骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 下火月[9月]二日、アダマスはガゼフ・ストロノーフとかつて御前試合で死闘を繰り広げた天才剣士ブレイン・アングラウスと出会う。 「強さ」を求めた末に心折れた彼を見て、全てを失った自分と重ねたアダマスは、「強さ」の意味を考え直していた。
 そして、その翌日…




二話 「拒絶反応」

 下火月[9月]三日 9:00

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。王と民を守護する要である王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフの住まい、その一室で独り暇を持て余していたアダマスは次の行動について考えていた。

 早朝にこの邸宅の主人が出かけてからというもの、同じく居候しているブレインはまだ深い眠りについている。疲れきった様子の彼を話し相手になって欲しいからと起こしてしまうのは、あまりに酷。とは言え、ガゼフから「王都を案内する為の人間を寄越すから、それまで待っていてもらいたい」と言われれば、ただ待つしかない。この時間はガゼフが出発の直前、アダマスに言い残した「言葉」について真剣に考える為の時間なのかもしれないが、正直そのことに関して出来れば有耶無耶にしたいとも思っていた。

 同じ戦士として、アダマスが持つ武器を知る数少ないこの世界の住人であるガゼフは、武器の手入れをしていたら時間等直ぐに過ぎるだろう思っていたのかもしれないが、残念なのか幸いなのか、アダマスの武器は手入れ不要の逸品だった為に、恐ろしくなるほど暇だった。

 積み木でもあれば、いろんな形を作るなどして童心に返る事も出来たかもしれないが、生憎この家屋には見つけられなかった上、使用人に大の大人が「手遊びできる玩具ありませんか?」などと聞けるはずもない。

 つまり、ただ待つしかないのだ。

 身体を動かす必要は無くとも、頭を動かす必要がある時はいくらでもある。

 今がその時なのだろうと、アダマスは必死に避けていた自分の苦手分野――これまでの経過をまとめる事――に意識の中で着手することにした。

 

 この世界に転移してから二ヶ月近く経過している。

 いろんな人と出会い、そして別れもあった。少し愛着が湧き始めた者もいた。尊敬できる人や、仲良くなりたいと思う人、信頼関係を築きたいと思う人、守りたいと思う場所も出来た。全てを失い、呆気無い最期を迎えるはずだった人間に与えられるには、余りにも多く、大きな存在達だ。しかし、自分がアンデッドであることを知れば、離れていくものも少なく無いことを自覚しつつ、自身の正体を隠すことには細心の注意を行わなければならないことを再確認する。

 赤と白の全身鎧が蠢き、深呼吸の真似事をした時、アダマスが滞在している部屋の扉がノックされた。

 

 「ボーン様、クライム様が参られました」

 年季の入った耳心地の良い落ち着いた声が聞こえる。アダマスは神妙であった気持ちを切り替え、地声よりトーン一つ上げた声で返事をした。

 「はい、今行きます」

 

 

          ●

 

 

 アダマスが玄関の扉を開けるとそこにはガゼフよりも一回り小柄な少年が立っていた。少年とは言っても、肩周りや手首を見ればよく鍛えられていることがわかる。さしずめ小さなお姫様に仕える軽装備の金髪少年騎士といったところだろうか。

 その少年からしわがれた――それでいながら若々しい声が聞こえた。

 「はじめまして、ボーン様でいらっしゃいますね? 本日はストロノーフ様のご依頼で、王都を案内させて頂きます、クライムと申します、よろしくお願いします!」

 

 アダマスは眩しいクライムの笑顔と挨拶に、アンデッドの身である故か、元々の性格の為か、一瞬目眩を覚えてしまう。

 「ボーン様、大丈夫ですか? 体調が優れないようでしたら、ストロノーフ様に伝え、また後日案内をさせていただきますが」

 「いや、問題ない。こちらこそ、今日はよろしく」

 アダマスは体幹筋肉を引き締めるような感覚で背筋を伸ばし、堂々と挨拶を交わす。年下の好青年に対して、以前の『漆黒の剣』相手に出た癖が再発していた。

 

 「ボーン様の王都案内を依頼していただいているのですが、私も所用がありまして、それに同行して頂けるとありがたいのですが」

 「別に構わないよ」

「…本当のところはですね、私がストロノーフ様からボーン様の案内を請け負った話が、どこからか先方に伝わったらしくて、是非会いたいと言うものですから…ええと、先の話は歩きながらでも良いですか?」

