骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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 アダマスはキーン村の復興作業を手伝う為、村に戻ったのだが、瓦礫の撤去など自分が担当しようとしていた作業は殆ど片付いていた。落胆しながらも村長らには温かく迎えられる。
 しかし、何も仕事がないことに居心地の悪さを感じたアダマスは、早々に『漆黒の剣』との約束を果たすべく、自分が扱える数少ない魔法の内の一つである〈転移門〉(距離無限、転移失敗率0%。ユグドラシルにおいては最も確実な転移魔法)を使ってエ・ランテル近くに移動する。
 十日はエ・ランテルに来られないと前もって伝えていた為か、それより早く戻ってきた約束の場所にペテル達の姿は無かった。
 依頼を受けたのなら自分も一緒に行きたいと思ったアダマスは、組合の受付嬢に『漆黒の剣』の居場所を尋ねるも「守秘義務」と言われ、知ることができなかった。
 落胆するアダマスは商店がならぶ道筋で投擲武器を探している中、道端に一人蹲る女戦士を見つけ、声をかけようとするのだが…


第三章 遭遇戦、赤対赤
一話  「下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)」


 

 

 「はあぁぁぁ~~…」

 

 城塞都市エ・ランテル内部、その商店が並ぶ道の端で、一人蹲りながら深く長いため息を零す女性がいた。

 年齢は二十いくかいかないか。赤毛の髪を動きやすい長さに乱雑に切っている。どう贔屓目に見ても切りそろえているわけではない。どちらかというなら鳥の巣だ。

 健康的な焼けた肌、隆起する腕の筋肉、腰に下げた剣から受ける印象は「女」ではなく「戦士」だった。

 

 その「戦士」が呻きながら膝を抱えていては、厄介事に巻き込まれないよう関わらないのが処世術というものだ。

「女」であれば、話は違ってきただろう。

 

 

 「どうすんのよ、これ…」

 

 女戦士――ブリタは抱えた膝の内側、周囲からは見えない場所に『赤い治癒薬』を出し、それを見つめながら呟く。

 首から下げる小さな鉄のプレートに瓶が当たり、カチャリと硬質な音を立てる。

 

 ご立派な全身鎧を着た男に、自分のポーションを割られた代わりにもらったものだ。

 割られたポーションの価値は金貨一枚と銀貨十枚、しかしこのポーションの価値を有名薬師に鑑定してもらった結果はなんと、金貨八枚。付加価値もつけると殺してでも奪い取りたくなる程のものだとか。

 価値を聞かされた時の感覚を思いだし、再びゾワリとブリタの身が震える。

 効能価値だけでも鉄のプレート持ちであるブリタからすればかなり高額だ。ただ問題はその付加価値の方だ。鑑定してくれた薬師の鋭い瞳が、まるで襲いかかるチャンスを見定めているような気さえしていた。

 

 「あの~~」

 「わきゃァ!!」

 

 急に声をかけられたブリタは慌てて立ち上がった為に、手元から『赤い治癒役』を落としてしまう。

 瓶が地面に落ちるすんでのところで掴み、難を逃れたブリタは声の主を睨みつけながら威嚇する。

 

 「なんなのよ!あん…た…」

 

 ブリタの予想では声の雰囲気から自分とそれほど変わらない背丈の男が声をかけてきたはずだったが、目の前には赤い壁があった。

 ゆっくりと目線を上げていくと、はるか上部に赤い兜がやっと見えた。

 男は背高二メートルを超える全身鎧の巨漢、正に『赤い巨星』だった。

 

 「突然驚かせてすみません、道の端っこで蹲ってるので、大丈夫かな~と。」

 

 背丈の割に腰の低い口調の男は、自分の頭に手を乗せながら何度も頭を垂れる。

 鎧男の余りの低姿勢にブリタは呆れながら平静を取り戻す。

 

 「べ、べつに大丈夫よ。心配ありがとう。」

 「それは良かった。 あと、すみませんが、もう一つよろしいでしょうか?」

 「なによ?」

 「その赤いポーションについてなんですけど。」

 

 「あ…」

 

 ブリタは予想外の事態に、ポーションを隠すことを忘れ、手に持った状態で話をしてしまっていた。

 

 「こここここここれは、なな、なんでもないんだから!! ふ、普通のポーションだし!」

 

  ―殺してでも奪い取りたくなる― あの言葉を思い出し、ブリタは慌てて治癒薬を隠しながら動揺してしまう。

 その様子を見た男は腰に下げたバッグから何かを取り出そうとする。

 警戒を一層強めるブリタを前に、男は落ち着いた口調で話し始める。

 

 「何かを勘違いさせてたらすみません、ただ、自分も持ってるんですよ。赤いポーション」

 

 と言いながら、男が取り出したのはブリタが持っているものと全く同じ瓶とその中身だった。

 男は優しい言葉遣いで続ける。

 

