骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 シャルティアが精神支配を受けた一件から、ひと月が過ぎようとしていたある日、ナザリック地下大墳墓最高支配者アインズ・ウール・ゴウンは、これまでの『アダマス』に関連する出来事を各階層守護者に伝えるべく、話をまとめる為にアルベドの待つ自室へと向かっていた。




幕間 死の支配者サイドその3

 

 「おかえりなさいませ、アインズ様。 お食事になさいますか? お風呂ですか? そ、れ、と、も…」

 「それはもう良い。」

 「…畏まりました。」

 十日ぶりに自室に戻った主に、続いて投じられたアルベドの言葉をアインズが止める。アルベドは少し肩を落としながらも表情を引き締める。

 十日前にも受けた『新婚ごっこ』はアインズにとっても対応に困るものだった為だ。

 

 「アルベドよ、早速だが、情報のすり合わせを目的とした報告会をはじめるぞ」

 「はい、かしこまりました」

 

 アインズは自分の椅子にドカリと座る。それからテーブルを傷つけないよう、静かに金属製の延べ棒を置き、優秀な秘書でもあるアルベドに話しはじめる。

 

 「これはただのアダマンタイト製のインゴットだが、延べ棒にされた後に鋭い刃物で切断されたような断面があることはわかるな? その断面はかのアダマスが手刀で作ったものだ」

 「たしかアダマスは鎧剣士と伺っていたのですが…」

 「その通りだ。 私も驚いたよ、それで記念にもらってきたんだ。」

 

 アルベドはアインズの楽しそうな声に慈母のような深い笑みをたたえる。

 

 切断されたアダマンタイトのインゴットはアインザック組合長が、アダマスの飛び級でのミスリルプレート授与に文句を言う者に対して、その力の証明に残しておいた物の片割れだ。 一つを証明用、一つをコレクションにしたいと願うアインザックに対し、少し強引に強請ってアインズは手に入れた。

 ナザリック地下大墳墓支配者、アインズ・ウール・ゴウンにとってアダマンタイト程度の金属に固執する理由はない。 これは始めてアダマスとまともに言葉を交わした記念であり、証なのだ。

 瞳を持たない眼窩を輝かせながらインゴットを見つめるアインズに、アルベドは優しい声で告げる。

 

 「それではアインズ様、アダマスに関するこれまでの総括を行ってよろしいでしょうか?」

 「ん、頼む。」

 

 「それでは先ず、アインズ様の指示で先日シャルティアが出発した頃より、アダマスの調査はデミウルゴスにも協力させた結果、いくつか進展がございましたので、その内容を報告させて頂きます。」

 「そうだな。 私の命令通り皆が動いてくれれば、アダマスと敵対することは先ず無いはずだが、シャルティアとデミウルゴスは場合によって、そうなる可能性があった為に他の守護者よりも先んじてアダマスの事を伝えなければならなかった。 であれば、ナザリック随一の智謀者であるデミウルゴスの知恵を調査に活かせるのではないか、と思ったのだが…上手くいったようだな。」

 「はい、私には思いつかなかった方法をいくつも提示していましたから。」

 「すまない、話の腰を折ってしまったな。 続けてくれ」

 

 「とんでもない。 では、続けさせて頂きます。 デミウルゴスの提案で、物理的及び魔力的な調査範囲をキーン村周辺に仕掛けられたトラップの設置地域外まで広げました結果、不自然な大穴を発見いたしました。 その中心には小石が落ちていたのですが…流石はデミウルゴスです、私であれば見逃していたその小石を綿密に調べ上げた結果『特殊技術(スキル)の残滓』が確認されました。」

 「スキル、だと?」

 「はい、アダマスか『高レベルトラップ使い』の仕業ではないかと思われます。」

 「ふむ、『高レベルトラップ使い』…長いな、これからはその『高レベルトラップ使い』のことを『キャンサー』と呼称しよう。」

 「きゃんさー…ガン細胞、ということでしょうか? 例のギルドを人体に例えて、内部から崩壊させた存在、そういう意味ですね? 素晴らしいネーミングセンスと思います。 畏まりました、以後トラップ使いは『キャンサー』と呼称いたします。」

 

 「ん、まぁ…それだけじゃないんだけどな…」

 「はい?それはいったい…」

 「いや、今すぐには関係のないことだ。 続けろ」

 「失礼いたしました。 では次に、こちらもデミウルゴスの発案なのですが、アダマスやキャンサー以外にも、キーン村自体を深く調べてみたところ、どうやら村長は最近変わったらしく、新しい村長になってから急に景気がよくなっているとか。」

