骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 アダマスはブリタ達(アイアン)プレート冒険者数名と野盗の塒を調査する任務を受けていた。
 しかし、塒と思われる場所には恐ろしい吸血鬼(ヴァンパイア)の姿があった。


三話 「逞しきお人好し」

 

 野盗の塒と思われる洞窟から飛び出してきたのは、予想外の存在だった。

 眼球は完全に血色に染まり、口には注射器をもわせる細く白いものが、サメのように無数に何列にも渡って生えていた。ピンクに淫靡に輝く口腔はぬらぬらと輝き、透明の涎が口の端から溢れ出している。

 ブリタ達は急いで態勢を整える。

 前衛としてブローバ、スパンダル、ボルダンの三人の男戦士が並び、得物を抜き放ちながら、ラージシールドを構える。

 そして、その後ろにブリタとアダマス。

 その後方でエラゴとリュハが敵性存在の分析を行っている。

 

 「いいねぇぇぇぇぇええええ」

 

 銀髪の悪意が狂気の笑い声をあげる。

 人を喰い滅ぼすことへの喜びか。

 

 「喋っ!」

 

 エラゴが驚いたような声をだしてしまうが、驚愕は一瞬。表情を引き締めて――

 

 「推定、吸血鬼(ヴァンパイア)!銀武器か魔法武器のみ有効!撤退戦!目を見るな!」

 

 はるか後方で待機させているアステルに聞こえるほどの大声で叫ぶ。

 これが合図だ。 今頃、この声を聞いたアステルは別働隊に連絡し、エ・ランテルへ救援を要請に向かっているだろう。

 

 ブリタが予め用意していた塗布剤。錬金術師が作れる、武器に触れると油膜を張るように、銀と同じ効果を持つ特殊な魔法薬を取り出そうとする。

 しかし、目の前にいる大柄の男が邪魔をする。

 

 「アダマス!何してんの、早くこれを使わないと」

 「ブリタさん、まだ間に合う。全力で逃げるんだ。 よく分からないけど、今すぐには襲いかかれない理由があるみたいだ。」

 「何を言って――」

 

 「もう……だめぇえええ! がまんできなぁああいいいいいい!!」

 たがが外れたような声を上げ、吸血鬼(ヴァンパイア)が踏み込む。

 前衛であるスパンダル目掛けて疾風を超える速度で襲いかかる。

 瞬きをする間も無く、凶気が戦士の胸を貫こうとしたその刹那――

 

 「クソァッ!!」

 

 一瞬の出来事だった。

 アダマスは咆吼し、ブリタの目の前から、仲間を守るべく大きく前に出ていた前衛戦士達のさらに前へと躍り出る。

 

 直撃だ。 吸血鬼(ヴァンパイア)の一撃は、アダマスの頑丈そうな鎧を砕き、皮と肉と骨を切り裂く――

 とブリタは思っていたが、実際に起こった出来事は正反対だった。

 

 「ぎゃぁあううっ!!」

 

 攻撃したはずの吸血鬼(ヴァンパイア)が吹き飛んでいる。

 ブリタにはアダマスが反撃をしたようには見えなかったが、まるで吸血鬼(ヴァンパイア)が与えるはずだった衝撃がそのまま跳ね返った様だった。

 アダマスは防御の姿勢のまま叫ぶ。

 「ここは自分にまかせて、来た道をまっすぐ下がるんだ!」

 「何を言ってやがる、お前は」

 ブローバが自分が守るはずの新人冒険者へ真っ直ぐな怒りの感情をぶつける。

 「何度も言わない、早く!!!」

 アダマスの叫びにブローバはそれ以上追及することができなかった。

 皆分かっていたのだ。この吸血鬼(ヴァンパイア)には誰も勝てない。全員で戦って皆殺しに遭うか、一人を犠牲にして7人が助かるか、どちらが冒険者として正しい判断なのか。

 一番経験の浅いはずの男の言葉を受け、エラゴはブリタ達へ冷静に告げる。

 

 「わかった、撤退するぞ!!」

 「はぁあ!?」

 「今の攻防を見たろう、このままでは全滅する。 冷静になるんだ、ブリタ!」

 

 エラゴの言葉にようやく事実を理解し、歯を食いしばる冒険者たち。

 その間吸血鬼(ヴァンパイア)は何をされたのか理解できず、戸惑っている様子だった。

 そして、次の攻撃を防ぐ為、見構えるアダマス。

 自分たちの無力さに打ちひしがれ、後進を犠牲にしなければならない不甲斐なさに、男たちの拳には血が滲んでいた。

 その中、エラゴが叫ぶ。

 

 「撤退!!!」

 

 命令に反応し、冒険者達は引き返し始める。ブリタだけが一度振り返り、小さく謝罪の言葉を残した。

 

 

          ●

 

 

 ナザリック地下大墳墓守護者、シャルティア・ブラッドフォールンは混乱していた。

 自らの主人より、赤と白の鎧を身に纏うアンデッドと遭遇した際は即時撤退を命令されていたが、人間と共に現れた全身鎧の人物を人間と決めつけ、殴りかかった結果、まるで自分自身に同じ強さで殴られたようなダメージを受けたのだ。もしかしたら、自分は主の命に背いたのではないかと焦りと戸惑いに苛まれていると、鎧の人物に動きを感じた。

 

 「吸血鬼(ヴァンパイア)よ、待ってもらいたい。 自分は敵じゃない。」

 

