東方信頼譚   作:サファール

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 今回、珍しく修司の心がブレます。主人公が冷静を保てなくなるのは本当に珍しいことなのですが、これはまだ修司が能力を手に入れてから数年しか経っていないのが理由です。まだまだ作者の理想像とはかけ離れています。主人公の変化はまだ続きますよ~。

 作者は相手側の視点で話を書くというのが苦手で(ぶっちゃけめんどくさいですすいません)、どうでもいいかな、なんて思っている箇所の裏話的なのは一話分や数千字も使って書かないかもしれません(当て馬みたいな奴)。ですが、書いたほうが話の重みや読者さんの理解が深まると判断した場合、キッチリと細かく書いていこうと思っています(前回のような感じ)。
 まあ、脳ミソのキャパがチートな修司なら、大抵のことは予測しますけどねw。


 ではでは、ツクヨミ様との後半戦からどうぞ!
 


7話.異変の兆候と水面下の共謀

 彼女は今、なんと言ったか。

 

「え?…妖怪?」

「正確には、“まだ”妖怪ではないがな」

 

 信じられない。ここまで寿命が無くなるとか、回復力が人間を超越するとか、それなりに人外経験をしてきたが、まさか妖怪に“なりかけている”なんて、誰が想像しただろうか。

 

「言っておくが、お前は今は完全な人間だ。妖怪────妖怪の要素が増えるのは、まだ先の話だ。…あ、質問の答えだが、私はお前が人間に見えるぞ。まだ…な」

「それって……半分は人間で、半分は妖怪…という事ですか?」

「いや、それは違う。お前自身は人間のままだが、“お前とは別に妖怪となるモノ”が、お前の中に寄生する」

 

まだ僕は妖怪ではないと彼女は言うが、僕はそれよりも、これから先、妖怪となるモノが寄生するという事実に困惑した。

 それはいつ、何故、どうやって僕の中に入るというのか。物理的に?精神的に?それとも、霊魂的な概念を使用しての魂への介入か。

 

「おい、落ち着け。取り敢えず深呼吸をしろ」

「はぁ…はぁ………深呼吸…ですか…」

 

どうやら知らない内に過呼吸になって混乱していたらしい。ツクヨミ様が心配し、僕ははっと我に返った。そして言われるまま深呼吸をし、何とか心を落ち着けようと努力する。

 スーハースーハー…

 …よし、かなり無理矢理だけど、少し落ち着いた。防衛軍兵士として防壁の外を哨戒する任務に就いた時、何十回と妖怪を殺しているから、あいつらの悍ましい姿は目に焼きついている。あいつらみたいになってしまうと思っただけで頭がどうにかなってしまいそうだが、取り敢えず今までの人外経験を思い出したら何とかなった。経験って凄いね。

 

「落ち着いたか?」

「はい…何とか」

 

 だが、冷静に考えると、ここで疑問が浮かんでくる。

 

「…ツクヨミ様、何故そのような事が分かるのですか?」

 

いくら神とはいえ、未来が分かるなんて最強な力が備わっているわけがない。…いや、神ならば、能力という可能性があるか。それなら、僕が昼食を食べて遅くなる事もあのちょび髭の未来を見れば分かるだろうし、僕が将来妖怪の何かに寄生されるのだって分かった。

 

「それは私の能力だが、お前が思ってるような単純な未来視ではないぞ?」

「え?では…」

「…まぁいいか。どうせ知ったところで対策のしようもないしな。私の能力は、『兆候を視る程度の能力』。文字通りの能力だ」

 

 『兆候を視る程度の能力』。これを文字通りの能力ととるならば、それはそれで恐ろしい能力だ。これでは ほぼ未来視と変わらないではないか。兆候とは、物事が起こる前ぶれという意味で、要は物事のその先が視えるという意味なのである。

 

「…未来視と変わらないじゃないですか」

「違うぞ。未来視は未来の選択肢を教えてくれるが、私の能力は一つの物事しか教えてくれない。しかも、条件が変われば見視える兆候も変わる。案外使いにくい能力さ」

 

 さて、話を戻そう。そうツクヨミ様は言い、お茶を啜った。一面ガラス張りの窓から少し赤みがかった陽が射し込む。そこから広がる都市の風景は、正しく皆が思い描いているようなSF未来ファンタジーの世界であり、異物の存在を全く感じさせない恍惚さを憶えるものだった。

