骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

17 / 48

 アダマスがキーン村に戻ってから二日経ち、村長が戻ってくる日となった午後、エマはヴァーサが真っ直ぐに『アダマス御殿』へと向かうことを予見し、予めアダマスに村長が邸宅の中に入ることの許可を取る。 アダマスと話し終えたエマに、ブリタがこの村のことを尋ねるのだった…




三話 「フェアトレード」

 

 バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の中央を走る境界線たる山脈――アゼルリシア山脈。その南端の麓に広がる森林――トブの大森林を南へ抜けた先にキーン村という小さな村があった。 近隣のカルネ村では上質な薬草が取れるという話があるが、その村には過去これといった特産品も特色もなく、村の住人はその日の寝食のみに苦心する毎日を送っていた。 そんなある日、村の土地を所有している貴族の使いで、ヴァーサ・ミルナと名乗る美しい女性が現れた。 その女性は、到着日付けで私が村長を務めると言い出す。 当初は困惑していた村人達ではあったものの、多額の援助金と彼女が持参した『特産品』を見て、心を決めることとなった。

 ヴァーサ・ミルナが用意した、この村の新たな特産品『バレーシ』は地下に生成される茎の塊を食用とするもので、保存がきき、栄養価が高く、ただ一つの注意点を守れば食糧としてとても有用な作物だった。

 王国は兵糧として不当な価格での取引を要求しようとしたが、教会勢力から「交渉は正当な内容で行うべきである」との圧力が入った結果、村は国と対等な立場での取引を行い始めることになった。

 

 キーン村は豊かになり、得られた金銭は村人の総意で、この恩恵をもたらした村長――ヴァーサ・ミルナの邸宅が建てられることとなる。

 その後もヴァーサが用いる様々な施策のお陰で村はより華やかに、活気あるものへと変貌していった。

 

 そんな矢先、事件は起こった。

 謎の騎士団によって、村が襲撃されたのだ。

 命を育むことのみに専心してきた村人達は一方的に虐殺されるだけと絶望するばかりである――はずだった。

 

 死と怨嗟の断末魔の中、赤き希望が現れた。

 『アダマス』と名乗る希望は、一時もかけずに虐殺者を殲滅し、村人達を救った。

 以降、村人は彼を称え、敬い、そして愛し続けている。

 

 

 

 「―――というわけなんですよ、ブリタさん」

 通称『アダマス御殿』と言われる豪邸の一室、使用人控え室で二人の女性が向かい合って座っている。

 村の経緯を話し終えたエマは、フンスと自慢げに鼻を鳴らす。

 

 「へえ、そんなことがあったのね」

 メイド服ではなく、現在は動きやすい服に着ているブリタは数回拍手しながら、深く感心したようなため息を漏らす。

 「たしかにアダマスも村の皆から愛されてるなーって感じるけど、村長さんに対する態度も、えらく畏まってるのはそういう意味だったわけね」

 「はい、アダマス様に救われる前も、この村は別の意味で無くなってしまいそうだったところを、今の村長が救ってくださったんですよ」

 

 「それにしても、その…村長さんの後ろにいる貴族ってのが、何か気になる」

 「そうですか? 私にとっては…名前も知りませんけど、あのヴァーサさんを紹介してくださった方ですから、間接的でも感謝しています」

 

 二人が会話していると、部屋の隅に取り付けられた鈴がリリーン、リリーンと二度鳴り響く、アダマス御殿に誰かが尋ねてきた、という知らせだ。マジックアイテムによって創造されたこの豪邸に備え付けられている魔術装置のひとつである。

 鈴の音に先ずエマが反応した。

 

 「そろそろ村長が帰ってくる時間とは思ってましたけど、そうかも」

 「私はどうしよう、アダマス呼んでこようか?」

 「そうですね、じゃあお願いします。 村長だったら、二人でアダマス様のお部屋に向かいますから、そう伝えておいてください」

 「はいはい、了解」

 

 ブリタは立ち上がり、右手をヒラヒラさせながらエマと一緒に使用人控え室を退室する。

 

