骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 アダマスに王都を案内する為にガゼフが寄越した好青年騎士クライム。
 アダマスはそのキラキラと(まばゆ)いばかりの若さに目眩を覚えながら、クライムの勢いに流された結果、彼に稽古をつけることとなった。




三話 「老紳士に見た面影」

下火月[9月]3日 10:27

 

 王城への道なりで、アダマスはクライムとの試合について思案しながら歩を進める。

 本来城の部外者である筈のアダマスが王城へクライムと共に向かっている理由は、街頭で戦士同士が打ち合いをする等(もって)ての(ほか)と、リ・エスティーゼ王国の王城、ロ・レンテ城の一角にある練習場で行いたいとクライムが提案した為だった。

 (シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』の一人、戦士ペテルの強さを思い出し、仮想相手として頭の中でシミュレーションを行う。

 実際に戦うことなく、自分が得た情報を基に思考の中だけで仮想(シミュレーション)戦闘を実施する。それに対するアダマスの実力は熟練と言って良いレベルに達していた。

 種族の特性として、連戦が出来なかったアダマスは空いた時間を利用して何時間も仮想(シミュレーション)の中で何度も戦闘を繰り返す。仮想(シミュレーション)の利点はアイテム等の消費物を使わないこと、等倍で行う必要もないので本来の戦闘よりも同じ時間で回数を何倍にも増やせること、客観的に自分と相手を理解することが出来ること等多岐にわたる。しかし、欠点も多い。実際に戦っているわけではなく、あくまで「得られた情報」から導き出した相手の行動を「させている」だけなので、その情報に食い違いがあれば、仮想(シミュレーション)は失敗となる。

 だが、「食い違い」の溝を埋めることができる能力をアダマスは有していた。それはユグドラシルのキャラクターが持つものではなく、リアルな能力の一つ「想像力」だ。

 この「仮想(シミュレーション)」と「想像力」を駆使し、一度だけ自分よりはるか上位にいるはずのプレイヤーに勝利したことがある。

 そう、一度だけ。 何万回と行われた「上位の相手」との仮想(シミュレーション)によって作られた「勝ち筋」も、プレイヤー相手には一度しか通用しない。

 「勝ち筋」は知られてしまえば、対策をたてられてしまう、まるで使い捨てのアイテムだった。

 

 プレイヤーに対しては、その実力を十分に発揮できなかったアダマスだったが、戦闘の記憶が引き継がれないモンスターに対する強さは常軌を逸していた。

 一度「勝ち筋」を見つけてしまえば、そのモンスターに負けることはない。

 

 

 アダマスが脳内で仮想のクライムと一戦を終え、別のパターンを始めようとした辺りで、怒号の聞こえる人だかりを発見する。近くでは二人の兵士が困ったようにその様子を眺めていた。

 人だかりの中心からは騒ぐ声。それも真っ当なものではない。

 アダマスは野次馬心を刺激されながらも、揉め事にこれ以上首を突っ込むのは控えようとしていたところ、クライムは表情を固く凍らせて兵士の下に歩み寄る。

 「何をしている」

 クライムの行動に驚きながらも、アダマスは彼の性格を思いだして納得する。こういう事を放っておけない素直な少年だったと。

 

 「お前は……」

 明らかにクライムよりも弱く、薄汚れた感じがする、ただ兵士の格好をしている「だけ」の平民らしい兵士が困惑と多少の憤怒を感じさせる声でクライムに尋ねた。

 「非番中のものだ」

 上の者としての態度をとる少年に対しアダマスが感心していると、クライムはどんどん先に進んでいく。人ごみを掻き分けるように無理やり身体を押し込んでいく姿が見えた。

 

 身長が大の大人より頭三つ抜きん出ていたアダマスの目には、民衆の先に居た知り合いも確認できた。さらにその先、屈強な暴漢らしい男達に囲まれた老人を見た瞬間、昔に自分を助けた純白の聖騎士を思い出す。まるであの人の生まれ変わりではないかと思える程に、その老人の纏うオーラが酷似しているように感じられた。興味を惹かれたアダマスは特殊技術(スキル)を使用して、老人の強さを測る。相手に気取られないように確かめるのなら、確認出来る範囲はせいぜい大体のレベルくらいだ。それもユグドラシル基準のものなので、この世界でどれ程通用するのかはまだ未知数だ。前回実戦で試したのは、あの吸血鬼(ヴァンパイア)以来だろう。

 いろんな意味で強烈な印象を受けた吸血鬼(ヴァンパイア)の事を思い出していると、特殊技術(スキル)での測定が終了し、アダマスの意識に老人の強さが伝わる。

 「レベル…一〇〇相当か…」

 この世界に転移してから二度目となる、ユグドラシルでも最高のレベルの存在。一度目の遭遇はかなりの緊急事態となってしまったが、今回は危機を感じない。それは、あの老人が男達に暴行されたであろう傷だらけの子供を助けようとしていたからだ。かつて、弱かったアダマスを救ってくれた、純白の聖騎士のように。

 場の空気に動きを感じたアダマスは、囲んでいた男の中で一等屈強な男の拳に力が入るのを見た――

 ――瞬間、その男は突然崩れ落ちる。まるで糸を切られた操り人形の如く。何が起きたのか理解できたのは、自分とクライムと、人ごみの先にいた知り合い――ブレイン・アングラウスくらいだった。

 老人が男の顎を高速で揺らしたのだ。その拳で。

 見事な一撃だった。

 老人の教本に飾っても良い程の一撃を見て、アダマスが脊髄反射だけの暴力しか戦い方を知らない自分を恥じていると、老人はあっという間に人混みの中から外へと出ていく。その後ろを追うようにクライムが歩き出す。さらにブレインもそれに釣られたかのように後をつけ始めた。

