特有の精神の鎮静化が訪れる。
しかし、後から後から止まない熱風の如く、完全に鎮静化されることはない。
ラージ・ボーンの怒号に魔狼が怯む。
バリケードを襲っていた魔物達まで、その動きを止めていた。
「あんたは…いったい…」
ラージ・ボーンの背中から弱々しい声がした。振り返ると満身創痍の青年が立っている。自分が到着するまで必死に戦っていたのだろう。全身無傷の箇所等ないくらいボロボロだった。
バリケードの内側では傷ついた戦士たちを癒す者たちがいることは、ここに来るまでに確認している。
ラージ・ボーンは足の震える男を肩に担ぎあげ、堂々とした足取りでバリケードの方へと向かう。
魔物が襲ってくる様子はない。知性は感じられない獰猛さの塊のような存在であるはずのモノたちは今、強大な恐怖によって、ラージ・ボーンに近付けないでいた。
死ぬことに恐怖はない。しかし、一方的に蹂躙されることを容易に想像できた魔物達は、絶対強者に道を明け渡した。
「彼を治してやって欲しい」
目的地まで辿りついたラージ・ボーンは優しく傷ついた男をおろし、落ち着いた口調で槍を持った衛士に伝えた。
男を受け入れ、奥へと引き継いだ衛士が目を丸くして質問をする。
「そのプレート、冒険者か…。 お前さん本当にミスリルか?」
「中身は
「はは、そいつあ面白い冗談だ」
ラージ・ボーンは魔物達に向き直り、
「こっちを見ろ、その目に映るものが今から自分の命を奪うと理解したか?」
赤と白で構成された、魔神か神獣のような姿を象った鎧を身に纏う男の嘘偽りの感じられない言葉に、魔物達の足が竦む。
「スキル発動…」
ラージ・ボーンは深く腰を落とし、武器を構える。
≪
ラージ・ボーンが両手に一振りずつ持った武器で虚空を薙ぎ払うと、突如として顕現した炎の波が魔物達を襲う。
ゴオゥ!という音が鳴り響いたあと、波を浴びた魔物が次々に燃えていく。同じ状況にさらされていたいたはずの建物が燃える様子はない。
確実に悪しき命だけを消滅させる
断末魔と咆哮が入り混じっていた戦場は今、耳鳴りが聞こえるほどの静寂に包まれている。
バリケードの隙間からラージ・ボーンが成した偉業を見た衛士も、その背中から事態を理解した者達は思い出していた。
赤と白で構成された、立派な全身鎧を身に纏う、ミスリル級の冒険者。
『赤き巨星』
その拳は、アダマンタイトさえも粉砕し、今必殺の技で一瞬にして無数の魔狼を殲滅した戦士。
「アダマス・ラージ・ボーン」
誰かが呟いた。
その声に反応するかのように次々と最前線の窮地を救った大戦士の名が呼ばれる。
ラージ・ボーンはゆっくりと、バリケードの方へと顔を向ける。
一度は見捨てようとした人々の方へと。
そこには万雷の喝采と、称賛が巻き起こっていた。
水分は無いはずだ。
涙腺も無いはずだ。
きっと幻に違いないけれど、男は自分の頬に、熱い何かが流れるのを感じた。
ラージ・ボーンは自信を褒め称える者達に、深く頭を下げる。
「ありがとうございます!」
感謝される側だった男の、感謝の言葉に再び無音が訪れた。
「自分を、『アダマス』と呼んでいただいて…。 ありがとうございます」
大戦士の口から聞こえたモノの意味を、真に理解できるものはこの場には誰一人として居なかった。しかし、バリケードの内側で手当を受ける男が大きな声を張り上げる。
「ばかやろう! こんなとこで頭を下げてる暇があるんなら、さっさと他のとこに行きやがれ」
ラージ・ボーンが先程助けた金髪の男―ラングラーがバリケードの隙間から顔を出す。魔法やアイテムを使用されても、まだ完全には回復し切っていない様相で。
「もう大丈夫だ。 だから、ここは俺たちに任せて、アダマスの兄貴は行ってくれ」
「え、兄貴?」
ラージ・ボーンは突然の呼び方に困惑しながらも、ラングラーの言葉を素直に受け入れることができた。彼以外にも王都を守ろうと立ち上がった人々の、自信に満ちた笑顔が自分に向けられていたから。
「あ、はい! じゃあ行ってきます。 みなさんも無理しちゃダメですよ!」