 

          ●

 

 

 「おかえりなさいませ、ヴァーサ・ミルナ村長」

 エマが半身で玄関扉を少し開けた先には、薄紫の長髪を靡かせる美女、この村の村長であるヴァーサ・ミルナが立っていた。

 「ただいま、エマ。 アダマス様は中かしら?」

 「はい! 今、ブリタさんが声をおかけしています。 では、アダマス様のお部屋まで行きますか?」

 「え?ここはアダマス様の邸宅なのだから、主人の許可もなく…」

 「それはですね、村長が今日帰って来られることはアダマス様にも伝えていまして、この邸宅に来られたら、そのまま通して良いと事前に許可はいただいています」

 「まあ、エマったら、随分と機転が利くようになったのね」

 「えへへ、村長の真似です。 私もいつか、村長やアダマス様のお役に立てるようになりたいんです」

 「もう十分立っているわ」

 「ありがとうございます、村長。 それでは、立ち話も何ですので、どうぞこちらへ」

 

 エマは村長に対して一度深く頭を下げた後、入り口奥の大ホールへと案内していく。

 すると、ホールの向こう側から二つの人影がエマ達の方へと歩いてくる。

 ブリタとアダマスだ。 アダマスは自分の住まいだというのに、終日全身鎧(フルプレート)を脱ぐことはない。 キーン村の住人とブリタはその理由を聞いている為、指摘することはなくなっていた。

 四名はお互いに歩み寄り、ホール中央で対面する。

 先ず口を開いたのはアダマスだ。

 

 「おかえりなさい、ヴァーサさん。 道中ご無事でしたか?」

 「はい、アダマス様にお会いしたくて少々急ぎましたが、何事もなく無事に戻ってまいりました」

 

 アダマスとヴァーサが見つめ合う中、ブリタとエマは独特の空気を察知した為、一度軽く会釈した後、静かにホールから別のフロアへ移動していった。

 その様子に気づいたヴァーサが言葉を漏らす。

 「なにやら、気を使わせてしまったみたいですね」

 「え? たぶん、掃除とかしに行ったんだと思いますけど」

 「あ…そうですね、私もそう思います。 彼女たちは仕事熱心ですから」

 

 ヴァーサが少し顔を赤くしながら、口元に手を添えつつ笑う。

 アダマスは次の行動に移るべきと村長に告げる。

 

 「ここで話すのも何ですし、確か向こうに応接室のような部屋があったと思うので、そちらに行きましょうか」

 「はい、アダマス様」

 

 アダマスのエスコートで二人はフロア東側にある応接室へと向かった。

 

 

          ●

 

 

 アダマスとヴァーサは豪華な応接の間に入り、家主は客人に促されるまま上座へと座り、その後ヴァーサは下座にある三人掛けのソファに座る。

 二人は黒檀の立派なテーブルを挟んで向かい合う形となった。

 

 「ヴァーサさん、改めて、おかえりなさい。 確か、ここを援助してくれている、貴族の方に会いに行かれたと聞きましたが」

 「その通りです。エマからお聞きになられたのですか?」

 「村に来てすぐ、教えてくれました。 この豪邸も、その貴族の方がくださったマジックアイテムを使用して創造したとか」

 「アダマス様の事を貴族様にお伝えしたところ、なるべく長く村に滞在していただけるようにと、譲っていただいたアイテムです」

 「拠点作成系のアイテムかー、それは貴重なものを… 自分の方からもお礼を言っておかないとですね」

 

 アダマスが貴族に挨拶をしたいという意味の言葉を述べると、ヴァーサは左上に視線を向け、少し考え事をしてから答える。

 「そうですね、なかなかお会いできない方ではありますが、アダマス様と貴族様、双方の都合がつきました折には、会って頂くのも良いかもしれません」

 「楽しみにしていますよ。 自分は一度王都に向かいますので、帰ってきてからですかね」

 「王都へ? 何か御用でしょうか。  …あ、申し訳御座いません、詮索など」

 「いいんですよ、ヴァーサさんにはお世話になっていますから。こんな立派な家まで建てて頂いて。 ええとですね、ガゼフ・ストロノーフさんという方から、一度話がしたいと、冒険者組合に連絡が来たらしいんです」

