コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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第62話 「決戦に向けて」

 聖ミカエル騎士団総帥シン・ヒュウガ・シャイング卿。

 現在ユーロ・ブリタニアの頂点に立った男だ。

 ユーロ・ブリタニア宗主のヴェランス大公は神聖ブリタニア帝国皇帝に対する反逆罪で、軍師ジュリアス・キングスレイ卿の手により幽閉された。

 次に皇帝陛下より全権を委任されたキングスレイがユーロ・ブリタニアの指揮権を握ったと貴族や将兵は予想したのだが、予想はその日のうちに覆された。

 シャイング卿が大貴族・貴族を招集した緊急会議でキングスレイ卿がエリア11を騒がせた賊のゼロで自分が処刑したと言ったのだ。しかも話はそれだけでなく、ユーロピア共和国連合どころか本国にまで刃を向ける話に貴族達は反対しようとする。が、彼はその場にあるものを持参した。

 

 聖ウリエル騎士団総帥のレーモンド・ド・サン・ジルの首である。

 文字通りの生首を見せ付けられた貴族達は息を呑んだ。シャイング卿は本国に亡命を図った聖ラファエル騎士団と聖ガブリエル騎士団にも同様に部隊を送りつけ、騎士団は敗残兵のように逃げたとの事。

 これが事実だとすれば聖ミカエル騎士団に逆らえるほどの有力な騎士をユーロ・ブリタニアは失った事になる。

 かくしてユーロ・ブリタニアの貴族達は嫌々でもシャイング卿に従う事となったのである。

 

 聖ミカエル騎士団がヴァイスボルフ城を攻略する為にユーロピア共和国連合へと向かい、ヴェランス大公を幽閉している屋敷の警備が騎士団の手練れから一般の兵士に移行された。ミカエル騎士団はシャイング卿の意のままに動くようだが、全軍がそうであるわけは無い。自分らの象徴であり総大将を隔離するなど気分が良い筈もなく、士気は低い。

 その隙を突いて動き出した者達が居た。

 

 屋敷周辺を警備していたサザーランドが銃撃を喰らって倒れた。一機倒された事で開いた隙間を埋めようとグロースターが出るが突撃してきた緑色のカラーリングを施されたグロースター・ソードマンの一刀で吹き飛ばされ大破した。すでに防衛不可能な状態で他方向から攻撃を受けている警備のナイトメア隊は戦力不足を実感していた。

 死をも恐れぬ突撃をする緑色のグロースター・ソードマンを止めるほど士気の高い者は討たれ、士気の低い者は押し退けられ、屋敷への侵入を許してしまう。屋敷に突入したのは緑色の塗装を施されたサザーランドに青色の塗装が施されたグロースター・ソードマンとサザーランドの合計六機であった。

 屋敷内には様子を窺っていたヴェランス大公と大公を庇うように前に出たミヒャエル・アウグストゥスの姿があった。近くには侵入者に抵抗しようと発砲する警備の兵士が居たがナイトメアで当たらぬように射撃したら即座に逃げ出した。

 

 「何者か!?何の目的があって襲撃した!ヴェランス大公と知っての狼藉か!!」

 

 自身の命も惜しまず大公を守らんと前に出るミヒャエルに青のグロースター・ソードマンの騎士は大公への忠義に尊敬の念を抱きつつコクピットより降り立った。

 サザーランドが付近を警戒する中で緑色のグロースター・ソードマンの騎士も降り立ち、姿を目にしたヴェランス大公は目を見開いて驚いていた。

 

 「ご無事ですか大公閣下!」

 「お迎えに挙がりました」

 

 片膝をついて深々と頭を垂れたのは聖ラファエル騎士団総帥アンドレア・ファルネーゼ卿と聖ガブリエル騎士団総帥ゴドフロア・ド・ヴィヨン卿であった。

 二人の様子に大公の命を狙った賊ではないと判断したミヒャエルは一歩下がり、大公の斜め前で待機した。

 

