リボーン短編集   作:ウンバボ族の強襲

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 その日は珍しく一人で起きた。
 今日はトクベツな日だ、と知っていた。
 だから早く起きて街に出なければならなかったのだ。

 早くしないと、売り切れてしまうから。
 急がないと、時間が切れてしまうから。






愛をこめて花束を

 

 

 

 

 

「うん、じゃあ頼むね、急でごめん。でも助かったよ。じゃあ送り先は……」

 

「十代目!!」

 

「…………ごめん、かけなおします……」

 

 扉をたたき壊さんばかりの勢いでブチ開けたのは十代目ドン・ボンゴレの右腕、獄寺隼人だった。

 アッシュグレーの髪の毛は大いに乱れまくっている。

 緑かがった目はどんよりと曇っている。

 それを見てボンゴレ・デーチモは察した。

 

 

 

「獄寺君……」

「はい……十代目……」

 

 

「……また……『奴ら』だね……」

「……はい……十代目……」

 

 

 アイツら暇なのか? 暗殺組織ってヒマなのか?? それ自体は世界が平和ってことだから大いに歓迎すべきだが有能な人間どもが揃いも揃って何してんだ?

 

 なんでイベントがあると騒ぎ出すんだ?

 

 そしてヒマだからって人を巻き込むのか??

 

 しかも下手に有能だからトラブルを起こすと止めるのも厄介なことこの上ない。

 せめていつもみたいに大人しく椅子に座ってろよ……冷凍するぞ……今度こそ永久凍土に沈めるぞ……と綱吉はピキピキピキとこめかみに青筋を浮き上がらせながら思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ボヴィーノ・ファミリーは何者かによる謎の襲撃を受けていた。

 

 

 

 

 

「う゛ぉおおおおおい! 四の五の言わずにさっさと例のブツを出せぇ!! カス共がぁ!」

 

 

 

「ひっ!?ヴァリアー!?!?」

「なぜヴァリアーが!?」

「アレが――スペルビ・スクアーロか……!?」

「す、すごい……! ウワサ以上だ!」

 

 

 一体何がウワサ以上なのか。

 ボヴィーノ所属なイタリアンマフィアなイタリア男共はめっぽう美人に弱かった。

 そして美人はメチャクチャ強かった。

 ボーンチャイナの白磁の肌も、絹のような銀糸の髪も。

 夜を割く月の如く冴え渡る美貌、そのすべてが全くの無駄である。腐ってもコイツ剣帝だから。

 

 そして戦闘中であるにも関わらず「ふつくしい……」「やべぇ、アレなら男でもイケる! 余裕でイケる!」

「踏まれたい! 踏まれて蔑まれたい!」「縛りたい! 抵抗できなくして好き放題したい!」

 ……とかなんとか生命の危機に追い詰められた哺乳類の雄特有の妄そ……テストステロン過多による神経障害が発生しているようだった。

 当然コレを聞いてクッソ面白くないのが剣帝の主、飼い主、旦那、ボスである。

 

 

「ドカスがァ!!!!」

 

 

 誰も望んでない! 憤怒の炎の出血大サービス!

 

 荒ぶる銃口からは炎がドッバドバ出ていた。絶え間なく噴射されていた。

 もはや拳銃ではない。拳銃とは何だったのか、という疑問すら沸くレベルである。

 

 のちにこの光景を見たものは恐怖心をあらわにうっすらと涙を浮かべ、震えながらこう答えたという……

 

 

「銃じゃない。ありゃ火炎放射器だった」……と。

 

 

 更にはタチの悪いことにボックス兵器まで開匣ときた。

 

 

「べスター!」

 

「GAOOOOOOO!」≪べスターだよ≫

 

 

 真っ白なライガーが初っ端からタイガーパターン全開で牛ファミリーに襲い掛かる。

 理不尽な圧倒的暴力が降り注ぎ、あっという間にいろんなものが石化、からの破壊!されていくのだった。

 現実的には有り得ない冒涜的な光景を見た彼らは深淵なる狂気に蔑まれ、罵倒され、甘美な狂乱へと囁かれ、誘われようとしている誘惑に抗うことができない。

 という感じで精神的ダメージ! 4人の精神が安らかにニルヴァーナへと旅立ちました。

 