 

「自分の身に起こっている事については?」

「知りませんでした。知らない事が多過ぎて混乱しそうです」

「まぁそう悲観的になるな。マイナスに考えていたら良くなるものも良くならんぞ」

 

今のところ変な情報は渡してないが、これではいつか必ず相手に弱みを握られてしまう。

 ここは賭けてみるか…

 

「…ツクヨミ様」

「何だ?」

「私は……都市にいてもよろしいのでしょうか」

「今はいい。しかし、妖怪になってしまった時は……選択肢をやる」

 

 そんなに上手く乗ってはくれなかったか。まぁそれでもいい。いい情報は得られたし、こちらがやらかさなかっただけでも及第点だ。途中で“人格”がぶれてしまったが、それも悟られずに済んだ。

 

 

「選択肢…ですか。…その時は…」

 

 

 しかし、選択肢…か。もし…もし、“最悪の事態”が起こった場合は…

 

 

 

 

「────もれなく“アイツラ”の仲間入りですかね」

 

 

 

 

 刹那、部屋を揺らすほどの神力が放出された。

 

「…返答には気をつけろよ?」

「あはは、何分こういう性分でして。言葉が足りなくてすいません」

 

もう神力の屈服力は能力で克服した。これで僕には霊力と変わらない影響しか及ぼさない。

 ツクヨミ様はその事に気付いていないようで、神力をこれ程までに出しているのに何故、と大層驚いていた。

 

「何故気を失わない…!」

「これでも防衛軍兵士ですよ?鍛え方は普通の人間の比じゃないんです。あまり人間を嘗めていると、足元を掬われますよ?」

 

確かに、この量は普通の人間ならば気絶ものだろう。雄也の場合でも失神確実だ。だが生憎僕は普通の範疇に存在しない。自分で言ってて悲しくなってくるが、それを呑み込んで、目の前の事に当たる。

 

「それで、さっきの言葉に不備があった事についてお詫びします」

「…不備だと?」

 

一瞬の間にツクヨミ様は僕のソファの後ろに立って、首筋に爪を当てた。しかしこれも予想通り。僕はそんな事を意に介さず、淡々と言葉を紡いでいく。

 

「先の台詞の最初に、皆…と付けます。“皆もれなくアイツラの仲間入り”、とします」

「皆…?」

 

溢れんばかりの怒りから、まるで先が読めないという困惑に気配が変化する。後ろを振り向かなくても分かる。

 

「それはどういう意味だ、答えろ」

「残念ながら、それは不可能です」

「何故だ」

「言いましたよね?僕自身、知らない事が多過ぎて困っていると。聞いている筈ですよね?僕の記憶の事を」

「………」

 

ここで初めて情報提供。だがこれを言わなければ即殺されるので、知っていようがいまいが教えておく。

 

 僕の方も、何故こんな事を口走ったのか内心かなり吃驚していた。皆と言った意味も分からないし、アイツラと言った時の心に刺さったトゲの訳も不明だ。だが、これが僕の根幹に関わる大事な事なのは分かったので、取り敢えず記憶喪失を理由にこの場を収めようと画策する。

 どうやら記憶喪失なのは永琳から聞いているようなので、意外とすんなり許してくれた。まだ皆が誰かというのも分からないし、アイツラというのが妖怪という意味だという確証もない。妄想で行動したのでこれ以上下手に言及する事が出来ず、ツクヨミ様は手を離して元の位置に戻っていった。

 

「憶測でお前に手を出して済まなかった」

「いえいえ、それが正しい判断です。僕の言動にこそ謝罪する部分があります。申し訳ありませんでした」

「暴力を正当化する方法は存在しない。それは兵士であるお前が一番分かってるんじゃないか?」

「…互いに謝罪を受け取るということにしておきましょうか」

 

 

双方謝罪するという形でこの場は収まった。それから当たり障りのない微妙な駆け引きを続けながら、雑談めいたものをいくらか繰り広げていたのだが、やっとその会話にも終わりのゴールテープが訪れた。

 

 

