骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 銀プレート冒険者チーム『漆黒の剣』とエ・ランテルで再開を誓うも、アダマスは約束の日より数日早く戻ってしまっていた。 その為に、入れ違いとなった彼らが戻ってくるまでの間、街を一人歩いていると道端で蹲っていた女戦士と出会う。
 女戦士―ブリタは謎の赤いポーションを持っており、そのポーションについて詳しく話してもらう為、アダマスはブリタの仕事の手伝いをすることとなった。



二話 「冒険者として」

 

 城塞都市エ・ランテルには冒険者ご用達の宿屋は三軒ある。その中で一番下と言われる店。新人冒険者に組合は先ずそこを紹介する。

 理由は、その宿屋に泊まるのは大体が(カッパー)から(アイアン)のプレートを持つ冒険者だからだ。

 同じ程度の実力なら、顔見知りになればチームとして冒険に出る可能性がある。そうやってチームを組むのに相応しい人物を探すのにもってこいだからだ。

 個室よりも大部屋で寝泊りした方が他の冒険者と接点が生まれ、バランスの良いチームを編成することはモンスターとの戦闘に対し死亡率を下げることにつながる。

 その為、駆け出しは大部屋などで顔を売ったほうが良い、という理由からである。

 

 その大部屋にアダマスを含めた八人の冒険者が二つのテーブルを繋げた大机を囲んでいた。

 

 

 「それじゃあ、先ずは自己紹介だね。ここに居る全員が知ってると思うけど、私はブリタ、階級は鉄プレート。 戦士の中衛担当。」

 

 赤髪の鳥の巣頭を揺らしながら、女戦士が軽快に話し始める。 アダマスはブリタ以外の人物と初対面であるための気遣いだろう。

 男が横にいる細身の男の肩へ豪快に腕を回しながら大きな口を開く。鎧の上から見た外見では腹の出た小太りと言えるが、その腕は確かに戦士のそれであった。

 「俺はブローバ、前衛担当だ。んで、こっちがスパンダル。」

 「こういうのがいつも要らない誤解を産むんだよ、ブローバ」

 

 筋骨隆々の男と、細身の小綺麗な金髪の男、別々に見れば接点が思いつかないが、二人はとても親密に見えた。まるで仲の良い兄弟のよう。

 続いて黒髪のモヒカンヘアの男が自己紹介を始める。

 

 「同じく前衛担当、ボルダンだ。 有事の際は先陣を受け持つ。」

 

 ボルダンは鞘に収まった幅広の片手剣(ブロードソード)の柄を握りながら、自分の役割について必要最低限の内容を話す。大きな顔と比較して、かなり小さな瞳、という印象を受ける。もともと小さいというよりは、今まで数多くの戦場を渡り歩いてきた故の負傷によるもの、戦士の勲章とも言える。

 細く少し年季の入った手を上げ、赤茶けた外套の男が話し始める。

 

 「私は後衛担当、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のエラゴだ。 魔法及び知識面でのサポート要員だ。」

 

 外套のフードを深く被っているために髪型は把握できないが、膨らみからして大分危うい状態であることが想像できる。声と鼻から下の表情を見る限り、四十は超えているだろう、エラゴはそんな男だった。

 年長者である魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)に促されながら、若々しい十代後半と思われる神官衣の成年が次の自己紹介者となった。

 

「ええと、アダマスさんは初めましてですよね。どうも、後衛担当、信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)のリュハです。よろしくお願いします」

 

 リュハは深々と蒼いターバンを巻いた頭を下げながら挨拶をした。

 よく見ると、神官衣の下に鎧を着ており、炎のような形をした聖印を首から下げている。

 集まった冒険者の中では一番丁寧な口調であり、聖職者らしい男ではある。そのため、一番冒険者らしくないとも言える。

 ブリタと五人の男が自己紹介を終え、アダマスは冒険者達を端からゆっくり眺める。そして最後に行き着いた視線の先に二十を少し過ぎたぐらいの青身がかった黒髪の女性が居た。 女は肩より少し上に手を上げて、何やら小さな声を発していた。