 何だか知らないけどヴァリアーが本気出してる……。このファミリーはもう終わりかもしれない、とそろそろ自覚してきた幹部の一人が秘伝のバズーカをアタッシュケースから取り出した。

 

 

「ザンザス死すべし慈悲はない!」

 

 というサツバツ!としたシャウトと共に吹き上げるバズーカ。

 それはいつものバズーカより2倍ぐらいラージなバズーカだった。

 

「ボヴィーノファミリーに栄光あれぇえええええ!」

 

 実に豪快な雄たけびと共に、見覚えのかなりある煙がモクモクモク~と立ち上る。

 簡単に言うとバズーカがザンザスに直撃したようだった。

 

 

 

 

「あー!! あああああ! お、遅かったぁああああああ!!」

 

 

 

 その瞬間ボンゴレ10代目が到着。

 

 沢田綱吉が見たものは。

 

 優れた動体視力と反射神経で避けようと思えば余裕で回避できるはずのバズーカ弾を。

 

 確実に何か企んでいそうな笑みを浮かべながらあえて直撃を受けるザンザスの姿だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

「ボヴィーノの皆さん……ウチの独立暗殺部隊がイキナリ失礼しました……」

 

「ほんとうに大変でしたドン・ボンゴレさん」

 

「で、急な強襲にテンパったあなた方は今しがた何か撃ちましたね」

 

「はい、我がファミリーに伝わるレアアイテム、バズーカです」

 

「そのバズーカは十年バズーカですか? だとしたら今の暴君を十年後の暴帝と入れ替えただけになりますよね?」

 

「いいえ二十年バズーカです」

 

「ということは50近いゴッドファザーが現れるのでしょうか。まるで勝てる気がしません」

 

 

 

「う゛ぉおおおい! ボスさんは何時でも最強だからなぁ!」

 

「うるせーぞロン毛! てめーがちゃんとテメーの旦那を管理しとかねーからこんなことになってんだろーがァ!」

 

「ボスさんはオレの旦那じゃねぇぞぉ!!」

 

 

 

「獄寺君、ややこしい事態が更に混沌方向に進んでいくからガタガタ抜かさないでお前も黙ってろ。どうぞボヴィーノの皆さんつづけて」

 

「いいえ、40後半のザンザスとか強そうなので逆を特殊召喚しました」

 

「……え? つまり?」

 

「ここに呼んだのは今から20年前のザンザスです。

 ぶっちゃけ十年前の若造でも良かったんですがそれでも何か勝てなそうなのでもっと弱そうな方を呼びました」

 

「ターミ○ターも真っ青な発想だよねソレ……。と、いうことは……」

 

 

 

 やがて煙が晴れる。

 

 白い煙からは、ケホケホとせき込む軽い声が聞こえてくる。

 その咳が成長途中にある子供のものだと分かるだろう。

 

「……ま、まさか……!」

 

 

 綱吉が振り向いた時、いつもなら見上げるの位置にあるハズの赤と、ハッキリと目が合った。

 

 

 

「う、うわぁあああああああ! どカスがぁああーーーーーーー!!」

 

「え、えぇえええええええええ!?」

 

 

 かなり低い位置からタックルがくらわされる。

 うわぁ、重たい……と思った次の瞬間には渾身の腹パンが繰り出されていた。

 一瞬だけ息が止まる。

 衝撃で倒れる。

 かなり痛い。痛いだけじゃない。熱い。

 何かが焦げるような臭いが漂ってきて初めて、「このスーツ高かったんだよなぁ……」と久方ぶりに庶民的な発想へとこぎつけるのだった。

 

 

「なんで俺ーーーーーー!?」

 

「十代目ーーーーー! てめーおいコラ、ガキザンザス! 何しやがる!」

 

「うっせぇカス! つーか誰だテメー!!」

 

 悶絶する綱吉の傍に駆け寄った結果、膝立ちになった獄寺隼人の顔面に容赦なく目潰しがクリーンヒット! 

