※NL注意
※ボスの奥さんが出くるので注意
ボンゴレ10代目の時代には、その初期と中期で傑出したドン・ヴァリアーが続いたと言われている。
ヴァリアーはボンゴレの影と言われその影響力は時としてドンや門外顧問にも劣らず、むしろボンゴレ構成員にとっては外部組織であるチェデフの長や顔も分からないドンその人よりも、手段を選ばぬ恐怖や、鮮やかな手口を以て確実に事を成し遂げる畏敬の念を抱かれている。
しかし、影であるがゆえにその歴代の長の素性は秘密に包まれるのは必然だ。
特に10代目前期にドン・ヴァリアーを務めたと言われる男の資料は殆ど現存していない。
にもかかわらず、未だに人々の口に『至高の暴君』と称される彼が、どのようなことを成し遂げたのかは、ボンゴレ公式文書が示す通りである。
しかし、私人としての彼がいかなる人物だったのかを遺している資料は極端に少なく、もはや僅かとなった彼の人を知る人間はかたくなに口を閉ざすことを選ぶ。
まるで、「思い出したくもない」とでも言うかの様に。
ゆえに、ここで、一つの資料を公開しようかと思う。
おそらくはこれが現存するだろう唯一無二の資料だろう。
だが信憑性は確かだと保証がされている特級の文書だ。
先日亡くなった、ドン・ヴァリアーXANXUSの妻の残した手記である。
あまりに長すぎるために一部編纂を加えたことを許してほしい。
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これは、私の記録である。
大きな決断が前に迫る只中において、少し今までの人生を整理してみたいなどという気持ちなったのでこれを記すことにした。
そうでなくとも、私を案じてくれたあの人の腹心が用意してくれたこの別荘は、優しい。
だから思い出してみようという気になってしまった。
包み隠さず記そうと思おう。愚かさも、エゴも、温かさも、愛しさも、その全てを。
どれ程悲しくとも、いつまでも嘆いては居られないのだから。
復讐の準備が、既に私を待っているのだから。
私の生家は大ボンゴレの分家筋だった。
母の祖母、つまり曾祖母がボンゴレ8世の実妹だったと言う。
代々男の子に恵まれず、一代に一人女がいるだけの淋しい家系だった。
あまり権力にも財力にも恵まれず、ただ、血筋だけが取り柄という家だった。
両親はのんびりとした人だったが、父の兄、伯父は中々の野心家だった。
私の顔が祖先であり、女傑だったというボンゴレ8世に似ていると大変歓んでいた。
「私の天使。お前は今に、きっと、美しくなるだろう。戦女神と謳われた、誇り高き先祖の様に」
などと甘い言葉を吐く半面、教育熱心な人であった。
わざわざ姪の私に家庭教師をつけてくれるほどに。
そして、どうやら私には才能があったらしい。瞬く間に幼い私は8か国語を習得した。
今思うと既にこの時点で伯父の掌の上だったのだろう。
12歳になったその日、私は当時ドン・ボンゴレだった九代目に目通りが叶った。
穏やかで、優しそうな老爺に見えた、だが、どこか疲れている様にも映った。
彼は私の顔を見ると目を見開き、すこしして、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「驚いた、本当に先代にそっくりだね」
能力の方も優秀なのですよ、と自慢げに言う伯父の言葉を聞きながら、既に九代目は何かを目算していた。
その後私は寄宿学校へと入った。
学業に全力投球する青春を送ったことが吉だったのか、凶だったのか。
ともかく浮いた話のひとつもなく、歴史や工学を片っ端から手を付けた。
学問に打ち込みすぎた、ある日、父から「ボンゴレ主催の夜会が開かれる」と帰ってくるようにとの書簡が来た。疑問は多かった。まず、何故ボンゴレ主催の夜会に私など分家も分家の人間が呼ばれるのだろうか……と。
ルームメイトはくすくすと笑った。
「そんなの、決まってるじゃない」
「あなたに、色っぽい話のひとつもないから、親がおせっかいを焼こうとしているのよ」
色恋の達人だった友人の言葉を真に受けた私は、「そんなもの、ある訳がないのに」と両親に半ば同情しつつ、せっかくの夜会、それも大ボンゴレの夜会なのだからきっと、さぞや、見た目も美しく美味な名産料理がどっさりとテーブルの上に飾り付けられるのだろう……と、それだけを楽しみに旅行鞄ひとつで帰ったのだった。
色気よりも、食い気だった。
慣れない夜会服は真紅だった。
若年である少し派手なのではないかと思った。紅色は美しい、嫌いではない。だが、まるで血のようなそれが平凡な小娘にすぎない自分に似合っているようには見えなかったのだ。
この服、少し派手じゃない? と聞くと両親はのんびりと似合ってるから大丈夫、と言った。そもそも服を選んだのは伯父と、その妻だ。伯父はひどく満足そうだった。
「どこか素敵な出会いの一つでもあるといいのだけどね」と苦笑する母に、伯父は満面の笑みを浮かべた。
「まさか、大物を狙っているのですよ」と。
夜会は楽しかった。
見たこともないほど大きなホール、複雑なつやつやに磨かれた大理石がはめ込まれた床。着飾った女たち、古き良き伝統通りの黒服姿の男たち。
そして何より広いホールに点在する純白のテーブルクロスと、その上を彩る色彩豊かな料理の数々。
さぞかし舌の肥えた客人を満足させるべく最高級の芸術の枠まで磨き上げられたそれらが、深窓の令嬢であるかのように陳列していたのだった。
あぁ、と思わず嘆息した。国中から美女を着飾らせて、一同に集め、玉座から睥睨したと言われる東洋の君主たちは、きっとこんな気持ちだったのだろうと。
それらをためらいがちにつまみながらも、舌鼓を打っている時だった。
こちらへ来なさい、と伯父に呼ばれた。あぁ、そうだった、九代目に挨拶するようにと言われたのだったっけ、と思い出す。面倒なことはさっさと終わらせてまた食べようと、伯父の所へ向かった。
九代目の傍らには一人の男が居たのが見えた。
若者、という年齢ではなかった。しかし、色あせてない若々しさがそこにはあった。
太陽の恵みをめいっぱい受けたのだろう褐色の濃い肌の色をしていた。均整の取れた体つきの偉丈夫、という表現がぴたりときた。単純な美形と言うにはやや粗野な顔つきで、頬や額には何かの負傷だろう、古い傷跡がなぞってあり、重く色素が沈んでいた。
濡れ鳥色の髪の下で、暗く赤い目が鈍く光っているように見えた。
私はただ呆けたようにその赤を見ていた。
このときは、全く気付かなかったのだが、実はお互い全く同じ表情だったらしい。
彼も、かなり、驚いていた、らしい。
「やぁ、覚えておいでかな? あの日の可愛らしかった少女が、これほどまでに美しくなられるとは」
私も老いるハズだ、と笑った老爺は、まぎれもない九代目その人だった。
……もう、長くはないだろう、と私は思った。
「どうだろう、ザンザス」
伯父と九代目が何を話していたのか、よくわからなかった。
ただ、ひとつ、愚かで浅はかだった、若い娘だった私に分かったのは。
一目見て、この人を好きになったという感情だけだった。
この後ボスをギッタギタにしてやります……。