 「ん、良いよ」

 アダマスの了承を受け、クライムは王都の大通りを示しながら歩き始める。

 微妙に視線を逸らしたままのクライムが口を開く。

 「ええと先方というのは、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の方なんですけど、今冒険者の中で漆黒のモモン、赤き巨星のアダマス、美しき藍染のスカアハの三名は注目の的なんだそうですよ」

 「そうなの? モモンさんはアダマンタイトプレート持ちだし、スカアハさんはすごく美人だって噂を聞いてるけど、何で自分が?」

 「聞きましたよ、アダマンタイトのインゴットを素手で叩き割ったとか。本当ですか?」

 寄る辺ない面持ちだったクライムが、アダマスの話を始めた途端、その瞳をキラキラと輝かせながら全身鎧の男を見つめる。

 その問いに、アダマスは右手を振りながら答える。

 「いや、そうじゃなくて…」

 「え、そ…そうですよね…さすがにアダマンタイトを…」

 否定の言葉にクライムの上げかけていた拳を力なく垂れ下がろうとしていた――

 「手刀で切断したんだよ、真っ二つに」

 「ええ!?」

 クライムは大きく見開いた目でアダマスを見つめながら硬直してしまう。

 その大きな驚愕の声に大通りの視線を集めてしまうが、今のクライムに気にしていられる余裕は無かく、質問を続けずにはいられなかった。

 「そ、それはどのような…ぶ、武技か何かでしょうか? いや、武技なのでしょうけど、そんなものが…」

 「あ、ああ…まあ、そんなとこ」

 アダマスは遠くを見つめながら答える。 真っ直ぐに相手を見ながら誤魔化すことができないのはアンデッド化してからも変わることはなかった。

 アダマスの中で、この世界で『特殊技術(スキル)』を使用した時は『そういう武技です』としてしまおうと決めていた。

 赤白鎧男の葛藤を知らず、クライムは星のような瞳でアダマスに熱視線を送りながら興奮していた。

 「い、今はこれからの用を済ませないといけないのですが、その後でもお時間よろしいですか?」

 「どういう意味だい?」

 「私に稽古を付けていただきたいのです!」

 「いや、それは…無理」

 自分が最も苦手とする事を頼まれ、アダマスはつい反射的に首を横に振りながら断ってしまう。理詰めや戦略ではなく、感覚と経験則だけで戦うアダマスにとって他人に何かを教える事程拒否したいものはない。

 「そ、そうですか…」

 拒絶と受け取ったクライムは明らかに肩を落とし、歩幅も先ほどより短くなっていた。

 相当の落胆を見たアダマスは慌ててフォローしようとする。

 「違うんだクライム君、嫌だとか言うのじゃなくて…そういうのが苦手なんだ。だから、軽く手合わせをすることで君が何かを得られる可能性があるなら、協力するよ」

 「本当ですか!」

 クライムが言葉で一喜一憂する様を見て、アダマスはこういった素直な人間は幸せになって欲しいと願わずにはいられなかった。

 

 やがて大通りの横手に一つの冒険者の宿が見えてきた。敷地には宿泊施設、馬小屋、そして剣を振るうのに十分な広さの庭がある。外観は素晴らしく、客室の窓には透き通ったガラスがはめ込まれていた。

 そんな王都に置ける最上級の宿屋は、腕に自信がある、かなり高額の滞在費を払える冒険者が集まる場所だ。

 宿屋に近付くとクライムが駆け足で扉の左右に立つ警備員に近寄り、話を通す。

 「お疲れ様です。あの方はストロノーフ様のご友人で、私が身柄を保証します。」

 クライムの言葉を聞いた警備員がアダマスの鎧と冒険者プレートを二度見直すと、笑顔でクライムに告げた。

 「あれはまさか…例の」

 「そうです、あのお方がボーン様です」

 クライムと警備員が笑顔でこちらを見やる様を、複雑な気持ちで受け止めながらアダマスも扉へ近付く。

 「通してもらっていいだろうか?」

 「ああ、どうぞ」

 警備員が笑顔を崩さないままアダマスを見送る。クライムは自分より先にそそくさと宿屋の中に入るアダマスを慌てて追いかけた。

 一階部分を丸ごと使った広い酒場兼食堂には、その広さからすると少なすぎる数の冒険者達しかいなかった。それだけ上位の冒険者とは少ないものなのだ。

 アダマスが店内に入った途端、わずかだったざわめきが収まり、好奇の目が集中した。他人への指導以外に存在する、アダマスの苦手な視線の集中に、早速独りで先に入った事を後悔する。