 しかもご丁寧に憤怒の炎付きだ。

 獄寺にもし、5つの波動(特に雨)が流れていなかったらあっという間に眼球が蒸発していたところだろう。

 もっともコイツに目玉なんかあってもなくても大差ないのだが。

 

「このガキ……! もう容赦しねぇぞ……ウリ!」

 

 非常に大人げなくキレた獄寺が匣を開匣してウリを出す。

 あっという間に仔猫のようなパンテーラが出てくる。

 

「このガキを黙らせろ!」

 

 にゃーん、と鳴くウリ。

 てけてけてけ、と軽い足取りでザンザス(餓鬼)の方へと向かう。

 赤い目の少年はイキナリ現れた奇妙な物体に目が釘付けだ。

 もっとも、「路地裏とかでよく見るノラ猫に似てるけど何か違うな」程度の認識ではあったが。

 

「ゴロゴロゴロゴロゴロ~~」

 

「懐いてんじゃねぇえええええええ!!」

 

「ぶはははーー! 喜べカス猫ーーーーー!」

 

 倒れた綱吉、負けた獄寺は確信した。

 アイツ、ガキの頃からほとんど性格変わってねーじゃん……と。

 そしてなんだこの攻撃力……ガキの癖に攻撃力高けぇ……と。

 

 

「な、なんだと……!? 20年前のガキなのに……強い…だと……!?」

「クソ、ザンザスと言えどガキなら倒せると思ったのに!」

 

 

「本当にロクでもない事考えてたんだな! 流石ランボの古巣だよ!!」

 

 ランボの古巣関係ないけど、ドン・ボンゴレはあきれて突っ込んだ。

 そして数秒後に気づく。

 

 

 

「ちょ……ちょっと待って!? と、言うことは……ザンザスが過去に飛んだってこと!?」

 

 

「あーハイソーデスネー」

「飛びましたね、20年前に」

「太古の昔」

 

 

「何てことしてくれんのーーーーーー!」

 

 

 がばっと起き上がる綱吉。

 どうしたんスか十代目! と反応する獄寺。

 そして持ってきたフィレ肉でまんまと子供を釣る剣帝。

 警戒心をあらわにしながらもガッツリ釣られる入れ替えられた子供ザンザス。

 

 

「早くこの子帰さないと!!」

「な、なんでッスか十代目!?」

 

 確かにヴァリアーの首領不在だと色々面倒だけど、ガキならガキで面倒起こさないし、クーデターも起こさないし、何より小さくてかわいいからこっちの方が都合がいい! と獄寺は薄っすら、半ば本気でそんなことを考えていた。

 だが、綱吉は違った。

 

 

「子供ザンザスはいいんだよ、子供ザンザスは! だけど野放しにしたらヤバいのが20年前に飛ばされた大人の方だよ! 獄寺君……ザンザスになって考えてみて!? もし自分がザンザスで、20年前に戻れたら……何をすると思う?」

 

「え……20年前ッスか……」

 

 獄寺隼人は頭を働かせて考えた。こう見えても知能指数は悪くない。成績は良かった方だ。

 

 目の前でスクアーロの与えたフィレ肉をがっついている子供は、おそらく、まだ10歳にもなっていないだろう。

 将来の体格を知っているからこそ言える事だが、骨格的には同年代よりも優れているだろうが、どちらかというと、彼らの知るザンザスよりも痩せて見えた。子供だから、とかまだ筋肉がついていないから、とかではない。明らかに栄養が足りていない……というレベルで痩せていた。

 おそらく今がっついている肉もあまり食べたことがないのだろう。

 

 それに着ているものがザンザスらしくなかった。

 ザンザスと言えば、窮屈な着方を嫌うのかいつも胸元ははだけているし、ネクタイは首元まで絞めないし、腹心のスクアーロとは対照的に自分で作ったハズの隊服を着崩してはいるものの、身に着けているものはエクステ一本とっても一級品だ。御曹司育ちの彼は、人、モノにかかわらず常に最高級品しか傍に置かない。

 ……が、今目の前に居る子供は違う。

 着古した服は、丁寧に洗濯はされてはいるものの、もう長い間着ているせいだろう。落ちないシミやほつれを当て布で修復してなんとか着ている……といった有様だ。しかも、やや丈が合っていないようにも見える。

 

 以上のことから推測できる事実は一つだ。

 

 

『この』ザンザスはまだ九代目には迎えられていない……まだ、母親と一緒に暮らしていたころのザンザスなのだ。

 

 その頃の貧しくとも母と共に暮らしていた少年、と今のアレが入れ替わって、今のアレがやらかしそうな事と言えば……。

 

 

 

「……あ」

 

「気づいたよね獄寺君……。そう……間違えない……アイツは……」

 

