骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 蜥蜴人(リザードマン)の集団を完璧な形で占領支配してからしばらく経ったある日、ナザリック地下大墳墓最高支配者アインズ・ウール・ゴウンは、己の優秀な秘書であるアルベドに理由をつけて退室させた自室で一人、ある人物を待っていた。


幕間 死の支配者サイドその4

 

 ちゃりん、ちゃりんと貴金属がぶつかり合う音がする。

 ひっくり返した皮袋の中に、もはや何も入っていないことを確認するとアインズは机の上に転がった光り輝くコインを並べる。

 「セバスへの追加資金、これくらいで足りるよな…」

 アインズはセバス達がシャルティアの事件の時まで宿泊していた場所を思い出す。

 城塞都市エ・ランテル最高級の宿屋である「黄金の輝き亭」

 王侯貴族や大商人しか食べられない最高の食事、絢爛なる部屋、滞在費用は相当なものだった。

 そして現在、彼らが任務に当っている場所はリ・エスティーゼ王国、王都リ・エスティーゼ。

 古き都市と様々な意味合いで呼ばれる都市ではあるが、それでも総人口九百万とも言われる王国の首都、その王都でも治安の良い部類に入る高級住宅街の一軒に滞在している。

 セバスには情報収集以外でも、王都にある魔術師組合本部で魔法の巻物(スクロール)の収集を命じている。

 出費は嵩む一方だ。

 

 この国で使えるお金の使い道は多岐にわたる。

 蜥蜴人(リザードマン)の村に送る物資代、アダマンタイト級冒険者モモンの黄金の輝き亭滞在費用、様々な鉱山から仕入れる鉄鉱石エトセトラエトセトラ…

 アインズが頭を抱えていると、扉がの数度ノックされる音が聞こえた。

 

 「セバスか、入れ」

 

 悩める成年から絶対支配者へと心身をシフトさせたアインズの許可を受けたセバスは「失礼します」と頭を下げてから室内に入る。

 ナザリック地下大墳墓最高支配者の自室には、セバスが入室するまでアインズただ一人が存在していた。

 扉を締め、中に入ったセバスは至高の存在がナザリックに在る場合、いつもとなりに居るはずの存在がいないことに疑問を抱きながらも、主の前へ進み跪く。

 

 「ん、面を上げよ」

 「はっ!」

 

 絶対者らしい重厚な声に頭を下げていたセバスは反応し、頭を上げる。

 

 「よく来てくれたなセバス。 お前には王都で得られたありとあらゆる情報を送れと命じたが、私は書面や魔法以外でも直接会って話すことの大事さというものを理解しているつもりだ。 だから、お前をこうして呼び寄せたわけだが。 問題は無いか?金銭面や人員等で必要な事があれば、発言を許可する」

 「ありがたき幸せ、しかしながら、現在のところ問題点等はなく、順調に任務を遂行しております」

 「ならば良い、ただ、重ねて言うが、遠慮はするなよ? それがひいてはナザリックの不利益に繋がる場合もあるのだから」

 「はっ! ご厚意、痛み入ります」

 「…変化が無いようであれば、金はこれくらいで足りるか? 金ならいくらでもある。受け取るが良い」

 

 アインズは堂々と机の上に並べていたコインを袋に詰めると、セバスの足元に放り投げ、(うやうや)しく持ち上げる様を眺める。

 

 「承りました。 必ずやアインズ様のご期待に添えるよう、精進いたします」

 「ん、期待しているぞ。 それとセバス、お前から送られた書類には街の噂レベルの事まで書かれているが、少し気になることがあってな」

 「はっ…何か不手際でもございましたでしょうか!」

 セバスは緊張した面持ちで目を見開いている。

 その様子を眺めながら、アインズは片手を上げた。

 「いや、書類はよく出来ている。几帳面なお前らしい、良い資料だと、感心しているのだ」

 「恐縮の至り…」

 「気になったのは、噂話の部分だ。 たしか『スカアハ』という人物について、書かれていたな」

 「はっ、最近冒険者になったという者のことでございます。 ナーベラルに匹敵する美貌の持ち主だとか。 しかしながら、至高の御方に想像された者以上に美しい存在は、造物主であらせられる御方々以外には居ないかと存じ上げます」

