骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 少女の願いはやがて多くの人の共感を呼んだ

 少女と「約束」を交わした男の心はそれを寂しく思いながらも、喜びを感じていた

 少女が重い不治の病にかかっていると知った男は狼狽えた

 男は少女と二つ目の「約束」を交わす

 少女の死が、そう遠くないことを誰にも話さないと


二話 「誰かがあなたを待っている」

 

 下火月[9月]五日 3:11

 

 

 その夜、王都は騒然としていた。騒然等の生易しい言い方では片付けられない程の惨状となっている。

 炎が燃え、硬いものがぶつかり合い、肉がちぎれ、弾ける。 骨が砕け、人の形をしたものから飛び散る。 怒号が、断末魔が、悲鳴が、死と絶望を耳から脳へ伝える。 足が竦んだ者は、その足から上を失い、手を震わせた者は、その手ごと胴体を喰い散らかされる。 

 深夜、王城を囲うようにして突如現れた炎の壁、そこから無尽蔵に強力なモンスターが現れ出したのだ。

 王国戦士や騎士達、上位から最下級の冒険者まで駆り出され全員が奮闘している。止むことの無い地獄の連鎖に疲弊しながらも彼らが戦い続けられたのは一縷の希望にすがっていた為。漆黒の英雄が、この煉獄の朱帆である魔王ヤルダバオトを倒すという希望に。

 

 英雄が魔王を打ち倒せば全てが解決するとは限らない。しかし、信じるしかなかった戦う者達は命にしがみつきながら死んでいく。そんな最前線で剣を振るい、槍を突く男たちがいた。

 傷ついた冒険者を癒す為の陣地を死守するバリケードの外側、絶死の極地で己と仲間を鼓舞しながらミスリル級冒険者、ラングラーは嵐のように襲い来る殺意に抗い続ける。

 「こんなものかよ! 俺はもっと恐ろしい地獄を見たぞ!!」

 元王国貴族の長男だった彼はこの世に生まれ落ちてから数年、やっと物心つく頃に地獄のど真ん中にいた。恐ろしくも頼もしい、尊敬して止まなかった頑固な父が日に日にやつれ、知的な印象を受ける黒髪は瞬きをする度に白髪に変わっていった。美しく優しい、最愛の人であった母は、艷やかだった肌は土気色になり、角質だらけの荒野のよう。自分が受け継いだ自慢の金髪はひと月も経たぬ間に殆どが抜け落ちていった。 原因は直ぐに知ることとなる、薬物だ。八本指と言われる組織に楯突こうとした両親は信頼していた友人―と思っていた―貴族に裏切られ、一度落ちれば二度と這い上がれない外道に落とされた。

 組織の魔の手が弟にまで及ぼうとした時、勇気を振り絞ってラングラーは家を逃げ出す。

 弟と共にエ・ランテルで冒険者となるが、八本指への復讐心を抑えられなかった兄だけは名を変え、王都で活動していた。

 元々父親譲りの剣の才があったラングラーはチームも組まず、たった一人でミスリルプレートを手にするまでに至る。

 

 その男が今、斬っても斬っても果てない赤黒い狼の軍団相手に、ミスリル製の全身鎧を身に纏い王国戦士長と並ぶ程の体躯で二本の大剣(バスタードソード)を振るい続けていた。

 「奴らを殺すまで、俺は死ねないんだ!」

 自分の目的はあくまで悪の秘密組織、湧いて出た魔物相手に命をかけている場合ではない。しかし、戦わずにはいられない、それは両親が愛したこの王都をどこの骨とも知れない連中に蹂躙されるのが我慢ならなかったからだ。

 ラングラーの剣が狼の眉間に刺さった直後左右から同時に血と唾液で汚れた牙が襲いかかる。刺さったままの剣を引き抜こうとするが、まるで掴まれているかのようにびくともしない。

 一瞬脳裏に「死」の認識が過ぎる。

 「があッ―!」

 諦めを全力で否定しながら残り一振りの剣で比較的大きな左側の狼をなぎ払い、反対側から迫る牙を背中の装甲で受ける。魔狼の凶刃が肩口に深々と刺さるもラングラーの覇気は欠けることなく反撃し続けた。

 

