コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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第86話 「ある日のオデュッセウス」

 目頭が熱を持つ。

 頭がボーとして思考が上手く働かない。

 心がざわめいて何かしらと急いてしまう。

 なのになぜか意識だけははっきりとしている。

 

 パソコン画面を睨みつつ、キーボードを叩く指は止めない。

 私の目の前にあるデスクにはパソコン画面が二つ並び、その内の一つには基礎理論が完成したばかりのフレイヤのデータが映し出され、今はそのデータを元により兵器として不眠不休で纏め上げている。

 別段シュナイゼル殿下から急ぐようにと指示を受けたからではない。

 何かしておかないと落ち着かない程、心が騒めいているのだ。

 

 もう一つの画面にはユーフェミア皇女殿下の写真が張られており、見る度に辛い気持ちに襲われる。

 これもすべてゼロのせいだ。

 エリア11にて反ブリタニア勢力、黒の騎士団を組織し率いた人物。

 ブラックリベリオンでブリタニア軍に敗北し、捕えられ処刑されたと聞いた時は当然の報いだと思った。

 

 ゼロが黒の騎士団なんて作らなければあの優しく、美しいユーフェミア様が亡くなる事なんてなかったのに…。

 

 今でも思い出してしまう。あの日の事を…。

 それでも前を見て生きて行こうと決めたのに。

 

 エリア11にてゼロが復活と再び合衆国日本の建国を宣言した。

 否応なしに当時の悔しさと憎しみ、悲しさが押し寄せて来た。

 

 『もう良いんだよ。ユフィは優しい。そんなユフィは君がこんな事をする姿を見たくないどころか悲しむよ?私だってそうだ。だからもう良いんだよ』

 

 あの日、殿下が優しく囁いてくれた言葉を思い出す。

 私もそう思う。あのお優しいユーフェミア様が敵討ちを望むわけもない。逆に悲しまれるような気がする。これにはオデュッセウス殿下も同意してくれたっけ。

 そうは思っても手は止まらず作業を続けてしまう。

 

 悲しむだろう。

 望んでいないだろう。

 怒るかも知れない。

 それでも私は許すことが出来ない。

 

 反ブリタニア勢力を。

 イレブンを。

 それらを先導したゼロを。

 

 ふと、抱きしめられた事まで思い出して手が止まる。

 顔が見る見るうちに湯気を吹き出しそうな勢いで、耳まで真っ赤に染まった。

 熱を冷まそうと何時淹れたかも覚えていないコーヒーカップに手を伸ばす。一気に飲もうとカップを傾けるも中身はすでに空。あわあわと慌てながら周りを見渡すと後ろから新しいカップが差し出される。

 

 「どうぞ」

 「あ、ありがとうございます」

 

 礼を言って受け取り、一気に飲み干した。

 冷たすぎず、ぬる過ぎずのアップルジュースを飲み干すと一息ついて渡して来た相手へ視線を向ける。

 そこに居たのは微笑みを浮かべていたオデュッセウス殿下であった。

 

 「で、ででで、殿下!?どうしてここに!?」

 「進捗情報を聞きに来たんだけど、ノックしても返事ないし、鍵も掛かってなかったから心配しちゃったよ」

 

 沈下しかかった熱が戻ってきて顔を赤くする。

 慌てて立ち上がろうとした私の肩を押さえて席に座らせる。

 

 「聞いたよ。昨日からずっと籠っているんだって」

 「いえ、その…」

 「無理し過ぎだよ。ほらクマが出来てるし」

 「え、あ…すみません」

 「謝らなくて良いからじっとしておきなさい」

 

 見苦しい所をお見せしてしまったと肩を竦ませると、自分が臭くなっていないかと気にし始める。昨日からずっと作業に没頭していて着替えもしていない。見えないように襟元を引っ張って嗅いでみるが自分では分からない。

 そんな事をしていると目元を覆うように濡れタオルがかけられた。驚きもあったが酷使し続けてきた眼球が濡れタオルの温かさによって和らいでゆく。

 

 「今はゆっくり休みなさい」

 

 そう告げられ、仮眠用に置いてあったタオルケットをかけられると、徹夜続きの疲れが押し寄せニーナ・アインシュタインは意識を手放し、夢の世界へと旅立った。

 眠りの中に落ちて行ったニーナを確認したオデュッセウスは近くのソファにお姫様抱っこで移動させ、起きるまで椅子に腰かけ読書をしながら見守ったのであった。

 

 ……ちなみにその光景をオデュッセウスを探して来たアーニャに見つかりブログにアップされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 アーニャにブログに挙げられて数日後。

