コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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第15話 「ブリタニア本国にて」

 僕は何もかもが憎い。

 

 母上の命を奪った奴が憎い!ナナリーの光を奪った奴が憎い!俺達兄妹を捨てて母上が死んだというのに何の感情も見せないあの男が憎い!俺達を外交の手段としてしか見ていないあいつらが憎い!この世界が…ブリタニアが憎い!!

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの生活はある日を境に一変した。神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの皇妃のひとりであり、ルルーシュとナナリーの母親であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが亡くなったからだ。病死や寿命などではなくテロリストにより殺害されたのだ。殺害現場は警備が帝国内で特に厳しい宮殿内。そんな宮殿内にテロリストが侵入して誰にも目撃される事なく逃げ果せるなどありえない。幼いながらも聡明な彼は、誰かが手引きした事は明らかであることを見抜いていた。

 

 マリアンヌは庶民出で。その生まれを嫌う貴族・皇族は多く居た。姉や妹ではギネヴィアやカリーヌ、皇妃で言えばギネヴィアとクロヴィスの母親がそれだろう。疑えば疑うほど容疑者が増えていく。

 

 テロリストの襲撃から翌日には父上であるシャルル・ジ・ブリタニアに謁見を求めた。が、結果は思いもよらないものだった。

 

 『それがどうした』

 

 母の死を告げると何の感情もなく冷淡にそう答えたのだ。さらに子供をあやしている暇などないと突き放された。あの男には哀悼することさえないのだろう。ふつふつと沸き起こった怒りに身を任せて皇位継承権を放棄すると宣言してしまった。これには父に対する怒りも含まれていたが、後ろ盾のない子供の身で皇族内を生き残れるほどブリタニアは甘くない。継承権を放棄する事で継承争いに巻き込まれないようにしたかったのだが、宣言に対して淡々と今までの現状と今起こっている現実を突きつけられ外交の道具として日本行きを言いつけられた。

 

 母上が撃たれた現場にはナナリーも居り、その際に足を負傷し車椅子生活を余儀なくされた。それよりルルーシュが気に病んだのは幼いナナリーが母親の死を目撃して心に大きな傷を負った事だ。その傷はナナリーの目を閉ざすだけの深い傷となった。なのに足の治療が完治するまで居る事も許されずブリタニアから追い出されるように日本に向かう事になってしまった。

 

 あの男が戻るまでは…。

 

 神聖ブリタニア帝国で一番大きな病院の個室に僕は居た。ベッドには目を隠すように包帯を巻かれたナナリーが座っており、日本行きを遅延させた男が傍らに居る。

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 昨日まで日本に外交で向かっていたブリタニア皇族第一皇子である。母を嫌う皇族内で数少ない母と親しかった皇族であり、僕たち兄妹の母違いの兄である。

 

 ブリタニア皇族に恨みの感情しか持たなかったルルーシュだがオデュッセウスだけにはその感情を持てないでいた。帰ってきたオデュッセウスは母の遺体と対面して涙を流しながら詳細を耳にした。皇帝である父上に帰った報告をするより先にナナリーに面会してまた涙を流した。その後の動きは早かった。予定を放棄して帰ってきた報告をする為の謁見の場でルルーシュとナナリーの日本行きに反対したのだ。当然の事のように皇帝は拒否するとナナリーが落ち着くまでは日本行きを遅らせるように頼み込み、何とかその条件だけは飲ませたのだ。病院の費用も日本に行くまでの生活費はすべてを持ち、ナナリーの病室の警備は第一皇子の騎士であるノネット・エニアグラム卿率いる親衛隊が行なっている。

 

 今まで気に入らないと冷たい態度をとっていた兄上に対して感謝の念しかなかった。ない筈なのだが…。

 

 「ナナリーの足がぁ~、目がぁ~」

 「兄上。いい加減静かにしてください」

 

 面会に来るたびに本気で泣き続けられ、悲しみに暮れていたナナリーが逆に励ます側に回っていた。と言うか五月蝿い。本気で五月蝿いのだ。

 

 「うぐっ。ひっく…だっで~」

 「まったく…そんなに五月蝿くされては治るものも治りませんよ。あとベッドを涙で濡らさない。ナナリーも笑ってないで言いたい事があれば言ってやればいいんだ」

 「いえいえ、こうやって見舞いに来てくれて私は嬉しいですから」

 

 事件当日は塞ぎ込んでいたナナリーだったが兄上が見舞いに来てから徐々に回復してきた気がする。傷がではなく心がだ。別に目が見えるようになったとかではなく、少しずつ再び笑うようになって来たのだ。

 

 「失礼します。廊下まで声が響いていますよ」

 

 呆れ顔で入室してきたエニアグラム卿の言葉を聞いてハンカチで目を覆いながら帰っていくのが見慣れた光景になって来た。が、今日は違った。涙目だが残念そうな表情をして兄上が立ち止まったのだ。どうしたのかと顔を顰めながら次の動きを待つ。