 「先ず名乗るべきでしたね。はじめまして、アダマスと申します。職業はケ…じゃなくて、冒険者です。」

 

 

 

          ●

 

 

 

 「ええと、こちらも自己紹介するべきよね。ブリタよ。見ての通り、鉄のプレート、あんたの『先輩』ね」

 「はい、では改めて、アダマスです。」

 

 ブリタとアダマスは酒場の隅で話をすることにした。

 奥にはカウンター、その後ろには二段ほどの棚が据え付けられ、何十本もの酒瓶がならんでいる。カウンター横の扉の先は調理場だろう。

 

 アダマスが周りにいる屈強な客達が放つ自分への視線以上に気になったのは、自分たちが座っている場所と反対側の隅にある破壊された元テーブルらしい残骸だ。

 おそらく、少し前にここで喧嘩があったのだろう。 この場にいるどの人物の攻撃を受けでも被害は無さそうではあるが、独特の雰囲気にアダマス居心地の悪さを感じていた。

 中々話を切り出さない赤鎧に業を煮やしたブリタが大きく口を開く。

 

 「あのさぁ、聞きたいことがあるなら、早く話しなよ。私も暇じゃないの、わかる?」

 

 「あ、はい。すみません。 じゃあ、単刀直入に…その赤いポーション、どうやって手に入れたんですか?」

 「まあ、そう来るよね。 で、いくら出す?」

 「え?」

 

 ブリタの提案にアダマスはつい予想だにしないという声を出してしまう。

 赤鎧の反応に会話の綱を取ったと、満足気な笑みを浮かべるブリタが続ける。

 

 「新米でも冒険者ならわかるでしょ?情報って、ただじゃないの。 欲しいものがあるのなら、その対価を示すべきでしょ。」

 

 ブリタはテーブルに爪を何度も当てながら、アダマスの次を促す。

 

 「ええと、身体で払う…というのは如何でしょうか?」

 

 「はァ!?」

 

 アダマスの返答にブリタは顔を真っ赤にしながら素っ頓狂な声を上げてしまう。

 リードを手にしていたはずが、手放してしまった瞬間だった。

 

 「あ、変な誤解させていたら、違いますからね。 見たとおり、戦うこと以外を知らないものでして、お金もこの鎧につぎ込んじゃって素寒貧(スカンピン)なんですよ。」

 

 「あーあー…なるほど、そういうことね。 まぁ、そんだけ立派な鎧買うには、それくらいしなきゃね。 あ、あはー…いや、別に変なこと考えてたわけじゃないからね!本当だからね!!」

 

 「わかってます。それで…どうですか?」

 

 ブリタの目がじっと、兜のスリットを見つめる。 深い溝の奥には何も見えない黒一色のその奥、アダマスの人間性を見つめていた。

 そして、何かを得たように椅子に座り直した後、膝を叩く。

 

 「よし、乗った。 私が雇ってあげる。 銅のプレートに似合わない立派な鎧と、あんたの腰の低さに免じて、話を聞いてあげる。」

 「ありがとうございます。 それで…報酬は前払いでお願いしたいんですけど。」

 

 アダマスは感謝の意をテーブルに頭をつけることで示し、ゆっくりと顔を上げながら本題を促す。

 

 「報酬? ああ、このポーションのことね。わかってるって… えっとね、このポーションは色は違うけど、あんたと同じくらい立派な全身鎧の男にもらったの。 私のポーションを割った代わりにね。 そういえば、そいつも銅のプレートだったわ。」

 

 「その男…鎧の色は黒、でしたか?」

 

 「なんだ、知り合い?」

 

 「ええまあ、そんなところです。」

 

 「ふーん…」

 

 ブリタは腕を組みながら横目でアダマスを眺める。

 同じ希少なポーションを持つ、全身鎧の銅プレート冒険者。 共通点が多すぎる。 違うのは腰の低さと色と…あとパートナーが居るか居ないか、あれ結構違う点あるかも。 とブリタは頭の中で思考を巡らせる。

 

 

 「ところでブリタさん、自分は何をすれば良いでしょうか。」

 

 「ん、そうね。 私が今請け負ってる仕事は主に街道の警備なんだけど、ある場所の周辺に野盗の類が塒を構えてるっていう情報が入って、それについて来てもらいたいんだけど。いいよね?」

 

 「もちろんです。 その野盗を退治するんですか?」

 「いや、もしそれが事実なら様子を窺うくらいなんだけど、なんか嫌な予感がして。」

 「なるほど、そういうことならお任せください。」

 

 「その立派な鎧なら、私が逃げる時間稼ぎくらいはできるでしょ。」

 

 「ぜ、善処します。」

 

 

 ブリタの包み隠さない言葉に狼狽えながらも、アダマスは了承に深く頷いた。

 

 

 





 刀使い「……」

 野盗「どうしたんすか?顔真っ青っすよ?」

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