 「はは、ありがとうセバス。お前の言葉、素直に嬉しいぞ」

 

 室内に機嫌の良い主人の笑い声が響く。

 アインズは朗らかだった気分を切り替え、緊迫感のある声でセバスに話しかける。

 「その、スカアハだが、美しさはあまり関係ない。問題なのはその名前だ。 スカアハという名前、以前タブラさんが私に教えてくれた神話の中に現れる女神なんだが」

 「おお!タブラ・スマラグディナ様ですか」

 「ん、アダマスという人物が現れたキーン村にも、神話から取られたと思われる名前の人物がいるが… 下手をすれば、そのスカアハと名乗る者、プレイヤー本人かも知れんな。 セバスよ、同じ国で任務にあたる上で、決して警戒を怠ってはならないぞ」

 「はっ!畏まりました。アインズ様。」

 

 アインズは口に手を添えながら件の人物「スカアハ」について思いを馳せる。

(スカアハ、ケルト民族の神話の女神。「影の国」という名の異界を統べる女王。呪術師でありながら、むしろ武芸に秀でていると、タブラさんが言ってたっけ。影の国の女王…まさか)

 アインズが思い当たる人物を頭の中に浮かべていると、セバスが思い出したように口を開く。

 

 「そういえば、そのアダマスなる者、フルネームでは『アダマス・ラージ・ボーン』だとか」

 「ああ、そうだが?」

 「以前、転移する前ですが、たっち・みー様が他の至高の御方と『ラージ・ボーン』について話をされていたのを思い出しました」

 「それはそうだろう、たっちさんとラージさんは友人だったのだからな」

 「はい、それはそうなのですが…その話の中で、不思議な事を仰っていたのを、今思い出しました」

 「不思議なこと、だと?」

 

 アインズは椅子から身を乗り出して、続きを話そうとするセバスを凝視する。

 

「たっち・みー様が、ラージ・ボーンに一度だけ一対一で敗北したとか。そのような事が有り得ないのは重々承知しているのですが」

 「ああ、その話なら、私もたっちさんから聞いたぞ。 いろんな偶然が重なった結果ではあったようだがな」

 「なんと!あのたっち・みー様が!」

 「たっちさんもにん…いや、その…調子の悪い時はある」

 「そこを襲われたのですか!?」

 

 セバスの一瞬だけ見せた烈火の如き感情に対し、アインズは手を上げてそれを止める。

 「違うぞセバス、たっちさんは普段から対人戦を苦手としていたラージ・ボーンの練習相手をしていたそうだ。 そして、例の試合で一度だけの敗北を喫したのだ。 先ほどいろんな偶然と言ったが、一つはその時たっちさんが戦いにおいては一定のブランクがあったこと、もう一つはラージ・ボーンの種族と特殊技術(スキル)構成が一対一に特化していることだ。だが、たっちさんは言っていた「あの時のラージくんは異様な強さだった。こちらの手を全て読まれ、まるで未来予知でもしているようだった」とな。 あのセンリでさえ、この状態になったラージ・ボーンに勝てる気がしないとも、たっちさんは言っていたな。 私は是非、その戦いを見てみたいと思うぞ」

 友の話を楽しげの語る主人を見て、セバスはその望みを叶えるべきだと確信した。

 「この私では力不足かと思いますが、かのラージ・ボーンと一手交え、アインズ様のお望みを叶えたいと存じ上げます」

 「お前がか、はは…あはははは… そうだな、ラージ・ボーンを友としてナザリックに迎え入れた暁には頼めるか? セバスよ」

 「はっ!全身全霊を持ちまして!」

 

 セバスは決意を込めた笑顔で答える。主人に期待される喜びと自身を創造した至高にして最強の存在と手合わせした人物と拳を交わす。これはまた別格の幸福だと実感していた。

 

 

          ●

 

 