 その間にクライムはアダマスの前へと足を進め、店の一番奥。そこにある丸テーブルに座った二人の人物へ視線を送る。

 一人は小柄で漆黒のローブで全身をすっぽりと覆っている。顔は異様な仮面で完全に覆い隠している為に見えないが、只者でない気迫があった。というよりも、小柄な人物から発せられる明らかな警戒心をアダマスは感じていた。

 そしてもう一人。

 こちらは圧倒的なまでに大柄の……女性…だった。

 その姿は正に巨石、全身これ筋肉と表現できる体躯をしており、首も、腕も四肢の全てが太い。頂点にある頭は四角い。 アダマスは抱いたイメージをそのまま伝えて良いものか数瞬悩んだ結果、口に出さない事を決めた。

 女性のみで構成されたアダマンタイト級冒険者チーム――蒼の薔薇。

 そのメンバーの二人。魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)――イビルアイ、戦士――ガガーランだ。

 

 クライムはそちらに向かって歩き出す。目的の人物が一つ頷き、ハスキーな大声を上げようとする。

 「よう、どうて…」

 「その全身鎧の者、もしやアダマスか、そいつをこちらに近づけるな」

 ガガーランの挨拶をイビルアイが険のある声で遮った。その姿勢は誰が見てもアダマスに対して敵意があるとしか思えない程に。

 イビルアイの様子に疑問を抱きながらクライムが険悪な状況を変えようと口を開く。

 「イビルアイ様、この方は敵ではありませんよ。ガガーランさ――んにも話しました通り、ストロノーフ様のご友人で…」

 「その男が宿屋に入ってから、不快な…そう不快なオーラのようなものを感じるんだ」

 「そうかい?俺は別に何も…むしろ調子が良いくらいだけどよ」

 イビルアイとクライムの会話にガガーランが割って入る。イビルアイの警戒に足を止めていたアダマスが顎に手を添えて少し考えた後、何かを納得したように手を打つ。

 「オーラ、ああ…これかい?」

 アダマスは平時から備えている常時発動特殊技術(パッシブスキル)を一時的に切ると、周りの人間の状態に変化が訪れる。

 その違和感を初めに口にしたのはガガーランだった。

 「あら?急にいつも通りの感じに…おめえさん、何かしたのかい?」

 「ええと、何と言ったら良いやら… ま、マジックアイテムです。一部の人は調子が良くなる効果があるんだけど、悪い方向に働く人もいるみたいで…いや、滅多にいないんで、ずっと発動しっぱなしだった。イビルアイさん、申し訳ない」

 ガガーランの粗野でありながら好意的な態度に、こちらも話し方を合わせることにしたアダマスは先ほどまで発動させていた特殊技術(スキル)を武技とマジックアイテム、どちらの仕業とするか悩んだ末、マジックアイテムと答えることにした。 もし見せてみろと言われたら、「取り出すとイビルアイさんに悪い影響を及ぼすよ」と言い訳しようと考えながら。

 

 イビルアイは困惑した様子で独り言を呟く。

 「私にだけ不快感…まさか…いや、そういった系列のマジックアイテムは聞いたことはあるが…」

 「大丈夫ですか? そんなマジックアイテムがあったとは、私も驚きです」

 クライムが心配そうにイビルアイを見つめながら、彼女に声をかける。

 

 クライムとイビルアイの二人を他所に、成人男性が見上げる程の大柄であるガガーランが更に見上げなければならないアダマスに近付き、赤と白を基調にした鎧の胸部を素手で叩く。

 「へえ、こいつぁかなり強力な魔法がかけられてんだな。大したもんだ」

 「わかるかい?」

 自身の身につける鎧を褒められて少し浮かれてしまうアダマスにガガーランは言葉を続ける。

 「アダマンタイトを手刀でたたっ切ったって言うのも、ただの尾ヒレ背ビレじゃなさそうだねぇ。その武技、ここで見せちゃくれないかい?」

 「遠慮しておくよ。そのプレートを切ったら、多額の賠償金を取られるらしいから」

 「言うねぇ。気に入ったよ、アダマスさんよぉ」

 ガガーランが大笑いしながら、アダマスの鎧をバシバシと素手で叩く。

 

 イビルアイが落ち着いた頃合で、クライムがイビルアイとガガーランの二人に本来の目的を告げる。

 「今朝アインドラ様に頼まれまして、伝言があるんです」

 「ん?リーダーに?」

 「はい。大至急動くことになりそうだ。詳細は戻ってから。ただ、即座に戦闘に入れるよう準備を整えておいてほしいとのことです」

 「おいよ。しかし、童貞…おめぇさん、どんどん顔が広くなるな。アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇、そしてアダマンタイト級に匹敵する強さのガゼフ・ストロノーフ、今度はアダマンタイトプレート取得レースの筆頭、赤き巨星のアダマスとも知り合うなんてよ」

