骨太元ギルド長は穏便に   作:月世界旅行

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序章 「骨太さん」

「ポイントゲットー」

「あと2匹でクラスチェンジだー」

 

薄気味悪い森の中、赤いフルプレートを身につけた高身長の男、煌びやかな宝石に彩られた紺のローブを纏う長く尖った耳の女、巨石のような斧を握る筋骨隆々な男、無骨な鋼製の刺付きグローブを両手にはめた痩せ身の男ら4人の戦士によって追い詰められた異形の者。

 

「さっさと止めをさせよ」

「異形種が…」

「キモいんだよ…」

 

今まさに息の根を止められようとしているのは、フード付きのマントで顔を含め全身を隠した、白骨死体―――死体ではない、露出した骨の手がマントの裾から伸び、掌を戦士たちに向けている。

 

 命乞いも虚しく、赤鎧の男の剣が振り下ろされようとしたその刹那、骸骨の視界に白銀の聖騎士が映った。

 

 「あ…」

 

 あっと言う間とは、真にこのこと。

 声帯を持たない骸骨が声を発した直後、4人の戦士達は背後から必滅の斬撃を喰らい、文字通り消滅した。

 

 突然現れた騎士に骸骨は当然の疑問を投げかける。

 

 「何故、見も知らない僕を…?」

 

 聖騎士は赤いマントをたなびかせ、胸を張りながら堂々と答えた。

 

 「誰かが困っていたら、助けるのは…当たり前!!」

 

 

 

 DMMO-RPG YGGDRASIL

 それは一二年前の二一二六年に、日本のメーカーが満を持して発売したゲームであった。

 異様なほど広い自由度、広大な世界、膨大な職業(クラス)、いくらでも弄れそうな外装(ビジュアル)

 爆発的な人気を背景に、日本国内においてDMMO-RPGとはユグドラシルを指すものだという評価を得るまでになった。

 

 ――しかし、それも一昔前のことである。

 

 

 

 吊るされた死体のような形をした木々が来るものを拒み、中にいる者の精神を蝕むような森の中、人影が二つ。

 

 「本当にお疲れ様でした。骨太さん」

 

 「うん、お疲れ様、トラくん」

 

 黄色の頭巾で顔を隠した忍者装束の男、トラくんこと「トラバサミ」と白、赤、黒、ベージュの四色で構成され、まるでロボットのような見た目の全身鎧、骨太さんこと「ラージ・ボーン」が向かい合い、最期の会話を交わしていた。

 

 「終わっちゃうんですね、ユグドラシル」

 

 忍者の立つ方向から、若々しい青年の声が発せられる。

 

 「そうだね。あと20分くらいかな。」

 

 と言いながらロボットは頭部―――兜を取ると、骸骨の顔を晒す。

 

 「ギルド…いや、ギルドそのものよりも、あのギルド武器は…」

 「その事は本当にごめん、僕がもっとしっかりしていれば、ギルドも維持できていたかもしれないんだけど…」

 「骨太さんの所為じゃないですよ!俺も今はほとんどインしてませんし、骨太さんもリアルが大分忙しくなってるって言ってたじゃないですか。100人居たギルメンも今まともに来てるのは骨太さんだけですし…」

 

 「残業するのが当たり前みたいになっちゃって、後輩にそんな姿みせたら、ダメな真似をさせてしまうのは分かってるんだけどね―」

 

 動かない骸骨の口から現実世界での愚痴がさらに加速していく。

 どれも自分自身のダメな部分ばかり。聞いている方はさぞつまらない話のはずなのにトラバサミは明るい笑いを返してくれていた。仮想現実の世界で現実世界の話をする。それを忌避する者は多い。仮想世界にまで現実の事を持ち出さないで欲しい、という気持ちももっともだろう。