「ガゼフ・ストロノーフ、いったいどのような理由があって」

 「カルネ村に現れた人物について、伝えておきたいことがあるとか…何なんでしょうね」

「カルネ村、ですか。確かに、ここから近い村ではありますが。そういえば、確か貴族様が…」

 「何か、その人物について心当たりでも?」

 「…あ、いえ、私の思い過ごしです。紛らわしいことをして申し訳御座いません」

 「そんなことはありませんよ。ヴァーサさんも長旅でお疲れでしょうから、今日はこのあたりにしておきましょうか」

 「嗚呼、アダマス様、こんな私のことを気遣って頂けるなんて…。ありがとうございます、アダマス様とであれば何時間、何日でもご一緒したいのですが、一度職場に戻って整理しなければならないこともありますので、お言葉に甘えてお暇させていただきます」

 

 ヴァーサは落ち着いた雰囲気で優雅に立ち上がると、アダマスへ向けて深く頭を下げる。

 それを見たアダマスも立ち上がり、一言。

 「それじゃ、ヴァーサさん、そこまでお送りしますよ」

 「ありがとうござます。 それではアダマス様、よろしくお願いいたします」

 

 

 

          ●

 

 

 キーン村に新しく建設された兵舎と呼ばれる建物がある。

 外壁を石レンガで囲った強固なものに、頑丈そうな木製の屋根が載っている。

 入口は広く、身長三メートルの大巨漢でも余裕を持って入れそうな扉だ。

 

 中に入ってすぐのところに小さなタイル張りのテーブルと、それを囲う四脚の椅子がある。その内二つの椅子には(アイアン)の冒険者プレートを首から下げた二人組の男女が腰掛けていた。

 

 「ボルダン…知ってる? すごい美人の冒険者…」

 「噂くらいはな、アステルはどこまで知ってるんだ?」

 

 二人は最近冒険者になったある人物のことを話していた。

 大英雄モモンのパートナーである美姫ナーベの美しさに勝るとも劣らない、絶世の美女だとか。

 年齢は二〇代そこそこ、新人冒険者には似合わない、かなり上質な外套を羽織るその人物は、先輩冒険者複数人からのちょっかいを軽くいなし、しつこく食い下がった者は平手打ちで縦に三回転させたとか。

 雰囲気は明るく、その口調から『健康的で活発美少女』という印象を受ける者が多かったと聞く。

 噂の女性の名前を思い出そうとボルダンが頭をひねる。

 

 「たしか、名前は…なんだったか」

 「…スカー…」

 「そんな名前だったか?もっと違ったと思うんだが」

 「じゃあ…何?」

 「それが思い出せないんだ」

 「なら…スカー…で良くない?」

 「ま、そのうち思い出すだろ。 噂になってる人物のことくらい、エ・ランテルに戻れば嫌でも耳にするもんだ」

 「むー…スカーだって…言ってるのに」

 

 女性の名前について、頬を膨らませながらやけにムキになるアステルを見てボルダンはつい、笑いを零してしまう。

 「ハハ、ハ…ああ、すまん。 いや、お前がそんな顔をするなんてな」

 「ボルダンも…よく笑うように…なった」

 「ああ、アダマスのお陰だろうな。 ただ戦いの場に身を置きたくて、冒険者をやってたが、今こうして、あいつの力になろうとしてる事が、とても有意義に思えるんだ。 剣を振ること以外の生き甲斐を見つけられるとは、一昔前の俺じゃ思いもよらなかった」

 「私も…家を出て…必死に頑張ってきたけど…今…楽しいし…嬉しい」

 

 アステルは頬を赤く染めながら、小さな笑みを浮かべる。

 少女の表情に、男は口角を上げながら告げる。

 