 

 「あ…アステル…野伏(レンジャー)… バックアップ…担当…ん」

 

 アステルが小さな自己紹介をすると、ブリタが横から割って入ってくる。

 

 「そうそう、この子はアステル。野伏(レンジャー)ね。 私と男連中とで威力偵察を行う時に、アステルは後ろで待機。問題があれば救援要請っていう役割。短く言うと、バックアップってこと。 って言いたかったんだよね、アステル?」

 「ん…」

 

 アステルはブリタに顔を向けながら、何度も頭を縦に振る。

 野伏《レンジャー》の女は生まれつきか、環境要因でこの喋り方になったのかは不明ではあるが、とにかく意思を言葉で表現することが苦手な様子だった。 それでも、ブリタに対する反応から、心の中ではいろんな事を考えているんだろう。とアダマスは想像していた。

 ぼんやり考え事をしていると七人の冒険者の視線が自分に向かっていると気付いたアダマスは覚悟を決めた。

 

 「ブリタさんから聞いてる方もいるかと思いますが、(カッパー)プレートのアダマスです。担当は主にブリタさんの防御面をフォローします。」

 「聞かれる前に答えておくけど、別に皆の報酬、取り分が変わるわけじゃないからね。私の取り分から、アダマスに支払うから、そこんとこ心配しないでね。」

 

 ブリタがアダマスの自己紹介の後に金銭面での具体的な説明を加えた。

 一応その内容に納得した冒険者達だったが、前衛担当のブローバが手を上げた。

 

 「アダマス、おめえさん、獲物は? まさか、そのご立派な鎧で本当に全財産使いきっちまったとか?」

 「それはですね、これです。」

 

 そう言ってアダマスは硬質な金属製プレートで覆われた右手で拳を作ってみせる。

 

 「おいおいまさか、モンスターや野盗相手にパンチするってんじゃねぇだろうな?」

「スキル…じゃなくて、武技を使って拳や蹴りの威力を上げられるんですよ」

 「ほー!! おめぇさん、モンクか! にしちゃ、大層な装備だな。身軽な方が良いんじゃないか?」

 「背丈の割に、臆病なものでして。」

 「ハッハッハハハハハハ!!!」

 「どうした、ボルダン?」

 

 アダマスの言葉に今まで寡黙だったボルダンが急に大声で笑い始めていた。特殊な笑いの壺に入った為か、大きな鼻を真っ赤にして笑い続けている。

 その様子を見た魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)が笑みを浮かべながらアダマスの方へ顔を向ける。

 

 「あのボルダンがこうなるとはな、お主なかなか見所があるじゃないか!」

「本当に、僕も彼がここまで笑うところ初めて見ましたよ」

 

 アダマスに対するエラゴの評価にリュハも続く。

 

 「(アイアン)級の仕事に(カッパー)の人間を連れてくるなんて何を考えてるんだと思ったけど、この人…アダマス君なら、大丈夫そうだね。」

 

 肩まである長い金髪を揺らしながらスパンデルがアダマスを受け入れる。

 

 

 

 「ん…」

 「お、アステルもこいつのこと気に入った? そうなんだよねー、私もアダマスのことそんなに知らないんだけど、なんていうか…声がいいんだよね。」

 「ん、ぅん。」

 

 

 いつの間にか自分の評価が大分上がっていることに戸惑いながら、それがスケルトンメイジの最上位種であるオーバーロードの常時発動特殊技術(パッシブスキル)である“絶望のオーラ”と対になる特殊技術(スキル)の効果が現れている為か否か、アダマスは判然としないままでいると、ブリタがこちらを向いていることに気づく。

 

 「あんたは一生懸命この場に馴染もうとしてる。戦いに身を置いてるとね、そういうことを忘れちゃうの。効率や利害だけで行動し始める前の自分を見てるみたい。」

 「見たくないもの…ってわけじゃないですよね。」

 「人によっちゃそうかもね。ただ、私たちの好みのタイプなのよきっと、一生懸命なやつって。」

 「なら、有難いです。」

 

