骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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DMMO-RPGユグドラシルのサービス終了直後、見たことのない草原に強制転移されたラージ・ボーンは遠くに黒煙を発見した。


第一章 アダマス・ラージ・ボーン
一話 「非攻撃性長距離特殊技術(ネガティブロングレンジスキル)」


 草原の中を総数五〇名程の一団が馬で駆けていた。

 リ・エスティーゼ王国が誇る戦士長、ガゼフ・ストロノーフの率いる屈強な漢達。

 

 「戦士長、そろそろ巡回の最初の村ですな」

 「ああ…、たしか、キーン村だったか、副長。」

 「はい。 バレーシという作物が名産の村です。 小さな村ではありますが、そのバレーシは非常に栄養価が高く、戦地での食料として大きな貢献を…」

 「やけに詳しいな、副長…」

 

 副長の止まらない薀蓄(うんちく)に若干口端を引きつらせながらも、ガゼフはその理由を知っていた。

 

 「マリー殿は息災だろうか…」

 「戦士長!? じ、自分はそんなつもりでは…。 ただ、夫を戦死された方への慰礼として伺っていただけです!」

 「きっかけはいろいろあるだろうさ」

 

 どっと、戦士たちの輪に笑い声が上がる。

 副長と呼ばれた男、マーク・バレーは返す言葉が見つからなかった。戦いの最中、自分を庇って殉職した男の家族へ、謝罪と感謝の気持ちを伝えるため伺ってから、足繁く村に通っていたのだ。初めて会った時は、最悪殺されても仕方ないかと覚悟していた。しかし未亡人の応対はとても冷静で、わざわざ来てくれてと感謝までされたことにマークは驚きながら、胸の奥に赤い灯火が生まれる感覚を覚えていた。

 

 「しかし、何事もないと良いのですが…本当に」

 

 副長が口を開く。

 王国戦士たちが王より与えられた任務は「王国国境で目撃された帝国騎士たちの発見。及びそれが事実であった場合の討伐」を果たす為、国境周辺の村々を巡回していた。

 

 「王より頂いた使命は、何より民の自由と安全を守る為のものだ、私情を挟むなとは言えないが、程々にな」

 「わかっています。次のカルネ村到着予定日には間に合わせます。」

 「そうだな。 村まではもうすぐ…」

 

 そこまで口にしたガゼフは、唇を引き締め、前を鋭く見据える。

 先にある小高い丘の向こうから微かな黒煙が立ち上がっている。数は二つ。

 二つ程度であれば大事でない場合もあるが、嫌な予感が背筋を冷やす。

 ガゼフは一団に命令を下す。

 

 「総員、周囲を警戒しつつ行動開始!早急にだ!」

 

 

 

          ●

 

 

 

 ラージ・ボーンは身を草原の大地に伏せながら、数キロ先にある黒煙の発生源を見つめていた。

 

 「スキルは使えるみたいだな。 ユグドラシル時代にもかなりお世話になってたけど、遠見lv3。」

 

 特殊スキル『遠見』自分から遠く離れた地点の観察とその周辺にあるオブジェクト、トラップの一部情報、モンスター、プレイヤーのおおよそのレベル帯と装備を確認できるスキル使用デメリットとして、得たい情報量に応じて発見される確率が高くなる、ギルドの中で『特攻爆弾係』だったラージ・ボーンがその役割の為手に入れた多くのスキルの中の一つ。『遠見』使用中は無防備であり、不意打ちを喰らうと大ダメージは必至なため、仲間に警戒してもらいながら行うべきなのだが、ラージ・ボーンは使用する前に周辺の索敵を終えた為に、余裕をもって使用していた。

 

 「祭り…じゃないな。」

 

 人が家に入ったり出たり、走ったり、なんだか慌ただしいなと思いながら観察を続けていると、村人と思しき粗末な服を着た人々に、全身鎧で武装した騎士風の者たちが手に持った剣を振るっていた。

 一方的な虐殺だ。

 

 「いやなものを思い出させるな…」

 

