これは、矢瀬基樹の過去の記憶の断片――。
十二歳の春、基樹は兄に呼び出され、キーストーンゲートへと向かっていた。
話を聞くところによると、会わせたい人物がいるとかなんとか。
「誰なんだか……面倒事はごめんだぜ」
一人で呟きながら、人工島管理公社のオフィスに入る。
「なんだ兄貴、会わせたい人って……」
そう言いながらドアを開けると、そこには、異母兄――矢瀬幾磨ともう一人誰かがいた。
「……誰だ?こいつ」
基樹がじーっと見ると、向こうは軽く会釈をしてきた。
すると、幾磨が口を開いた。
「紹介する。本土の組織から送られてきた人材だ。名前は暁霊斗」
「……よろしく」
向こうが手を差し出してきたので、基樹も握り返しながら自己紹介をする。
「矢瀬基樹だ。よろしく」
握手を終え、基樹が幾磨を見ると、幾磨が首肯く。
「では本題に入ろう。二人には、とある人物を監視、及び警護してもらいたい」
幾磨がモニターに映し出したのは一人の少年。
基樹がその写真を見て、まだガキだなと思っていると、霊斗が口を開いた。
「名前は暁古城。俺の兄弟で、今度彩海学園の中等部に編入することになってる。それで、次に見てもらうのは古城の肋骨のレントゲンなんだけど――」
霊斗はそう言うと、写真を切り替えた。
「右の第四、五の肋骨……色が違うのはわかるかな?」
霊斗の問いに基樹は首肯く。
しかし、話が見えてこない。この話がどうやったら自分の監視任務につながるのか――。
「この肋骨は、第四真祖の素体の骨だ」
基樹は、霊斗の突拍子もない話に唖然とする。
なぜなら、第四真祖というのは伝説上の存在、実在しないはずなのだ。
「第四真祖の……しかも素体?どういうことだ?」
基樹は幾磨を見る。
「つまり、暁古城は……第四真祖の血の従者の可能性がある」
幾磨が言うと、霊斗が口を挟む。
「だから幾磨さん、古城は実際にアヴローラの血の従者なんだって……」
霊斗はそう言って、基樹に向き直る。
「……でも、今はただの人間だ。アヴローラが封印されてるからね。だから、君には古城が人間でいる間の監視を頼みたい」
霊斗がそう言って、頭を下げる。
基樹は話をうまく呑み込めないまま、首肯く。
すると、霊斗は満面の笑みを浮かべ、幾磨に向き直る。
「じゃあ幾磨さん、あれを」
「わかった……基樹、受け取れ」
幾磨に差し出された紙袋の中を見ると、カプセル錠が詰まった瓶がいくつか入っている。
「……なんだ、これ」
「彼がお前の体質に合わせて開発した増幅剤だ。副作用もないし、危険性もないが、完璧に安全なのはそれだけだ。追加がほしければ渡すが、そちらは寿命を縮める可能性がある。使いすぎは厳禁だ」
幾磨の台詞に首肯き、基樹はオフィスを後にした。
二年後、秋のとある日。
基樹は霊斗と古城が試合をしているのを見ていた。
一対一の対決。
お互いに一歩も譲らない勝負が続いている。
(一歩も譲らない?おかしいな……霊斗なら普通にやっても古城くらいには圧勝するはず……手を抜いてるな)
基樹はそう考えると、二人の親友のところに向かっていった。
「よう、古城に霊斗。お前らよくこんな暑いなか試合なんかできるな?」
「ん、まぁ……暇だし?」
「俺は暑くて仕方ないけどな……」
古城はさらっと、霊斗は汗だくで答える。
なるほど、霊斗が圧勝できなかった原因は日光にあったようだ。
と、基樹は古城に言う。
「なぁ、古城はもうバスケやんないのか?」
「ああ。高等部のバスケ部は休部中だしな」
古城は素っ気なく答える。
しかし、その言葉の裏には隠しきれない後悔の念が感じ取れた。
そんな空気を払拭するように霊斗が言う。
「もったいねーよな、バスケ以外取り柄がねーのに」
「うっせぇな!ほっとけよ!」
霊斗の冗談に古城が言い返す。
そこに基樹が追い討ちをかける。
「まぁ、バスケやってるときだけは古城も魅力的だからな。女子が釣れる釣れる」
「おまっ、お前!俺の個人情報が漏れてると思ったらお前か矢瀬!」
古城がキレ気味に怒鳴る。
そんな古城を霊斗が押さえていると、基樹には聞きなれた声が聞こえた。
「ごめーん、古城、霊斗。遅くなっちゃって……げっ!基樹!?」
「あ、浅葱……あ、俺邪魔だった?」
基樹がそう言うと、浅葱は顔を真っ赤にして狼狽える。
「んなっ!あ、あんたそういう――」
基樹に掴み掛かる浅葱だが、そこに霊斗の追撃がはいる。
「あー……俺、別ルートで行こうか?」
そんな霊斗に浅葱は近くに転がっていた石を投げつける。
「いたっ!何すんだよ!」
「あんたが馬鹿なこと言うからでしょうが!早く凪沙ちゃんのお見舞い行くわよ!」
浅葱の台詞を聞いて基樹は霊斗に耳打ちする。
「なぁ、凪沙ちゃんまた体調崩したのか?」
「ああ。週末くらいからな」
すると、古城が基樹に聞いてくる。
「なぁ、矢瀬も暇なら来いよ。生贄は多い方がいい」
しかし、基樹は断る。
「悪い、このあとちょっと野暮用がな……」
そう言いつつ、霊斗にアイコンタクトを飛ばす。
霊斗は小さく首肯くと、鞄を背負う。
そのなかには獅子王機関の秘奥兵器が入っているらしいが……基樹は見たことがない。
「んじゃ、俺は行くわ」
基樹はそう言って古城たちと別れた。
ひしひしと感じる厄介事の雰囲気を感じながら。
そろそろこの章も終わりますかね……。
じゃ、また次回。