絃神島南地区。
住宅街が多く集まる地区のとあるマンションの一室が霊斗達の自宅だった。
そのリビングには多種多様な料理が並び、ちょっとしたバイキングのようだ。
なぜこんなにも大量の料理があるのか。
それは、本日この場で叶瀬夏音の快気祝いが催されるからだ。
「夏音ちゃん、退院おめでとう!」
そう言ってクラッカーを鳴らしたのは凪沙だった。
夏音は恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「それじゃあ皆!どんどん食べて!」
凪沙のその一言に図々しく反応したのは矢瀬だった。
「うっしゃー!食うぜ!」
「なんでお前がノリノリなんだよ……」
「おー!旨いな!凪沙ちゃんまた料理の腕を上げたな!」
「そ、そう?ありがとう矢瀬っち」
「ん?夏音は食べないのか?」
「いえ、頂きます」
「んー!美味しい!」
「浅葱、お前どんだけ食うんだよ」
と、一人参加者が見当たらない。
そのもう一人の参加者、築島倫は霊斗の部屋のベッドの下を漁っていた。
「な!なにやってんだ築島ぁ!」
「いやいや、男子ってこういう所に色々隠すんでしょ?お、なんかある……」
「まて!今そのベッドを使ってるのは俺じゃな――」
ズルリ(倫がベッドの下から何かを引摺り出す音)
「ん?これって……」
それは女物の下着(上)だった。
「……霊斗、お前……」(矢瀬)
「ま、まあ年頃の男子だからね……」(浅葱)
「霊斗……」(倫)
「だぁあ!だから今そのベッドを使ってるのはアスタルテなんだよ!俺は使ってないんだよ!」
「はい……使ってるのは私です。その、恥ずかしいので戻してもらってもいいですか?」
「あ、うん。ごめんね」
倫がベッドの下にブツを戻し、リビングに戻ってこようとした時、古城の部屋のベッドの上にあるアルバムに気づいた。
「これは?古城君達の昔の写真?」
「ああ。確か俺達が小六の頃の写真だったよな?」
「そうだな、大分懐かしいな」
「ほんとですね。このころの先輩はかわ……いい?」
「なぜ疑問形?」
「え?この黒髪ショートの女の子誰?」
「え?わかんないのか?」
「わかんないのかって……あれ?黒髪に一房赤髪が混ざってる……」
「ってことは霊斗君かな?」
「まじか!?昔の霊斗がこんな美少女だとは……」
「誰が美少女だコラ」
「その頃の霊斗君はほんとに女の子みたいだったよね」
「で、この子は誰?」
「それはユウマだな」
「ユウマ?」
「俺達の幼馴染みだな」
「へー、結構イケメンじゃない」
「そうだな、あいつは昔から女子に人気だったな」
「霊斗が言えた事じゃないだろ」
「え?」
「え?」
霊斗はなんの事かわからないと言った表情だ。
実際昔は女子のような見た目も相成ってなかなか人気だったのだが……。
((あ、自覚なかったんだ))
古城と凪沙は同じことを思った。
数時間後。
浅葱、矢瀬、倫は終電間際になって帰っていった。
夏音と雪菜は凪沙の部屋に泊まっていくらしい。
霊斗はリビングのソファーの上に横になった。
だが。
(眠れねぇ……)
吸血鬼である霊斗は夜になるとむしろ目が冴えてしまうのだ。
恐らく古城も同じ症状に悩まされているだろう。
霊斗は喉の乾きを覚え、キッチンへ向かう。
すると、夏音が古城の部屋へ入って行くのが見えた。
(何しに行ったんだ?)
霊斗は霧化し、音を立てないように古城の部屋の前に行く。
そこから中の音を聴く。
『お話しというのは、模造天使のことでした』
『天使化していた時の記憶があるのか?』
どうやら、この前の事件の話をしているようだ。
霊斗はソファーに戻る。
と、そこにはアスタルテが座っていた。
「どうした?眠れないのか?」
「その……少し怖い夢を見てしまって……」
「そうなのか。……一人で寝れないのか……?」
「はい……」
アスタルテは恥ずかしそうにしながら言う。
「一緒に寝てもらってもいいですか?」
「ああ……と言いたい所だが、先に雑用を片付けてからだな」
霊斗とアスタルテが会話している間に、古城の部屋から騒ぐ声が聞こえる。
そこに行くと、夏音が古城にチョップを叩き込む瞬間だった。
「ちょっと待てぇ!」
霊斗は空間転移で二人の間に、割って入る。
古城の様子を見るに、鼻血を止める間違った方法が実践される所だったのだろう。
「夏音、それは間違った方法なんだ。命に関わるからな」
「でも、古城お兄さんの鼻血が……」
「任せろ、俺が止めてやる」
そう言って霊斗は古城の方を向く。
「助かったぜ霊斗!」
「助かった?勘違いするな」
霊斗は古城の首を掴む。
古城の頸動脈が締まり、首から上の血流が止まる。
「本当の地獄はここからだ」
古城の顔が段々紫色になっていく。
そこで霊斗は手を放す。
「げほっ、ごほっ!馬鹿野郎!殺す気か!」
「馬鹿はお前だ!自分の妹の友達に欲情するとか、見境なしか!」
幸い古城の吸血衝動は収まっていたので良かったが、あそこで夏音を襲っていたら。
古城は後輩と妹を一度に失っていたかもしれない。
そう考えると、霊斗は怒らずにはいられなかったのだ。
「ったく、これに懲りたら二度とこんなことをしないようにしろ。アスタルテ、行くぞ」
「はい。……古城さん、お大事に」
古城は霊斗の心意に気付いたのか、もう何も言ってこなかった。
霊斗は元自室にアスタルテと共に戻る。
アスタルテがベッドに入るのをみて、霊斗は枕元の床に座る。
「俺はここにいるから」
「……」
アスタルテが不機嫌そうな目でこちらを見てくる。
「……なんだよ」
「そうじゃなくて……一緒のベッドで寝てください」
「断る」
「なんでですか……」
「いや、だってさ……」
霊斗はアスタルテと同じベッドに入ったら、一瞬で理性がトぶ自信がある。
だから、霊斗はアスタルテのお願いを却下した。
大切な人を傷つけないために。
だが、
「吸血衝動が起きても大丈夫です。私は……」
「いいから寝ろ」
霊斗はアスタルテの言葉を遮って言う。
「俺はまだ……覚悟が出来てないからな……」
「……」
霊斗はそのまま、目を閉じた。
すると不思議な事に、すぐに眠気が襲ってきた。
眠りに落ちる直前、アスタルテの言葉が聞こえた。
「……霊斗さんの馬鹿……」
なんとでも言えばいいさ、と心のなかで呟くと、霊斗の意識は眠りの世界へと落ちて言った。
今日はここまでですかね。
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ではまた次回!