 「はぁッ…ぐっ…」

 右腕に力が入らない。先ほどの深手が原因なのは分かっている。バリケードの内側に戻ろうにも、自分が取り逃がした魔物の攻撃で自分が中に入るための隙間を開けられない。もし開ければそこから「死」がなだれ込んでくるのは子供でもわかる。

 

 万事休す

 

 諦めたくなくても目の前の状況がそれを許してくれない、じりじりと距離を詰める「終わり」が己の情熱に水をかける。

 頑張った方じゃないか。志半(こころざしなか)ばで倒れるだろう自分に言い訳をした。死闘の中で何度も自分自身の目的を忘れ、ただ傍らで共に武器を抜き放つ仲間の為に剣を使った。憎い怨敵に死を与える為だけに鍛え上げた技も、肉体も全てを使って守ろうとした。不思議と後悔は無い。自分が…いや、自分たちが稼いだ時間で、きっと英雄がこの惨劇の原因を取り除いてくれる。

 

 「ごめんな、スパンダル… お前を一人ぼっちにさせちまう…」

 

 ただ、心残りは弟の事。両親を失い、二人だけになった家族。最近、尊敬できる冒険者に出会い、充実した日々を過ごしていると言っていたが、人見知りな弟がそこまで言う人物に会ってみたかった。

 

 そう思いながら、最後まで手放さなかった愛剣を握る指から力を抜こうとしたその瞬間――何かがけたたましい音を立てて、ラングレーの前に落ちる。

 重みを受けきれずに、石畳にひびが入り、土埃が舞い上がる。

 そこにいたのは着地の衝撃で身を屈めるようにしていた人型の魔獣とも呼べる姿をした戦士だった。

 美しい赤と清らかな純白で彩られた鎧は月光の静かな輝きを反射し、肩の装甲から生えた爪が鋭く光っていた。死を喰らう獣のような左右の腕にはそれぞれ禍々しい形をした金属製の長大な鈍器が魔狼たちを怯ませる。

 突然現れた戦士がゆっくりと立ち上がる。大きな姿だった。長身と言われるラングラーの背丈よりさらに頭三つ以上は上にある。

 その首元に自分と同じミスリル製の冒険者プレートを見つけ、ラングラーは無意識に口を開いた。

 

 「助けてくれ…」

 

 自然に溢れた言葉が戦士に届き、その答えは直ぐに返ってきた。

 

 

 「任せろ」

 

 

          ●

 

 

 下火月[9月]五日 2:48

 

 

 ラージ・ボーンは南へと歩き続けている。

 全てを捨て、行くあてもなく彷徨う幽鬼のように、ただ足を前に出すだけの存在になっていた。

 再び誰かに出会う事が、その相手に迷惑をかけてしまうという、目に見えない恐怖に怯えながら、人気を避けて進む。

 やがてリ・エスティーゼ王国とスレイン法国の境界に(そび)える山岳地帯まで近付こうとしていた。

 

 突然目の前数メートルの地点に魔力の反応を感じるが、構えることもしない。

 もし、反応がある場所から槍が放たれたとて、避けることもないだろう。

 

 しかし、ラージ・ボーンの願望にも似た予想は外れ、現れたのは槍でも魔法の矢でもなく、薄紫の長髪を靡かせる、一人の美しい女性だった。

 

 「ヴァーサ…さん」

 

 「また、何も言わずに行かれるのですか?」

 

 女は瞳に涙を湛えている。何故、泣いているのか、ラージ・ボーンには分からなかった。

 「自分の近くにいると…あなたを傷つけてしまう」

 

 こちらの声が聞こえていなかったのか、ヴァーサは淡々と、仕事のように言葉をつむぎながらでラージ・ボーンに歩み寄る。

 

 「領主様から、王都で魔物が大量に発生し、大惨事になっていると、連絡が入りました。アダマス様、お願いです。 皆を助けてください」

 

 ヴァーサは体温の感じられない口調で告げた。ただ、その瞳は情熱と愛情を秘めて、真っ直ぐにラージ・ボーンを見つめている。

 

 「自分は…弱くて…怖くて…何にもできないんですよ」

 「知ってます」

 

 ヴァーサの即答に伏せかけていたラージ・ボーンは思わず顔を上げる。続けて耳に届く言葉が男の心に一つ一つ染み込んでいった。

 