 ブレインは兎も角、クライムとはこの後の約束もある為に放っておくわけにもいかず、アダマスは彼らの後を追う。民衆の意識は人混みの中心へと向いていたので、これ幸いとアダマスは屋根の上まで飛び上がり、上から一行を見守ることにした。

 

 やがて老人とクライムは道を曲がり、薄暗い方へ、薄暗い方へと歩いていく。まるで誘導されるような動きにクライムが疑問を抱く様子は見られなかった。

 角を曲がってすぐのところで会話を始めたらしく、アダマスも立ち止まって様子を窺う。

 肉声は聞き取れなかったが、どうやらクライムは老人に師事を仰ごうとしているように見えた。アダマスもクライムと出会った時に似たようなことをされたので、少し可笑しく思いながら見ていると、どうやら一度だけ稽古をつけることになったらしかった。二人から隠れるように路地の角で身を潜めていたブレインが動いたその瞬間、老人から一〇〇級に相応しい殺気が放たれた。アダマスの方向には向けられて居ない為に何でもないが、真正面から受けているクライムやブレインはたまったものではないだろう。下手をすれば、その恐怖に耐え兼ねた肉体が自ら死を選びかねない程の殺気ではあったが、あの老人なら善意の少年を殺したりせず、意識を失うくらいかとたかを括っていると、視界の端にいたブレインが腰を抜かしている。這い(つくば)り、土を握り締めながら意識を落とすのをやっとの思いで耐えている状態だ。 しかし、ブレインより実力も経験も、才能までも及ばないはずのクライムは…立っていた。殺気の暴風雨の中で確かに少年は立っていた。歯を食いしばり、腰に力を込め、剣を握る手を震わせながら耐え続けている。

 老人が手を動かした、およそヒトであれば絶命は免れない拳だ。アダマスは一瞬だけ体が前へ出そうになったが、この場面における偽物を見つけた為に、それ以上動くことはなかった。殺気は極上、クライムの克己(こっき)は及第点、ただ放たれた拳だけが偽物だった。超高速でクライムの顔の横を通り過ぎた『死』は、少年の髪を何本も吹き飛ばす程。本気の一撃では無かったが、この世界の人世で最高級の硬度を誇るアダマンタイト、それを更に超えた強度である、今のアダマスが身に纏う鎧でも貫かれそうな拳だった。

 アダマスは緊張の糸が切れたかのように膝を突くクライムに、心の中で称賛を送っていると、再び老人が構える。

 「マジか…」

 二度目の特訓を行おうとする老人を見て、アダマスが素の自分を(こぼ)した瞬間、ブレインがクライムと老人のいる場所へ、生まれたての子鹿のような足取りで飛びだした。

 

 

          ●

 

 

 いつの間にか老人、クライム、ブレインの三人は打ち解けていた。上から見守るアダマスには全てを理解することは出来なかったが、老人に懐いているように見えた二人の男を見て、以前自分に対して親しみを込め「アダマスさん」と呼んでくれた冒険者達を思い出す。

 アダマスが物思いに耽っていると、老人を追跡していたのであろう五人の怪しい男たちに動きがあった。クライムとブレインにまで敵意を見せる存在を見て状況を把握したアダマスは、屈めていた身体をゆっくりと起こし、最近知り合った(アイアン)級冒険者のお手製投げナイフをウェストバッグから二本取り出す。

 敵はクライム達を挟むようにして、老人の向く方向に二人、反対に三人。アダマスは投擲の為の特殊技術(スキル)を発動させながら、屋根の上から飛び降りた。

 空中で二本のナイフを男達に向けて同時に投擲する。投げられた本物の「死」は二人組の首の付け根に吸い込まれていった。

 アダマスは飛び道具の命中を確認した後、視線を真下に向ける。三人組の内一人が自分に気付いたように上を見ようとするが、遅かった。

 

 

 老人の目の前にまるで隕石のごとく落下してきた巨星は、二人の男を踏み潰し、残る一人をその拳で気絶させた。

 「一人残した。この男をどうするかは、貴方に任せる」

 アダマスはタコのように崩れ落ちた男を拾い上げ、老人の下へと運ぶ。

 「ボーン様!」「アダマス!」

 

 アダマスの耳にクライムとブレインの大きな声が届く。格好良い登場の仕方を演出したはずだが、これ程までに騒がれるとは思っていなかったアダマスは戸惑いながら、右手を上げて挨拶をする。

 「ボーン…アダマス… アダマス・ラージ・ボーン」

 老人が確かめるように自分の名前を呟く様子を見て、アダマスはちゃんと自分から改めて名を名乗る方が良いのか、先ずは「はじめまして」と挨拶を交わすべきか迷っていると、老人の鋭い猛禽類のようだった目が見開かれた。

 「まさか…ラージ・ボーン様!」

 フルネームとして名乗っている名前の後ろ二つの方だけで呼ばれたのはユグドラシル以来だった事、そして何より老紳士の立ち姿が、自分の知る純白の聖騎士と重なってしまうことから、アダマスはその男性がユグドラシルと深い関わりがあると確信した。

 

 




 たっち・みー「ギルド単位で戦う前提のワールドエネミーを、単騎で倒すプレイヤーがいるらしいですよ」

 モモンガ「いや、デマでしょうそれ」

 たっち・みー「ですよね」

 「「ッハッハッハッハッハ  ……まさか、ね」」

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