コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
エリア11――日本は北海道・本州・四国・九州・沖縄の五つに分かれている。それぞれが海に隔てられて移動するにも航空機か船が必須となる。それぞれが別々の国に近いのと、もし何かあっても援軍として本隊を動かそうとしても移動が簡単な陸路が使えないためにそれなりの軍備を備えなければならない。
しかし、今のエリア11には酷な話だ。
「良い眺めじゃないか」
エリア11キュウシュウブロックの最大の要害であるフクオカ基地の全域が見渡せる管制室より、ひとりの男性が頬を緩めて悦に浸っていた。
髪の毛が乱れないように固めて、黒のスーツを着こなす細身の中年男性は基地内に並ぶナイトメアを満足そうに見つめて大きく頷いた。
「さすがですな曹将軍」
曹と呼ばれた白や小豆色のゆったりとした服装を着たロン毛の男性は細かく部下に指示を出してゆっくりと近付く。
「いやいや、ここまで上手くいったのも貴方方の仕込があったからでしょう」
「確かにそれもあるでしょう。ですが曹将軍、ひいては中華連邦の力添えあってこそ。感謝しますぞ」
細身の中年男性――元枢木政権の官房長官だった澤崎 敦は亡命していた中華連邦より祖国であり、神聖ブリタニア帝国に植民地とされている日本に帰ってきた。大きな武力と災いを持って…。
他の国もエリア11をその流体サクラダイト保有量から喉から手が出そうなほど欲している。中華連邦もそんな思惑を持った国の一つで、七年前から準備を進めていた。澤崎 敦ら数名の政府関係者の亡命を受け入れたのもそうだ。彼らを旗印にして武力による侵略ではなく、日本人を味方につけブリタニアからの独立を狙う。勿論ブリタニアから独立させるだけで中華連邦の傀儡とする気だが。
七年待ったかいもあり、現在のエリア11のブリタニア軍はかなり疲弊していた。ナリタで主戦力の大半を失い、片瀬捕縛作戦では水中騎士団ナイトメアの多くが破損。ゼロの活躍が報道されるたびに同じ日本解放を志すレジスタンスが暴れて被害は拡大していった。
「只今戻りました」
「おお、片瀬少将。どうでしたか?」
管制室の扉をノックして入ってきたのは日本解放戦線の総大将を努めていた片瀬 帯刀だった。中華連邦に亡命しようとしていた彼は、手土産であった流体サクラダイトを放棄してどうするか悩んでいた所を話を聞いた中華連邦によって無事亡命したのだ。好意などではなく日本解放戦線の指揮官という肩書が欲しかった。
現在フクオカ基地は澤崎を旗印にした日本・中華連邦連合軍が占拠している。港には中華連邦が用意した日本の旗を掲げた揚陸艇に護衛艦、輸送艇が所狭しに並んでいた。上陸作戦を行なうには出来るだけキュウシュウからの砲撃やミサイル攻撃を緩和する必要がある。それを担当したのが黒の騎士団に合流しなかった日本解放戦線の生き残りだ。彼らは自分らの上官である片瀬の号令に従い動き、命を賭してまで任を全うした者までいた。結果、上陸部隊はほとんど無傷で上陸、易々とフクオカ基地を占拠したのである。
「藤堂は合流せずと…」
「なんと!?中佐が合流しないとは」
「はぁ、藤堂は義理堅い性格をしておりますからな。黒の騎士団でもいろいろあったのでしょう」
「合流しないと言っても黒の騎士団も日本を憂いている同志。今すぐではないにしてもいずれは来るでしょう」
残念であるが仕方がない。無いものは無いで今ある者らで何とかするしかない。
キュウシュウブロック全土が映し出され、各部隊の動きが示されているモニターの前へと移動する。自軍は青色の凸で、ブリタニア軍は赤い凸で表示されていた。曹将軍も片瀬少将も寄って眺めるが嬉しそうに微笑みながらどこか呆れた表情をしていた。
「世界屈指の軍事国家と言ってもこんなものとは」
曹将軍が言うのもわかる。すでに連合軍は佐賀に長崎、大分を完全に支配化に置き、熊本・長崎の半分まで進行していた。キュウシュウ防衛のブリタニア軍も抵抗らしい抵抗もなく逃げ出しているのだ。ナイトメアの数で圧倒され、何処からか現れるレジスタンスの奇襲に何度もあえば疲れ、恐怖も覚える。それにコーネリアなら兎も角、地方の守備隊など士気も低いのだろう。
