コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
ノネット・エニアグラムは珍しく緊張した表情を浮かべていた。
別に自分が歩いているレッドカーペットの脇に並ぶ貴族達に恐縮している訳ではない。そもそも貴族達よりも上の方々の相手をしている自分には緊張する理由にすらなりえない。士官学校でコーネリア皇女殿下と出会ったことが今回のキッカケにはなったのだろう。人格や実力で相手を見る自分と違って、ナンバーズをきっちり区別する方と聞いていたから最初は馬が合わないと思っていた。けれど、話してみると差別的な意識ではなく、力を持つブリタニア人と力を持たぬナンバーズを分けていると感じてから認識ががらりと変わった。今まで持っていた偏見が一切適応されなかった。ただ座して後ろから指示するだけではなく、自ら行動を起こす。見ていて惚れ惚れする方だった。
いつの間にか仲の良い関係を築いていた。そんなある日、殿下に誘われるがまま王宮に足を運んだまでは良かった。その後些細な事で怒らせてしまったのだ。今思うとどれだけ軽率な発言だったのかと後悔の念しか湧かない。ため息をつきながらテラスより辺りを見渡していたらあの方と出会ったのだ。
ノネットは思い返しながら自分の為に敷かれた真紅の絨毯を歩き、ある方の前で立ち止まり片膝をついて頭を下げる。
あの方はある意味コーネリア殿下以上の存在だった。皇族でありながら庶民に近い感覚を持ち、争う事をよしとするブリタニアでは珍しく平穏をこよなく愛する。彼がいればその場での争いは収まり、笑顔で溢れかえる。
「ノネット・エニアグラム。汝、ここに騎士の誓約を立てブリタニアの騎士として戦う事を願うか?」
「イエス、ユアハイネス」
優しげにかけられた言葉をしっかりと受け、力強く返事を返す。
そういえばあの方と出会ってから皇族の方々と接する機会が増えたな。最初はあの方か殿下だけだったのだが、自慢の弟・妹を紹介すると言ってはいろんな方に会わせてもらった。皇位を争っていると聞いていたが彼の前ではそんな様子もなく、本当に仲の良い様子だった。自分が一番ビックリしたのは内緒でガニメデの模擬戦に何度か参加させて頂いていた頃だ。まるで物語の少女のように朗らかに笑う女性と出合った。一瞬誰だろうと思った私は悪くない筈だ。まさか閃光のマリアンヌ様があの方を弄りながら現れるなんて誰が想像しただろうか。話を聞いたマリアンヌ様は「面白そうね」と呟かれ、何度も模擬戦に呼ばれるようになった。そして『ナイト・オブ・ワン』ビスマルク・ヴァルトシュタイン卿に『将来有望な騎士』と紹介されるなど誰が思おうか。何度挑んでもあの二人には勝てなかった。あ、コーネリア殿下には勝てるようにはなった。きつくも楽しかった日々だ。ただ参加させられていたルルーシュ殿下は可哀相ではあったが。
「汝、我欲を捨て大いなる正義の為に剣となり、盾となる事を望むか?」
「イエス、ユアハイネス」
腰に提げていた剣を抜き、刃を自分の心臓へ向けて柄を支えながら差し出す。差し出す際に顔を上げたのだが本当に穏かで温かみを感じる表情をされていた。差し出された柄を握ったあの方は刃を上にして掲げ、ゆっくりと右肩へ向けられる。少し困った顔をされたのでハッとなって下を向く。何度も練習した筈なのだがまさか本番でやらかしてしまうとは思わなかった。やっと頭を下げた事で頭の上を通り左肩ヘと剣が向けられる。
「私、オデュッセウス・ウ・ブリタニアは汝、ノネット・エニアグラムを騎士として認めます」
笑顔を向けられるあの方に微笑を返しながら顔を上げる。この後、渡した剣を受け取って鞘に戻し、立ち上がりながら振り返るのだが出来るならこのまま前だけを向いていたい。振り返れば貴族達の先頭に居るコーネリア殿下の嫉妬の眼差しをもろに受けてしまうから。
本日、神聖ブリタニア帝国ペンドラゴンでは盛大なパーティが行なわれていた。皇族にも、貴族にも、民衆にも支持されているオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子が騎士を選んだ事に皆が関心を持っていた。ひと目見ようと多くの者が集まったのだ。勿論、ひと目見た後は貴族同士のパイプ作りや政治的な話をしている。
パーティの主役であるオデュッセウスは人だかりから離れて、会場を眺める。先ほどから捉まって話を聞かれるを繰り返され少々疲れたのだ。横には騎士になったノネット・エニアグラムが待機していた。彼女もほとほと疲れたのか気付かれないようにしているがため息が多くなってきた。
