セバスは少女の件を含め失態を重ねた己を恥じながら館へと戻り、主の命令通り館の応接室で最悪の結果を回避する為に自分が出来ることについて考え続けた。
下火月[9月]三日 18:00
セバスは自身が執事を務める館の応接室で、もうかれこれ4時間近く待たされていた。
絶対的な主人であるアインズに標的が行方不明になったことを伝えたところ、この場所で待つように命じられた為だ。
待機せよと言いつけられた時間はまるで地獄の炎のようにセバスの精神を焦がす。
偽りの女主人に仕える執事として王都に潜伏し、調査を進めるにあたって事はなるべく穏便に進める必要があった。しかし、セバスは娼館で酷い仕打ちを受けていた少女を、店に無断で引き取ってしまう。手当を施した少女からは感謝されたが、国の法律上は店の『所有物』となっていた者を連れて帰ったことは、厄介事を抱え込むことに他ならなかった。
案の定、少女の『所有者』を名乗る者から脅しをかけられ、本来の主人に迷惑をかけかねない状態に陥ったセバスは、全て自身の力で処理しようとした矢先、アインズから確認できた情報は必ず伝えるように厳命されていた標的と出会ってしまう。連絡をすれば自分の置かれた状況も露呈することを恐れながらも、命令通りに連絡を取った。
アインズからは、その場にできるだけ足止めをするようにと言われたが、突然の
部屋の奥に黒く縦に長い楕円形の歪みが現れ、中から三名の異形たちが現れた。
一人は悪魔。満足げに湛えた笑みに、どのような感情を宿しているのか。
そして、悪魔に抱かれた、枝のような羽を生やした胎児にも似た天使。
そして最後は――
「待たせたな」
「とんでもない!」
震えそうになる声を意志の力でねじ伏せ、セバスは拝礼にも似た、深いお辞儀を絶対なる存在、“至高の四十一人”が内、一人
――アインズ・ウール・ゴウン その人に向ける。
絶対者はゆっくりとした動きで椅子に腰掛ける。その重みでギシィと軋む音が、セバスを心の内から震わせる。
「この度は私の不手際の為に…」
「不手際? セバス、お前は何かミスを犯したのか?」
セバスの肩が「ミス」という言葉にビクンと跳ねた。ナザリックの
アインズは首を悪魔の方へ向けて、問いかける。
「デミウルゴスよ、セバスは何か失敗をしたと思うか?」
「いいえ、そのような事はございません。セバスはアインズ様の真意通りに動き、正しくあるべき結果を招いただけと思われます」
二人が何を言っているのか分からなかった。セバスはあくまで偶然少女を拾い、保護した為に今までの行動を行っていたに過ぎないはずなのに。全ては智謀の王たるアインズ・ウール・ゴウンの手の内だったと言うことか。恐ろしくも偉大なる主人の非才に感動と畏敬の念を抱きながら床を見据える。
「セバスよ、顔を上げて答えよ。かの者は間違いなくラージ・ボーンであったか?」
「はっ! あの強さ、美しさ、間違いなくたっち・みー様のご友人、ラージ・ボーン様でした」
命じられるままに顔を上げたセバスの瞳に、慈悲深きアインズの顔が映る。声や仕草から、自分が責められる様が感じられないことを不思議と思いながら。
「お前たちシモベは創造者に強くひかれる傾向がある。たっち・みーさんに創造されたセバスがそう思うのであれば、まず間違いないだろう。 では次の質問だ。その場に現れたという謎の人物、分かる範囲で良い、話せ」
「も、申し訳ございません。 その姿形、シルエットさえも認識できませんでした。声も女性か男性か、異形の者かも判断がつかず…しかしながら、あの「近付くな」という言葉からは、敵意と呼べるものを感じませんでした。 まるで… 懇願のようでした」
アインズはセバスの意見を聞いてから、ゆっくりと椅子にもたれかかる。
「懇願か、ラージ・ボーンを危険から遠ざける為に…そう願ったのだろうな」
セバスはアインズの言葉を理解できないでいた。敵意がない相手からの言葉なのに、近付く事が「危険」とはいったいどういうことなのか。思考を巡らせていると、ついにセバスが今回主人が現れた理由、本題と思っていた言葉をアインズが口にした。
「ああ、セバスよ、お前が拾ったという少女を…ここに連れてきてくれないか?」
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アインズが部屋から出ていった二人、セバス、少女―ツアレ―を見送ると、デミウルゴスが問いかけてきた。
「アインズ様は、いったいどこまでを想定されていたのですか?」
「何も想定などしていないさ、全て結果的に上手く行ったに過ぎない」
「…そのようなご冗談を。 結果論であのような偶然は起きないと思うのですが」
