夕方、MAR医療棟の一室。
ベッドに横たわっている凪沙が目を開く。
「あれ、古城君に霊斗君?いつきたの?」
凪沙があくび混じりに聞く。
「いまさっきだな。遅くなった」
古城が言い、顔の前で手を合わせる。
そんな古城を茶化すように霊斗が言う。
「まぁ、古城が波朧院フェスタの準備にてこずったせいだけどな」
「うるせぇよ、お前は作業サボったんだから文句言うな」
古城がふてぶてしく呟き、凪沙がそれを見て愉しげに笑った。
「それで霊斗君、浅葱ちゃんから預かりものしてない?」
「ああ、これか。マンガの新刊だろ?えーっと……麻雀に居酒屋グルメ?」
「オッサンかよ……」
霊斗がマンガを渡し、古城がそのジャンルに顔をしかめる。
だが、思っていたよりも元気そうな妹の姿に古城の頬が緩む。
「で、凪沙。いつ頃退院出来るんだ?」
「来週くらいには退院できると思うよ。ただの検査入院だし」
古城が聞くと、いつものように明るく答える凪沙。
「古城君は……霊斗君がいるし大丈夫だよね?」
「俺の信用度低くね?」
凪沙のあまりにも低い評価に落胆する古城。
そんな古城の肩を叩き、霊斗がドンマイ、と笑う。
そんな二人を見て、凪沙がなにかを思い出したかのように言った。
「そうだ。一昨日の爆発事故!凄かったんでしょ?」
凪沙の一言に、霊斗の表情が固まる。
そんな霊斗に気づかず、古城が話を続ける。
「ああ、道路が陥没したりビルの壁がバキバキに割れてたりしたやつだろ」
古城と浅葱が霊斗と別れ、凪沙の見舞いに来た帰りに、通行止めで深夜まで帰宅できなかったのだ。
「たしか、未登録魔族が暴れただかって」
「え、UFOが墜落したんじゃないの!?」
「UFO?」
と、聞き返した古城は、恐らくあの母親だろうと思い、ため息をつく。
「あー、あの母親の言うことは八割方嘘だからな。信用しない方がいいぞ」
「えー、嘘なの?あ、でもでも、古城君たちもあとちょっと時間がズレてたら巻き込まれてたんでしょ?気を付けてね?」
落胆の表情を浮かべた凪沙はすぐにいつもの笑顔になり、古城に注意する。
古城は、頭をかきながら答える。
「いや、気を付けてどうにかなるレベルじゃねぇだろあれは……なぁ霊斗」
古城が霊斗に同意を求めて声をかけると、霊斗の肩がビクンと跳ねる。
「お、おう、そうだな」
霊斗が曖昧に答えると、凪沙が怒ったように言う。
「気・を・付・け・て!」
「わかったよ、気を付けるよ。まぁ、あんな事故そうそう――」
古城がそこまで言ったとき、霊斗が勢いよく廊下に飛び出す。
その直後、研究棟の方からサイレンが鳴り響く。
「くそっ!なんなんだよ今度は!」
古城は窓の外を見て、研究棟の方を見る。
見た感じではまだなにも起きていないが、何があるかわからない。
「凪沙!」
古城が振り替えると、顔を真っ青にして倒れ込む凪沙の姿があった。
「大丈夫か!?今誰か呼ぶから!」
古城がナースコールのボタンを掴んだとき、病室のドアが開いた。
「遠山さん!」
そこにいたのは、母――深森の助手である遠山だった。
「凪沙さんを高度治療室に移動させます。古城さんはこちらの通行証を使って医療棟の裏口から逃げてください」
古城は遠山から受け取った通行証をポケットにねじこむと、遠山に聞く。
「霊斗は!?」
「彼は攻魔師です。侵入者の対策に向かっています」
「ああ、そうか……」
話をしながらも遠山は手ぎわよく凪沙をキャスター付きの担架に乗せ、移動を始める。
「じゃあ、またな凪沙」
「うん、古城君も気を付けてね。あと、制服のクリーニングもお願い。西口の北極舎さんで水曜日の半額セールやってるから、忘れないでね」
「ああ、任せろ」
こんな時でも慌ただしく喋る妹に感心しながら、古城は笑って見せる。
そして、凪沙が運ばれていくと、古城一人が取り残された。
「さて、帰るか――ぐっ!?」
帰ろうとした古城の右脇腹に激痛が走る。
「なんだ……これ……」
様々な状景が脳裏に浮かんでは消える。
そして最後に浮かんだ一つの名前。
「アヴ……ローラ……」
古城が呟くと同時に、轟音が鳴り響いた。
そろそろ、霊斗君の過去についても触れていくべきですかね。
では、また次回。