「よし、じゃあもう帰っていいぞ」

「え?用って、これだけですか?」

「あぁ。お前がどんな奴か…。永琳と同棲してるって聞いたから、どうしても会ってみたくなったのだ」

「…そんな理由だったんですか…」

「理由に大小あれど、価値は同じだとは思わないか?」

「共感は出来ますが賛成は出来ません。生き物それぞれ価値観は異なっているので、世の中ケースバイケースかと」

「ふふっ。そんな返答が来ると思った。お前はやはり面白い男だ」

 

 質問については完全についでだとツクヨミ様は言った。僕にとってはあれが一番の難所だったのについでって…。まぁ、ともあれ特に何事も無く(?)今回の件を切り抜けられてよかった。

 

 あちらにとってはこれは娯楽かもしれないが、あの質問。あれは嘘から来る虚言ではなく、真実から来る未来だろう。彼女の能力も本物だ。そうなると、これからの過ごし方次第で、僕は妖怪になってしまうということだ。残りの人生…と言っても無限なのだが、それをどう生きていくか。それをよく考えなければな。

 最後に「今日の話は誰にも話すな、永琳にもだ」と言われ、断れない僕はそれを承諾した。まぁ、永琳に聞かせていい事がある訳では無いし、寧ろ混乱を招くだけだろう。

 

 側近の人に連れられて、僕は応接室を出る。その時、ツクヨミ様の口角が微かに上がっていた事に、僕は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 ハイテク自動車に乗って家まで帰ると、永琳が早速飛び出してきた。研究室の窓から覗き見していたに違いない。お蔭で薬の分量を間違えたらしく、部屋は爆発の跡がチラホラあった。僕がその時眉間を指で押さえて俯いたのは言うまでもない。

 

 ツクヨミ様との会話についてしつこく訊いてきたが、僕はそれに答えることは出来なかった。ツクヨミ様から口止めされているのもあるが、僕が殺されそうになったなんて言えば、永琳は完全にどうにかなってしまうだろう。それこそ、ツクヨミ様のいる建物にカチコミに行ってもおかしくない。それは慎んで止めて頂きたいので、敢えて無言を貫き通した。

 

 そして案の定、永琳は昼食をインスタント食品で済ましていた。別にたまにはいいとは思うが、毎日これは流石に健康に悪いと思う。秘密を守っていたら永琳が拗ねてしまったので、今日の晩ご飯は腕を奮って豪華なものにした。

 二年もすれば、料理スキルも三星シェフ並に上達する。昇華する程度の能力を甘く見てはいけない。永琳はとても喜んでくれ、幸せそうにモグモグしていた。

 だが、このままの生活がいいとは決して言えない。これからはインスタントに頼らなくても美味しい料理を作れるように、永琳に料理を教えていこうと思う。それを言うと永琳は嫌々ながらも了承してくれた。

 

 ツクヨミ様の事も忘れてくれ、僕はほっと一息つきながら風呂に浸かるのだった。

 

 

 

 

〜それから約四週間後〜

 

 

 

 

 そんなこんなで月日は流れ、僕は今、毎日の訓練をしようといつもの施設のドアを開けた。自動ドアが機械音を立てて左右に分かれ、中にいるであろう仲間達に向かって片手を挙げる。

 しかし、そこにいる筈の仲間はおらず、受付以外はもぬけの殻だった。

 

「えっと、みんながどこに行ったのか知らないですか?」

「みんな…ですか?…恐らく、掲示板の所に集まっていると思いますよ。何だか今日は隊員全員に対する通知が書いてあるようで」

「何だ?それ……兎も角、ありがとうございます」

 

 受付にお礼を言い、早速掲示板に向かって早足で歩く。

 

 受付の言う通り掲示板に近づいていくと、段々と人にすれ違うようになっていった。その全員が神妙な面持ちで、更にその内数人が、不安に塗れた表情をしていた。

 いや、不安というよりは、困惑だ。何故なのか真意が見えない。そういった雰囲気の顔をしている。

 

 

「────おい、あいつだぞ…」

「あぁ、あいつか」

「資格は申し分無いが、なんでだ…」

「なんで俺が…」

「命令なんだ。仕方ないさ」

 

 

 周りのヒソヒソ話が嫌に大きく聴こえる。それはいつもの妬みや嫌悪を臭わせる類いの会話ではなく、疑問と悲嘆を感じさせるものだった。

 

「おはよう雄也。これは一体どんな騒ぎだい?」

 

