骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 ある少女は思った
 何も出来ない自分でも、人の役に立てるのか

 少女は願った
 何も出来ない自分でも、人の役に立ちたいと

 少女の願いに寄り添う男が居た

 男は少女の願いを叶える為、『約束』を交わした




第六章 あふれる想い
一話 「九月の砂」


 下火月[9月]四日 8:43

 

 

 朝日を浴びながら、アダマスは遠くに見えるキーン村を眺めていた。

 最初に訪れた時は無かった立派な外壁、村長邸以外の大きな館や兵舎が見える。

 村の復興も大分進み、焼けた家屋や潰れた瓦礫は無く、まばらに更地がある程度だ。

 敷地の中にある畑で男達が汗を流し、女達は作業場近くの広場で食事の用意をしている。昼頃になれば、きっと栄養のつく料理ができているだろう。

 正しく平和。正しく穏やかな風景を目の当たりにし、アダマスは昨日自分の心に響いた言葉を思い出す。

 きっと自分に恨みを持ったプレイヤーがこの世界に転移し、復讐をしようとしているのだろう。その『敵』とは、ギルド『アダマス』の元メンバーではないのか、不甲斐なさからギルドを崩壊させ、メンバーにとって大切な場所、想いが詰まったギルド武器を失わせた自分を恨んでいるのかも知れない。

 そんな人物がいるのなら、『敵』であろうと戦う気にはなれない。自分の身一つで満足するのであれば喜んで差し出そうとも思っている。

 しかし、ブリタの姿をした人物が言うには、その復讐はアダマス自身ではなく、その周りに被害を及ぼすもの。

 村の平穏を脅かす存在とは『敵』ではなく、自分自身なのだと。

 

 「ペテル、ダイン、ルクルット、ニニャ…」

 

 自分が傍に居れば守れたかもしれない四人の名前を呟く。

 守りたい、失いたくないものがあっても、自分の手の届く範囲は限られている。全てを守ることなど出来はしないことを、彼らが教えてくれた。

 

 どのような危険が降りかかるのか、あの人は教えてくれなかったが、アダマスには『敵』の存在を信じられる心当たりがある。それは自分を慕ってくれている人々から離れる理由足り得るものだった。

 

 「エマさん、ヴァーサさん、ブリタさん… 」

 

 アダマスと関わった人は殆ど、好意を寄せてくれる。それも自分が常時発動させていた特殊技術(スキル)の効果によるものだったのだろう。恐怖を打ち消し、自身の能力を高めてくれる力。心に不安や恐怖を抱える人、力を求める人が求めてしまう存在。

 

 「分不相応なんだろうな…」

 

 ユグドラシル時代から思っていたことがある。

 プレイヤースキルが高いわけではない。戦略を組み立てられる程の思慮もない。言い争う仲間達を宥めたり、話をまとめることもできない自分が何故ギルド長に選ばれたのか。消去法だったのではないか。 最初に立ち上げたメンバー、四人の中で、より長くユグドラシルを続けることができるであろう人物が自分しかいなかったから。 初代ギルド長センリが引退するにあたり、次代のギルド長を決める話し合いが行われた際、ほとんど荒れることなく全会一致で自分に決まった。 推薦してくれた彼らの話を聞くと「なんとなく楽しいから」とか、「居ないと寂しい気がする」とか、かなり曖昧な答えが返ってきた。正直嬉しかったが、同時に不安でもあった。

 他人に嫌われる事を恐れ、PVPを極端に避けながらプレイしていた自分。

 戦略や編成ができず、それらを完璧にこなすことができた『赤錆さん』に頼りっぱなしだった自分。

 いつもリアルの愚痴ばかりこぼしては、メンバーの皆に慰められていた自分。

 

 頼りない自分の周りにはいつも素晴らしい友人達がいた。

 

 今も、転移したばかりで右も左もわからず不安でいっぱいな自分を慕い、助けてくれる人々がいる。

 

 遠く辺境の地から来たと伝えたら、この国の一般常識を教えてくれたり、身の回りの世話をしてくれたエマ。

 行くあてが無いことを伝えると、住む家をあてがい、無断で村の外に出たら、帰ってきた時に心から叱ってくれたヴァーサ村長。

 突然現れた自分を快く迎え入れてくれたキーン村の皆。

 

 恥ずかしい格好をしてまで自分を励ましてくれたブリタ。

 投擲武器が欲しいと呟いたら手作りしてくれたアステル。

 

 (アイアン)級冒険者の知人には、いろんな事を教わった。

 この世界の武器の事はブローバに、国の貴族や王族についてはスパンダルに、冒険者の事はボルダン、魔法の事はエラゴとリュハが教えてくれた。

 

 今も冒険者の彼らは、自分が冒険者として大成して欲しいと、村の警備をかって出ることで、応援してくれている。

 

 そして(シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』

 ペテル、ダイン、ルクルット、ニニャ、彼ら四人は自分のことをまるで兄のように慕ってくれた。昔の事を思い出して落ち込んでいた自分を励まそうとしてくれた。

 しかし、そんな彼らをアダマスは守ることができなかった。

 

 

 

 「これ以上、ここには居られない」

 

 アダマスが決意を固め、歩き出そうとした時、目の前に一人の男性が現れた。

 背格好はリアルの自分に似た、黒髪、黒目、中肉中背で年齢も同じくらいの人物。

 スズルと名乗った男が口を開く。

 

 「逃げるのか?」

 

 スズルの言葉にアダマスは失った瞳を見開き、悟った。この男性は全てを知っていると。

 

 「…迷惑は、かけられません」

 

 「情けないな」

 