 「まあ、指導者が変わればそういうこともあるんじゃないのか?」

 「それはあり得ますが、ただ、その村長が行っている施策は、その殆どが先進的で、数百年は先の思考を用いていると言われています。」

 

 (今のこの世界の文明が中世とするなら、現代的…といったところか)

 

 「あと、これは未だ確証を得られていないのですが、お耳にいれておくべきとデミウルゴスから進言がありましたので、ご報告させて頂きますが、例のキーン村の村長は、スレイン法国と繋がっている疑いがあります。」

 「なんだと?」

 「カルネ村を襲った騎士団と、キーン村を襲った者共の装備は酷似しているのですが、それ自体が不自然だと、デミウルゴスは申しておりました。 村人に『帝国の仕業である』と知らしめるだけであれば、騎士団は一個だけで良いはず。何故わざわざ二部隊も編成する必要があったのか。 本来は、一部隊だけで各村を襲うはずだったのではないか。 とのことです」

 

 「不自然であることには何か理由がある…ということだな?」

「はい。デミウルゴスも自身の中でまだ纏まっておらず、彼には珍しく直感的に、村長と法国との繋がりを感じており、アインズ様にその旨を伝えることで何か助言を頂けるのではないかと、甘慮(かんりょ)しているようです」

 「いや、甘いとは言わない。むしろ、あのデミウルゴスが私に助言とはな…やつもようやく私に…いや、それでも直接話してこない辺りは、まだまだかも知れないな。」

 「守護者の地位にありながら、アインズ様のお手を煩わせるなど…」

 「よい、よいのだアルベド。 私は、お前たちに頼られることは…その、なんだ、嬉しいのだ。」

 

 「アインズ様…」

 

 アルベドは口元に手を当て、感動の涙が溢れそうになる。

 真っ赤になるアルベドの顔を見て、慌ててその涙を拭うアインズ。

 

 「まぁ、そういう事だ。 アルベドも、遠慮することはないのだぞ? 私が力になれることなら、何でも言うが良い。 私は、お前たち皆を愛しているのだから。」

 「あ゛い゛ん゛ずざま゛あ゛~~」

 

 今度は鼻水まで零しながら号泣するアルベドの変貌に、アインズはどうして良いかわからず逡巡した後、自分の胸に抱き寄せる。

 

 「今だけだぞ、落ち着いたら。 また報告会の続きをしよう」

 

 アルベドは長い間、アインズの胸で啜り泣く。

 冷静になってからも肉のない骨だけの胸板を優秀な秘書は十分以上は堪能していた…

 

 

          ●

 

 

 「なあ、アルベド、そろそろ…良いか?」

 「し、失礼しました。 んんっ、はい、それでは続きをいたしましょう」

 

 「よろしく頼む」

 「あ、ど、どこまで話しましたでしょうか?」

 「キーン村の村長が法国のスパイではないか、というところまでだ」

 「そ、そうでしたね!大変申し訳ございません!!」

 

 「それで、確証を得られないデミウルゴスが私に助言…か。 ところでアルベド、そのキーン村の村長の名前は、分かるか?」

 「はい、ヴァーサ・ミルナとか」

 「ヴァーサ…ミルナ…、ヴァー…ミルナ? ん?どこかで…タブラさんが、たしかシーシュなんとか神話について教えてくれたときに、似たような名前を聞いた気がするな」

 「た、タブラ・スマラグディナ様ですか!?」

 「いや、そんな気がするだけだ。それに、その村長とタブラさんは関係ないだろう。 問題はそこではなく、『タブラさんが知っている神話に関連する名前が、この世界の住人に付いている』ということだ」

 「申し訳ございません、思慮が及ばず、私にはどういった意味なのか…」

 「良い、お前の全てを許そうアルベド。 つまり、キーン村村長、ヴァーサ・ミルナは『ユグドラシルと関わりがある可能性が高い』ということだ。 NPCか、もしくはプレイヤー、この世界に転移したプレイヤーが名付けたという可能性もあるが、どれであったとしても、警戒が必要なことには変わりないな」

 「流石はアインズ様!その者の名前を聞いただけで、そこまで把握されるとは!デミウルゴスも咽び泣いて歓喜することでしょう」

 

 「そこまでは行かないだろうが、私は流石デミウルゴスに感心しているぞ。 村長の存在に目をつけ、さらに情報を私に報告すれば何か思いつくだろうと考えつく、素晴らしい部下を持つ私は幸せものだよ。 もちろん、お前がとなりに居てくれることも、いつも嬉しく思っているぞ、アルベドよ」

 「アインズ様…私は…」

 

 「もう泣くなよ?」

 

 「あ、はい。」

 アインズは再び瞳を潤ませていたアルベドを見て、真顔で感情の噴出を抑えさせる。

 

