では、どうぞ。
霊斗は自宅の前に転移すると、古城に言う。
「古城、ちょっと中に凪沙が居るか確認していてくれ。そのあと、できればアヴローラを連れてキーストーンゲートに行ってくれ。あそこが一番安全なはずだ」
「キーストーンゲートに行けって……お前はどうするんだよ!?」
「MARの研究所に行く」
霊斗はそれだけ言うと、再び空間転移のゲートを開きその中に飛び込んでいった。
取り残された古城はため息をつくと自宅へと入っていった。
空間転移した霊斗は旧南東地区の沿岸部にいた。
その視線の先には凪沙ともう一人別の女性の姿があった。
「あの人は……たしか、
そこまで呟くと、霊斗はため息をついた。
そしてゆっくり深呼吸をする。
「……天音」
「はいはい……どうするの?」
霊斗の背後に表れた天音がそう聞くと、霊斗は穏やかに頬笑みながら答える。
「宴を、壊す」
その答えを聞いた天音は頷き、姿を消す。
天音が消えると、霊斗は騒がしくなり始めた旧南東地区を歩きだした。
その頃、古城はアヴローラを連れてキーストーンゲートを訪れていた。
「アヴローラ、大丈夫か?」
古城が聞くと、アヴローラは控えめに首肯く。
そんな怯えた小動物のような仕草に苦笑しつつ、古城は言う。
「なあ、アヴローラ。霊斗が来るまで展望台にでも行くか?」
古城がそう聞くと、アヴローラは目を輝かせて何度も首肯く。
これに耳と尻尾でもついてたら本当に小動物だな、等と考えながら、古城は展望台のチケットを購入する。
そして、アヴローラを連れてエレベーターに乗り込むと、アヴローラは興奮した様子で階層表示をみている。
「ほら、着いたぞ」
古城が言うと同時にエレベーターの扉が開き、巨大なガラス張りの展望台が視界に飛び込んでくる。
「おおおおおお!!!」
その景色にさらに興奮したのか、怪鳥のような声を上げながら走っていくアヴローラ。
「こじょう!海が見える!」
「いや、結構いろんなとこから見えるだろ……まあ、喜んでくれたんなら良かったよ」
「おおお……これがこじょう達が住んでいる街……」
感慨深げに呟くアヴローラ。
そんなアヴローラの頭を撫でながら古城は言う。
「お前も住んでるだろ?それに、もうすぐお前も登録魔族になって正式な市民だ」
「ずっとこの街にいられる?」
「そうだよ、学校だって行けるぞ」
「学校!こじょうと一緒に行く!」
「さすがに学年は一緒にはできないけどな?でも那月ちゃんが中等部に入れるように手を回してくれるってさ」
古城はそう言って、来るときに持ってきていた紙袋をアヴローラに渡す。
中には新品の彩海学園の制服が。
「こじょう、着たい」
「え……じゃ、じゃあそこのトイレのなかで着替えてこい」
古城がそう言うと、アヴローラは頷いてトイレへと消えていく。
その姿が見えなくなったとき、古城はふと展望台のテレビを見た。
「なっ……」
そこには、旧南東地区で大規模感染が発生した事を知らせるニュースが流れていた。
そして、映し出される感染者の姿。
最後に、割れる感染者の波と――霊斗の姿が。
そこで画面はスタジオに切り替わり、キャスターが何か言っている。
「なんで……あいつが旧南東地区にいるんだ……」
古城が呟くと後ろから、声がした。
「こじょうが来る、少し前……あまねが来た。私たちが、全部終わらせるからって、言って……」
「アヴローラ……」
泣き出しそうな表情で古城のパーカーの裾を掴むアヴローラ。
その制服の前はボタンが外れて下着が見えている。
「……」
古城はアヴローラの発言と格好のどちらを気にするか迷った末、ボタンを留めながら話を聞くことにした。
「なあ、アヴローラ。霊斗があそこにいるって事は、凪沙もそこにいるってことだよな?」
「そう……でも、凪沙はもう、器、違う」
「器?どういうことだ?」
古城が聞くと、アヴローラは古城にすがり付きながら言う。
「凪沙、宴と関係ない!でも、向こうにいたら巻き込まれる!」
「わ、わかった!わかったから落ち着け!」
古城はアヴローラを落ち着かせると、立ち上がった。
「こじょう?」
「アヴローラ、ここにいてくれ」
古城はそう言うと、エレベーターに向かって歩き出そうとする。
しかし、その手をアヴローラが掴む。
「我も行く」
「駄目だ。お前は安全なところに……」
「こじょう」
「……わかったよ。でも、絶対俺から離れるなよ?」
「うん」
そう言うとアヴローラは古城の手を握り直す。
その手が微かに震えているのに気付き、古城はその手を少し強く握り返す。
「よし、行こう」
「うん」
古城はアヴローラとともに再びエレベーターに乗り込んだ。
旧南東地区、その中央にそびえ立つクォーツゲート。
無人の廃墟の中に、若い女のこえが響く。
「ザハリアス卿、お待たせしました」
女――遠山美和の傍らには凪沙の姿がある。
「これはこれは、ミス遠山に暁凪沙さん、よくぞ来てくださいました」
廃墟の奥から表れたのは、痩せこけた中年の男、ザハリアス。
「さて、早速ですが本題に入りましょう。暁凪沙さん、あなたにやって頂きたいことがあるのです」
「わたしに?」
警戒した様子で凪沙がザハリアスを見る。
「あなたには、過去を再現していただきたい――死者の蘇生を」
「なにを言って――」
凪沙がそういった瞬間、轟音が鳴り響いた。
音の発生源はザハリアスの立っていたところ。
そこに、巨大な火柱が発生していた。
そして、突然の事に戸惑う凪沙と遠山の背後から、新たな人影が歩いてくる。
「はぁ……人の妹を勝手に利用しようとしやがって」
凪沙の肩に置かれたのは少し華奢ではあるが、決してひ弱ではない手。
「れ、霊斗君……」
「おう、凪沙。無事か?」
「う、うん」
それを聞いた霊斗は安心したように息を吐くと、空間転移のゲートを開いた。
「凪沙、先に帰ってろ。ここは俺がなんとかする」
凪沙は頷くと、ゲートの中に姿を消した。
それを見届けてから、霊斗は遠山の方を向く。
「獅子王機関の人間がなぜ凪沙を利用しようと?」
「我々は、第四真祖を魔族特区の中に隔離しようと考えました」
「それで、凪沙を第四真祖にして、ここに置いておこうとしたってことか」
「ええ。第五真祖――あなたがいるこの街ならば、第四真祖も確保しておけると」
そう言って遠山は目を伏せる。
「そうか……なら、俺が第四真祖の素体を全部破壊すれば――」
そこまで言った霊斗の顔が苦痛に歪む。
その腹部には鋭いダイヤモンドが突き刺さっていた。
「か……はっ、ザハリアス……てめぇ……」
崩れ落ちる霊斗の背後には巨大な大角羊と、若返ったザハリアスの姿があった。
「第四真祖の……血の従者……」
そう言った遠山を一瞥すると、ザハリアスは静かに言う。
「ええ……私は一番目の血の従者です。そして、第四真祖の器ならば、同じように人工的に産み出された第五真祖の器でも代用は可能。後は
ザハリアスはそう言うと、クォーツゲートの奥へと姿を消した。
あと何話かで、この章も終わりですね。
では、また次回。