 オデュッセウスは帝都ペンドラゴンにある宮殿で執務に没頭していた。

 いやはや大変ですよ。

 日本――エリア11にてゼロが復活した事について処刑したと発表したブリタニア側としての解答や説明書類。 

 スザク君から頼まれたエリア11への援軍の手配。

 ナナリーが総督として着任する書類全般のチェック。

 あと、ルルーシュの策により転げ回り、両足骨折したカラレスを退院後何処に配属させるかなどなど。

 

 特にエリア11関連の書類仕事が多かった。

 まずカラレスの失策で失ったブリタニア軍の補充する為の当てを探さなきゃならない。

 マリーベルが最初に名乗りを挙げたけどマリーの場合は自分の部隊どころか「テロリストなんて皆殺しです」なんて言いながらマリー自身が行きそうなので却下した。さすがに本気の弟妹の殺し合いは見たくない。模擬戦ぐらいなら良いけどさ。

 なのでいろんなところから引っ張ってきて数は用意した。あとはナナリーが総督として着任するので専属騎士団であるイタケー騎士団で主戦力は固められるだろう。なにせ隊長格の四名はギアスユーザーであるしね。

 騎士団長であるアリスはナナリーと一緒に移動するのでまだ本国に居るが、副騎士団長であるサンチアを含んだ騎士団員と増援部隊は先に出発し、今頃はエリア11に向かって飛行している輸送艦隊の中だろう。

 

 あぁ、そういえばナナリーが乗る艦隊には少し荷物の配達を頼んだんだった。

 一つはある人に謝罪を込めて魔改造を施した月下。そしてもうひとつ中身を見られる訳には絶対に行かないもの。それをどう説明しようかなと思っていたが艦隊指揮を執るアプソン将軍が「殿下からのご命令。見事果たして見せます!中身の説明?殿下が望まれないのなら私は詮索いたしません」と言ってくれて私的には良かったのだが、積み荷の中身が分からないものを皇族だからと確認しないというのは如何なものか。まぁ、良いけど。

 

 今回ナナリーが総督になるのと、ゼロがルルーシュではないのかという疑いから枢木 スザクが補佐役として向かい、戦力強化の為にジノとアーニャの援軍を皇帝陛下に頼んで許可を貰ったらしいのだが、二人が空けた戦場の穴埋めを父上様より頼まれてうちの騎士団の一つを手配する羽目に…。

 そして今頃スザク君達はアッシュフォード学園に…。

 ちらっと窓の外へ視線を向けると警備隊の姿が見えて大きなため息を吐き出す。

 学園祭のリベンジをしているからお忍びで向かおうとしたら速攻でバレてこの一室に缶詰。アーニャから送られてくる画像がクッソ羨ましいんですけど!!

 

 なんやかんや積もっていた仕事も終了。

 デスクの前からソファに寝転んで疲れ切った身体を休める。

 ギアスを使えばすぐに良かった時まで戻せるんだけど、癒しのギアスが戻すギアスと知って身体の年齢まで戻しそうで怖いので、最近は極力使用を避けているのだ。

 寝転がっているとドアをノックする音が。

 

 「兄上。キャスタールです」

 「あー…うん、開いているよ」

 

 返事を返しながら上半身を起こす。

 ドアを開けて入って来たキャスタールは嬉しそうに、そして何か期待したような笑顔をしていた。

 最近あちこち飛び回っていたりしていたからこうして直に会う事が少なくなったんだよなぁ。のんびりしたい筈が何故こうものんびりできないのか。いや、のんびりする為に頑張らねばならないんだった。

 立ち上がりデスクの引き出しに手を伸ばす。

 大概ここにはお茶菓子を用意してある。お茶菓子だけではない。私が仕事を行う一室には必ずコーヒーメーカーやブレンドしたコーヒー豆などのコーヒーセットにお茶菓子などを用意するようにしている。いつでも弟妹達とお茶を楽しめるように。

 

 「コーヒーで良いかい?それともジュースの方が――」

 「もしかしてどこか具合が悪いのですか?」

 「そういう事は……いや、そうなのかな。最近身体が痛い事があってね。私も歳かな?考えたくはないけど」

 

 疲れていた自身の体調を見破られ肩をコキコキと音を立てながら回す。

 その様子にキャスタールは何処か残念そうな表情をしたが、すぐに意を決したかのような表情を見せる。

 

 「あ、あの兄上!ボクに何か出来る事ありませんか?」

 「ん?仕事の話かい?」

 「いえ、そうではなくて兄上が疲れているようなので何かできないかなと………兄上?」

 「ちょっとごめん、目頭が熱くなってきて…」

 