 「ファルネーゼ卿にヴィヨン卿…何故ここに。それにこれはどういう事か?」

 「ハッ、我々は大公閣下を救出に参りました」

 「ここに居ては危険です」

 「そうか。私を重んじての行動…感謝の念を抱かずにはいられない。しかし私はユーロ・ブリタニアの宗主。不当とは言え逃げ出すわけには行かぬ」

 「大公閣下…どうかご自愛下さい。そして無辜の民とユーロ・ブリタニアすべての者の為にここは意思を曲げて頂きたく存じます」

 「どういう事かファルネーゼ卿」

 「現在ユーロ・ブリタニアはシャイング卿に乗っ取られております」

 「シャイング卿が!?」

 「はい。キングスレイ卿を殺害し、聖ミカエル騎士団以外の四大騎士団に奇襲を仕掛け対抗できる戦力を削り、貴族達を脅迫して実権を握っております」

 「なんと…もしやここに居ないジルは…」

 「聖ウリエル騎士団は奇襲を受けて壊滅…ジル卿は死亡が確認されたと…」

 

 信じたくも無い事実に驚きを禁じえないヴェランス大公はふらふらとよろめき、ミヒャエルが労わる様に支える。

 すでに困惑している様子の大公にさらに事実を告げなくてはならない。ファルネーゼは重い口を開く。

 

 「シャイング卿はユーロピア共和国連合どころかブリタニア本国にも戦いを仕掛ける気のようです」

 「馬鹿な!本国と共和国…双方を相手にすればユーロ・ブリタニアは…」

 「そうです!ユーロ・ブリタニアを救うためにはヴェランス大公の存在が欠かせないのです。現在我々の騎士団も奇襲を受けて半数近くがやられました」

 「どうか!どうか我々と一緒に来て頂けませんか」

 

 真剣な二人の眼差しを受け取った大公は大きく頷いた。

 

 「分かった。我らが同胞、多くの無辜の民、そしてユーロ・ブリタニアの未来の為、この身を預ける」

 

 返事を頂いたファルネーゼは大公を追従したサザーランドへと案内し、自らは護衛に当たる為に付近の警戒に務めながら撤退に務める。

 大公救出の為に行動した騎士団に伝えていた通りに囮役も兼ねての撤退を命じた。ファルネーゼは部下に死ねと命じたに等しい言葉に心苦しく感じるが、伝えられた部下達は大公とユーロ・ブリタニアの為にと受け入れてくれた。自身の部下にこれほどの忠誠を誓った者らが居る事に涙して感謝した。

 

 「総帥!追撃です!あと行く手に展開しようとしている部隊が!」

 「くっ…大公閣下を助け出せたというのに。相手が真にユーロ・ブリタニアの騎士なら我等の言葉に耳を傾けぬ訳は無い。オープン通信で――」

 「それが先行した部隊の報告ではリバプールの大部隊だと…」

 「リバプールだと…シャイング卿め…端から聖ミカエル騎士団以外は信用していなかったという事か」

 

 相手が有人のナイトメアフレームならば良かったが、戦車のキャタピラ部分に足を取り付けただけの二足歩行戦車リバプールは無人機でプログラムによってのみ行動する。説得どころか対話も不可能。

 退路を断たれ、前後を挟まれた事に歯を食いしばる。

 

 『ファルネーゼ卿!ここは我らが何とかする!』

 「ヴィヨン卿!?」

 『聖ラファエル騎士団は大公閣下を連れて離脱しろ。正面の部隊と追撃部隊は我ら聖ガブリエル騎士団が相手をする』

 「なにを申される!散らばった部隊をかき集めるのならまだしも、ここにいる卿の部下は四機のみ。それに卿は…」

 

 確かにリバプールは簡易的な動きしか取れない為に騎士団の騎士が遅れを取ることはまずありえない。だが、数に押される状況なら話は別である。それだけ優れた騎士でも圧倒的な物量の前では飲み込まれるしかない。しかもヴィヨン卿は聖ミカエル騎士団の奇襲から逃げる際、腹部を被弾されている。今だって無理をして大公救出の為にナイトメアに搭乗しているのだ。これ以上の無理は命に関わる。

 

 『ファルネーゼ卿…私は卿から襲撃情報がもたらされなければジル卿のように殺されていただろう。だから卿には心の底より感謝している。大公閣下を守らんが為にこうして最後まで戦える事を!』

 「ヴィヨン卿…まさか死ぬ気か…」

 『大公閣下の為ならばこの命惜しみはしない!行けファルネーゼ卿!!……大公閣下のこと、お頼み申す…』

 「心得た…私の命に代えても護ってみせる!!」

 