 「好敵手(ライバル)は多そうだが、やるだけやってみろ、アステル。 駄目だった時は、俺がもらってやる」

 「ありがと…ボルダン…私…がんばる」

 「否定するかと思ったんだが、これも成長か」

 

 アステルの素直な反応に若干戸惑いながらも、ボルダンはまるで不器用な少女の兄でもなったような気分になっていた。

 

 

          ●

 

 

 ヴァーサを見送った後、自室へ戻ったアダマスは豪華すぎるソファにドカリと座り込む。

 「ああ~~~、一人、自分の部屋、最高」

 

 両手両足を投げ出し、完全に緩みきった態度で独り言を零す。

 四肢を伸ばしたまま数秒手足の先端を震わせながら筋を伸ばす―骨のみの肉体の為、あくまで振りではあるが―

 そして、また深いため息を吐く。

 

 「あ~、やっと落ち着ける」

 

 この部屋は情報を外に漏らさない魔法がかけられていることは、自分でアイテムを使用し、確認しているのでアダマスは今現在心の底から安心している。

 アンデッドであるために肉体、そして精神的疲労とは無縁であるが、この世界に転移してから緊張が途切れることは一時たりと無かった。

 異国の地で自分の常識に則った行動が、人から嫌われやしないか、非常識と罵られやしないかと、気にしながら不安にかられる日々。

 戦いにおいても、ユグドラシルでは最高レベルだったが、自分の種族は一定の状況下におかれた場合、かなり危険であることを必ず念頭に置き続けていた。

 だからこそアダマスは常時警戒し、いつでも自身が持つ世界級(ワールド)アイテムを起動できるよう心構えをしていた。

 

 アダマスは思い出したように、自分の胸に手を当てる。

 首から下げてはいるが、鎧の内側に隠している一〇〇人ギルド『アダマス』の象徴であり形見とも言えるアイテム。

 目を閉じ、その外観を思い出す。

 黒い金属製のチェーンネックレスの先端に、民族衣装ながら戦闘用と思しき装いを纏った一つ目の象の人形が取り付けられている。

 

 「これはあくまで切り札なんだから…」

 

 心の中で世界級(ワールド)アイテムの使用条件を何度も繰り返しながら、部屋の中にある姿見の前に立つ。

 アダマスは自分の思考をアイテムから、特殊技術(スキル)に切り替えてから、小さく呟く。

 

 「《希望のオーラ》か…」

 それは味方の精神異常状態、例えば『恐怖状態』等を緩和する効果を有すると共に、アンデッドに対する能力ペナルティという効果を発揮する。

 恐らく今まで心に闇を抱えた人物や、恐怖状態に陥った人々を勇気付けることができたのはこの常時発動特殊技術(パッシブスキル)の効果によるものだろう。

 一対一こそ真価を発揮するはずの種族である自分が味方がいることを前提にした特殊技術(スキル)を持っているなんて、と自虐的になりながらも、この特殊技術(スキル)によって救われた場面もあったことを思いだし、感慨に耽る。

 

 一時何も考えずに、ぼっとしてからアダマスはベッドへと向かい、顔から全身の力を抜きつつ倒れこむ。

 

 「ガゼフさんに会うのかー。 カルネ村って、この村から東に行ったところだっけ。 ある人物って何だよー、名前くらい言ってくれよー。 そりゃ、この世界に来たばっかりなんだから、知ってる名前なわけないけどさー」

 

 ベッドの上で左右にゴロゴロと動きながら愚痴をこぼす。そしてうつ伏せになった時、覚えのある匂いを感じた。

 

 「ん?何このいい匂い。 すこし前に嗅いだ気がするけど、あれかな、エマさんか誰かが香水でも振っておいてくれたのかな。 ありがたいなー、皆いい子だなー」

 

 





 エマ「そうだ!アダマス様の家具になるっているのは、どうですか!?」

 ブリタ「例えば?」

 エマ「椅子とか!」

 ブリタ「いや、無理でしょ。  …私なら出来るかもしれないけど」

 エマ「え?」

 ブリタ「え?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。