 掲示板がある所に行くと、一番前には彼がいた。

 皆は僕に気付くと、まるでいつものゾンビ一行のような感じで左右に分かれた。まだ入隊してから数年しか経っていないのに、そんな尊敬される事なんてしたっけな…。

 

「あ、修司!お前これ…」

 

僕の永琳の次に信頼を寄せる友達、雄也は、目の前にある掲示板を指して言った。

 

 

 

 

「────お前、新しい部隊の部隊長になってるぞ…」

 

 

 

 

「…はい?」

 言ってる意味が分からない。

 

「だから、取り敢えずこれを見てみろって」

 

雄也に勧められるまま壁に表示されている電子掲示板を眺めてみる。

 

 

──全隊員に告ぐ──

 

 今日から新しい部隊、『第三十一番特別任務部隊』を設立する。

 設立にあたって、部隊長は第六番隊隊員、白城修司に任命する。それに伴い、以下の欄に名前が載っている隊員は、今日からこの部隊の隊員として、異動の命を出す。

 拒否は無い。これは全部隊長と将軍の決定である。これまでより一層努力に励むこと。

 

 異動者名前

・井上梨花

・蔵木雄也

……………………

 

 

 

 

 一言言おう。

 

「ナニコレ…」

「本当、ナニコレだよなぁ…」

 

 数年の付き合いで僕の口癖を覚えたようだ。と言うか、僕が部隊長ってマジですか…。それに雄也が僕の部隊に入ってくるってことは、僕が雄也の上司に…。

 

「これ…抗議してこようかな…」

「止めとけ。上が満場一致で決定した事だ。今更覆せないさ」

 

雄也は乾いた笑い声を出す。新部隊長である僕が来た事で居づらくなったのか、周りの人々が蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 

「…兎に角、これからよろしくな、部隊長さん」

「茶化さないでくれ…これでも落ち込んでるんだ」

 

 僕が部隊長だって?僕は人の上に立つ系の人間じゃないんだ。そんな、「気合い出せお前らぁ!!」なんて事言えるわけがない。あ、これは曾隊長の真似だよ。

 

 

 

 

 僕は急いで六番棟に向かい、六番部隊部隊長である曾さんの所に直接問いかけた。

 

「何故僕が部隊長なんてすか!?」

「落ち着け…これは仕方の無い事なんだ。俺も賛成をせざるをえなかった」

「せざるをえなかったってどういう意味ですか!」

「すまん。これ以上は言えない。…ただ一つ、言っておこう」

 

 

 

 

「────全く、雲上人(うんじょうびと)が考える事は分からんよ」

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 僕は新たに造られていた防衛軍施設のドアの前、三十一番棟の目の前に来ていた。他とは違い急ピッチで仕上げたのだろう、あるのは最低限の設備と軽く事務室があるくらいだった。事務員も異動して来たらしく、既に数々の書類をテキパキと処理していた。事務員を優秀な人にしてくれたのは上の粋な計らいだと思う。

 

 ドアを開け、中を見てみる。そこには既に僕の下につく隊員達が揃って敬礼していた。

 数はざっと見積もって100程度。皆の中には雄也もおり、少しニヤついていたのは僕の見間違いではない筈だ。

 

「「「「「白城部隊長!これからよろしくお願いします!」」」」」

「……こちらこそよろしく。では、自己紹介から始めようか。これからは日々を共にする仲間だ。それぞれ誰かに思うところがあるかも知れないが、それは水に流そう。こっちに来てくれ」

「「「「「はいっ!!!」」」」」

 

 僕は迷いを見せずに彼らに接した。人を束ねる人間の凄いところは、迷わない心だ。ただ一点を見つめて、部下を引っ張る。見据える先をしっかり提示し、鼓舞する威厳と風格を醸し出す。

 これは俗に言う、カリスマというやつだ。曾隊長にはこれが少しあったが、まだ僕達を纏めるには値しなかった。

 

 彼が言った最後の言葉。あれの意味を僕は瞬時に理解した。

 

『全く、雲上人が考える事は分からんよ』

 

 雲上人とは、即ち雲の上の存在、人間とは隔絶した存在。

 

 ────神だ。

 

 それ以外有り得ない。そして、都市の敷地が広くとも、永琳がどれだけ博識だろうと、この辺りに神はただ一人────ツクヨミ様だ。

 