 ラージ・ボーンがユグドラシルを開始した頃、異形種という種族を選んだ自分のような存在を狙う、異形種狩りという行為が流行り始めていた。そんな時の記憶。ラージ・ボーンはPKに何度も遭遇してしまっていた。そんな中、自分を救ってくれた人の言葉を思い出す。

 

 ―――誰かが困っていたら助けるのは当たり前。

 

 「このキャラはユグドラシルでは最高の一〇〇レベルだったけど、この状況になってからも十分に力を発揮できるのか、あの騎士たちが一〇〇レベル級か、それ以上かもしれない…。 何にせよ、自分の戦闘能力について調べないといけないし。それに…今度こそ、約束を果たしますよ」

 

 ここにいない人物に話しかけると、ラージ・ボーンは立ち上がり、長距離移動用のスキルを起動させた。 

 

 

 

          ●

 

 

 

 村の外れに向かって、赤く長い髪の女性が同じ髪色の少女の手を力強く何があっても離さないよう握りながら連れ走っていた。

 ススや土埃に塗れながら、後ろに騒がしい金属音を聞く。その音は規則正しい。

 祈るような気持ちで後ろを一瞥する。そこには最悪の予想通り、一人の騎士が母娘を追っていた。

 

 何故こんなことに。

 

 母一人では自暴自棄となり、走る気力を失っていただろう。

 しかしその手で引く、娘の存在が母に力を与える。

 せめて娘だけでも助けたいという強い思いのみで、母は走っていた。

 

 しかし、無情にも追跡者との距離は縮まるばかり。

 

 「このまま、走り続けなさい」

 

 母親は決心を固め、娘に告げる。

 

 「おかあさ…」

 

 娘が返答する間もなく、母はわずか後方にいる騎士を止めるべく全身を頭からぶつけ、必死にしがみつこうとする。金属製の胸部に、額を押し込みながら決死の思いで我が子を、最愛の人の忘れ形見を守るべく命を捨てた。

 

 「エマ!逃げなさい!!」

 

 硬い鎧に対し、あまりにも強い勢いで体を当てた為か骨が何本か折れているかもしれない、上半身を激痛が走る。

 

 「きさまっ!」

 

 鉄甲の拳で何度も頭部を殴られ、右のこめかみが大きく裂ける。裂傷以外にも騎士の暴力によって美しかった母の顔が醜く歪められていく。血と涙と、様々な体液が女を着実に汚していった。

 凄惨な状況に娘は膝から崩れ落ち、ただただ呆然とその様を見つめることしかできなくなっていた。

 

 「エマ…はやく…」

 「こいつ!!」

 

 ついに耐え切れなくなった母は突き飛ばされ、騎士の持つ剣が肩口から入り多くの臓腑を切り裂いた。吹き出す血が騎士を赤く染める程の量であってなお、震える娘を救うため、母は騎士に背中を向けて、娘を強く抱きしめる。

 

 「手間をかけさせるな!!」

 

 騎士が剣を振りかざし、母親ごと娘を貫こうとしていた。

 エマは呼吸も、心臓の鼓動も聞こえなくなった母親にしがみつきながら、瞳をきつく閉じた。覚悟を決めるように。

 

 

 「え…」

 

 瞳を閉じてから何秒経っただろうか、少女は予想していた痛みが訪れないことに疑問を感じながら、恐る恐る母の肩ごしに騎士がいた場所を見てみると。そこには成人男性大程の熟れたトマトが潰れたような惨状が広がっていた。

 そして赤い液溜りの横に、もっと鮮やかな赤と白の地に黒とベージュのラインが入った、テカテカ光る2m高のバケモノがいた。

 

 

 「先ずは投擲武器の効果を確認だな」

 

 

 

 

 

 




 王国戦士の副長は原作にも登場しますが、名前や細かな設定等オリジナルを詰め込んでおります。

 想像以上に高い評価を頂き、舞い上がりつつ、なるべく丁寧に、予定している最後(原作9巻半ば)まで続けていきたいです。

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