大戦士の大戦士らしからぬ言葉に、衛士達は気を緩ませた。 しかし、ラージ・ボーンがあっという間に自分たちの視界から遠ざかった後、一様に気合を入れ直す。
「よし、兄貴が作ってくれた時間でバリケードを立て直すぞ! もうひと踏ん張りだ!!」
「オオーッ!!」
その夜、多くの人々が目にすることになる。
『赤き巨星』『
●
下火月[9月]五日 03:53
「まず、この部屋は安全なのだな?」
「大丈夫でございます。ここで会話を盗み聞きできるものなどおりません」
アダマンタイト級冒険者、漆黒の全身鎧を見に纏うモモンの姿をしたアインズが、仮面を付けヤルダバオトと名乗る悪魔―デミウルゴスとマーレの三人で一軒の木造家屋の中、テーブルを挟んで向かい合っていた。
デミウルゴスが仮面を外し、神妙な面持ちでアインズに報告する。
「アインズ様、ラージ・ボーンは現在この王都にて戦闘を行っているとシモベから連絡が入っております。 如何いたしましょう?」
「やはり、予想されていたのですね。だからこそ、ラージ・ボーンの追跡を止めずに…」
「そんなことはないさ…。 ただ、そうか…しかし、何故」
「どうやら、キーン村の村長が彼を激励したようでした。 しかし、その理由が問題なのです」
「どういうことだ?」
アインズはテーブルに身を乗り出して、デミウルゴスが続ける言葉に耳を傾ける。
「ラージ・ボーンが王都へ転移した後、シモベは次の指示を待つ為しばらくその場に滞在していると、村長の目の前に例の予言者が現れたのです。 そして、予言者は気になることを口にしていました」
「気になること、だと?」
「はい、強力な魔獣を召喚し、それを私…ヤルダバオトの仕業にするとか」
「強力な魔獣か… 超位魔法や
「それも重要なのですが、先ずはラージ・ボーンはどのように対処いたしましょう」
「そうだな、デミウルゴスが操ることのできる魔物を利用し、こちらに誘き寄せろ。 予言者の言っていた通り魔獣の出現をヤルダバオトの力によるものと思わせるなら、おそらく召喚される場所はヤルダバオトの近くになるだろう。 なら、いっそのこと魔獣とラージ・ボーンをぶつけてみようではないか」
主の深謀鬼策に震えながらデミウルゴスは了承し、魔物たちに思念で命令を送る。
「これで大丈夫かと」
「よろしい。ではお前の計画の全てを話してもらうぞ」
●
下火月[9月]五日 04:13
王都の各所を点々と飛び跳ね、魔物に押されている箇所を見つければ、それの討伐を続けているラージ・ボーンの心は充実感と罪悪感で混沌としていた
力を振り回すことで人から感謝され、魔物の命を奪う度に憎悪をこの身に浴びながら、頭では割り切ろうとしていても、その手に残る感触が消えずにいることは、ある意味では人間であることを残しているという「救い」なのかも知れない。
その時、人間を恐怖させる為か、バッサバッサと大袈裟な羽音が聞こえた。ラージ・ボーンは音のする方向、上空を見上げる。そこには、月明かりを浴びる銀色の獣毛を輝かせ、青い羽を生やした二腕二足の悪魔の集団がこちらを凝視しながら滞空していた。
「やらせないぞ、今の自分には…やるべきことがあるんだ!」
〈
このまま奴らが直下にいる負傷者達を攻撃すればひとたまりもない。己が使える数少ない魔法の一つを使う。重力というくびきから解放されたラージ・ボーンは上空へと舞い上がり、悪魔たちを追う。
ラージ・ボーンの一撃が魔物の頭部を粉砕する。集団を一網打尽にするには
「なんだ…こいつら」
仲間を殺された悪魔に同様は見られない、まるで当然の…それどころか計画通りとでも言うかのように平然としている。悪魔たちは力なく落下していく同種に目もくれずラージ・ボーンから遠ざかっていく。まるでどこかへ誘導しているように。
「罠か… それでも、やるしかないんだよ」
自分に言い聞かせ、悪魔の群れを追いながら一匹、また一匹と撃墜し、最後の一匹を落としたところで、ラージ・ボーンの視界に信じられないものが映った。