「ま、あとは実戦で本当に頑張れるか、だけどね」

 「最低限、ブリタさんだけは守りますよ。『約束』ですから。」

 

 

          ●

 

 

 街道周辺で発見されたという野盗の塒を偵察する為、エ・ランテルより出発してから数時間が過ぎようとしていた。夕日が落ち、街道沿いを歩く冒険者達に濃い闇夜が覆い始める。

 ブリタとアダマスら、自己紹介をし合った八人以外にも数名の冒険者が同行していたが、特に接点を持つことはなく必要な事柄のみ、やりとりを行なう程度だった。

 微妙な距離感に対し疑問を抱いていたアダマスにブローバが話しかけてきた。

 

 「ブリタも言ってたろ、頑張ってる奴を見たくないっての、あいつらのことだよ」

 「とは言え、そんな方々とも報酬の為なら徒党を組める。経験と成長というものは、嬉しくもあり、悲しくもあるんだよ。アダマスくん」

「てめぇが分かったような口を利くんじゃねぇよ!」

 

 割り込んできたスパンダルの髪をブローバがグシャグシャと両手でかき乱しながら大声で怒鳴る。

 

 スパンダルはチームの後方を歩きつつ纏まりを奪われた髪を整えていた。

 今度は魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)、エラゴがアダマスに近づいてくる。

 

 「先日までは我々も似たようなもんだったよ。 長いあいだ糊口を凌ぐためだけにモンスターを狩り続ける毎日、魔物であれ命を奪うという行為は、人の魂を摩耗させるだけの業がある。 そんな中で仲間に対する尊敬や、思いやる気持ちまですり減らしていたんだよ、我々も。」

「アダマスさんとお話ししてからですよね、皆本当に楽しそう。というか、楽しかった日々を取り戻そうとしてるみたいで」

 

 エラゴの言葉にリュハが自分の考えを加える。

 互いに笑顔を見せ合い、共感している様子が見て取れた。

 エラゴとリュハは外見年齢が親子ほど離れているためか、二人で話しているときはまるで父親と息子が会話をしているようだった。

 そしてブローバとスパンダルが兄弟ならブリタとアステルは姉妹だろうか。

 苦楽を共にする仲間が、まるで家族のような存在になることはアダマスにも経験があった。その家族の居場所を自分の無力さの為に崩壊させてしまったことは、悔やんでも悔やみきれないでいた。

 不意に、前ギルドマスターの事を思い出す。 ギルドの中でも彼女の実年齢を知っているのはアダマスだけだった。先代が引退した時、二〇歳だったことを思いだし、同年代と思われるブリタへと無意識に視線は向けられていた。

 

 「何ジロジロ見てんの?」

 「いや、ブリタさんを見てると、ある人を思い出してしまって」

 「何?初恋の人とか?」

 「まぁ、そんなとこです。」

 「へぇ、私そんなに似てる?」

 「いえ、全然似てません。」

 「それはそれで腹立つなー」

 

 ブリタは感情に任せてアダマスの足元を蹴りつける。

 ただし、頑丈な装甲に覆われた男に苦痛は与えられず、逆に当たり所が悪かった為に蹴った方が痛みを感じてしまう。 

 痛みを我慢しつつ、ブリタは何でもない表情を作りながら話を続けようとする。

 

 「それで、どんな人なの?」

 「素晴らしい人でしたよ。 年下でしたけど、最後まで自分は敬語でしか話せませんでした。」

 「ふーん…ん? 最後?」

「ええ、まあ。もうずっと前の話なんですけどね」

 「あー、うん。 そうね、珍しいことでもないし。」

 

 ブリタはアダマスがおそらくその故人を思い出しているのだろうと思い、暗くなってしまった大男の背中をバシバシ叩きながらが告げる。

 