今まで苦渋を味わわされてきた片瀬はその言葉に眉を顰める。
「油断は禁物です!相手はあのブリタニアですぞ。しかも戦上手のコーネリアがいつまでも黙っているわけがない」
「確かにそうでしょうな。それはこちらも予想しております。ゆえに本州に繋がる橋をすべて落としたのではないですか」
「陸路が無くとも空輸……海上輸送だって」
「空路ならここからミサイルを発射。海路でくるならば陸地よりの砲撃で何とか成るでしょう。すでに上陸作戦阻止の為のキュウシュウ外縁に防衛部隊を展開している。問題はありませんよ片瀬少将」
「気持ちは分かるが仲間内で争っても日本は独立しないぞ」
言う事ことごとくを曹将軍に言い返され、澤崎に諌められて口を閉じた。
まったくと呆れながら時刻を確認する。そろそろかと管制室を後にする。それほど乱れてないがスーツを整えながら笑みを浮かべる。これよりエリア11全土に日本の独立を宣言するのだ。
長きに渡って待ちに待った想いを乗せて。
日も傾き、夕暮れから夜へと変わる頃、政庁の副総督用の執務室のテレビより何度目か分からないニュースが流されていた。
『我々は此処に正当なる独立主権国家日本の再興を宣言する!!』
宣言を行ったのは枢木政権の官房長官を務めた澤崎 敦。日本の独立を謳いながら背後の格納庫内には中華連邦主力ナイトメアの鋼髏(ガン・ルゥ)が所狭しと並んでいた。ナイトメアに詳しくない者から見れば武力的な脅威しか映らないだろう。しかし、知っている者からすれば武力的脅威は勿論のことだが、ブリタニアに勝っても支配者が中華連邦に代わるだけだと理解しえよう。
余談だがオデュッセウスはガン・ルゥが嫌いである。
胴体と頭部を一纏めにした大きな身体より短い手足がついているようなデザインや、両腰に付けられた固定式キャノンとアーム型固定式マシンガンのみの武装しかないとかを言っている訳ではない。そもそもガン・ルゥは技術的に不十分なのである。身体を大きくしすぎたのと支える技術がない為に二足歩行ではなく、取り付けられた尻尾のような支えが必要となっている。射程は良いのだがそれを除いたステータス全ては現行のナイトメアに対して劣っている。
武装や技術力云々よりも問題は脱出システムを搭載していない事だ!コクピットハッチが前を向いている事から身体の前側がコクピットなのは明らか。相手に後ろを向けて戦うなら問題ないかもしれないが、前を向けて戦うのだから全高のほとんどを稼いでいる身体部分に銃弾は直撃するだろう。その瞬間パイロットの死亡が決定する。このパイロットの命を軽視した構造が好きになれない理由だ。
まぁ、これには中華連邦との考えの違いが大きいのだが。道徳以前に優れた兵士を育成するには多額のお金と時間を浪費する。壊れてもすぐに生産できる機械と違い替えがすぐにはきかないのだ。ゆえに死なないようにパイロットの生還率を上げるのは道理だろう。しかし、中華連邦のナイトメアのガン・ルゥはほとんどの面で劣り、戦術は個に対して集団で攻めて数で圧倒する。つまりはパイロットの技量はさほど重要視していないのだ。中華連邦の人口が他国に比べて多すぎるのと政を司る大宦官が民の命を軽視しているのもあってパイロットより安値で技術的にも簡単に作れるガン・ルゥに重きがいってしまった結果である。
沈んだ表情でテレビを眺めているユーフェミアは大きなため息を吐き出した。
『お前の行動一つでどれだけの危険が伴うのか分かっているのか!!』
神根島から政庁に帰ってからコーネリアに言われた一言だ。心配させてしまったこともあって盛大に怒られた。確かに自分が動けば周りも動かなければならず、それだけでも多くの人に迷惑をかけてしまった。
まぁ、お姉様が怒っているのは私を心配していたのを除けば周りの人をどうのこうのではなく、お兄様を巻き込んでしまった事だけだったが…。
気分が沈んだのは怒られた事や周りに迷惑をかけてしまった事もだが、さらにスザクから騎士の証を返された事も大きい。
神根島からトウキョウ租界へと帰る途中に澤崎のニュース見てから暗く思い詰めた感じがあった。どうしたのかと気にはしていたのだが政庁に帰ってすぐに知った。
