では本編をどうぞ。
観測者の宴編Ⅰ
藍羽浅葱はキーストーンゲートの隔壁を潜った。
「はぁ……疲れた……」
つい先程まで、この建物の屋上にはメイヤー姉妹がいて厳重に警備されていたのだが、何者かによって飛ばされてきたのを特区警備隊が確保したらしい。
安堵する浅葱にスマホからモグワイが話し掛けてくる。
『サンキューな嬢ちゃん。助かったぜ。それでよ、もう少し公社に残ってかねぇか?』
「はぁ?なんでよ。そんな面倒な事のために貴重な祭の一日をまた潰せっていうの?」
『そこをなんとか。なんかやべー気がするんだ。北に未確認の島が出現してやがる』
「なにそれ。あんたコンピューターのアバターなんだからもっとしっかり調べてから人に物を頼みなさいよ」
そう言って浅葱はスマホの電源を切った。
その後自宅に戻ろうと思い、駅に向かったのだが。
「うわぁ……メチャメチャ混んでるじゃない……」
先程までモノレールが止まっていた影響なのか、長蛇の列ができていた。
そこで、飲み物を買うついでに店員に聞いてみる。
「あの、モノレールってまだ動いてないんですか?」
「いや、南と東の間は運転を再開したみたいだけどねぇ。北はもうちょっと時間がかかると思うよ」
「そうですか……」
「あんた、監獄結界って聞いたことあるかい?」
「ええ、名前だけは」
「そいつが出たらしいわよ」
店員はそう言って肩を震わせた。
そこで浅葱はモグワイが言っていた事を思い出した。
まさか、その島が監獄結界だということはないだろうと思うが。
そんな浅葱に店員がペットボトルを渡してくる。
「はい毎度。あとこれ、おまけ」
店員はペットボトルと共に飴玉を渡してきた。
しかし、その量がやけに多い。
「混んでるから娘さんとはぐれないようにね」
「は?娘?」
浅葱は首を傾げ、周りを見る。
すると、足元に小さな女の子が立っていた。
その子は浅葱の袖口を掴むと、弱々しい声で言った。
「ママ!」
その一瞬、浅葱の思考が停止する。
店員はなぜか全てを悟ったかのような顔で首肯く。
浅葱はそのまま空を仰ぎ、絶叫した。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
古城達の目の前で監獄結界が崩れていく。
なぜ自分はあの中にいないのだろう。
考える古城の後ろで何かが倒れる音がした。
古城が振り替えると、優麻が倒れていた。
「ユウマ!なんでこんな無茶を!?」
「大丈夫だ、霊斗と空隙の魔女が力を貸してくれた」
「そうだ!那月ちゃんは!?」
那月を探して辺りを見渡すが、そこには別の衝撃的な光景しかなかった。
「アスタルテ、誰だ?その子……」
「恐らく霊斗さんだと思います」
「マジか……」
霊斗が幼児化していたのだ。
恐らく四~五歳くらいだろう。
「俺達と会ったばかりの頃に戻っちまってるじゃねぇか……」
そう言って辺りを見渡す古城。
その視線の先には監獄としか形容できない島があった。
「あれが監獄結界……か?じゃあさっきまでの建物は……!?」
戸惑う古城。
その疑問に答える声があった。
「同じ物だ。あれは監獄結界が那月の夢の中にある時の姿……」
それは火眼の魔女だった。
「だが、監獄結界は那月の夢から現出した。そうすれば我ならば抜け出すのは造作もない」
そんな魔女を見て声をあげたのは優麻だった。
「お母さま……?」
「こいつが……ユウマの母親だと……!?」
「優麻さんと同じ顔……」
「そうだ。その娘は我の細胞から造り出した
「ぐあぁぁぁ!」
「ユウマ!?」
魔女――阿夜が優麻を指差すと、優麻の守護者が現れ、黒く変色していく。
「魔女の守護者を!」
「我が貸し与えた力、返してもらうぞ」
阿夜がそう言うのと同時に、守護者の鎧が真っ黒に染まる。
「あぁぁぁぁぁっ!」
優麻が絶叫し、黒い守護者が阿夜の背後へと移動する。
「ユウマっ!」
古城が優麻を抱き抱えるが、優麻の呼吸は弱く、瞳は焦点があっていない。
「なんてことを……」
雪菜が阿夜に向けて槍を構える。
アスタルテも背後に眷獣を出現させる。
それを見て阿夜が目を細める。
「獅子王機関の剣巫に、第五真祖の従者か……。その娘は我が造り出した人形だ。どうしようと我の勝手だろう?」
阿夜がそう言うと、古城が静かに立ち上がる。
「ふざけんな……俺の親友をこんな目に遭わせて……言いたいことはそれだけか……」
古城の全身から、膨大な魔力が吹き出す。
「っ!」
阿夜が短く息を飲む。
しかし、古城の魔力が眷獣を形作ることはなかった。
古城は胸を押さえて激しく吐血する。
怒りによって、先程の傷が開いたのだ。
「そうか。七式突撃降魔機槍で傷を負っていたのだったな」
阿夜が笑う。
が、その表情が固まる。
別の場所からさらに強大な魔力を感じたのだ。
「……起きたばかりで何があったのかわからないんだがな……」
響いたのは幼いながらも聞きなれた口調。
「仙夜木阿夜……てめーをブッ潰す」
そこには幼くなった霊斗が立っていた。
「霊斗!?大丈夫なのか!?」
「ああ。どうやら
「そうなのか。なら戦えるな」
「それがな……天音、出てこい」
霊斗が天音を喚ぶ。
すると、幼い少女が現れた。
「あー、れ~く~ん!……なんかふんいきかわった?」
「ご覧の有り様でな……」
「納得だわ……」
どうやら霊斗の眷獣まで幼くなってしまったようだ。
「ふっ……第五真祖もまともには闘えないようだな……」
「いや、力の加減が効かないんだが」
「……」
「本気で放ったら監獄結界まで吹っ飛んじゃうからなぁ……」
「第五真祖よ……汝はどれだけ規格外なのだ……」
「あれ?呆れられてる?」
「だが、結界の破壊を望んでいる連中もいるようだがな」
阿夜がそう言うと、監獄結界の壁の上に新たな人影が現れた。
その人数は六人。
「監獄結界の……脱獄囚か……」
「最悪じゃねーか……」
古城と幼い霊斗が呻く。
宴の夜は始まったばかりだ。
なんとなく、霊斗を幼くしたかった。
後悔はしていない。
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ではまた次回!