 「すぐに人の顔色うかがって、すぐに謝って。 状況が悪くなるとたちまち逃げ出す…いつものアダマス様です」

 「え…」

 「でも、そんなアダマス様に私たちは救われました。 村のみんなだけではありません、ブリタさんや冒険者さんたち。 貴方の行動で命だけでなく、心まで救われた者がいます」

 「それは…」

 「私は、嬉しかった」

 「え…?」

 

 突然に感情を伝えられ、ラージ・ボーンは間の抜けた返事をしてしまう。そして、続けられた言葉が、男の魂を震わせた。

 

 「アダマス様が私たちを失うことを、怖いと思っていただいていることが。 失いたくないと想っていただいていることが」

 「ヴァーサさん…」

 

 「怖くても良いんです。情けなくたって、アダマス様が私たちを救ってくれたことは、無くなりません」

 

 「僕は…」

 

 「貴方にしか、できないことがあるんです!」

 

 失った筈の心臓が一度、跳ねた気がした。人に迷惑をかけることしか出来なかった自分にしか出来ないこと。それが何なのかはっきりとは分からなかった。しかし、今やるべきことは分かる。全てを失う前に、やっておかなければならない事を目の前に突きつけられたラージ・ボーンは己の精神(こころ)の顔を上げる。

 

 「何も変えられなくても、最後に全てを失ったとしても、その最後まで…できるかぎり、やってみます。 諦めるのはいつでもできますけど、全部亡くしたら…やっぱり、諦めちゃいますよ?」

 「今はそれで十分です」 

 

 ヴァーサは嬉しそうに微笑みながらアダマスに手の平に収まる程の小さな木彫りの人形を渡す。

 「それは王都のある場所に転移できるアイテムです。 転移先に魔物がいる可能性もあるので、十分に警戒しながら使用してください」

 「わかりました、ヴァーサさん。 一人だと心細いので、せめて心の中だけでも、応援していてください」

 「ふふ、任せてください。全身全霊で応援いたしますから」

 

 「ありがとう。それじゃ、行ってきます!」

 

 

 ラージ・ボーンは人形を強く握りしめ、自分の周りに浮かび上がる光の粒に身を任せる。粒子が一層光り輝いた後、その場所にはもうラージ・ボーンの姿は無かった。

 

 

          ●

 

 

 ヴァーサはラージ・ボーンを見送った後、荒野に一人である人物の到来を待つ。

 その人物はヴァーサの目の前に起きた直径二メートル程の空間の歪みから、ゆっくりと姿を現す。 その者は全身を真紅のマントで全身を包んでいるが、肩の形から鎧を身に着けていることがわかる。マントのフードを目深に被り、表情が周りには見えないようになっていた。

 「よくやった、ヴァーミルナよ。あのままどこかへ行かれては、せっかく私が用意したものが台無しになっていまう。それに、今あれを召喚すれば、暴れているヤルダバオトやらの所為にできるからな」

 深く重い、荘厳な男性の声が響く。もし神がいるのならこんな声ではないかと思わせる程に聴く者の心根を震わせる声だった。

 「予言者様…」

 ヴァーサ――ヴァーミルナは予言者の出現に対し、自然に跪く。

 「かの悪神があれに倒されれば良し、倒されなかったとしても、あれは唯の実験に過ぎぬ。 我の「人類救済」には何の影響も及ぼすことはあるまい」

 「予言者様…村の襲撃についてなのですが…」

 「おお、そうだな。次の襲撃準備を整えるようバアルには言いつけている。それ程間が空くこともあるまい。お前も支度を整えておけ」

 「…はっ!」

 ヴァーミルナの返事を聞き、予言者は高笑いを響かせながら再び空間に歪みを作り、そこからまたどこかへと転移していった。

 

 

 「……時間がない、私は、私にできる…いいえ、私がすべきことを!」

 ヴァーミルナは強固な決意を胸に立ち上がる。

 その手には小さな木彫りの人形を握りしめていた。

 

 




 【ユグドラシル時代、ギルド『アダマス』の一幕】


 ドラゴンダイン「俺とトラくんってさ、友達だよね?」

 トラバサミ「え?あ…まぁ…そうなんですか?」

 ドラゴンダイン「ゆべしさんってさ、彼氏いるのかな…」

 トラバサミ「…は?」

 ドラゴンダイン「いや…だからさ…」

 トラバサミ「ゆべしさーん!ドラさんが何か聞きたいことあるってー!」

 ドラゴンダイン「ちょっ!おまっ!!」

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