『僕は父を殺したんです』
詳しくは話してくれなかったが私でも理解出来る事はあった。どんな理由があろうと実の親を――人を殺してしまった。それに対する後悔の念は相当のものだったろう。彼は幼き日からその事を悔やみ、重荷を背負ってきたのだ。スザクはそんな自分には資格が無いと言って騎士の証を返還したのだ。
私は思い悩むスザクに対して何も言えなかった…。
誰かに相談しようにもシュナイゼル兄様は中華連邦への対応に追われ、コーネリア姉様は軍を率いてキュウシュウブロックへ向かい、クロヴィス兄様はコーネリア姉様の手伝いに行っているし、オデュッセウス兄様は途中で姿を晦ましている。
感情がさらに沈み、雰囲気がどんどん暗くなる。
ナリタで崩壊したブリタニア軍を立て直せたユーフェミアだったが現状出来ることがないのだ。キュウシュウの対応にしても軍を率いる事はコーネリアの方が向いており、中華連邦という大国との外交を任せられるほど経験や知識をシュナイゼル以上に持っていない。彼女が無能という訳ではなく、普通に優秀な彼女よりも優秀な人材が居てやることがないのだ。しかも、式根島の事もあってコーネリアは外出禁止令を出している。さすがにオデュッセウスのようにこっそりと抜け出すような真似は出来ない。大人しく普段の書類仕事をするしかなかった。
何度目かのため息をつくとドアがノックされた。
「はい。何でしょう?」
「失礼致します副総督。お客様が来ていますがいかが致しましょう?時期が時期ですし…」
「私にですか?シュナイゼル兄様ではなく」
「はい。しかもオデュッセウス殿下より招待状を持っております」
「分かりました。こちらではなく私室のほうにお通ししてください」
「畏まりました」
報告した者は頭を下げて執務室から出て行く。書類仕事も区切りも良い所だし、ペンを置いて自身の私室へ向かう。私室と言っても政庁内で寝泊りする部屋というのではなく、休憩時間や人と会う時に使うような部屋だ。先に着いたユーフェミアはソファに腰を下ろして客を待つ。ドアをノックして現れたのは学生服姿の同い年ぐらいの女の子だった。
「し、失礼します。私、ニーナ・アインシュタインと申します」
「あら?貴方は…」
見覚えがある顔にすぐに思い出した。河口湖のホテルジャック事件で日本解放戦線の兵士に乱暴されそうだった女の子。助けようとしたが動く前にオデュッセウス兄様が助けた。すぐに助ける事が出来なかったと悔やんでいる事を伝えた。それを兄様が覚えていてくれたようだ。
「えっと、あの…」
「こちらにどうぞ」
「あ、失礼します」
ガッチガチに緊張したニーナに向かいのソファに座るように促す。座ったのは良いが両膝に手をついてから緊張のあまりに手が震え、目の焦点が合ってない。
「そんなに緊張しないで」
「は、はい」
「あの時はすぐに助けてあげられなくてごめんなさいね」
「いえ、そんな…ユーフェミア様に比べて何もない私なんかの為になんて」
「私はそんな立派な人間じゃないわ」
震えながらもどんどん顔が俯いていくニーナの言葉に申し訳ない気持ちになっていく。比べられるほど自分が優れた存在では無い事は自身がよく分かっていた。ナリタの一件も兄上が以前に教えてくれなければ何も出来なかっただろう。ギネヴィア姉様やコーネリア姉様、オデュッセウス兄様やシュナイゼル兄様などに比べたら私なんて…。
「姉達に比べたら全然駄目で…」
「駄目じゃありません!!ユーフェミア様が駄目だなんて。私なんか良い所なんてひとつもなくて…本当に何も…綺麗じゃないですし」
「そんな事ないわ。貴方とっても可愛いのに」
彼女の言葉から自分が嫌いなのが見て取れた。いや、私と同じで自分に自信が持てないのだろう。
ふと彼女の言葉から得た印象にスザクが重なった。スザクも自分が嫌いなんだ。そう思うといろいろ心の中でかちりと何かがかみ合ったような感じがした。今まで悩んでいた悩みがスゥーと消えていった。
ホッとした気持ちでニーナを見つめるとキョトンとした顔をされていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、オデュッセウス殿下も同じように仰られたので…その」