デミウルゴスの言っている意味をアインズはよく理解していた。
ラージ・ボーンと接触する為に計画していたことがある。先ず、モモンとしてエ・ランテルの冒険者組合に彼へ名指しの依頼を出し、詳しい話は別の場所で行うと言い、ラージ・ボーンが最初に転移してきたと思われる場所に呼び出す算段だった。ラージ・ボーンが高レベルトラップ使い―キャンサーに、本人にバレないように監視されていることは明白だった為に、エ・ランテルの冒険者組合からその場所までの道のりの安全確保をデミウルゴスとアルベドに命じていたのだ。そして、一番重点としていた接触地点の監視は一層強力なものとするべく、潜伏させていたシモベに課金アイテムを使用してまで、誰にも気づかれないようにしていた。
その結果、偶然にもセバスの目の前から消えたラージ・ボーンとキャンサーと思われる人物が現れたのだ。本当にアインズはそこまでを想定していなかったが、何度デミウルゴスやアルベドに真実を話しても信じてもらえなかった。
しかし、偶然とは言え、ラージ・ボーンとキャンサーの話を一部始終聞く事ができたのは、
潜伏させていたシモベから連絡を受けたデミウルゴスが嬉々としてアインズに報告してきた時の、その顔は今でも脳裏に焼きついている。
「デミウルゴスはどう思う? いろいろな情報は得られたが…先ず、『敵』についてだ」
「それは私も気になっておりました。ナザリックの者に近づくことが『敵』に近付くことになる、という話ですが…恐らく、現在、もしくは今後ナザリックと敵対するか、味方となる人物、ということではないでしょうか。ナザリックとどのような関係になったとしても、我々に近付くことはすなわち『敵』にも近付く…と」
「ふむ、そうなるだろうな。 ラージ・ボーンはキャンサーの言葉を信じきっている様子だったが、キャンサーはもしかしたら『アダマス』のメンバーだった者かもしれないな。 それなら、奴の言葉を鵜呑みにしてしまうことも頷ける。 私だって、かつての仲間から、全てを話されなくても「危険だからそこには近寄るな」と言われれば、そのまま受け取っただろう」
「至高なる四一人の方々の言葉の重み、我々も身に染みて痛感しております」
お前は深読みし過ぎなんだよな―と、アインズは心の中で呟く。
「しかし、逆の場合もありえるな」
「逆…キャンサーがラージ・ボーン殿の敵、ということでしょうか?」
「そうだ。 彼が周辺国家に居られては困る為に、その性格を利用して脅しをかけ、遠ざけようとしている可能性も考えられる。 鍵は「約束」とやらだな」
「はい、ラージ・ボーン殿は監視を続けている中で、度々その言葉を口にされております。 あの方の行動基準にもなっているらしく、重要なキーワードであることは間違いないのですが、その詳細は未だ不明です」
「とりあえずは、ラージ・ボーンがこれからどのように動くかだな…。しかし、妙だな」
再度アインズはイスにもたれかかりながら、天を仰ぐ。その言葉の続きを欲したデミウルゴスが恐縮しながら問いかける。
「妙…と言いますと?」
「もし、キャンサーの言葉が真実ならば、あそこまでラージ・ボーンを想う者が、ギルドの崩壊など、本人を傷つける方法を取るだろうか。 「ギルド長の為」か…ラージ・ボーンの事ではなく、先代のセンリの事を指しているのかもしれないな。 …待てよ、今回現れた『高レベルトラップ使い』と『アダマスを崩壊させた者』が別人? いや『高レベルトラップ使い』がラージ・ボーンを騙そうとしているなら辻褄は合うが…」
アインズが口に手を添えながら熟考していると、視界の端に満面の笑みを湛えたデミウルゴスが映る。
「どうした、デミウルゴス?」
「いえ、叡智の超越者たるアインズ様の思考の一端を感じ取ることができ、このデミウルゴス、感激の至りでございます」
「ああ、恥ずかしいところを見せてしまったな」
デミウルゴスは表情と背筋を引き締めて答える。
「そのようなことは決して御座いません。それとアインズ様、一つだけお願いしたいことがあるのですが」
「どうした、デミウルゴス?」
「セバスから挙げられた資料を読んで一つ気になったことがあるのですが、少しだけ時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「何かあるのか?」
「はい。一箇所行ってみたいところがあります。 例の、キーン村の領主についてなのですが……」
娼館地下、隠し通路にて
サキュロント「このガキ!!」
クライム「俺にその技は通用しない!!」(ボーン様に頂いた指輪、肉体強化以外にも相手の生命反応探知まで、幻視や偽死も見破れたぞ)
ブレイン「……」