 不意に言われた自分を労わって何かをしてくれるという言葉が嬉しくって涙を流してしまった。

 やはり歳かな。涙もろくなったな私も。

 

 「オデュッセウスお兄様。午後の衣装合わせでクロヴィスお兄様がってどうしたんですか?」

 

 ノックと同時にライラが入って来たが涙で前が見えない私は振り向いてだいたいの位置しか分からない。

 泣いているオデュッセウスを見たライラは不思議そうに首を傾げ、キャスタールは大慌てで手をブンブンと降る。

 

 「ボ、ボクが泣かせたわけじゃないよ!?」

 

 ある意味、泣かされたんだがと言う事は無く、持っていたハンカチで涙を拭き取る。

 勘違いされてギネヴィア姉様のお耳に入ったら事だと思って、慌ててライラに説明するキャスタール。

 話を聞いたライラは何かを閃いて案を出して来た。

 

 「マッサージなんてどうでしょうか?よくクロヴィスお兄様も受けてるやつです」

 「クロヴィス兄上が?」

 「そういえばよくマッサージ師呼んでいるね。クロヴィスも視察やなんやらで身体を酷使していたりするからね」

 「だからそれを私たちでやりましょう」

 「「うん?」」

 

 キャスタールと二人で首を傾げていると、デスク前で突っ立ったままのオデュッセウスを押してソファへと移動させ、うつ伏せで寝転ぶように言い、素直にそれに従って横になる。

 すると腰のあたりに手を置いて、グッ、グッと押して行く。

 細い指であるから腰のツボなどに良い具合に当たるのだが、如何せん力が弱く物足りない。それだけでも大変有難く、一生懸命してくれている気持ちは本当に嬉しいのだが。

  

 「どこかおかしいですかお兄様?」

 「いや、気持ちは嬉しいんだけど少し力が…あ!そうだ。ライラ、キャスタール。私を踏んでくれないか?」

 「兄上を踏む!?」

 「踏むなんて…」

 「すまない言葉が足りなかった」

 

 ソファの上からマットの上へと転がり直し、二人に腰を踏んで欲しいと頼んだ。

 恐る恐ると腰の上に片足が乗せられる。続いてバランスを取りながらもう片足が乗った。体重が乗った足のひとふみひとふみが凝り固まった腰を和らげて行く。

 思わず抜けた声を出してしまうと気持ち良かったんだなとキャスタールとライラが嬉しそうに踏んでくれる。踏むたびに「いっちに、いっちに」と可愛らしく声を出すので耳まで幸せになってしまう。

 あー…気持ち良すぎて眠気が襲ってくるよぉ…。いっそこのまま寝てしまっても良いかぁ。

 

 「おいキャス!俺を置いて兄上の所に―――って何してんだお前ら?」

 「げぇっ!パラックス!?」

 「げぇとはなんだ。げぇとは」

 「本当に何してんのよ」

 「えへへ、お兄様を踏んでいるの」

 「見れば解るわよ」

 

 瞼を完全に閉じかかっているといつの間にかパラックスとカリーヌが部屋に来ていたらしく、眉を潜めながらこちらを見つめていた。

 

 「で、何で二人して兄上を踏んでるんだよ」

 「マ、マッサージしているんだよ」

 「お兄様が疲れているようでしたから」

 「確かに踏まれるたびに気持ちよさそうな顔をしていらっしゃるもんね」

 「待ってカリーヌ。その言い方では誤解を生んでしまう……いや、わざと言っているね?」

 「まっさかぁ」

 

 シスコンやブラコンなどタグがすでにあるのだ。別段Sという訳ではないがМでは無い筈。すでに天子との婚約が決まりそうな時点でロリコンのタグが付きそうなのにこれ以上増やしてたまるか。

 面白そうに眺めながらふ~ん…と呟いたパラックスは俺も兄上にマッサージしたいと言ってくれたので、足裏を踏んでもらう事に。するとカリーヌも「私だけ除け者?」と呟いたので前世で見たアニメをふと思い出し、軽く頭を踏んでもらう事に。

 思った以上に気持ちよくて瞼が重くなり、眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 本日ナナリーの事で会議が行われるというのに一向に現れないオデュッセウスに対してギネヴィアは不審に思い、自ら足を運んでいる。

 会議に出席するのはナナリーに専属の騎士アリス、カリーヌにクロヴィスとライラ。それと本国に戻ってきているパラックスにキャスタール、オデュッセウスなど皇族がほとんどである。クロヴィスとライラ、カリーヌは時間通りに来たというのにオデュッセウス兄上が何時まで経っても来ない。