 

          ●  

 

 

 「それでは、私とデミウルゴスからの報告は以上となります」

 「ん、よくやってくれた。感謝するぞ。」

 「感謝などもったいない!」

 「あ、ああ…そうか」

 

 (ありがとうって言いたいけど、言ったらこれだもんな。もっと上手く感謝を表現したり、伝える方法、考えなきゃ)

 アインズはシモベ達とのコミュニケーションについて苦慮しながら、一つ大事なことを思い出す。

 

 「そうだ、これだけは伝えておかなければな」

 「はい、何でしょうか? 何なりとお申し付けください」

 「シャルティアが精神支配された件にキャンサーが関わっている可能性もある、そろそろアダマスとキャンサーについて、他の守護者にも伝えるべき時が来たのだろう。」

「そうですね、私もそう思っておりました。それでは、守護者各員に招集をかけましょう」

 「いや、今すぐでなくて良い。 リザードマンの一件で、皆が集まる時があろう。その際に話す。 いちいち呼び出しては、効率も悪いだろうからな。」

 「かしこまりました」

 

 「今のうちに伝えるべきことを整理しておこう、アルベドよ手伝ってくれるか?」

 「もちろんです。しっかりと補佐できるよう、よろしくお願いいたします」

 

 守護者達に伝えるべき情報、アダマスとキャンサーについて、この世界に来てから得られた内容と、アインズが知っているユグドラシル時代の内容とを整合させ、必要なことのみを抜き出す。

 

 「まず、アダマスについてだが。 あれの危険性は低い。会話での戦闘回避が容易な上、最終的な判断基準は『利益』だ。 二つの勢力が戦争を起こす際、判断基準を持っていなかったり、互の言い分の正当性が同等である場合、アダマスは『自身に利益のある方』を助ける。 ただし、その『利益』は『名声』に重きを置いている為に、非人道的な行為はアダマスの攻撃対象となってしまうだろうが、ナザリックの方針は問題ないはずだ。」

 「アインズ様の慈悲深い施策は必ずやアダマスも共感することでしょう」

 「そうであることを願うよ、何せ、もしアダマスと一対一のPVPになれば、私は奴に勝てないのだからな」

 「何をおっしゃいます、圧倒的不利を跳ね除け、あの勝利を掴み取られたアインズ様であれば――」

 「たしかに、私とシャルティアの相性は最悪だったが、アダマスはそれ以上に最悪なんだ… 最悪以上に最悪とは、一体どう表現すれば良いかもう分からないレベルではあるがな」

 

 「それは…アンデッド以外の、我々守護者も同じことでしょうか?」

 「そうだな、正直アレと一騎打ちは避けたほうが良いだろう。 『対一騎打ち専用種族』と言っても良い。あの種族で乱戦に飛び込むのはただの愚か者だ。」

 「つまり、人海戦術であれば、勝利は容易…」

 「その通りだ。 であれば、守護者で相性的に良い者は?」

 「アウラ…ですね?」

 「ん、よく理解しているな。」

 「はい!守護者統括として、当然のことです!」

 

 アルベドは手を腰の前で組み、姿勢は変わらないが、褒められた嬉しさは腰部の羽が激しく動く為に隠しきれないでいた。

 守護者統括の素直な反応に気を良くしながらも、次の議題の為に気を引き締めたアインズは話を続ける。

 

 「それより問題は、キャンサーだ」

 「お話の途中申し訳御座いませんアインズ様、その前に一つ質問をしてもよろしいでしょうか? そのキャンサーについてなのですが」

 「よろしい、話してみよ」

 「ありがとうございます。 以前より気になっていたのですが、何故アインズ様は、そのキャンサーがこの世界にいると? トラップで『アダマスと名乗る者』を守る存在がキャンサーだとお思いになられたのですか?」

 

 「それはユグドライシルプレイヤー、―人間―が感情で動く生き物だからだ」

 「どういう意味なのでしょうか?」

 

 「かつて、そのキャンサーによって公開されたギルド『アダマス』のメンバー百人分の情報、正確性はとても高く、ギルドを完全に崩壊させる程だった… だったが、よく見るとおかしな点が複数存在した」

 「おかしな点、ですか」

 「うむ、情報が曖昧であったり、微妙に事実と食い違うメンバーが三名いたんだ」

 

 「その内二名が以前に教えていただいた『赤と白の鎧を纏うアンデッド』と『強き女槍使い』ですね?」

 「ああ、そして三人目が」

 「キャンサー、情報を公開したもの… なるほど、やっと分かってまいりました。 つまり、キャンサーにとって『守るべき存在』である二名と、自分自身の情報だけ、改ざんしていた。ということですね? しかし、それではアンデッドと槍使いもスパイである可能性があるのでは?」