 太い笑いを浮かべたガガーランにクライムが気持ちの良い爽やかな笑顔で返す。

「すべてラナー王女殿下のお陰です。あのお方の剣として生きられるだけでも幸福なのですが、こうして素晴らしい方々との出会いもやはり、王女殿下を通じてのことですから。ボーン様はストロノーフ様を通じてですが、その前にストロノーフ様と出会い、お話しできているのは…」

 「わかったわかった、童貞君の愛はスゴーく感じたから、その辺で勘弁してくれ」

 クライムの熱弁に、完全に萎えたガガーランは食あたりにでもあったような顔で際限ない言葉を遮る。

 

 

          ●

 

 

 その後もクライム、ガガーラン、イビルアイの三人の話は続く。アダマスは半分蚊帳の外で相槌を打つばかりだった。ただし、要所要所で浮き上がる情報にはしっかりと耳を傾け、心に刻み込むことを怠らない。

 卓越した魔法詠唱者(マジックキャスター)でも、覚えられるのはせいぜい第三位階程度であるが、第十位階まであることは情報としては知られている事。

 かつての神話とされるものの一つに八欲王と呼ばれる神の力を奪った存在が、世界を絶大なる力で支配していたと伝えられる事。

 (シルバー)級冒険者チーム『漆黒の剣』が求めていた四大暗黒剣、その一つを『蒼の薔薇』のリーダーが所有している事、そしてアダマスも知る人物、新進気鋭の大英雄モモンの活躍について。

 

 話が一段落したところで、イビルアイが区切りの言葉を放つ。

 「ふむ。少し無駄話が過ぎたな。しかし、新人の冒険者である貴様には有意義な情報だったろう…」

 続けてアダマスに何か言わんとそわそわしているイビルアイを見て、アダマスは思いついた事を告げようとする。

 「そうだね、ありがとう、イビルアイさん。あと…」

 アダマスが言葉を途中で一旦止め、イビルアイに顔を近づけた。

 「貴方の種族の件、他言しないから。 安心してと言っても無理だろうから、此方からも一つ… 自分も、アンデッドです」

 「な!」

 兜の隙間から彼女にだけ素顔を見せながら告げたアダマスの耳打ちに跳ね上がるイビルアイは、アダマスを指差しながら声にならない声を発していた。

 「おいおい、なんだよおめぇら、顔が見えないモン通しで何乳繰り合って…」

 「ば、バカを言うな!誰がこんな男と!」

 ガガーランの冗談によってイビルアイが興奮した様子で発した言葉に、アダマスは若干のショックを受けながらも、心の荷を一つ下ろせたことに安堵していた。

 初対面ではありながら、所々でクライムを気遣う言動が見られた彼女であれば、打ち明けても良いのではないか、そんな危険な思いつきからの行動だった。

 

 「こんな男とは酷いね…ただ、これで信頼してもらえたかな」

 「ふん、貴様がバカ正直なお人好しであることは、信じてやろう」

 イビルアイの声は仮面の影響か感情が読み取りにくい声質ではあるが、どこか楽しげであるようにも聞こえるものだった。

 

 ガガーランはイビルアイの様子に安心の笑みを浮かべながら、クライムに告げる。

 「アイテムはしっかり装備しておけよ。お前の腰のもん、いつもの武器じゃねぇだろ? あとは俺がやったアイテムも、それに治癒系のポーションも三本は持っておけよ? 俺はそいつで助かったことがある」

 「了解しました」

 クライムは深々とガガーランに頭を下げた。

 

 

 アダマスはガゼフから告げられた「言葉」、「王国戦士への勧誘」を真剣に考え始めていた。

 それが、心優しく仲間を想い、日々を一生懸命に生きる人々を守る事に繋がるのなら、と……

 今度こそ、失いたくないものを失わないために。

 

 




 【八本指の会合にて】

 「新たに誕生したアダマンタイト級冒険者である漆黒のモモンに関してしっている者。勧誘をかけたものはいるか?」

 「モモン意外にも、あれなんかイイんじゃない? ほら、アダマンタイトを素手で割ったっていう…もしかしたらゼロより強いかもよ?」

 「馬鹿なことを言う…なら、試してみるか?」

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