 彼らの所属するギルド『アダマス』に参加するメンバーの約束事は一つ。「課金しないこと」基本プレイ無料のゲームにおいて、一種の「こだわり」のようなものだった。 無課金を推奨するギルドであるが故に未成年も少なからず在籍しており、愚痴をこぼそうとする行為は避けられていたが、ある理由から創設者の四名はそれが許されていた。 創設メンバーの一人であるラージ・ボーンもその一人である。

 

 「すみません、骨太さん、俺そろそろ行かないと」

 「そうだね、トラくんは他にも会う人がいるって言ってたもんね」

 「はい、ただ…サービス終了時にインしてたら何が起こるかわからないんで、それまでにはログアウトしますよ。」

 「公式じゃ、問題ないってされてたけど、まぁ、そうだね。わかんないよね。」

 

 「それじゃ、ほ…ラージ・ボーンギルド長、本当にお疲れ様でした。 ギルド拠点が維持できなくなって、崩壊してからもずっとユグドラシルで頑張ってた理由は、俺…わかってますから」

 「ありがとう、トラくん。 あと、もう…『元』ギルド長だからね。 それに、僕はあくまであの人のあとを引き継いだだけだから。 ギルド武器だって…」

 「あの人が引退した後だって、骨太さんがいたから楽しかったんですよ。それはみんな同じです。 他の人たちが引退したのも…」

 

 「ありがとう、トラくん。 ほら、そろそろ行かないと」

 

 「っ… はい、それじゃぁ… 失礼します。 お元気で!骨太さん!」

 

 トラバサミは言葉の続きを無理やり飲み込んだ為に、言葉の節々を詰まらせながら別れの言葉を残し、用意していた転移用アイテムを起動させる。

 

 ラージ・ボーンの目の前は唯の歪んだ木々だけとなる。

 

 「僕もそろそろ、行かないと…」

 

 ポツリと呟いてから、歩き始める。 サービス終了まであと一五分―――

 現実社会での日々に忙殺され、維持できずに拠点としての機能を失い、唯の廃墟に戻った元ギルド拠点、地下都市ゴートスポットの最下層まで、まだ十分に間に合う時間だった。 道中、ラージ・ボーンは身につけた首飾りを握り締める。ギルド総勢100名の努力で手に入れた世界級アイテム。ギルド武器を失った今、これこそが、かつてギルドランキング四八位、無課金縛りではありえない地位にまで上り詰めたプレイヤー達の生きた証であり、大切な人々との思い出の品。

 最盛期には最大値である100名居たメンバーが一人、また一人と引退していく中、当時のギルド長であるラージ・ボーンにそれぞれが持つ最高のアイテムを渡していった。アイテム保持許容量を圧迫しながらも、大切に持っていたそれら一つ一つを確認しながら、元ギルド拠点の最深部を目指す。

 地下都市ゴートスポット。ダンジョンや砦等ではなく、都市である為、移動阻害トラップやダメージゾーン等はなく、最奥まで一直線である為、踏破は容易かった。 ユグドラシルというゲームにおいて、城以上の本拠地を所持したギルドには幾つもの特典が与えられる。ゴートスポットもその範囲内であった。 上位ギルドよりいくらか遅れていたアダマスが拠点として手に入れられたのは、地下都市の入口を発見する為の条件が、ありえない程に高難易度であり、偶然でもなければその条件は揃わないものであった。 その偶然が、ラージ・ボーンの目の前で起きた為である。 条件を知ったギルメンから「やっぱり、運営狂ってるわ」と言われるくらいだ。

 

 そんな元拠点にて、ラージ・ボーンは真っ直ぐに歩を進めていく。

 

 直径一〇km以上の半球ドームを逆さにしたような地下空洞の中心、通称聖殿。ヒンドゥー教の寺院アンコールワットに似た建物の入口を潜る。

 

 「ただいま、ゴートスポット。 ただいま、みんな。」

 

 入口が非常に見つかりにくいという性質から、どうせ誰も入ってこないだろうと考え、引退していったプレイヤー達が、無くなっても困らないが、特徴的なもの―あだ名の理由になった物等―を聖殿の広間に置いていった。それらは一つも欠けることなく残っており、ラージ・ボーンの感傷を誘うには十分だった。