 正面を塞ごうと展開していたリバプールの大部隊にヴィヨン卿のグロースター・ソードマンを中心とした五機のナイトメアが突っ込んで行く。対応すべくリバプールが動いて、陣形を整えられなかった事で大公を連れたファルネーゼ卿は突破する事ができた。

 

 『これで後顧の憂いはなくなった。我が通信を聞く聖ガブリエル騎士団の騎士達よ!騎士団総帥ゴドフロア・ド・ヴィヨンが命じる!ユーロ・ブリタニアの為!我らが大公閣下の為に!命を捨てて敵を討て!!』

 

 後方の映像を出せばきっと銃撃を受けながらも戦っているグロースター・ソードマンの痛々しくも勇猛果敢な勇姿が映る事だろう。

 だが、決して見ない。

 振り返らない。

 きっと振り返ってしまえば自分は助ける為に戻るだろう。さすれば命をかけて戦っているヴィヨンの志を無碍にしてしまう。

 それだけは出来ない。

 騎士の誇りをかけて大公閣下を護る使命を託されたファルネーゼは進むしかない。

 涙を流し、前だけを見て進むしかない。あの眼帯で片目を隠した者が伝えてくれたように進むしか…。

 

 

 

 

 

 

 wZERO部隊は窮地に立たされていた。

 シン・ヒュウガ・シャイング卿率いる聖ミカエル騎士団が本拠地であるヴァイスボルフ城近くに陣取り、防御壁を展開したが為に脱出する事も困難。そもそも徒歩で敵性ナイトメアが潜む森林地帯を抜けるなど難しい。

 対抗するナイトメアもあるにはあるが訓練を多少受けた警備部では精鋭である騎士団の相手は荷が重過ぎる。さらに相手は騎士団でこちらは五機居るかどうかで物量でも劣っている。

 アキト達ワイバーン隊が顕在なら打開策もあったのだが未だ連絡はつかず。

 

 打てる手立ては二つ。

 一つはヴァイスボルフ城の防衛システムを起動させて時間を稼ぎ、救援到着まで篭城して耐え凌ぐという手だが、それは救援があってこそ成り立つのであってwZERO部隊に救援部隊が来る事はありえない。

 

 ワイバーン隊が飛行船で交戦中にスマイラス将軍と連絡がつき、レイラは自分が知り得た情報とユーロ・ブリタニアの目的を説明し、事態の収拾を願い出たのだがスマイラスはブラドー・フォン・ブライスガウの血を引くレイラこそが相応しいと返したのだ。

 今自分に出来る事をしよう。それが最善だと考え自分の想いを、考えをヴァイスボルフ城よりユーロピア全土に中継して伝えた。その言葉は荒れ狂っていた民衆を鎮め、不安がっていた市民には希望を植え付け、暴徒と化していたユーロピア市民は落ち着きを取り戻すばかりかレイラの言葉で強い熱を持ってしまった…。

 それがスマイラスの策略と知ったのはつい数時間前の話である。

 スマイラスはヴァイスボルフ城からの通信網をすべて遮断し、レイラがユーロ・ブリタニアの攻撃を受けて亡くなったと偽りの情報を流したのだ。レイラという希望を与えてくれた存在を失ったと知った市民をスマイラスが煽り、誘導して悲しみと不安をユーロ・ブリタニアに対する怒りへと変え、一気に掌握したのだ。

 軍内部も将軍の軍事政権が実権を握り、ユーロピア共和国連合軍はユーロ・ブリタニアへの攻勢に出る。

 

 …つまりレイラはスマイラスが政権を握る為に利用され、wZERO部隊はユーロ・ブリタニアの実権を握ったシンを引き付けるだけの餌にされたのだ。

 

 wZERO部隊の仲間を助ける為に最後の策であるユーロ・ブリタニアへの降伏を行なう。レイラと共に行くのはwZERO部隊副指令であり、自分がスマイラスとユーロ・ブリタニアとの橋渡しをしていたスパイと名乗り出たウォリック中佐。

 スパイと白状したところでレイラは罰する気はなかった。状況が状況であったし、娘さんの医療費の為だと理解出来たからだ。

 すでに見捨てられた部隊…降伏案と共に握られているのはアポロンの馬車を含んだwZERO部隊の機密事項を手にしていた…。

 元々降伏など認める気などシン・ヒュウガ・シャイングにはないと言うのに…。

 

