東方信頼譚   作:サファール

6 / 35
 はいどうも!!
 今回はタグの「ノロケは試練」の回収回です。と言っても、それは作者が自分に向けて言ったメッセージのようなもので、皆さんが画面を見て悶え苦しむ訓練ではないので軽く読めると思います。

 作者はどうしても、甘々でラブラブな恋愛系や、ほのぼのゆるゆるな日常系が書けません。だから試練なのです!!w

 努力はしてるんですがね~……トホホ


 ではほいどうぞ。


5話.ありきたりな一日と緩やかな時間

 薄暗い室内で目を覚ます。

 

「ん……ふぁぁ…」

 

前の世界では朝が嫌いだったらしく、ここに来てから最初の頃は朝に対して濃厚な殺意を感じていたが、永琳と過ごし始めてからはそれが軽減された。寧ろ、永琳の寝顔を拝見するために早起きするのが楽しいくらいだ。トレーニングの時間も楽しめるようになったし、誰かと話すのも苦じゃなくなった。

 さて、今日は永琳と一緒に過ごす日だ。だがお生憎様、僕は彼女を楽しませれるような場所は知らない。なので何をしようか非常に困っている。万能と言われたこの能力も、今回はお役御免だ。

 

「取り敢えず起き…」

 

 仰向けのまま考えてても寝てしまうだけだ。折角の永琳と二人きりの日だ。二度寝なんて勿体ない。

 

 

 

(…ナニコレ…)

 

 

 

 だが、僕の起床を阻害する何かが僕の隣で安らかな寝息を立てていた。病院から出て都市を見た時もこんな台詞を言った気がするが、今はそんな事を思い出すよりも、この意味不明な現状をどうするかに全力を尽くした方がいいと判断し、そのかわいい寝顔に顔を向ける。

 

(…永琳、何してるんだ?)

「すぅ…すぅ…」

 

 待て、昨日の出来事を正確に思い出そう。まず、朝は普通に過ごした。そして、昼から防衛軍の施設に赴いて、あの大男と闘った。帰ってからは、能力の説明とかをして、そのまま夜に。ベンチで一頻り黄昏た後、永琳が居るであろう研究室にお茶を持って行って、その後取り留めのない話で盛り上がって、永琳の今日の約束をして別れて、そして最後に就寝。うん、何もおかしいところは無い、皆無だ。

 

(お酒も飲んでないし、まず僕は未成年だ。こっち方面に度胸が無い僕がこんな大それた事をする筈がない)

 

布団を捲って、事後かどうかを確認する。双方服装の乱れは無いし、何かがあった痕跡は無い。そんな当たり前の事に修司は大いに安心し、思わず息を吐く。

 永琳は仰向けで真っ直ぐ寝ているので、特に不自然な点はない。強いて言うならば、夜中まで研究室に篭っていた筈なのに、何故か寝間着を着ていることだ。僕達は深夜まで何かをしている事が多いので、風呂は朝に入ることが多い。そして、寝間着は夜に風呂に入った時位しか着ない。つまり、寝る時は大体普段着で寝る。制服で寝るとかこれ如何に。決して徹夜しまくりの廃人ではないのであしからず。一応24時間の内に一回は風呂に入るようにしているし、三食キチンと食べている。毎日最低二時間は寝るようにしている。

 

(僕が寝た後に風呂に入ったのかな?)

 

彼女からほんのり香るいい臭いが鼻腔をくすぐり、彼女が女性である事を再認識する。いや、今まで女性として扱ってなかったわけではないが、ここにいることに対して僕が過剰に“女”を意識してしまっているのだ。別段、何をするわけでもないが、このままなのは非常に(まず)い。

 彼女の顔を拝んでいると、不意に彼女が身じろぎをした。

 

(っ!)