 

 「聖遺物か…」

 

 ラージ・ボーンは思う。

 

 今では中身は空っぽだ。それでも、これまでは楽しかった。

 

 視線を自分の手に握られた武器に向ける。

 

 「僕…」

 

 そして目を向けたのは、アダマス――いや、ユグドラシルというゲームにおいて最強の一角であるプレイヤー。このギルドの発起人である人物の槍武器。

 「センリ」

 次に目を向けたのは実家が和菓子屋をやっているという、アダマス最年少の持っていた魔封じの水晶。

 「ゆべし」

 視線の移動は徐々に速度を増していく。次はオッサンとみんなから呼び親しまれていた、アダマス最年長のセクハラ男爵。

 「カーマスートラ」

 よどみなく、ラージ・ボーンは置かれたアイテムの持ち主であるギルドメンバーの名前を挙げていく。

 「トラバサミ、ふっさふさ、キュイラッサー、赤錆(アササビ)、ハーフブリンク、くらっくす、八極大聖(ハッキョクタイセイ)ドラゴンダイン、まぐなーど――」

 100人の仲間全員の名前を挙げるのにさほど時間はかからなかった。

 今なお、ラージ・ボーンの脳裏にしっかりと焼きついている。その友人達の名前を。

 「ああ、本当に、楽しかった……」

 

 月額利用料金無料であるが故に、始めた当時は未成年だったラージ・ボーンでもじっくり楽しむことができた。アダマスは総勢100名から構成されていたということもあり、人間関係でいろんな出来事があった。 ギルメンとリアルで会う事を非推奨としていたが、こっそり会って、そのまま結婚までしたメンバーもいた。 無課金という気楽さの反面、ラージ・ボーンは食事、睡眠、仕事以外のほぼ全ての時間をユグドラシルに費やしていた。 

 それだけはまっていたのだ。冒険もたのしかった。だが、それ以上に友達と遊ぶのが楽しかった。

 大切な人たちとの大事な場所。

 それが今失われる。

 

 正直、悔しさが残る。

 思い出の場所を守れず、前ギルド長との約束も果たせず、このまま終わっていいのか。

 広間に置かれた一本の槍を拾い、握り締める。単なる一般社会人であるラージ・ボーンにはそれをどうにかできる財力もなければ、コネクションも無い。終わりの時をただ黙って受け入れるユーザーの一人でしかない。

 

 視界の隅に映る時計には23:58。サーバー停止が0:00。

 もう殆ど時間は無い。空想の世界は終わり、現実の毎日が来る。

 当たり前だ、人は空想の世界では生きられない。だからこそ皆去っていった。

 ラージ・ボーンは一人呟く。

 

 「センリさん…ごめん…」

 

 23:59:57、58、59…

 

 ラージ・ボーンは目を閉じる。

 時計と共に流れる時を数える。幻想の終わりを――

 ブラックアウトし――

 

 ―ガシャンッ

 

 突如、身に覚えのある感覚に襲われる。

 強制転移だ。

 

 「…え?」

 

 見慣れた部屋に戻ってきてはいない。

 目の前に広がるのは、見たこともない草原が広がっていた。

 

 「…何が起こってるんだ?」

 

 時間は正確だった。今頃サーバーダウンによって強制排出されているはずなのに。

 

 0:00:54

 

 0時は確実に過ぎている。時計のシステム上、表示されている時計が狂っているとは考えられない。

 ラージ・ボーンは困惑しながらも何か情報はないかと辺りを窺う。

 

 遠くに微かな黒煙が立ち上がっていた…。

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 お気づきの方もおられると思いますが、原作オーバーロードの主人公と重なる部分が多数あります。
 ギルドに対する執着に関しては若干方向性が異なりますが、かなり固執しています。
 そんなキャラクターの思いや気持ちが読んでくださった方に伝われば幸いです。

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 10月11日誤字修正

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