 

 「ここに入ってから二週間が経つね」

 「そうですね」

 「実は一週間前から父上に日本に行かせるように催促されててね。何とか遅らせて来たのだがこれ以上は…本当にすまない」

 「いえ、謝らないでください。兄上は僕たちの為にいろんな手を打ってくれたのです。感謝する事はあっても憎んだり、恨んだりする事は絶対にありません。それよりオデュッセウスお兄様にご迷惑をお掛けして」

 「本当にありがとうございました」

 「ルルーシュ…ナナリー…」

 

 やっと収まりかけた涙を再び滝のように流して大声で泣き始めた。本当に困った兄上だ。

 

 「毎日電話するから!何度でも何十回でも電話するから!!」

 「せめて月一でお願いします」

 

 そんなやり取りの三日後にルルーシュとナナリーは外交の道具として日本に渡ったのだった。

 

 

 

 ナナリーの病室から自分の執務室に戻ったオデュッセウスは、デスク前の椅子ではなくソファに腰を降ろすと泣き崩れた。自分はなんと無能なのだろうかと嘆くことしか出来ない。

 

 私は知っていたのだ。マリアンヌ様が亡くなる事もナナリーがああなってしまった事も、それを行なった黒幕が誰であるかもだ。だが、私はその日が近付いている事を忘れ、日本行きにはしゃいでこの様だ。だからと言って自分に何が出来ただろうかと考えると何も出来なかった。V.V.を止めようにもオデュッセウスの力では止める事は不可能であり、もしも止められたとしてもマリアンヌを暗殺しようとした事実を父上様が知れば、下手すればブリタニア軍とギアス嚮団の戦争になりかねない。

 

 事件を防げなかった罪滅ぼしとして父上様に二人の日本行きの中止、もしくは時間稼ぎの為の入院の交渉を行なった。何とか入院の許可を貰えたことは僥倖だった。そもそも日本行きは本気で中止させる気はなかった。このブリタニアに居ればV.V.に狙われる可能性があるから遠くに逃がす必要があったからだ。そしてこの二週間はナナリーの病室に通って『癒しのギアス』を発動させまくった。涙を隠すために伏せていたのはギアスの紋章が浮かび上がるのを見せない事も含まれていたのだ。

 

 この事件で生活を一変したのはルルーシュ達だけではなかった。アッシュフォード家もだった。確かにオデュッセウスと共に売り出したプチメデは順調に売れてはいるが、ガニメデの開発計画が無に帰したのだ。これはマリアンヌ皇妃が亡くなった事が大きいのだろう。マリアンヌが上へ上がっていくと後ろ盾だったアッシュフォードも上がっていった。両者は命綱を繋ぎ合って崖を登っているようなもので、片方が落ちれば両方落ちるのは解り切った事だった。正式量産化計画に弾かれて開発費に使用した多大な資金の回収も出来ない。それだけならプチメデの売り上げで20分の1だけでも取り返せた。が、オデュッセウスに伝えずにガニメデ以外にもイオシリーズの開発も行なっており、資金の回収は不可能になっていた。

 

 枯れる様子を見せない涙を流し続けるオデュッセウスが居る執務室にロロがノックを行なってから入室した。涙を流しながら顔を向ける。

 

 「殿下。飲み物を持った給仕係が来ましたが…」

 「ぐすっ…通して」

 「ハッ!畏まりました」

 

 日本での外出以降ロロからの私に対する雰囲気が柔らかくなった気がする。どこがと問われると雰囲気がとしか答えれない程度だが、淡々と話す中でふと優しげな雰囲気を漂わすんだ。最近はルルーシュとナナリー、マリアンヌ様の件で構って上げられなかったから落ち着いたら埋め合わせをしてあげないといけないな。

 

 軽く頭を下げたロロは退室して、代わりに飲み物の入ったポッドとティーカップを乗せたトレイを持ったアーニャが入ってきた。入ってきたのだが何処か…というか全体的におかしい。

 

 私の知っているアーニャは控えめで大人しい少女だ。原作ではあまり喋らない無口系少女といった感じだったか。しかし目の前に居る少女はにっこりと笑みを浮かべて、トレイを持ってない左手でスカートの端を摘んでお辞儀していた。口から「誰ですか貴方?」と出そうになったのを我慢して凝視する。にっこりと笑う表情に見覚えがあった。無垢な笑顔そうなのだがどこか悪戯っ子ぽい笑みも含まれていた。

 

 「…マリアンヌ様?」

 「あら?よく解ったわね。ひと目で気付いてくれて嬉しくもあるけど少し残念でもあるわね」

 

 すんなりと認めた見た目はアーニャ、中身はマリアンヌの少女は残念そうに言うが、表情はそれほどではなく普通に笑っている。それどころか本当に嬉しそうだ。

 

 「何時まで泣いているのかしら?」

 「だって…」

 「貴方にも子供らしいところがちゃんとあったのね。っと、お茶をどうぞ」

 「あ、ありがとうございます」

 