 セバスが退室した後、部屋は再びアインズ一人となる。

 ナザリックに主人が居る時は、必ずその隣にいるはずのアルベドがいない理由は、アインズがそう命じたからに他ならない。

 上司に思っていることを全て話せる者は少ないだろう。その場にもう一人上司がいるなら尚更だ。 Aという上司に話せないことプラスBという上司に話せないこと、イコール…殆ど、必要最低限のことしか言えなくなってしまうと思ったアインズの考えである。

 セバスがアインズの自室前の廊下から姿が見えなくなった頃だろうか、そんなタイミングで扉が数度ノックされた。

 

 「アインズ様、守護者統括アルベドで御座います」

 「ああ、もう入って良いぞ」

 「失礼致します」

 

 つい先ほど同じような事をした気がするが、支配者として君臨して以降、仰々しい態度を取らなければならない系統の面倒なルーティンは慣れてしまいつつあった。

 「アインズ様、例の件、準備が整いましたので、ご報告に参りました」

 「おお、そうかそうか、後はエ・ランテルの冒険者組合にかの者へ名指しの依頼を要望するだけだな」

 「はい…」

 明るく期待に満ちた主人とは裏腹に、アルベドの表情は暗く、重いものとなっていた。

 アインズは明らかに不安の感情を示す彼女の様子に対し、優しい口調で声をかける。

 「心配するな、というのも酷か… 確かに、かの者と二人だけで会うことの危険性は熟知しているつもりだ。だからこそ、私なのだ」

「シャルティアの時もそう仰いましたが、今度は明らかに潜んでいる者が居る上、もし…かの者がアインズ様に牙を剥けば…」

 「敵対することはありえない…と言いたいが、何が起こるか分からない以上、無責任なことは言えないな。 そこで、今回お前に頼んだのだ、アルベド」

 「…はい、もし御身に危険が迫れば、すぐさま行動を開始できるよう、手筈を整えております… おりますが…」

 「現在は彼を敵に回すような命令は出していない、だが今後、ナザリックの運営において敵対する可能性は大いにある。 今のうちに話を付けておかねば、取り返しのつかないことに成りかねない」

「であれば、ナザリックの総力を以て…」

 「我が友が、友と呼ぶ者を滅ぼすと?」

 「……御身に危険を及ぼす存在であるなら、致し方ないかと」

 「私の身を案じるお前の気持ちもわかる。 だがな、アルベド…私は、とても我が儘なんだ。 彼か私か、どちらかが犠牲になるのではなく、双方が生き延びる道を模索したい。 その願い、聞いてくれないか?」

 

 瞳を持たない眼窩に宿る灯火が、優しく揺らめいた。

 

 「アインズ様… ずるいです。 そんなお顔をされては、ナザリックに拒める者などおりません」

 「すまんな。 だが、正直今のところ悪い予感はしないんだ。 何事もなく、事が運びそうな気がする」

「アインズ様がそう仰られるのであれば、そのように世界を動かしてみせます」

 「頼りにしているぞ、アルベド」

 「はい!」

 

 室内に凛とした声が響く。

 アインズは静かにアルベドを眺め、無事に目的を成すことを心の中で誓った。

 

 

 

 

 翌日、アダマンタイト級冒険者、モモンの姿でエ・ランテルの冒険者組合に訪れたアインズは驚愕した。 目的の人物――アダマスがある人物を訪ねに王国へ趣いた為、しばらくエ・ランテルには戻ってこないという衝撃の事実を知らされた為だった。

 

 





 受付嬢「あの、モモン様、王都の冒険者組合に連絡致しましょうか?」

 アインズ「いや、結構。 アダマスさんには、エ・ランテルに戻って来てから伝えて欲しい」

 受付嬢「畏まりました。 その様に手配いたします」




 アインズ「せっかく、エ・ランテルの冒険者組合から、目的地までの安全確保をさせたのに… まあ、準備は無駄にならないし、延期になっただけど考えれば良いか。 しかし王都とはな、セバスなら、もしアダマスさんと遭遇しても大丈夫だろうけど… 何事もなければ」

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