 

 

 レイラとウォリックがシンとの交渉へと向かう様子を高高度より覗いている者がいた。

 ジュリアス・キングスレイが用意し、シンがワイバーン隊諸共破壊できるように爆弾を仕掛けた超大型飛行船【ガリア・グランデ】。その飛行ユニットである動力炉とフロートシステムなどの爆発の影響を受けなかった所同士を繋いだ簡易の飛行船。というか飛行船に見せる為のハリボテだった外装がなくなっただけなので、今の姿のほうが本来の姿だったりするのである。

 

 「んー…ねぇ、リョウ。城からボートが出てきたよ」

 『ボートだぁ?』

 『行き先は分かるか』

 「多分だけど少し離れた遺跡のあたりかな」

 

 狙撃用のスナイパーライフルを構えたアレクサンダのコクピットよりユキヤが答える。

 現在ガリア・グランデには五人の搭乗者がいる。

 四人はワイバーン隊の日向 アキト、佐山 リョウ、香坂 アヤノ、成瀬 ユキヤ。そして残る一人はガリア・グランデ内でアキト達と交戦した【アシュラ隊】隊長のアシュレイ・アシュラだ。

 当初敵だったが飛行船が自爆した時に命を落とし掛け、それをアキトが救ったことで恩義を感じ、シンとアキトの話を聞いてシンを止められるのはアキトしか居ないと判断して行動を共にすると言い出したのだ。一番は自分ごと箱舟を爆破したシンに怒っているのがあるんだろうけど…。

 

 『どうしてそんな所に?』

 「誰かがそこに居るみたい」

 『みたいって見えてるんじゃないの?』

 「これだけの高度があって正確に映し出せられるほど狙撃用のスコープも万能ではないからね。最大まで拡大した映像に熱源センサーで解析しているだけだから誰かまでは分からないよ。でも…」

 『ブリタニアか』

 『え?ブリタニアってどういう事!?』

 

 ユキヤと同じでアキトはすぐに理解したがアヤノはどうも分かっていない様だ。

 モニターに映るリョウは舌打ちし、アシュレイは苦々しい顔をして苛立っている事から理解している。という事は…。

 

 『攻められて防衛に周ったはずのヴァイスボルフ城から誰かに会いに行くなど状況は限られる』

 「一番に考えられるのは降伏案だよね。今あそこに戦力らしい戦力はないから」

 『それってかなり不味いじゃん!』

 「アヤノだけだよ。理解してないの」

 『茶化さないでユキヤ!』

 「大丈夫だって。ねぇ、アキト」

 『ああ、問題ない』

 

 腕を組んで柱にもたれていたアキトが自身のアレクサンダに向かって歩き出す。

 アレクサンダには飛行船に取り付く際に使用された滑空用の装備が残されている。ただアノヤだけ戦闘中に廃棄してしまったが為にリョウ機に掴まって降りなければいけないが。

 

 『待てよアキト。俺も乗っけてけ!』

 『乗って行ってどうする』

 『シャイング卿に一言言わなきゃ気がすまねぇ』

 『コクピットは狭い…アレクの背にしがみ付けるか』

 『おう!』

 

 コクピットに跳び乗ったアキトはアシュレイが乗りやすいように四つん這いのインセクトモードへと移行し、アシュレイが背に跨る。

 横目で降下準備を始めている二人を確認するとスナイパーライフルを構える。映像ではボートが遺跡がある小さな小島に乗り付けられ、両者が話し合っているであろう事が窺える。

 ライフルの弾頭にそこから少しずれた座標を入力する。

 

 『先に行く』

 「りょーかい。動きがあったら援護はするよ」

 

 アシュレイを乗せたアキトのアレクサンダが飛び降りる。

 映像を睨むように見つめ、映る人たちに動きがあった事を知る。

 城から来た二人と待っていた複数人が距離を取った。二人を取り囲むように展開した事から話し合いが上手く行った様子はない。つまり交渉決裂…。

 爆風で二人にも危険が迫るだろうが死ぬ事はないと自身を持ってトリガーを引く。

 放たれた弾丸は入力された座標に百分代までずれる事無く着弾した。あとはアキト達が何とかするだろう。

 