 常駐している者を向かわせても良かったのだがライラが呼びに行ってきますと言ったので任せるとライラが帰ってこない。その次にキャスタールが来ない事と兄上が来ない事は関係していると考えたパラックス、そして一緒に行くわとカリーヌが迎えに行ったのだがその二人も帰って来ない。

 それで気になったギネヴィア自ら足を運んでいる。

 

 オデュッセウスが使っている一室の前を固めている警備隊が視界に映る。

 入室前にライラ達の事を聞いてみると兄上と一緒に室内にいるという。これでお茶会でもしていたらなんと言ってやりましょうか。会議の事を忘れている事よりも自分達だけで兄上とお茶を楽しむなど羨まし………コホン、言う事は前者だけで良いですね。

 

 「兄上、失礼致します」

 

 誤魔化す隙を与えないよう、意表を突く形で最低限ノックと声掛けだけを素早く済ませてドアを開ける。

 目に映ったのはマットの上に転がっているオデュッセウス兄上の腰の上に立って居るライラとキャスタール。兄上の足裏に自身の足を合わせて足踏みしているパラックス。そしてあろう事か兄上の頭を踏みつけているカリーヌ。

 視界に映ったものに対して理解が及ばず膠着してしまった。それはライラ達も同じであったようで石像のように目を合わせたまま固まってしまった。

 

 数秒の静寂が流れ、パラックスとカリーヌが真っ先に動いた。

 大慌てで左右に分かれギネヴィアの横を通り過ぎて通路へ。その後をライラとキャスタールが追い掛ける。

 いきなりの事と動揺で動けなかったギネヴィアが動き出したのは四人の背が通路の端に差し掛かってからだった。

 何をしているのだあの四人はと呟きながら、横たわったままのオデュッセウスに近づき揺さぶる。

 

 「兄上、オデュッセウス兄上」

 「う~ん…」

 

 揺すっても起きない様子に苦笑を漏らしてしまった。

 よっぽど疲れが溜まっていたのだろう。最近は色々と執務でお忙しそうだったから。

 デスクの上に目を向けると山のように積み上げられた書類があり、あれだけの量を済ませていたのかと感心する。

 昔から何かしら無茶をする。その上で他の者には無茶をするななどと気に掛けるのだから質が悪い。

 

 マットを敷いていると言っても寝るにしては固すぎる。

 なにか頭を乗せるものは無いかと当たりを見渡し、ふとクロヴィスがユーフェミアが兄上に膝枕をしていた云々の話をしていたのを思い出した。

 

 辺りを警戒しつつさっと見渡す。

 窓の外には警備隊の者が立って居るがこちらには背を向けている。ドアは入った際に閉めたので問題はない。

 高鳴る心音を抑えつつ、マットの上に座り込む。

 誰も見ていないと思いつつまた辺りを確認し、荒くなりつつある呼吸を整える。

 

 最後に大きく息を吐き出して覚悟決めて、起こさぬようにゆっくりとオデュッセウスの頭を上げ、膝の上に乗せる。

 呼吸のたびに動くオデュッセウスに起きていないなと安堵する。

 

 幸せそうな寝顔を眺めているだけでどこかホッとする。

 いつも危ない事に首を突っ込んでは何事もなかったように帰って来る。それで周りがどれだけ心配しているか。耳にタコが出るほど周りの者から同じことを何度も言われているというのにそれでもまた何かしらに首を突っ込んで…心配で仕方がない。

 それでも本気で止める事は出来ない。

 少なくとも私には…。

 弟妹を、友人を、誰かを助けようとする兄上を止める事は出来ないし、それで動くのが兄上なのだと知っている。だから止めようがないのだ。

 まったく私もどうしようもないブラコンだなと笑みを零す。これでは兄上の事を笑えない。

 

 「少しはご自身を大事にしてくださいね」

 

 そう呟きながら優しく頭を撫でる。

 スヤスヤと気持ちよさそうに眠り続けているオデュッセウスと二人っきりのゆったりとした時間を過ごすギネヴィアだったが、いつまで経っても戻って来ない事に不審がったクロヴィスに見られてしまい、ライラ達に言う筈だった説教を受ける事になるとは微塵も思わなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに会議の内容はナナリーが皇族としての初仕事&お披露目で着飾るドレスの話であり、疲れを癒されて全快したオデュッセウスが完成品を見て「こんなにスカートが開ける構造だと車椅子に座った時に下着が見えちゃうでしょうが!!」と全力でデザイナーを叱りつけていたのであった。


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