 

咄嗟に天井に顔を向け、右側で起こっている衣擦れの音に耳をそばだてる。

 

「ん…修……司…」

 

 寝言で僕の名前を零した。一体何の夢を見ているのかがとても気になるが、夢に僕が出て来ている事に少し嬉しさを感じた。

 とは言え、このままダラダラと横になっているのはよろしくない。気が引けるが、永琳を起こすとしようか。

 

「お〜い、永琳?朝だよ、起きて」

「ん〜うぅ…」

「起きてってば〜。今日は折角の休みでしょ?」

「うぅ…あと五分…」

「そんな事言って、一時間寝たのを僕はしっかり覚えてるんだよ?ほら、早く」

 

こんななりだが、僕が居候する前はしっかり定時に起きていたらしい。僕が起こすから心置き無く寝ているのだと言うが、この生粋のねぼすけは僕より前には既に発動していたような気がする。堂に入ってめんどくさいからだ。この攻略は至難の技だ。

 

「起ーきーてーよー」ペチペチ

 

 右手を伸ばして永琳の頬を軽く叩く。これは今まで失敗したことが無い必殺技だ。

 

「う〜ん?あら、おはよう」

「おはよう、永琳」

 

ほら、しっかり起きてくれた。今度からは毎回こうやって起こそうかな。

 

「永琳、なんで僕のベッd」

 

 だが、今回は失敗してしまったようだ。僕が言葉を言い終える前に、彼女が僕に抱きついてきた。

 

「え、えっ!?」

「あなたも手を回して…?」

 

突如としてベッドの上で正面から抱きつかれ、僕は思考がショートしそうだった。僕が仰向けに寝ているので、彼女はその上に乗っかり、ベッドと背中の間に両手を回して身体を余すところ無く密着させる。

 

(え、ちょ、待て待て待て待て待て!これは流石にヤバイって!)

 

身長は僕の方が断然上なので、彼女は僕の鎖骨の辺りに顔を埋めて、決して、お世辞にも小さいとは言えない“それら”が僕の胸に当たる。何が…とは言わない。言ったら負けだと思ってる。

 締め付ける力が強くなり、より永琳と身体が密着する。早く腕を回せということだろうか。

 

「ちょっと永琳!これはヤバイって!」

「いいから早く」

 

狙ってるのか…狙ってるのか…!?

 

「やらないと起きないわよ」

「ぐっ……!」

 

 思春期の男にはこれはかなりくるものがある。早く終わらせて、何か体を動かしたい。何かしてないとおかしくなってしまいそうだ。

 

 ゆっくりと腕を伸ばし、永琳の背中を優しく抱く。頭の中で必死に(これはセーフだ…これはセーフだ…)と自己暗示をかけ続け、煩悩を弾き飛ばす。起きたてでモヤがかった思考が吹き飛ぶくらいに脳内が活性化し、できるだけ早くこの拷問を解除する方法を思案する。

 

 この状態が解除されるのは、この時から約30分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 やはり永琳は昨日風呂に入ったというので、僕はサッと風呂に入った。決して永琳が乱入してこないように、扉をその場にあった物で頑丈に固め、彼女自身にかなりきつく言い含めた。こうでもしないと、今の彼女では本当に風呂に入って来かねないからだ。念には念を入れるに越したことは無い。

 風呂から上がって永琳を探す。言い忘れていたが、昨晩彼女は、風呂に入った後、研究室から自分の部屋よりも僕の部屋の方が近くて手っ取り早いという理由で僕のベッドに入ったそうだ。今朝のあれは完璧に寝ぼけていたらしい。僕が見たところでは、完全に起きていたように見えるけど、彼女が言うならばそうなのだろう。だが、反省したと言ってはいるが、広報端末に目を落としながら片手にコーヒーというモーニングな雰囲気から言われても、全く反省している気が見えない。

 永琳を探して、いつも僕達がご飯を食べるところまでやって来たが、ここにも永琳は居なかった。なら何処にいるのか…と、候補を絞り込んでいると、何やらキッチンからガチャガチャと音がする。

 

「永琳?そこにいるのか?」

 

 僕がキッチンに顔を出すと、そこには、調理器具を取り出している永琳の姿があった。いつもの赤青の服装にエプロンという、なんとも似合ってるのか似合ってないのか微妙な格好だが、この際、それはいいだろう。問題は……

 

「永琳……何してるの…?」

 

昨日見たキッチンとは似ても似つかない散らかった室内だった。

 

「え、えっと…料理…?」

「普通料理で器具は床にばらまかないよ…」

「うっ…折角私が朝ご飯を作ろうと思ったのに…」

 

前に言ったかもしれないが、彼女は料理をあまりしない。そして、一人暮らしをしていた時なんかは碌な料理をしなかったそうだ。居候初日に一回永琳の料理を味わったことがあるが、結果は…まぁ、なんだ、“普通”だったとだけ言っておく。