 鎧を含めた全高は同じ守護者であるコキュートスと同等がそれ以上だろうか、それほど巨大な男が両掌をこちらに突出し、戦闘を回避しようとしている。

 たしかにこちらから仕掛け、それを『跳ね返された』が、向こうからの攻撃をしてくる様子はない。

 敬愛する主人の為にも、一度冷静になるべきだと自分の本能が告げる。そして、もし戦闘になった場合、冷静にならなければいけない相手だと。

 アンデッドとしての本能が、自分たちのような存在にとって、この者は『天敵』であると教えてくれている。

 シャルティアは変身を解き、美しい美少女の姿に変わる。

 「これは失礼しんした。 こちらにも目的がありんしたので、それを邪魔しようとしたと思ったんでありんす。」

 「目的?」

 「青い髪の刀使いを追っていたのでありんす。」

 「青い髪…見てないな。自分たちが来た方向にはいなかった。 だから、それ以外の方向へ捜索することを勧めるよ」

 「そうでありんすね。 眷属よ!」

 

 シャルティアの足元で影が蠢き、あふれ出すように複数のオオカミが姿を見せる。無論、普通のオオカミとは違う。漆黒の毛並みは夜の闇をまとい、赤い光を放つ真紅の瞳は邪悪な叡智を宿しているのが見て取れる。

 それは七レベルモンスター、吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)

 シャルティアが保有する特殊技術(スキル)の一つ“眷属招来”で呼び出せるモンスターは複数あるが、その中で追跡できそうなのはこいつらしかいない。

 突如として現れたオオカミを見て、鎧男は冷静にシャルティアへ告げる。

 

 「自分の仲間を襲わせた場合、敵対行動と見なす。」

 「わかっていんす。 貴方と戦うことは相応の価値が無ければ避けるべきでありんしょうし。」

 「そうしてくれると助かる。」

 

 眷属は男が示した方向以外へと走り出す。

 

 「それで、貴方の名前は?」

 「名乗る程の者じゃない。 そもそも、この出会いは忘れてもらいたい。」

 「そう、まあ良いでありんす。」

 

 愛する主が教えてくれた相手かどうか、シャルティアは知る必要があった為、他の確認方法を相手に示す。

 

 「ならせめて、その兜を取ってくんなまし。 ああ、貴方がアンデッドだということは分かっていんすよ?」

 「へぇ、君にはそういう力があるのかい?」

 

 シャルティアのブラフにまんまと引っかかったお人好しが兜を外し、皮も肉も、眼球もないシャレコウベをさらした。

 

 「…か、カッコイイ…」

 「え?」

 

 シャルティアは男の素顔を見た瞬間、動かないはずの心臓が強く、大きく跳ねるのを感じた。

 主であるアインズが美の結晶であるなら、この男は逞しさの象徴。

 その鎧を脱ぎ、太くしなやかな骨の腕に抱かれる事は、女としてどれほどの幸福を感じられるのか

 つい平静を忘れ、陶酔してしまっていた。

 

 「ええと、ヴァンパイアさん?」

 「あ、ああ! こほん、何でもありんせん。」

 「そうかい。 誤解が解けたのなら、自分は撤退した仲間と合流したいんだけど、良いかな?」

 「そうでありんすね。 でも、解せないでありんす。 どうしてアンデッドである貴方が下等な人間どもと?」

 「いろいろあるもんだよ。」

 「なんとなく、分かりんす。」

 

 シャルティアは主人も、人間の振りをして市中へ出向かれていることを思い出し、自分なりに納得していた。

 

 「これは…」

 「どうかしたかい?」

 「いえ、眷属が何かを見つけたみたいでありんす。 青髪の男かどうかはわかりんせんが、そちらへ向かいんす。」

 「そうか。こんなことを言うのはおかしいかもしれないけど、気をつけてね。」

 「貴方も、夜道は気をつけなんし。」

 

 シャルティアは右手をヒラヒラさせながら、再び狂気的な姿に変身し、闇夜へ消えていった。

 

 

          ●

 

 

 「私のせいだ…」

 

 (アイアン)プレート冒険者チームはそれぞれに、後悔の念を抱きながら、拠点であるエ・ランテルへの帰路にいた。

 撤退途中、二分したもう一方のチームと合流し、都市への脅威となり得る吸血鬼(ヴァンパイア)の存在を伝え、その後別々に逃げていた。

 皆が無我夢中で逃げるなか、一人冷静に他チームへの引き継ぎや、撤退ルートの指示を出していたエラゴも今は憔悴しきっていた。

 皆が心身ともに消耗しているなか、一際落ち込んでいたのはブリタだった。

 

 「私が、誘ったから…」

 「アダマスは強い、この中の誰よりも。 だから、まだ諦めるな。」

 

 ボルダンがブリタの肩を叩き、落ち着いた声を掛ける。

 

 「ヴァンパイアの動きが見えなかった…、気付いたらあっちが吹き飛ばされていたんだものな」

 「もしかしたら、あのヴァンパイアよりアダマスの方が強いんじゃないか?」

 

 スパンダルとブローバが希望的観測から思い浮かぶ言葉を並べる

 

 「じゃあ、なぜ我々を逃がした。 あんな、必死になって。」

 「それは…」

 

 エラゴの疑問にリュハをはじめ、誰も答えられなかった。

 

 「アダマス…いいヤツ…」

 「そうね、あいつがいなかったら私たちは皆殺しにされてたわ」

 

 「俺たちができることは、一刻も早くあの脅威をエ・ランテルに知らせることだ。 今はその事に集中しよう。」

 

 ブローバの言葉に皆が深くうなずき、小さくなりそうだった歩幅を、力を込めて大きくしていった。

 

 

 「あれ、何か音が聞こえない?」

 

 「何も… ん?いや、聞こえるぞ!!」

 

 「この金属音は!」

 

 冒険者チームは希望と祈りを胸に振り返ったその先に、美しい赤と白の鎧を身に纏う巨大なお人好しが一生懸命に走る姿が見えた。





 吸血姫「やっぱり連絡先くらい聞いておけばよかった!! でありんす。」

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