 彼女の真意は分からない。だが、一部隊を任される以上…

 

()の部隊は死なせない…)

 

 父が言っていたのを何とか“憶えている”。これを耳にタコができるくらいに聞かされたので、記憶にも鮮明に残っているのだろう。

 

 

 

 

 大きな部屋に移動し、輪っかになるようにパイプ椅子を並べる。そしてそれに全員座り、一人一人が簡単に自己紹介をしていった。それをコルクボード片手に全て書き留め、みんなの性格と諸々を記録していく。

 100人からなる部隊となると、各々の相性や性格が非常に重要になってくる。それが生命を賭け合うとなれば尚更だ。能力を使うのはどうしても良心が許さず、こういう方法をとることにした。この方が、互いの仲が深まると思ったからだ。

 

「─────よろしくお願いします」

パチパチパチパチ…

 

 最後の隊員が終わり、次は自分の番となった。まだ雄也がニヤニヤしているが、努めて無視する。

 

「よし、じゃあ最後は僕だね…。コホン、みんな、僕の名前は白城修司。防衛軍に入隊したのは二年前で、前は六番隊にいた。軍の仕事と兼ねて、八意様の従者もやっています。これからビシバシ鍛えていくから、よろしくね」

 

 

 

 

パチパチパチ……えぇ!?

 

 

 

 

 どうやら“八意様の従者”という部分に反応したらしく、部屋にいた全員が驚嘆の声を上げた。雄也と、僕と同じ六番隊の隊員以外は、パイプ椅子をガタンと後ろに飛ばして立ち上がった。

 

「ほ、本当ですか!?白城部隊長!」

「あの天涯孤独と謳われた八意様が従者を!?」

「部隊長があの噂の!?」

「という事は毎日八意様と一緒…!」

「何とも羨ま…驚きです!」

 

 一人おかしい奴がいた。

 

「ちょ、ちょっと待って…一人ずつ…」

「あーはいはい。質問はあると思うが、今はその時間じゃないぜ?少し冷静になれよ」

 

 ナイス雄也。僕とみんなの間に割って入ってくれたお蔭で、危うく僕が後ろに倒れるのを阻止してくれた。

 雄也のガタイのいい体が上手くストッパーになってくれ、みんなは冷静さを取り戻した。それぞれ元のパイプ椅子に戻って、静寂が舞い戻ったところで、僕はコホンと咳を一つした。

 

「…まぁ、おいおい色々な質問は受けるとして、まずはお昼にしようか。今日の訓練はそれからしよう」

 

 僕のこの一言で、始めの浮いた雰囲気は鎮まった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 初日という事もあって、今日は事務が異常に多かった。多くが経費やその他の諸問題の対処に関する書類ばかりだったが、永琳の仕事の手伝いでそういうのは慣れていたので手早く済ますことが出来た。二十歳が既に事務のプロとはこれ如何に…。

 

 だが、彼らを強くするにあたってどうしてもこのままの設備では不十分である事が判明した。

 この第三十一番特別任務部隊(略して特隊)に支給されている費用だけではどうしても他に遅れをとってしまう。最低限の維持費しか貰ってないからだ。これは新手のイジメかと部隊長として将軍達に抗議しようとしたが、バックにツクヨミ様がいる以上、下手に突撃してもこちらが被害を被るだけなので、仕方なく対策を考えた。

 

 そもそも、まずは何が足りないか。僕の持つ部下には何が必要かを知らなければいけない。そう思い、初日午後は、適当に武器有りの乱闘をさせてみた。

 すると、大体予想通りの事が分かった。

 

 一つ、兎に角体力が無い。

 二つ、技術が乏しい。

 三つ、戦闘経験が皆無。

 四つ、根性が無い。

 五つ、戦闘におけるイロハが全くなってない。

 

 とまぁ、他の部隊とさして変わりない欠点だった。当たり前だ、彼らは昨日まで他の隊で訓練をしていたばかりなのだから。

 

(…これは……ちょっと鬼畜にならないとどうにもならないかな?)