 涙を流して失った水分を持ってきてくれた紅茶で補給する。泣き続けて気付かなかったが随分と身体の水分を失っていたようで、紅茶を味わえるようになったのは四杯目になってからだった。いつの間にかソファに腰掛けたマリアンヌ様は座りが気に入らないのか何度も座りなおしていた。

 

 「ところで私に正体を明かして宜しかったので?」

 「なにか問題があったかしら?」

 「だってギアス嚮団のロロが居るんですよ。伯父上様にばれたら事ではないですか」

 

 心配して発した言葉だったのだが一瞬の驚きの後にニタリと嗤った。アーニャに入っているとはいえ本人がしないであろう行動を取るのは止めてもらえないかと考えている私は自分がどれだけ不用意な発言をしたのか気付けないでいた。

 

 「どうしてV.V.にばれたら不味いの?」

 「どうしてって……ッ!!」

 

 そこまで言われて気づいた。マリアンヌ皇妃が暗殺された件はテロリストの仕業とされている。噂で囁かれている中には厳重な宮殿に手引きした力を持つ貴族、もしくは皇族ではないかと疑いの話があることも知っている。その中には存在すら知られてないような伯父上様の名前はない。そもそもその名を知っているのは父上様にマリアンヌ様と会った事のないC.C.、後はギアス嚮団関係者のみ。なのに私は名を口にしていないものの関係性を理解している事を喋ってしまった。しかもその後にV.V.の名に反応した事で明らかに関係を持っている事を気付かれた。まだ顔合わせ段階だから伯父上様と父上様しか知らないのだ。

 

 不味い。全神経・全感覚が危険信号を掻き鳴らしている。心の中まで覗き込むように瞳を見つめられ冷や汗が止まらない。潤いを戻したはずの喉が渇いていく。緊張の中にいる私の唇に人差し指を当てて微笑む。

 

 「今の反応で解ったわ。別に聞こうとも思わないから言わなくても良いわ」

 「…良いのですか?」

 「他にも聞きたい事はあるけれど――貴方が今回の件に関わってないと知っているもの」

 「そうですか…あ!そうだ」

 

 マリアンヌの言葉にホッと胸を撫で下ろすと日本に行った時のお土産の事を思い出した。どうしてもお土産は初日に済ませたかったもので買った物はその日の内に本国へ送っていたのだ。無論、生ものは無しで。マリアンヌ様に買ったお土産を両手で支えつつ持ち上げた。

 

 「日本のお酒なんですけどどうですか?」

 「お土産は嬉しいのだけれど私は何歳に見えるかしら?」

 

 中身は成人であるが身体幼女にお酒を渡そうとしていたオデュッセウスは膝と両手をついて自分の失態を悔やんだ。酒瓶を脇に避けて頭を優しく撫でたマリアンヌはクスクスと可笑しそうに笑っていた。

 

 「まったくしっかりしているのかしてないのか不思議な子ね」

 「すみません…」

 「そろそろ私は戻るわ。この事はV.V.には内緒よ」

 「それは勿論です」

 

 立ち上がって見詰め合っているとフラッと立ち眩みでも起こしたようにふらついて、辺りを見渡し始めた。多分だがマリアンヌ様とアーニャが入れ替わった瞬間なのだろう。

 

 「わ、私は何を…ここは?」

 「ここは私の執務室だよアーニャ」

 「―ッ!?殿下!し、失礼を」

 

 記憶を共有してない為に何故ここに自分が居るのかも分からない状態で多少パニックになっている。いつも大人しい少女が新たな表情を見せてくれた事に嬉しくなる反面申し訳ない感情が私を襲う。

 

 「お茶美味しかったよ」

 「え?あれ?…あ、ありがとうございます?」

 

 とりあえず今はお茶を持って来た所と困惑した脳で認識したらしい。もっとも曖昧な認識に違いないが。これから彼女はマリアンヌ様と入れ替わるたびに記憶のない時間を不安に思う日々が続くのだ。彼女も私が止められなかった事の被害者である。そう思うと深いため息が出そうになる。

 

 「そうだ。日本に行ったお土産があるんだった」

 

 理解しきれない現状に困惑して首を傾げるアーニャに背を向けて、デスクよりお土産のひとつを取り出す。恐縮した様子で途惑っているアーニャの手をとってお土産を手渡す。掌にあるのは透き通った赤色の勾玉だ。

 

 「ありがとうございます殿下!一生の宝物に致します」

 

 歳相応の満面の笑みを向けて喜ぶアーニャを見ていると余計に罪悪感が強くなった。そして私のやるべき事も増えたわけだがそれは良い。兎も角今はアーニャと入れ違いに入ってきたロロの不機嫌を直す方が先決である。どうやらアーニャがプレゼントを貰っていた事に軽い嫉妬をしていたらしい。ロロには青い勾玉がついたネックレスを渡すと機嫌も多少直ってくれたがはてさてどうしたものか?




 

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