 「そんなしょげない!これから戦闘があるかもなのよ? ほら、帰ったら私が慰めてあげるから。」

 「え…ぇえ!?」

 アダマスは驚きながらもすぐに冷静になった様子ではあるが、ブリタには今なお目は泳いでしまっているように見えた。

 

 「変な想像してないでしょうね?」

 「あ…」

 「酒場の時の仕返しよ。」 ケタケタ笑いながら

 「参りました。」

 「分かればよろしい。 私の方が先輩なんだから、しっかり敬いなさい。」

 「尊敬してますよ、最初から。 自分にないものを持っている人は、尊敬します。」

 「へえ、話した時から思ってたけど、アダマスって謙虚っていうか勤勉っていうか… 冒険者と言うより、もっとお堅い仕事が似合いそうね」

 「参考にさせていただきます。」

 「ん、素直でよろしい。」

 

 「おい、そろそろお喋りはそこまでだ、何か様子がおかしいぞ」

 

 ブリタとアダマスの会話に真剣な表情をしたブローバが口を挟んできた。

 ブローバの指差す方向へ目を向けると、エラゴがもう一方の冒険者チームリーダーと何か相談をしている様子が見て取れた。

 

 

 一通りの話が終わったのか、別チームの男が去っていった後、エラゴがブリタ達の下に戻ってきた。

 

「野盗の塒までもう少しなんだが、どうやら何か異変が起こっているようだ。向こうのチームの魔法詠唱者(マジックキャスター)が察知したらしい。そこで、チームを二分し、というかもともと分かれとったが…。とにかく、我々が野盗相手にちょっかいをかけて、あちらさんが作ってる罠のエリアまで誘き寄せるという作戦だ。アステル、お前さんはここで待機。何かあれば、合図を出す。その時には一人でも撤退して、組合に情報を持って帰るんだ」

 「ん…」

 「おいブリタとデカブツ、しっかりついてこいよ。 いざとなったら、そこの鎧男を盾にさせてもらうぜ?」

  

 ブローバが冗談めかした態度で言葉をならべながら、アダマスの鎧を剣の柄で数度叩く。

 

 「なによその言い方!」

 「大丈夫です。 普通に考えて、防御性の高い自分が盾役になるのは当然ですから。」

 「だからって…」

 「確かに、仲間がいた頃はいつも誰かに盾役をお願いする立場でしたけど… 頑張ります。」

 「無理はしちゃだめよ」

 「肝に銘じておきます。」

 

 

 「…冗談だって。」

 

 真剣に怒られ、出した言葉を後悔する筋肉質な男が肩を落としていた。 

 

 

          ●

 

 

 「こう障害物が多いと…使えないな。」

 

 ブリタの耳にアダマスの独り言が聞こえてくるが、気にはしていられない。野盗の中に弓を持つものや、最悪魔法詠唱者(マジックキャスター)がいる場合だってある。

 同程度の練度であれば、戦士職より多様性に富んだ魔法詠唱者(マジックキャスター)の方が有利になる場合がある。ブリタは未知の魔法詠唱者(マジックキャスター)が現れた場合、即座に撤退も視野に入れる必要を考慮していた。

 

 戦いに必要な緊張感と呼吸を整えながら歩を進めていると、急にアダマスがブリタの目の前に立ちふさがる。

 

 「まずい!! 逃げ――――」

 

 「あははっはああははぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 突然全身総毛立つ程の不快感を孕んだ狂気の笑い声が聞こえた。

 声の主は闇夜の空より塒の入口でバリケードを作っていた丸太の上に片足で降り立った。

 

 その姿は、まるで恐怖を具現化した存在。

 

 「ヤツメウナギ!?」 と誰かの叫びが聞こえた。

 

 

 

 





 【薬師の依頼遂行中『漆黒の剣』一間】

 ペテル「そういえば、モモンさんと出会う前にもすごい人に会いましたよ。」

 モモン「ほう、それはどんな方ですか?」

 ニニャ「それは僕から説明させてください!!」

 ルクルット「また始まったよ。」

 ダイン「これはもう病なのである。」

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