天音が転移した先は暁深森の研究室だった。
「『あ、いたいた。お母さん、凪沙ちゃんが』」
「あら天音ちゃん、また倒れちゃった?」
「『朝から我慢してたっぽい。多分貧血だってアスタルテちゃんは言ってたけど、念のためにね。あ、あと霊君用のブースト剤もお願いできる?』」
「はいはーい、私に任せなさい。じゃあ、二人……じゃなくて三人は待合室で古城君達を出迎えて」
「わかりました」
「『まっかせてー』」
深森は二人の返事に頷くと、凪沙を抱えて医療棟へと向かっていった。
「じゃあ、俺達も行くか」
「あ、戻ったんですね」
「ああ。ってか天音、急に入ってくんな。びっくりするだろ」
「ごめんね。代わりにほら、霊君用のブースト剤」
「……敵、か?」
「朝、霊君もわかったでしょ?」
「''奴''か……だけど、本当にこの島に?」
「まず間違いないね。ヴァトラーがやられたからね」
「そうか……念のため結界を張ってくる。二人は古城達を待っててくれ」
「霊斗さん?どういうことですか?説明を……」
「すまん、天音に聞いてくれ。急がないと手後れになるかもしれない」
「……わかりました」
「じゃ、行ってくる」
霊斗は建物の外へ走っていった。
アスタルテはそれを見送ると、天音と共に待合室に向かう。
「……霊斗さんのあんなに焦った顔、久しぶりに見ました」
「うん、そうだね……でも、霊君が負ける相手じゃないよ」
「だったら、なんであんなに……」
「確かに霊君は''あの人''には負けないよ。でも、負けないだけ。周囲を護れる保証はないの。霊君が焦ってるのは自分の為じゃない。周りの、無関係な人の為だよ」
「霊斗さん……らしいですね……でも……」
「やっぱり、霊君が傷つくのは見たくない?」
「ええ……霊斗さんは自分の命を軽く見ている傾向がありますから……」
「はは……確かにね。でも、最近はだいぶマシになってるよ」
「もっと酷かった時期が?」
アスタルテの問いに、天音が頷く。
「そう。例えば……ああ、あれが一番酷かったよ。第一真祖と戦った時」
「第一真祖……なぜ戦王領域に?」
「獅子王機関の任務でね。ちょうど二年位前かな。任務中に第一真祖が襲いかかってきたんだよ」
「結果は……?」
「結果だけで言えば''勝ち''になるんだろうけどね……なんせ世界で初めて第一真祖を殺したって言われてたからね」
「殺し……じゃあ、普通に勝ちじゃないですか」
「でも、霊君は何回も死にかけてたからね。その度に呪術で強化してたからね……最後はもう心臓が止まった状態で自分に死霊術をかけて戦ってた」
「そんなの……死んでるのと同じじゃないですか……」
「そう。どれだけ死んでも動き続ける。死んでいるのに相手を殺しに行く……そのときの通り名は……」
「通り名?」
「うん……特に使ってた眷獣が私だったから、周りからは――」
「''獄炎の死神''だろ」
天音の声を遮ったのは霊斗だった。
「霊君……」
「霊斗さん……」
二人が心配そうに呼びかけるが、霊斗は軽く笑って返す。
「気にしちゃいねーよ。あのときはまだ未熟だったってことさ」
「霊斗さん!(ガバッ)」
「な!?アスタルテ!?」
「今回は……いえ、これからは絶対に、絶対に死なないでください……もっと……もっと私を頼ってください!まだ弱いかもしれないですけど、絶対に強くなりますから!」
「アスタルテ……」
泣きながら言うアスタルテに霊斗はそっと言う。
「ありがとう、アスタルテ。でも、強くなんてならなくていい。俺は、お前を守りたいんだ。お前が戦って、傷つくのは嫌だ。だから……」
「霊斗さん……」
「だから、俺は、お前もしっかり守れるように強くなるからさ……それまで、我慢してくれないか?」
「……仕方ない人です。ちょっとだけですからね……」
「ありがとな。アスタルテ、大好――」
「なあ、取り込み中に悪いんだがな、状況を教えてくれ」
霊斗の台詞の途中で割り込む新たな声。
「こ、古城。来たか」
「ああ、少し前にな」
「そ、そうか……凪沙なら大丈夫だぞ」
「天音から聞いた。で、お前らはなんでこんな所でイチャついてんだ?」
「い、いゃぁー、なんのはなしかなぁー」
霊斗が誤魔化していると、キラとジャガンが近づいてきた。
(霊斗様、''あの御方''が周辺に居ます。自分達が交戦してきます)
(わかった。ただし、危ないと思ったらすぐに離脱しろ)
(わかりました。では)
小声でキラが告げると、二人は屋外へと向かっていった。
「で、当然のように浅葱と基樹もいるんだな」
「俺も凪沙ちゃんが心配だったからな」
「ってか、待合室でイチャつかないでよ。恥ずかしいでしょ」
「私もいるんですけどね」
「おう雪菜。いろいろ小さくて気づかなかった」
「セクハラですか?出るとこ出ますよ」
「いや、そんなに出てないと――」
「はい?(ギロッ)」
「申し訳ありません」
「わかればいいんです」
霊斗はふと、アスタルテの方を見る。
「?」
「うん、俺はそんな一部で人を判断しないからな。大丈げぶあっ!?」
「どこを見て言ってるんですか!怒りますよ!」
「殴ったから十分でしょ?」
「まだ足りません」
「わかった!お昼時でお腹が空いてるんだな!よぉーし、社員食堂に行こう!俺の奢りだ!」
「本当に!?」
「浅葱?」
「じゃ、俺も」
「も、基樹?」
「私もー」
「天音?」
「俺もいいな」
「古城?」
「私も頂きますね」
「雪菜さん?」
「もちろん私もですからね」
「ああ、わかってるよ」
「「「「「あれ、反応違くない?」」」」」
「くそっ、もういいよ!全員奢りだぁっ!」
「イェーイ」
喜ぶ浅葱の顔をみて、財布の中を確認しだす霊斗だった。
眠い。
ではまた次回。