「まさか……いや……! だが……」

 

 

 

 

「確実に」

「九代目を」

 

「「抹殺しに行く!!」」

 

 

 

 

 自慢のヴァリアーリングと、べスターまで装備して過去に飛ばされたのだ。

 しかも、ゆりかごの時とは違いボンゴレに伝わる奥義死ぬ気の零地点突破・改の情報をすでに得ている。

 いくら九代目とその守護者と言えど匣兵器もカンビオ・フォルマの概念すらない20年前の守護者では、暗殺組織の首領として長らく君臨し、幾多のターゲットを血の海に沈めてきたザンザスの敵にすらなれないだろう……。

 

 

 

「なんで止めないんだよスクアーロ!!」

「お前本当にカスだな馬鹿鮫!!」

「本当だよ! なぜだ……なんで、なんでお前は……!」

「う゛ぉおおおおい! うるせぇぞカスガキ共がぁ!!」

 

 スクアーロは通常運転のようだった。

 

 その様子に、綱&獄寺は一縷の期待をかけたくなる。

 

 

「たとえボスさんが爺を葬り去ることが……望みだったと、しても、だぁ……」

 

「……うん」「……お、おう……」

 

 

 

 

「俺はボスさんに付いていくと決めたんだぁ!! 異論もクソもあるハズねぇぞぉ!!」

 

 

 

「「この馬鹿嫁がぁあああああああああ!!」」

 

 

 ザンザス史上主義な嫁鮫は、やっていいことと駄目なことの区別がついていないようだった。

 確かにこの銀色は馬鹿だ。本当にバカだ。だが、実は話しても分からない馬鹿ではない。

 時間と手間をかければそれなりに話せる奴だったりはする。事実その臨機応変さは一目置くべきであろう。

 

 

 ……問題は、主のことになると脳が溶けることにある。

 

 

 ザンザスのやることは基本全部正しいし、異論ないし、全肯定するという手合いである。

 そのためなら利き手だって切り落とすし、8年待って髪も伸ばし続ける。

 

 

 

「い、いや……いくらなんでも……いくらザンザスでも、過去は変えようとしないハズでしょう……たぶん」

「そ、そうだよね。ひょっとしたらザンザス、九代目に拾われてなかったら死んじゃってたかもしれないんだよね……」

 

 綱吉は、スクアーロに抱かれながらキャーキャー騒いでアッという間に獄寺の匣兵器であるはずのウリを手なずけている子供ザンザスを見つめ……

「あ、コレ九代目が放置していても大丈夫だった系だな」と勝手に納得していた。

 考えてもみれば、彼は生まれこそ貧民だったものの、拾われてからずっとボンゴレの御曹司をやれていたのだ。

 すべてにおいて最高水準であることを要求され、ソレに全て答えてきたのだ。

 ……少なくとも、自分よりも。ずっと。

 

 

 その生き方を、ザンザスが後悔しているようには思えない。

 

 

 

 ……思えない。

 

 

 

 

 ……後悔……は……。

 

 

 後悔している……よう……には……。

 

 

 

 

 

 

「駄目だーーーーーーー!」

 

 

 

 

 残念ながら、後悔と憤怒とは全然全く別の問題である。

 

 

 ザンザスはザンザスであるからこそ、自分に屈辱を与えた者を決して許そうとはしないだろう。

 

 

 

「やる! 確実に!! やる!! たとえこの世界線がなかったことにしても! そのせいで過去の自分が死んだとしても! 今の自分という存在が消え去ったとしても……アイツは殺る!! そうゆう奴だーーーーーー!」

 

「ですよねぇええええええ!!」

 

「う゛ぉおおおおい! 俺は後悔なんかしねぇぞぉ!!」

 

「獄寺君! コイツをよく見てて! きっと……このうっとおしい世界が嫉妬する髪がなくなって、腕がにょきにょき生えてきたらその時は過去の九代目がお亡くなりになったときだよ!!」

「十代目……どうしましょう……俺実は九代目に大恩があるんです!! あの人が居なかったら俺……たぶんあなたに出会うことすらできなかったんです!!」

「今明かされる衝撃の事実!?」

「カスガキがぁ、詳しく話せぇ!」

「こえでけーよ! どカスーー! もっと小さくしゃべれ!」

「お゛ぅ、悪かったなぁ。やっぱ小さくてもアンタはボ――」

「スクアーロ黙れ!!」

「……あ゛、あっぶね」

「シャーーーーーッ!」

 