 耳に入った声にアダマスは俯きかけた顔を上げ、己の拳を強く握った。

 「僕がここにいたら、皆殺されてしまうかもしれない、僕の所為で誰かが傷つくのは、もう見たくないんだ。 逃げて何が悪いって言うんですか!」

 

 「悪いとは言ってない」

 男は冷静に淡々と答え、言葉を続ける。

 

 「ただ、情けないと言ったんだ」

 

 広い草原に一陣の風が吹いた。その風はアダマスの心に染み込みながら、心を冷していく。

 風は尚も吹き続ける。

 

 「私は君の事を買い被っていたのかもしれない。 こんな情けない男を友人として迎え入れようとしていたなんて」

 

 「……」

 

 「逃げたいのなら、どこぞへなりと行くが良い。 だが、その名前はここに捨てていけ、二度と『アダマス』と名乗るな」

 

 「――っ!」

 

 言い返せなかった。今の自分に『アダマス』を名乗る資格など無いと。

 一生懸命に生きる人々を守り、人の迷惑を考えない者が彼らの敵となるのなら、戦うことも厭わない。その『アダマス』の信念を曲げようとしているのかもしれない。

 しかし、人々の障害が自分自身だったなら…

 ラージ・ボーンはどうしたら良いのかわからなくなっていた。

 

 「僕は…どうしたら良いんだ…」

 

 「知らん。 ただ、思い出すことだ、君の行いが、この国に生きる人々に何をもたらしたのか。 それはきっと、スキルやアイテムの効果なんかじゃない」

 

 「……」

 

 ラージ・ボーンの無言に耐え兼ねたのか、スズルと名乗る人物は自身が作った空間の歪みの中に消えていった。

 ラージ・ボーンは再び、草原に一人きりになる。

 

 今度こそ、本当に全てを『アダマス』の誇りさえ失った亡霊は、魂の無い足を南へと向けた――

 

 

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 「よろしいのですか?アインズ様」

 ナザリック地下大墳墓、絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウンの執務室で控えていたデミウルゴスの前に発生した空間の歪みから主人が現れる。

 これまでの会話を潜伏させていたシモベからリアルタイムで連絡を受けていたデミウルゴスはアインズに問いかけた。

 「あのお方、ラージ・ボーン殿はナザリックにとって脅威と成りうる存在。 味方につけるか、無力化するべきでは…」

 「必要無い」

 

 不機嫌な様子の主人は、勢いに任せてドカリと椅子に腰掛ける。

 デミウルゴスは敬愛する主が苛立っている原因に対し、憎悪の炎を燃やした。

 

 「今の奴にそんな価値も力もない。 レベル一のメイドでも倒せるだろう。 それほどに、弱くなった…いや、もともとあの程度の男だったのかもしれないな」

「では、これからどのように対応いたしましょう」

 「捨て置け…… いや、万が一のこともある、例の課金アイテムを使用しているシモベをつけろ」

 「はっ!」

 

 支配者は黒檀の机に肘を突き、一度ため息を吐いてから口を開く。

 

 「ところで、昨日デミウルゴスが言っていた話、進展はどうなっている?」

 「はい、キーン村の領主の件ですが、やはり王族の者でした」

 「ほう、そうか… では、その者が法国のスパイ」

 「いえ、私もそう考えていたのですが、どうやら違うようです」

 「どういうことだ?」

 アインズは身を乗り出してデミウルゴスに尋ねる。

 「王女は寧ろ相手を利用しているようでした。相互利益とも言いますか… 王女は法国の使者の知恵や力を得て、村で様々な実験を行っていたのです。 農業、政治、経済、もともと王女の頭の中にあった施策もあるようですが」

 「たしか、村の施策は数百年先を行くもの、とか言われていたんだったな」

 「はい、今もキーン村は豊かさを増しております。 その影響力を強めながら」

 「法国の使者とやらも、良い結果を起こす実験ならば自国で行えば良いものを… いや、例の襲撃も「実験」とやらの一つだったのかもしれないな。 であれば、自国で行えないのも納得できるが… 王国で何かをしようとしているのか」

 「そういえば、使者は『予言者』と名乗っていたそうです」

 「予言者だと? どこかの救世主みたいにか、しかし…」

 

 黙り込んで熟考する主人を見ながらデミウルゴスは次の言葉を聞き逃すまいと集中した。非才の知恵者である絶対者は言葉は少なくとも、その言葉に千の策略と万の展望を含ませる。それを理解してこそナザリック一の参謀だと。

 そして、待ちに待った言葉がアインズから発せられた。

 

 「ふむ、今後王国で行動する際は今まで以上に警戒しなければならない。 『予言者』がこれから…いや、既に何か用意してるかもしれない。 『敵』はラージ・ボーンが王国にいると思っている可能性もある、そちらにも注意を怠るな。 まさか『予言者』と『敵』が同一人物ということは有り得ないだろうが」

 「畏まりました!」

 

 デミウルゴスは主の真意を理解する為、思考を巡らせる。

 敬愛なる主人へ世界という名の宝石箱をお渡しする為には、王国で大事を起こす必要もありうる。その際に『予言者』か『敵』が脅威と成りうる。

 戦闘能力に於いて主人に勝る存在は有り得ない―今のラージ・ボーンでは足元にも及ばない―が、複数のプレイヤーの出現等、もしもを考えて準備せよ…という真意を汲み取る。

 デミウルゴスは恭しく、一層深いお辞儀をした。




 【ユグドラシル時代、ギルド『アダマス』の一幕】
 

 カーマスートラ「ゆべしちゃ~ん、おいたんのおぽんぽんにポーションかけとくれ~」

 ゆべし「シーシュポスさん、カーマさんがまたセクハラを」

 シーシュポス「黙れ夫」

 カーマスートラ「ごめんなさい、調子乗ってました」

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