 『さぁて俺らも行くか』

 「そうだね。ボクはこいつを落としてからだけど…っとそうだった」

 

 アレクに搭乗したリョウからの無線に返事を返しつつ、足元に置いてあった長方形の箱を手に取る。

 飛行船に残っていたサクラダイトや燃料をふんだんに使用して作った爆弾。中にはユキヤが解除した飛行船に取り付けられていた爆弾も使用している。原材料が大変な危険物の為に爆発すれば飛行船は完全に吹き飛ばせるぐらいの高威力を持たせる事に成功している。

 後はプログラムを入力するだけで―――と作業を開始したところでwZERO部隊に連絡を入れることを思い出した。

 敵を騙すには味方からという言葉があるように飛行船が自爆してからアレク達が送信していた情報をすべてカットしたのだ。アヤノだけが皆を騙すことから最後まで文句を言っていたが必要な事なので押し切った。

 

 「もしもーし、皆。聞こえてる?」

 

 アレクサンダのビーコンを入れなおしながら無線で呼びかけを行なう。

 

 「こちらワイバーン隊。聞こえていたら答えてよぉ」

 『ユキヤ君!?』

 「やぁ、サラ。久しぶり」

 

 安堵した声に頬が弛む。

 頬が弛む?

 そう疑問を持ったユキヤはすぐに回答を得た。リョウやアヤノ達だけが仲間だった筈なのに何時の間にかまた仲間と呼べる存在を得ていたんだと笑む。

 

 『でも!どうして今まで通信してこなかったのよ!』

 「ごめん。でも敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ」

 『酷いよ』

 『心配させて…』

 

 皆からの言葉が心地よく感じる。それだけ自分が想い想われている事を実感する。

 

 『そうだユキヤ君。司令達が…』

 「あの小島に向かったの司令だったんだ」

 『うん。司令と中佐がって知ってたの?』

 「こっちから見てたからね。誰かまではわからなかったけれど…そっちにはアキトが行ったから大丈夫だよ」

 『ほんと!』

 「ああ、じゃあボク等も降りるから後でね」

 

 ヴァイスボルフ城への通信を切ると横に並び立ったアヤノ機から視線を感じる。すでにリョウはその横で降下準備を終えていた。

 

 『で、どうしてアシュレイって奴を信用するのさ』

 

 何か睨まれていると思ったらそんな一言が飛び込んできた。

 まったく解り易過ぎるよ…。

 

 「嫉妬はよくないよアヤノ」

 『なぁ!?誰が誰に何だって!!』

 「アヤノは解り易過ぎるんだよ。もう少し感情を抑えないと恋の駆け引きは出来ないよ」

 『へぇ~、まさかユキヤにそんな事を言われるなんて想像もしなかったな』

 

 言い返さず腕を組んでモニター越しに睨んでくるが動揺が顔に現れて歪んでしまっている。

 一人会話に参加しなかったリョウは我関せずといった感じで楽な姿勢で待機していたが降下予定時間が迫った事で姿勢を正して操縦桿を握りしめる。

 

 『アヤノ。時間だ降りるぞ』

 『帰ったらじっくり話そうなユキヤ!』

 「はいはい」

 『じゃあ先に行ってるぜ』

 「了解。予定通りに降りるから」

 『あ!そうだユキヤ。オデュから言伝があったんだ』

 「オデュから?」

 

 あのお婆さん達の一団にいた人物。

 面倒見が良く、レイラが何か仕出かさないか一番頭を悩ませていたっけ。

 

 『飛行船から飛び降りるような事があったら攻撃したらすぐに全力で退避するようにって』

 「なにそれ?予言か何か?」

 『さぁ?じゃあ、下で待ってるから』

 

 リョウ機にしがみ付いてアヤノ機も降下する。

 こうして残されたユキヤは予言っぽい言葉をとりあえず頭の隅にでも押し退けて、地上をスキャンする。地図情報に観測気球を用いたデータを照らし合わせ、下でヴァイスボルフ城へと進軍する一団を捉える。

 飛行船がその上空付近に差し掛かるのを待ち、手にした爆弾を投下する。

 

 「しょうがないよね…これ、戦争だから」

 

 呟いて数秒後、地表近くまで落ちた爆弾は蓄積された引火物に火を灯して、巨大な爆発を起こした。全滅する事は無理でもかなりの被害を出す事は出来ただろう。もし出来てなかったとしてももう何個か同じ爆弾がある。これを落とせば良い…