「はぁ…はぁ…修司、お前、今相当ゲスい顔してるぞ…」

「へ?そうかな?」

「あぁ…まるでこれから都市外周100周とか言いそうな顔してる」

 

 欠点やらなんやらを書き出したコルクボードを脇に挟んで頬を両手で押さえる。若干筋肉が上がっていたが、そんなに戦慄するほどゲスな顔をしていただろうか。

 それよりも雄也、君は霊力を使えるのに何故毎回毎回死にそうなくらいに疲れてるんだ。他は最早死んでるようにしか見えないけどさ、それにしては根性が無さ過ぎじゃないかい?

 

「それもいいかな…」

「止めてくれ、そんな事したら確実に死ぬ…」

「まぁそうだよね。よし、みんな今日はここまでにして帰っていいよ!」

「「「「「お、お疲れ様でした……」」」」」

 

 死屍累々。死体ではないのだが、それでもこの惨状は目も当てられない。

 やはりこれは早急に手を打たなければ…。それも、経費がかからない方法で…。

 

 

 

 

 家に帰っても、その悩みが引き起こす頭痛は同じだった。

 

 永琳から頭痛薬を処方してもらっても効果は薄く、それほどまでに軍関係とツクヨミ様関係の問題は僕の頭を締め付けていた。

 ツクヨミ様は一体何を思って僕を特隊の部隊長に昇格させたのだろうか。人格を能力で得ておけば良かったと今更ながら後悔するが、それで分かるのはあくまで人格や性格のみで、過去の記憶やこれからの行動などが分かる訳では無い。だが、得た情報からそれらを推測することは出来るので、決して無駄ではないのだ。

 

 彼女の問題は今考えてもしょうがない。今は僕の部隊のこれからのトレーニング法を考えよう。

 基本的な筋力トレーニング設備はあるし、自由にできる土地も少しある。隊員が怠惰を極めている訳ではなく、彼らはただ単にそれらを上手く使えていないだけだ…と思う。

 

 しかし、それを有効活用するのは些か不可能だ。機材は他の隊がいつも使っていて僕達が使える余裕が無いし、土地は、そこに物を建てる資材が無い。更地でランニングでもいいかもしれないが、それだけだと絶対に強くなれない。

 まず、前提が違うのだ。人間相手に四苦八苦しているようでは、妖怪なんぞ倒せるわけがない。防衛軍の真の敵は、異形の姿をした妖怪なのであって、体格が似た同種ではない。全ての要素において人間は妖怪に劣っており、それを補うようにして技術が発展した。だが、使用者が軟弱者では宝の持ち腐れというものだろう。

 では、人外に打ち勝つにはどうすればいいか。

 

 どんな切り口で問題を見てみても、結局はそこに行き着く。

 

「はぁ…」

 

 溜息の一つでも漏れるだろう。取り敢えず、今は目の前にある片付けられる問題に着手しなければ。

 自分の部屋のドアを開け、いつも事務をこなしているテーブルに持ち帰った書類を置く。

 

(さっさと終わらせて、永琳の手伝いに行かなくちゃ)

 

 

コンコン

「どうぞ」

 

「修司?お茶淹れたわよ」ガチャ…

 

 事務がまだ少し残っているので、それを自室でせっせと片していたら、永琳が部屋に入ってきた。

 

「ありがとう。それよりも、仕事の方はいいの?」

「心配しないで、それなりに順調だから。私よりもあなたよ。そのまま言葉を返すわ」

「あはは、この通りさ」

 

両手を挙げて降参の姿勢をとり、書類を手の甲でパシンと叩く。彼女にはメールと口頭で事を伝えておいた。勿論、とても驚かれたが…。

 これだけの動作で僕がどれだけ悩んでいるかを見抜いた永琳は、椅子に座ってお茶を湯のみに淹れ始めた。毎度思うのだが、何故こんなにも未来的なのに、お茶は緑茶で急須に湯のみなのだろうか。紅茶やジュース、コーヒー、まだ見ぬ未知の飲み物があってもおかしくないのに、何故か緑茶の需要が飲料の約六割を占めている。

 

「不思議だ…」

「ん?何が?」

 

目の前に出されたお茶を眺めて呟いた一言に永琳は怪訝そうな顔をしたが、僕は何でもないといい、舌が焼けそうになりながらも慌てて一口啜った。

 永琳はこの頃料理に熱心に取り組んでいる。この調子だと、すぐに僕の域まで到達するだろう。これで彼女はまた一歩完璧に近づくんだな……。時の流れを感じて、僕はそうしみじみ思った。