 

 こうして。

 

 

 周囲の期待やら不安やら何もかもが内包した空間で。

 

 

 淡々と。

 

 

 2時間が経過するのだった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼふん! という煙が再びたつ。

 どうやら時間が切れたのか、それとも目的を達成したのか。

 

 綱吉は獄寺を見た。スクアーロを見た。

 

 ……どうやら変化はない。

 

 未来は変わっていない。

 

 それは、ザンザスが過去を何も変えなかった、ということを確かに示していた。

 

 

 

「よぉ、ボスさん。任務は達成してきたかぁ?」

「……言われるまでもねぇ」

「そっか、上機嫌で何よりだぜぇ」

「……」

 

 

 え? 上機嫌なの? コレが??

 

 相変わらず無表情にしか見えないザンザスの顔を「上機嫌」だとスクアーロは評する。

 だが、どうやらソレはあたっているようで。

 ザンザスも否定はしないし。スクアーロを殴ってもいない。

 

「う゛ぉおおおい! カス共ぉ! 迷惑かけたなぁ!」

 

 何も言わずに、赤の風切り羽をそよがせて、暗殺組織の主は踵を返す。

 大声で宣言しながら銀の鮫がその後を追う。

 ただそこに居るだけなのに、非常に絵になる――つまりいつもの二人だった。

 

 

「……ざ、ザンザス!」

 

 

「……あ?」

 

 

 綱吉はザンザスを呼び止めていた。

 振り返る顔は相変わらず無愛想で、眉間にしわが刻まれた不機嫌顔である。

 ……だが、不思議と怒ってはいないように見えた。

 

 

 

「えっと……あの……何してきたの?」

 

「……」

 

 

 あ、余計な事聞いちゃった……?

 

 コレではまた憤怒の炎が飛んできてもおかしくない質問だ。

 だがスーツはすでにお釈迦になった。

 うしなうものは、すでに、なにもない。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

「……答えると思うか?」

 

 

「……いいや、思わないよ」

 

 

 

 

 返ってきたのは、口元だけの笑顔だった。

 

 

 あぁ、すっごい、悪い顔だな。と綱吉は思った。

 

 

 

 

 

「……いいんスか? 十代目」

 

「……よくないよ。良くはね。……だけど、さ。何も変わってないってことは……」

 

 

 ザンザス、何も変えなかったんだね。

 

 

 変えられなかったのか、それとも変えたくなかったのか……それは分からない。

 だけど、ザンザスは今を変えることを望まなかったんだ。

 

 とりあえずは、ソレでいいような気がした。

 

 

 背後で右腕がうーん、と小さく唸る。

 

 じゃあ、十代目。と獄寺が言った。

 

 

 

 

 

 

「アイツは過去に戻って何がしたかったんでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段なら絶対に歩かないような道を、手入れの行き届いた革靴が踏んでいた。

 

 道端には昼間であるにも関わらず人が寝転んでいたり、座り込んでいたりしている。

 どの顔も痩せこけ、薄汚れ、目には光がなく、どんよりと濁っているように見えた。

 痩せた野良犬が生ゴミをあさっている。

 鼠の死骸にはハエがたかっている。

 

 何ということはない、物心ついたころにはコレが日常の光景だった。と、男は思い出す。

 

 男の身なりは場違いそのものだった。

 

 素材を見ただけで分かる、仕立てのいいスーツにシャツ。首元までしっかりと絞められたネクタイ。

 目にも鮮やかな赤い羽飾りひとつとっても、上質なものだろうと推測できた。

 武骨な指にはいくつもの重そうな指輪がついているものの、そこに苛烈さ、男くささは存在しても、不思議と下品さはない。

 見るものが見れば一目でかなり力のあるマフィオーソのそれだ、と分かる風格を纏いながらも、男は腐臭を放つスラム街をたった一人で歩いていた。

 

 やがて、今にも崩れそうな家の前へとたどり着く。

 

 呼び鈴がない。

 だから男は少しだけ戸惑い――結局手でノックをすることにした。

 男にしては優しすぎるノックが、狭い家の中に響き渡る。

 