 

 「ごめんね。ボクは仲間を守らなきゃいけないんだ」

 

 二個目に手を伸ばそうと思った瞬間、コクピット内に警報が鳴り響いた。

 

 ―――全力で退避するように…

 

 アヤノが伝えてきた言葉が脳裏を過ぎり、そのまま空へと飛んだ。

 下方より緑色に輝く高熱源が迫り、アレクサンダの横を通り過ぎて飛行船の動力炉に直撃、貫通しながら爆発を引き起こしていった。

 

 「迎撃!?しかもこんなに早く…」

 

 苦々しく様子を窺ったユキヤだったがすぐに翼を展開しながら操作に集中する。

 直感だけで飛び降りた為に飛行船の下方へ降りてしまったのだ。上から爆発した破片が降り注いでくる。

 破片を回避しながら合流地点に向かうが小さな破片が翼を傷つけてゆく。

 

 「くっ!このままじゃあ…―――ッ!?」

 

 大きな破片が掠めて翼が少しだけ折れた。少し折れただけで空気抵抗のバランスが崩れて思うように降下できない。機体があっちやこっちに揺さぶられ、何とか操作しようとするユキヤの身体を大きく揺さぶる。

 揺れの中で頭を強打し、気を失いかけるが何とか気力だけで耐える。

 

 ――なんとしても皆の所へ帰るんだ。

 

 心の底から強く願いながら操縦桿に手を伸ばす。

 迫る地表に死を感じずには居られなかった。

 

 

 

 機体に衝撃が走った。

 それば地面に激突した荒々しいものではなく、まるで威力の低い銃撃を受けているような点での衝撃。

 痛む頭を押さえながら機体の状況を確認するとダメージは受けているものの降下体勢に戻ったようだ。そして正面のモニターには森林を素早く移動しているオレンジ色のナイトメアらしきものが映っていた。

 木々をクッションにして衝撃を和らげ、地面に激突しそうになったユキヤのアレクサンダをオレンジ色の機体が抱き抱え、ユキヤを守るように下敷きになることで衝撃をかなり防いでくれた。

 

 途絶えそうな意識の中、コクピットが開かれ誰かがこちらを覗いている様子が窺える。視界がぼやけてだれだか分からない。

 

 「大丈夫かいユキヤ君!?」

 「あれ…この声は…」

 「頭を打っているね。他には複数の打撲かな…大丈夫だよ。君は助かる。だから今はゆっくりお休み」

 「…うん……そう…させてもらう…ね…」

 

 相手がユーロ・ブリタニアの兵士なら自分がどうなるか分からない。

 そんな危険が脳裏を過ぎりながらもとても穏かで温かい気持ちで心が安らいでいく。

 どこか聞き覚えのある声にしたがってユキヤは言われたまま瞼を閉じ意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴンの軍専用空港に航空艦隊が集結しつつあった。

 旗艦としてテスト飛行を終えたログレス級浮遊航空艦グランド・ブルターニュ、艦隊指揮下にグランド・ブルターニュの護衛を務めたカールレオン級浮遊航空艦ローラン、アストルフォ、オリヴィエの三隻。それと同カールレオン級浮遊航空艦ルノーにオジエ、さらに急遽観艦式を行なっているグリンダ騎士団のグランベリーにオデュッセウスの座乗艦である浮遊航空艦アヴァロン級二番艦ペーネロペーを加えた合計八隻の艦隊。

 艦隊総司令官を務めるシュナイゼル・エル・ブリタニアは並んだ航空艦を見渡せる一室で紅茶を飲みながら眺めていた。

 

 「急遽集めたにしてはかなりの戦力が集まったものだ」

 「はい。これだけの規模の航空艦隊となるとブリタニア初でしょう」

 「出来ればアヴァロンもと思ったのだが戦力過多だったね」

 

 カノン・マルディーニの返答を受けながら、笑みを浮かべる。

 兄上から連絡を受けた時は驚いた。まさか援軍を求められるとは思っても見なかったからだ。

 しかしこれはとてもよい話だ。ブリタニアにとってはかなり…。

 