 

「あ、そうそう、聴いてくれない?」

 

 このまま永琳が僕の相談に乗ってくれると思ったのだが、現実はそうはいかないということを再認識した。

 

「…何?研究以外で問題?」

「そう、そうなのよ。最近ね、防衛軍はまだ人手不足を解決出来なくて、防壁の周囲の哨戒任務ですらみんな渋ってるの」

 

 まぁ、自分の部下や自分自身を危険に晒したくないし、人手不足をこれ幸いに理由に出来るから、今はサボり時なのだろうな。

 

「それで、壁外調査の任務が一番成果が芳しくなくて、上の人達はもう壁外に興味を示さなくなってきたのよ。予算を他にまわしてしまおうって」

 

 まだここ以外に人間が存在しているのかもしれないという一縷の希望を胸に、都市は月一程度で壁外調査を行っている。当然その時の兵士は防衛軍から出るのだが、これが毎回壊滅状態で帰還してくるのだ。

 もう、他の人類を探し出すのは無理なのかもしれない。そう、上は思っているのだろう。それには賛成だ。きっと、この世界に僕達以外の人間の集団なんて存在しないだろう。

 

「だから、もう壁外関係の任務は打ち切りにしようって議論が出てきたんだけど、私としては、まだやる価値があると思うのよね」

 

 上は、自分達だけよければそれでいいと思っているような下衆な連中なのだろう。永琳が顔を顰めたという事は、相当嫌っている筈だ。彼女が感情を顔に出す機会はそうそうない。彼女のポーカーフェイスは鉄壁だし、それを崩すほどの出来事もあまり起こらない。

 僕の想像としては、デブで、ケバケバしてて、人を舐めるように見て、無駄に豪華な格好をしていると思う。そして、かなりのナルシストだ。うん、思い浮かべただけで吐き気がしてきたから止めよう。

 

「私達の知らない事や、不足している資源、妖怪の生態の調査etc…。まだまだ外でやる事は山積みの筈よ」

 

 確かに、永琳の言う通りだ。だが、外には本当に何も無いように思える。あるのは夥しい量の妖怪と、豊かな自然と、見渡す限りの森しか………

 

「────これだ」

「だから私は…え?修司何か言った?」

「これだよ!永琳!」

「きゃっ!?どうしたの!?」

 

 ふふふ。我ながらなんていい作戦だ。これならば一石二鳥でいいことずくめではないか…!

 

「永琳、その予算の話、まだ終わってないんでしょ?」

「え、えぇ。と言っても、志願してくれる兵士が居ないし…」

「兵士なら僕達がいるよ」

「えっ!?でも、いくら修司でも流石に壁外は…」

「それに関しては大丈夫。予算の事だけど、そこで交渉だ」

 

 

 修司は人差し指をピンと立て、片目を瞑って不敵に笑った。

 

 




 今回は、ツクヨミ様との後半戦と軍での一悶着でした。

 曾隊長のあの『雲上人』という台詞、これは、作者の尊敬する小説家様がある本の場面で使っていた言葉です。著作権なんてものに引っかからないかは、運営のみぞ知る……。これを知っている人とは友達になれそうです。話が合う的な意味で。

 主人公の記憶喪失の件ですが、ご存知のとおり、何も知らないという訳ではありません。一般的な教養は持ち合わせていますし、ほんの少しではありますが、記憶はあります。
 しかし、記憶については非常に曖昧で、言葉や漠然とした思い出はあるのですが、それらがの詳細についてはさっぱりなんです。
 例えば、『両親』のおおまかな性格や印象は憶えているのに、具体的な姿形や様々なエピソードは思い出せない。『学校』というものに所属していたのは憶えているのに、どんなところだったのか、自分そこで何をしていたのかなんてことも忘れています。

 ポッと記憶喪失前の言葉が出てきたりする度に内心訳がわからなくなります。それを口に出すことはありませんが。
 とどのつまり、第一話で、主人公が持ち物確認をした時のようなレベルです。


 ……あ、言い忘れていましたが、現在の永琳が原作の彼女と違う点があるのは、『現時点』がそういう『時代』だからです。つまり、そういうことです。

 長文失礼致しました。それではまた次回に( ´ ▽ ` )ノ

 

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