 内側からはい、という掠れた女の声がした。

 

 

「……あら? どちら様かしら……?」

 

 

 ドアを開けた女が、男を見上げていた。

 

 ひどく疲れて見えた。

 髪が痛んでいた。顔色は見るからに悪かった。

 目は落ちくぼみ、目の下にはクマがくっきりと浮き出ていた。おそらくは既によく眠れていないのだろう。

 

 ……こんなに小さかったのか、と男は思った。

 

 正確に言うと男はかなりの大柄である。

 身長も高いし、体格はがっしりとしているし、全身には鍛え上げられた筋肉が鎧ってある。

 だから基本的体格をしている成人女性ならば、男から見れば『小さい』の部類に入るのも当たり前だと言えるし、男本人もそう思ってはいた。

 だが、記憶にあるこの人だけは、何故かいつも自分よりも大きい、と思っていたのだ。

 

 気づきもしなかった。

 身長など、もうとうの昔に、それこそ十年以上前に追い越していたというのに。

 

 幼いころから聡いと謳われ、秀英だと褒めそやかされ、十二か国語を操るだけの知性を誇る男ではあったが、本当に、コレだけは気づきもしなかったのだ。

 

 

「……あの……?」

 

 

 扉の前で硬直してしまった男を怪訝に思ったのか、女は首をかしげて声をかけた。

 われに返った男が口を開く。

 

 

 

 ……言葉が出ない。

 

 

 

 男は口数が多い方ではない、どちらかと言えば無口な方である。

 だがソレはとくに喋る必要性を感じないからだ。

 なぜなら、いつもは何か言葉を発しなくても自然と察する出来のいい部下が傍にあり、そして常に二人分騒ぐやかましくてにぎやかな腹心が傍に居る。

 

 だが、今は違う。

 誰もいない。

 部下も、腹心も、己一人だけだ。

 

 それに今は何か言わなければならない。

 話さなければならない。

 

 

 

 

 ……なのに、言葉が出なかった。

 

 

 

 

 何を言っていいのか、分からなかった。

 

 

 言葉は考えたハズだったのに、何を言えばいいのか決めていたハズだったのに。

 とある人間の代理で来た。アンタに渡してほしいものがあると言っていた。俺は代わりに持ってきた……という筋書きだったはずだ。ハズ、なのだ。

 

 さっきから、ずっと、何度も何度も。

 何か言おうと思っては唇を開き、何を言っていいか分からずに閉じる、という無駄な作業を繰り返している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ザンザス?」

 

 

 

 

 

 掠れた声だった。

 

 

 懐かしい響きだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ザンザス?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 言葉が出なかった。

 

 

 本当に、何も言えなかった。

 

 

 

 山のような書類に目を通し、それを全部捌ききるだけの能力がある。標的を屠るために作戦を立てて時には指揮を執るために自ら先陣を切ることもある。十二か国語話すだけの知性も、マフィアの頂点に君臨する者としての理性も備えている。なのに、

 

 

 

 

 

 

「……貴方なの……?」

 

 

「……」

 

 

「……そうなのね……?」

 

 

 

 あぁ、神様。と女は呟いて縋りつく。

 細い、今にもぽっきりと折れてしまいそうな腕を回して、男の体をかき抱いた。

 

 

 

「……きっと、夢ね。夢を見ているのね」

 

 

 でも嬉しいわ、と女は笑った。

 

 

 

 

 

「私の息子が、こんなに立派になるなんて」

 

 

 

 

 

 もっと良く顔を見せて。

 

 

 女の細い指が、荒れてかさついた指先が、ザンザスの顔を、額を、そっと拭うように撫でていく。

 髪を払い、傷跡に触れ、優しく頬へと伝い落ちる。

 

 

 大きくなったのね。見せて、……とってもハンサムだわ。

 ……そんな顔しないで。

 もっとよく見せて。

 

 

 

 

 腕から力が抜けるのを自覚した。

 軽い音と共に、手に持っていた花束が地面に落ちたことが分かった。

 アレほど重かった口が、舌が。やっと一つの言葉を発するのだと気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マフィアの御曹司でも、暗殺部隊のボスでもない。

 

 

 ただのザンザスは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20年ぶりに―――母のことを呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 









白いカーネーションの花言葉



『尊敬』

『純潔の愛』



『あなたの愛は生きています』




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