 「ナイトメアの積み込み状況はどうなっているのかな?」

 「現在トロイ騎士団、ユリシーズ騎士団、テーレマコス騎士団のオデュッセウス殿下お抱えの三つの騎士団のナイトメアの積み込み完了。後の部隊は現在積み込み中で終了は深夜帯になるかと…ですが出発時刻は早朝のままです」

 「であれば何とか間に合いそうか」

 「しかし宜しかったのですか?これほどの大戦力でのユーロピア侵攻…ユーロ・ブリタニアの面目は丸つぶれですが」

 「そうだね。でもこれぐらいしておかないと後が厄介だからね」

 

 本来ならユーロ・ブリタニアとの関係悪化を恐れてこれほどの大戦力で行く事など論外。

 だけれども今回は大義名分が成立する。

 神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニア直属の軍師をエリア11を騒がせたテロリストと偽り、ユーロ・ブリタニア貴族内だけとはいえ垂れ流したのだ。しかも軍師は現在実権を握っているシン・ヒュウガ・シャイング卿が始末したと言う。これを黙っている訳にはいかないというのがブリタニアの見解である。

 

 「何と言っても兄上がご自分の騎士団を使っても良いからと仰られたのだから」

 「確かに…あのオデュッセウス殿下が騎士団の使用許可を与えるほどなのですから相当切迫しているのでしょうね」

 「特にユーロピア共和国連合の動きもある。大規模侵攻の動きもあるとすれば今回の私達の遠征は後の牽制にもなるだろう」

 

 ここで誤解が生じている。

 確かに電話でオデュッセウスは騎士団の使用を許可したが全騎士団とは一言も言っていないのだ。

 現状ユーロ・ブリタニアはシャイング卿により暴走気味、ユーロピア共和国連合は暴徒化した民衆をとある少女が纏め、少女の死が民衆を悲しみと怒りの渦へと叩きつけ、スマイラス将軍の軍事政権が団結させユーロピアを乗っ取って情勢が激化する恐れがある。それを鑑みてすべての騎士団の使用を許可されたと勘違いしているのだ。

 

 ちなみにシュナイゼルはスマイラス将軍にある疑いを持っていた。

 今回の流れを考えてみるとおかしな点が何箇所か見受けられる。

 元ブリタニアの貴族でありユーロピア共和国連合に亡命したブラドー・フォン・ブラウスガウの忘れ形見のレイラ・フォン・ブラウスガウの演説は残っていた父親の市民への影響力と彼女の言葉自身の力があった事は確かだ。あれだけの人の心を純粋に言葉と想いだけで惹きつける人物はブリタニア支配下全土を探しても一人居るか居ないかだろう。

 

 しかしそのレイラの死には疑問を抱かずにいられない。

 ユーロ・ブリタニアはユーロピアよりブリタニアに亡命した貴族の末裔。神聖ブリタニア帝国を本国と呼んでいるが多くの者がブリタニアを良く思っていないのとユーロピアを奪還後は独立を考えていると聞く。ゆえに諜報部が動向を探る為に幾人も諜報活動に勤しんでいる。ブリタニア宰相の地位もあって情報を取得するのは簡単だった。

 宗主が拘束されたり、キングスレイ卿の姿を確認出来なくなったり、聖ミカエル騎士団総帥が実権を握ったなどの情報を入手した。中には聖ミカエル騎士団がレイラが居るとスマイラスが公言した基地らしき方向へ進軍したというものもあったが、戦死したという日と異なる。

 それに戦死を宣言して軍部を自らが率いる軍事政権が奪った話や用意してあったかのようなユーロ・ブリタニアへの進行計画…。

 そこから考えられる可能性は影響力を持っているレイラを利用し、自らが政権を掌握したというもの。それもかなり前から周到に準備していたと見られる。さらにはユーロ・ブリタニアと繋がっていた疑いすらある。

 

 「にしても…兄上は何処まで見据えていらっしゃったのだろうね?」

 「はい?」

 「いや、なんでもないよ」

 

 そう呟いて滑走路に新たに着陸した小型の輸送機を見つめる。

 中から降ろされたのは二機のナイトメアフレーム。武装こそ違うものの金色に輝く二つの機体はサザーランド系と異なったシルエットを晒した。

 

 「これだけの航空艦隊に皇帝最強のラウンズを二名もとは…まったく」

 

 シュナイゼルは笑みを浮かべながらカノンが紅茶を注いだカップに口をつける。


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