 

 「そう考えるのが普通なんだろうが、槍使いは既に『完全引退』…つまり、わが友達と同じ場所に行っており、アンデッドに関しては、たっちさんからの話を含め、そんなことをする男ではないからだ」

 「そういえば、その槍使いとアンデッドは、たっち・みー様のご友人でしたね。 申し訳御座いません、その二名を疑ってしまうようなことを申して…」

 「良いのだアルベド、お前の率直な意見は彼らに関する知識がなければ当然のことだ。 だが、その二名でないなら…」

 「残る一名が、キャンサー」

 「そういうことだ。 そのキャンサーに関する情報は『盗賊系トラップ使い』であることと、『名前の一部』しか判明していない。 そして、情報公開をした時、キャンサーはコメントを残している。「ギルド長の為」とな…。 正に異常な執心と言える、そのコメントの所為で当時のギルド長は、ギルド崩壊を自分の責任だと嘆いたことだろう。」

 

 「異常な…愛情…」

 「そう言っても良いかもしれないな。 正直、私もそのコメントを目にした時は、ゾっとしたよ。」

 

 薄暗い感情が胸の奥に湧き上がり、その不快感から肺の無い胸を膨らませながら深呼吸をするアインズ。

 

 「キャンサーの前情報に関しては、そんなところだな」

 「お教えいただき、感謝申し上げます」

 「それでは、続きを話そう。 キャンサーのこの世界での行動について、だな…」

「はい、カルネ村をアインズ様が深い慈悲の心でお救いになられてから、間もなく送り出した調査隊がキーン村を発見した当初は、トラップの類は確認できませんでした。しかし、その旨をアインズ様に報告した後に出発させた調査隊が高レベルのトラップを確認。視覚や魔力での探知を阻害する対策まで備えられていました。アインズ様から調査の深追い禁止を言いつけられていなければ、キーン村の情報を持ち帰ることなく、シモベ達は閉じ込められていたかもしれません。流石はアインズ様です。ここまで予想されていたとは」

 

 「え、あ、そ…その通りだ!私はいつでも一つの言葉に深ーい意味を込めている。その辺りをよーく考えて行動するように!」

 「はい!もちろんです、アインズ様!」

 

 「ん、今日はいつも以上に脱線するな… とりあえず、その後キャンサーは特に動きを見せていなかったが、私がエ・ランテルでアダマスとすれ違った際、彼を追跡するように命じたシモベが謎の現象によって消滅した。 おそらくこれも、キャンサーの仕業だろう。」

 「まさか、そのようなことがあったとは…」

 「うむ、その時はまだ、かの者がアダマスと確定していなかったのでな、伝えていなかったんだ。 だが、その男がアダマスと判明した以上、お前たちに伝えておくべきだろう。 そして、今回のシャルティアの事件だ。」

 「精神操作系の世界級(ワールド)アイテム…ですね?」

 「ギルド『アダマス』が所持していた世界級(ワールド)アイテムは一つ、それも『物理関係』というところまでは分かっている。 これはキャンサーが公開した情報ではなく、ユグドラシルプレイヤーであれば、誰もが知っている話だから、信憑性は高い。 しかし、ギルド崩壊後のキャンサーの行動までは把握していないからな、その後にキャンサーが例の世界級(ワールド)アイテムを手に入れたとしてもおかしくはない。」

 「シャルティアを精神支配した者は、本当にキャンサーなのでしょうか…」

「正直微妙なところだ。アダマスを守る為の行動であれば、そもそもアンデッドのシャルティアとアダマスが一対一で遭遇したのであれば、それはアダマスにとっての脅威にはなり得ない。その上でシャルティアを精神支配する理由か…俺には思いつかないな。だが、あれは精神支配した後に命令が与えられず放置された、という稀有な例だ。様々な可能性を考慮する必要があるだろう」

 「正に、おっしゃる通りかと」

 

 「…こんなところだな。 アダマスとキャンサーに関することは」

 「はい、充分かと存じます」

 「うむ。 では、守護者に伝える為に、これまでの話をまとめるとしよう、長くなるが、良いか?アルベドよ…」

 「もちろんです!こちらこそ、よろしくお願いいたします、アインズ様」

 

 

 アインズとアルベドの会議は翌朝まで続いていた…

 

 

 





 デミウルゴス「オオォォ! アインズ様! オオォォオ!!」

 アルベド「アインズ様、やはりデミウルゴス、咽び泣いてます」

 コキュートス「カタカナ言葉ハ、ワタシノ専売特許ノハズ…」

 アウラ「あと裸ね」

 コキュートス「!!?」

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