その日。ロマーリオは思い出した。
普段はボスの皮をかぶっている……男を。
学生時代に『へなちょこ』と呼ばれていた……ディーノを。
「なぁ、ボス……コレ……どうしたんだ?」
「ん? あぁ、釣った……」
お魚さんだった。
お魚さんがいた。
いや、正確にはお魚さんという表現はあまりに生ぬるいだろう。
お魚というより、ギリギリ魚類。
3メートルほどある、巨体。
しかも凶悪そうなのっぺりとした顔つき。
やはりというかなんというか陸上に打ち上げられてバタバタしている。
鮫だった。
鮫と言っても、ドン・キャッバローネことディーノが日ごろから懸想しまくっているヴァリアーの美人副官『スクアーロ』ではない。アイツなら先日行われた指輪争奪戦で常人だったらすでに死んでいるレベルの大怪我を負いベッドの上から起き上がれない状態である。ちなみに敬愛してはばからないボス共々だ。
そしてその怪我の原因は対戦相手である山本武に金属の鉄の塊で脳天をフルスイングされたからではない。
野球をたしなむ中学生の男子がバッドで全力で脳天を殴ったからではない。
尚、加害者である山本武は『殺す気はねーのな!』などと意味不明なことを言っている。どう考えても死ぬだろ普通……『あの』スクアーロじゃなかったら死んでただろ常考。
だが本当に山本ではないのだから何とも言えない。
そう、『スクアーロ』重症の理由は『鮫』である。
鮫に食われたためスクアーロは単純に言うと生死の境をさまよっていた。
が、車椅子の上でう゛ぉいう゛ぉい騒いでいたので意外と元気そうだった。
このままでは回復も時間の問題だろう……ではない。
ロマーリオはそこまで思い出し、目の前に転がっている鮫をみつめ、嫌な予感から目をそらした。
「いや、あのさ……スクアーロさ、鮫に食われたじゃん……?」
「……お、おう……」
ディーノの目は既に現実を見ていなかった。
「だからさ……コレ……」
「…………」
「『コレ』はアイツを食った訳だろ……?」
「………………………………」
「だから……」
頼む、ボス。
頼むから、どうか、本当に頼むからその先は言わないでくれ。とロマーリオは思った。
それ以上言われたら俺はもうアンタをボスと思えなくなるかもしれない。
マフィアから足を洗いたくなるかもしれない……と。
「コイツの! 牙が……歯が……スクアーロのあんなところやこんなところに触ったのかもしれないだろ!?!?」
「言っちゃったか……言っちまったかぁ……!!」
「は? 何言ってんだロマーリオ?」
「ボス、ブーメランって知ってるか?」
「バジルの武器だろ。そんなことより、鮫の歯だ! ロマーリオ、手伝ってくれ! コイツの歯をすぐに抜くんだ!! そうすれば俺は……俺は……!
スクアーロを間接的にセクハラできるんだよ!!」
「…………」
もう、何もかもが手遅れだった。
とロマーリオは思った、どこで間違えたんだろう、何が悪かったんだろう……すまねえ、先代。という思いが胸中を締め付けていた。
「……っ! そ、うか……!」
「なんだボス、まさか……正気に戻ったんじゃねえだろうな!?」
一縷の期待をこめて問う。
「俺が……この中に入れば…………!」
「は?」
「俺が!! この鮫の!! 口の中に!! 入れば良いんじゃね?!?!」
「ボスが……? 鮫の……中に……?」
「神だ……愛の女神が……! 愛の女神が俺に微笑んだ!!」
「ボス! 目を覚ませ! ソイツは死神だ!! きっと腹を抱えて大爆笑してるぞ!!」
「飲み込んで俺のポセイドン!」
「やめろぉおおおおおおお!! 誰かぁあああああ!!!!」
数分後。
ひどく満足そうな顔で安らかに仮死状態になっているディーノが、鮫の口のなかから救出されたという……。