王都の中央広場で太陽が煌々と輝いていたのだ。
正確には腹部に太陽と見紛う程の輝きを放つ無限熱量の球体をおさめた全高三〇メートルはあろうかという紅蓮の魔獣。
それはユグドラシルというゲームの世界観に大きく係わったエネミーである。
ユグドラシルという世界樹には無数の葉が生えていたのだが、ある日、その葉を食い荒らす巨大な魔物が出現した。葉を貪り喰らったことで巨大な力を得た公式キャンペーンのラスボス“九曜の世界喰い”に代表されるワールドエネミーの“七曜の神獣”、
そんな最上位エネミーが何故こんなところで猛威を振るっているのかは謎のままだが、その疑問以上に気になったのは、神獣の熱波で吹き飛ばされる複数の人物の内一人に見覚えがあった。
その人物が遥か上空に舞い上がる、このまま落下すれば死は免れない高さだ。
落下し始めた彼女を慌てて受け止める。その姿勢は奇しくもお姫様抱っこの形となった。
「い、イビルアイ…さん」
最近出会ったアンデッドの少女、イビルアイがラージ・ボーンの腕の中にすっぽりと収まっている。
その姿は丈夫なマントに隠されていながらも、全身の各所から煙を上げ無残な姿を晒していた。
見るからに瀕死の重傷だった少女は自分の顔を覆う不気味な仮面を外し、力なく口を開いた。
「貴様…あ…アダマスか…」
「無理をしない方がいい、いくらアンデッドでも…」
「モモン様を…たのむ…。 戦士でありながら…
見るに堪えない状態にあってなお、イビルアイはラージ・ボーンの袖を震える手で掴み、懇願した。 再び、男が失った筈の心臓が、震えた。
「先ずは君を安全な場所へ連れていく。 モモンさんのことも、任せて」
ラージ・ボーンの言葉を聞いたイビルアイは安心した顔で意識を手放した。
●
広場には
「アインズ様! まさか、これが!」
「ああ、予言者の言っていた召喚獣だ」
メッセージでイビルアイと一緒に神獣の熱波で吹き飛ばされたシモベの安否を確認したアインズは、目の前で太陽の如き輝きを放つ者の存在を思い出していた。
「こいつはワールドエネミーの一体、本来一〇〇レベルプレイヤーがギルド単位の人数で戦うはずの神獣が何故こんなところに!」
「アインズ様!」
「ああ、ナザリック全軍を以ってすれば倒せない相手ではないが… 撤退するぞ。王国は…捨てる!」
神獣が放つ天文学的な熱量で石畳や金属類が気化されていく中、アインズは背後からゆっくりと近付く存在の気配を感じ、咄嗟に後ろを振り返る。
そこには、かつての友が話してくれた雄姿そのままの、無課金ギルド『アダマス』ギルド長、ラージ・ボーンの姿があった。
悠然と足を進める彼には今の自分が感じている焦燥が、一片も見られない。まるでいつも歩いている道を歩くような、自然な動きをしていた。
「ラージ・ボーンさん、一対一に特化したあなたでも無理だ! あれは…」
「一〇〇レベルプレイヤーがギルド単位で戦う相手、HPも攻撃力もそれを前提として作られたワールドエネミー」
「わかっているなら…」
「あれなら、大丈夫ですよ。 …モモンガさん」
自信しか感じられないラージ・ボーンの声に、アインズは昔たっち・みーが自分に聞かせてくれた噂話を思い出した。
「まさか……」
【ユグドラシル時代、ギルド『アダマス』の一幕】
赤錆「センリさん、最近イン率低くないかい?」
ラージ・ボーン「え、あ、ああ~…ほら、センリさんそろそろ受験だって言ってたし、多分それじゃないかな~」
赤錆「そう言えば、未成年だったね。なんか落ち着いてるから、年下ってこと忘れてしまうな」
ラージ・ボーン「わかりますよ。 センリさんが忙しい分、僕たちで頑張らないと」
赤錆「当然だよ。 骨太さん、我ら『アダマス』が人の役にたつ。ユグドラシルが終了するその日まで」
ラージ・ボーン「そういう『約束』ですからね」
赤錆「ああ、そういう『約束』だからな」
ラージ・ボーン「もし皆が引退しても、僕は最後まで頑張りますから」
赤錆「それは俺のセリフだよ」
「「っはっはっはっは」」