「少々疲れたかい?」
「いえ、このぐらいでは…と言いたい所ですが質問攻めは効きましたね」
「あれだけマリアンヌ様の模擬戦を行なった君がか。ははは」
「笑い事ではありませんよ。私は殿下ほどこういう場には慣れてないんですから」
うん。私は慣れたというか慣れないとやっていけなかったから。幼い頃からよく連れて来られたからね。それでも慣れるまで時間はかかったけど。その点シュナイゼルの順応能力には驚いたよ。初めてのパーティで優雅に振舞っていたからなぁ…。
昔を思い出しながら笑っていると、何か殺気立った視線を感じて視線を向ける。その視線をノネットも感じ取ったのかこちらに頷いて私と視線の間に身体を割り込ませる。パーティ会場では小さな刃物程度なら隠したまま、大勢の人に紛れながら接近できるから危険な場所でもある。襲撃自体は見たことないが注意はしていた。ゆえにこの視線に気付けた。
「こんな所に居られましたか兄上。そしてエニアグラム卿」
背後から声をかけてきたのは左後ろに大柄で顔に大きな傷を持つアンドレアス・ダールトン将軍と、右後ろに騎士のギルバート・G・P・ギルフォードを連れた満面の笑顔のコーネリアだった。笑顔は笑顔なのだが目が笑ってないどころか怒っている。後ろに立つ二人が若干青ざめる程に。勿論、視線の矛先は私とノネットなのだが。
「や、やぁ、コーネリア。今日は一段と綺麗だね」
「ありがとうございます兄上」
いつもなら上機嫌になってくれる筈なのに涼しい笑顔のまま流された。そろり、そろりと距離を取ろうとしている我が騎士よ。頼むから助けてください。
「エニアグラム卿もおめでとうございます」
「え、あ、うん。いえ、ありがとうございますコーネリア殿下」
「兄上の騎士になる事に憧れていたのだが…エニアグラム卿ならその大役をこなしてくれると信じていますよ」
「ああ、殿下の御身は必ず…」
「なのに私を見たら兄上を置いて逃げようなどとしていたのは何故でしょうかエニアグラム卿?」
「そんなに睨まないでくださいよ。あと怒っているのは分かってますから名字を強調して呼ぶのを止めてください」
フンと鼻を鳴らしながら不貞腐れているコーネリアにたじろぎながらもノネットは何とか機嫌を直してもらおうと焦りながら言葉を続ける。そんな光景を見ていたらいつの間にか青ざめていた二人も微笑んでいた。っと、手にしていたワインを飲もうとしたら中身が空だった事に気がついた。
「おかわりを持って来させましょうか?」
「うん?いや、自分で取ってくるから良いよ」
感情を読み取らせないような冷たい視線で見上げてくる少年からの問いに答えて、飲み物を貰おうと給仕の者を探す。
伯父上様からギアスの契約をしてから三日もしない内に私は父上様に呼び出された。伯父上様と父上様が嘘をつかないというのは、知っているには知っていたが想像以上だった。
『貴様はギアスを知った。ゆえに監視をつける』
普通は侍従や内舎人、小姓って言って相手に悟らせないようにして忍び込ませると思うんだけど。まさかこの子を監視につけるからなんて真っ向から言われるとは思わなかった。癖のある短めの髪にルルーシュと同じ紫色の瞳が特徴的な少年で、ギアス教団で暗殺者として多数の仕事をこなしてきたロロであった。
私もギアスユーザーとしてまだ能力すら解り切ってない無害そうな癒しのギアスに対して警戒しすぎだと思うのですが父上ぇ…。彼も彼でそんなに冷たい目で無表情をつらぬかなくてもいいと思う。笑えばとても可愛らしいのに。
「きゃ!?」
考え事をしていたら誰かとぶつかってしまった。慌てて前を見たが誰も視界に入らなかった。首を傾げそうになった時になってぶつかった相手が長身の私の視界に入り難い子供だった事が分かった。赤と白を基準としたふんわりとした洋服を着て、肩にかかる前に纏められたピンク髪の少女。今日は貴族のほとんどが参加している為に、行儀見習いで各宮殿に入っている貴族の子供達も家元に一時帰って参加していると聞いてはいた。だからってまさかここで出会うとは誰も思わないだろう。
「申し訳ありません!」
手には空のグラスが握られており、その中身が私の灰色のコートにかかっている事を今更ながら気付いた。少女は目を潤ませながら自分の仕出かした事に怖がって動けずに居た。後ろから事態に気付いた両親と思われる男女が深々と頭を下げる。少女は怯えて動けない為に無理やり頭を下げさせられていた。
「我が娘の不始末をどうかお許しください!」