「お兄様も?」
「はい。そ、そうなんです。他にも…えっと、あの…」
オデュッセウス兄様との事を思い出してかどんどん顔が真っ赤に染まって行く。あまりに微笑ましくて自然に頬が弛んでしまう。
「ありがとうニーナ。貴方に会えて本当に良かったわ。なんか分かっちゃいました」
すっきりした心情でユーフェミアは立ち上がり、満面の笑みを浮かべた。
キュウシュウブロックで澤崎が事を起こしてからゼロ率いる黒の騎士団は決断を迫られていた。
ナリタ連山での戦いでバラバラになった日本解放戦線は、全員が合流する前にリーダーの片瀬少将が中華連邦に亡命。日本から離れる事に反対した藤堂と藤堂寄りの兵士達、残された部隊も黒の騎士団に合流。黒の騎士団内には多くの日本解放戦線出身者が居り、片瀬が澤崎と共に居る事で合流したいと思っている者が出ている。
まぁ、ゼロの考え的には合流すべきではないと結論を出しているが。
アレはどう見ても中華連邦の傀儡。日本人にとって日本の名だけを取り戻せても何の意味も無い。それにルルーシュとしても困る。日本の解放は黒の騎士団が行い、その功績を持って上に立ってブリタニアに対抗できる力にしたいのだから。
澤崎と合流しないのならそれなりの行動に出ないといけないのだが、合流せずに反対する声明を出すだけでは弱い。出来るなら澤崎と中華連邦の目論見を崩すぐらいの事をしなければ。
現在ゼロは式根島でゲフィオンディスターバの副作用でステルス性を高めた潜水艦でキュウシュウブロック、フクオカエリアに来ていた。ステルス性が上がったといっても長時間居れば見付かる可能性が高まるが中華連邦は制圧できてないナガサキに主戦力を集中、余剰戦力は制圧エリアの防衛の為に配置されていた。配置されたといっても占領した範囲が戦力に合わないので実質足りてない。おかげで監視が緩くなってこうもあっさり上陸でき、見付かってもいない。
だが、これは確実にブリタニアの計略だろう。キュウシュウブロックの守備部隊では防衛は困難なら本州からの援軍がくるまでの時間稼ぎを望むだろう。しかしこの動き方はコーネリアではない。確実にオデュッセウスの策だ。以前に戦略指導で聞いた覚えがある。
『侵攻軍に対してこちらが数で負けているなら数を減らせば良いんだよ』
当時の俺は防衛の策を述べたが兄上は最初から防衛を捨てていた。語られた戦略は敵にわざと撤退している事を悟られないように抵抗しつつ後退。制圧していく範囲が増えていくたびに兵力を配置せねばならず、最終的には数は減る。しかも撤退した戦力を一箇所に集めれば戦力の密度が増え、背水の陣で覚悟も決まる。対して侵攻軍は勝ち続け調子に乗って油断も生まれる。
「兄上の事だ。他にも何か考えているのだろうな」
元は魚の解体工場だった廃工場で古びた椅子に腰掛けるゼロはぼそりと呟いた。
神根島から戻る途中にライより渡された紙に書いてあった日時と座標が今日のこの廃工場だったのだ。罠かも知れないし、もし呼び出しにしても澤崎の件で来ない可能性だってある。が、オデュッセウスのことを調べていくとエリア11に来る前は中華連邦に滞在しており、その時の繋がりで今回の澤崎の行動を知っていた可能性がある。ありえない事かも知れないがあの兄上なら有り得る。
『ゼロ。俺だ』
「扇か。どうした?」
『そっちに近付いている奴が居る。捕縛するか?』
「いや、私の予想通りならその必要もないだろう」
『じゃあ…』
「通せ。周辺の警戒を厳にしてくれ」
ゼロは立ち上がって入り口を見つめる。
この廃工場付近は黒の騎士団団員を伏せており、何があっても動けるようにしている。撤退ルートも準備し、先に罠がないかも確認済み。ナイトメアが攻めて来ても藤堂と四聖剣の月下も隠れて待機している。
暗闇の中をひとりの男性が現れた。最初は暗くて誰か識別できなかったが雲から顔を覗かせた月の光がその者を照らした。
「ほう!遣いが来るとは思っていたがまさか貴方が来るとは…
神聖ブリタニア帝国第一皇子、オデュッセウス・ウ・ブリタニア」
月明かりに照らされたオデュッセウスは片手を挙げながら微笑んでいた。