「そんなに謝らなくて良いよ。コートが汚れただけで問題ないから。それよりも怪我はなかったかい?」
膝をついて少女と視線を合わせようとして話しかける。まだ十歳にみたない幼子と高身長の私がぶつかれば彼女が転ぶのは必定。コートのシミなんて後でどうにかなるけど、今は怪我をしてないか心配するほうが先だ。
怯えていた少女はゆっくりと頷きながらこちらを窺う。優しく頭を撫でながら微笑みかけると、安心したのか笑顔を見せてくれた。
「すまなかったね。私も注意を怠った」
「いえ、私が悪いんです」
「では、お相子と言う事でどうかね?」
「殿下はそれで宜しいのでしょうか?」
「うん、構わないよ」
「―っ!ありがとうございます!!」
立ち上がった私は少女、アーニャ・アールストレイムとその両親に小さく手を振りながら場を離れる。もう少し彼女と話していたい気持ちはあるが、周りの視線も気になってきたので渋々離れるしかなかった。
「あは♪お久しぶりですオデュッセウス殿下」
あぁ、この会場で場違いな人物に見付かってしまった。表情を崩す事無く振り返ると、あはあはあはと変な笑い声を出しながら大きく手を振りながらロイド・アスプルンドが近付いてきた。
「おめでとうございま~す」
「ありがとうロイド。今日は学生服ではないんだね」
「一応貴族としての参加ですからね。面倒ですけどこういう服を着とけって五月蝿いもんで」
「ここで言っては元も子もないと思うんだけどね」
「にしても子供には随分お優しいですね」
「嫌う理由もないし、可愛いしね。それよりもロイド」
「ほえ?」
「何も伝えずに請求書だけ送るのは止めてくれないか」
「あれぇ?言ってませんでしたっけ」
「言ってないよ。まったく…いきなり知らない請求書に頼んだ覚えのない装備品らしきレールガンの材料が届いたら驚くだろう」
あの時は誰の仕業か犯人探しにギネヴィアとコーネリアが殺気立っていたものだ。止めなかったら秘密裏の部隊を動かそうとするぐらい…。
「兄上は誰にでも優しいですから」
「まったく、とんだ人誑しですね」
困ったように話しかけてきたのは普段よりも気合を入れて選んだであろうドレスを身に纏うギネヴィアと純白の正装姿のシュナイゼルだった。
「ギネヴィアにシュナイゼルも来てくれたのか」
「勿論です兄上。こんな祝いの席に参加しない訳にはいかないですからね」
「それに今日を逃したら一週間も会えないんですから」
そう言えばこのパーティはその件も兼ねていたのを忘れていた。明日から一週間程度ここを離れるのだ。
「「お兄様!!」」
背後からダブルタックルを受け、倒れないように何とか踏ん張った。何事かと思い視線を下げると腰の辺りに抱き付くナナリーとキャスタールの頭が見えた。後ろからは困ったような表情をしているルルーシュに呆れ顔のパラックスも来ていた。ルルーシュはしっかりしている分、ナナリーが心配なのは分かる。しかしパラックスよ。呆れた表情をするより同じように悲しんでくれても良いんだよ。そのほうが私的に嬉しい。あやすのが大変だけど。
「行かないでください!」
「どうしてお兄様が行かなきゃいけないのですか?」
「二人とも…今生の別れという訳ではないのだから」
「まったく一週間外出されるぐらいで大仰よね」
「そう言いながらひとり寂しそうに泣いていたのは誰でしたか。ねぇ、カリーヌ?」
「ああ!うるさい!!それ以上言うな!!」
カリーヌにマリーベルも合流していつものメンバーに囲まれた。ただ自由奔放なロイドはこちらに来たコーネリアに睨まれてすかさず離れて行った。自由奔放というか自分の好きな事以外は適当過ぎて不真面目な奴と認識されたらしく、私と話していると「貴様のような奴が兄上の近くにいるだけで兄上の迷惑になるだろう!!」と怒鳴り込んで来た事もあったらしく、ロイドが一番苦手としている人物になってしまった。
今回の騎士を選んだのもその外出が原因だ。騎士を選ぶのならまだ先でも良いかなと放置していたのだがやっと父上様から外出許可を頂いたのだ。前々から行きたかったのですぐにでも行こうと思ったのだが、外交問題もあって相手はブリタニア人を快く受け入れてくれないだろう。ゆえに実力確かなノネットに騎士を頼んだのだ。すぐにナイト・オブ・ラウンズに迎えられる事になるのだろうが、短い期間でも騎士として居て貰えるならこれほど心強い者はいない。性格も考え方も共感できる相手なら尚更だ。
「暫しの間だよ。お土産を楽しみにしてておくれ」
泣き出しそうな二人をあやしつつ、外出先となる国を思い浮かべる。
いざ、行かん!我が心の祖国『日本』へ!!