 永琳がペタンと座り込んで、長い溜息をつく。ぶっちゃけ溜息をつきたいのはこっちの方だ。この片付けは相当大変だぞ。

 

「ほら、諦めてないで、片付けよ」

「…えぇ、そうね………はい」

「…?」

 

近寄った僕に永琳が手を差し出してくる。今度はなんだと言うのか。

 

「手…」

「あ……はい、どうぞ」

 

上目遣い&涙目の永琳に耐えかねて、修司は横を向きながらその手をとった。それを見て永琳が笑い、修司は拗ねる。

 彼女が完全に立ち上がったのを確認すると、彼は手を離して彼女から離れようとしたが、彼女はそのままわざと彼に倒れ込んできて、わざわざ避けるわけにもいかず、修司はそれを体で受け止めた。

 

「わっと…。永琳どうしたんだよ」

「何となくよ、何となく」

 

微笑みながらさっきのように抱きついてくる永琳。彼女の行動に驚くよりも怪訝に思いながら、それを無碍にするのは彼女が可哀想なので、されるがままになっている。

 

「今日の永琳、何だか変だぞ?」

「そうかしら?」

 

だが当の本人は飄々とその言及を躱し、彼から離れると、キッチンを片付け始めた。修司は腑に落ちない答えに歯がゆさを感じながらも、彼女に続いて辺りの散らばった食器やらを集め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、僕は彼女が作った料理を食べた。途中僕がアドバイスをあげたのもあって、なかなかいい出来になった。永琳はこれに満足したようで、かなり上機嫌になっている。

 今なんて、彼女が隣で僕の腕を取って寄り添っているんだ。それも、家の庭のベンチで。下手したら通行人に見られるかもしれないし、しかも、今日は庭師さんが来る日だ。と言うか、今現在進行形で庭師さんが庭の手入れをしてくれている。僕達の方をチラチラと見ながらハサミで垣根の枝をチョキチョキ切っている。そして、時折ニヤリと笑うんだ。もう僕のSAN値は限界まで削れちゃってるよ。これ以上僕にダメージを与えて何になるってんだ。今日は早朝からパニックの連続でいつなんどき何が起こってもおかしくないぞ。

 あぁ、隣で永琳が微笑みながらこっちを見てくる。思春期の僕には刺激が強過ぎる。その上目遣いは反則だ。そんなものをそこらの男子に見せたら卒倒ものだろう。都市をブラブラ歩いてみて分かったが、やはり僕の感性から見ても、永琳は相当の美人だ。それこそ、僕が永琳の家で一つ屋根の下居候しているのがおこがましいくらいだ。

 

「…なぁ、永琳」

「ん?何?」

 

 永琳がにこやかに返答をする。

 

「どうしたんだ?今日は本当に変だぞ?」

 

麗らかな昼近くの庭。庭師がわざと僕達の近くで作業をし、わざと視線を送ってくる。(よわい)は知らないが、外見は普通のおばさんに見えて、口調は何故かお婆さんな彼女。会う度に談笑しているが、彼女はなかなかに話し上手で聞き上手だ。彼女と話して悪く思う人はいないだろう。

 その彼女が、僕の言葉に反応して声をかけてきた。

 

「ちょっとちょっと、白城さんや、あんた、分からんのかい?」

「え?分からないって、何がですか?」

 

僕が頭の上に「?」を浮かべると、庭師は大袈裟に溜息をついて首を横に振った。永琳は頬を膨らませてそっぽを向いている。それを見て庭師がほっほっほと笑う。何なんだ…一体何なんだよ…。

 

「八意様、私はこれまで色々な物を見てきたつもりですが、ここまで難航したパターンは初めて見ましたよ」

「千代さん、変な事を言わないで。これはそんな事じゃないわ」

「おや?そんな事とはどういう事ですかな?」

「ぐっ…」

「えっ?えぇ…?」

 

イマイチ状況が呑み込めない修司の目の前で何やら分からない話をしているようだ。あれか、子供にはまだ早い話ってやつか。言外に含まれた意味で闘っている永琳と庭師の訳の分からない会話に全く付いていけず、修司は腕を拘束されたままなので逃げるに逃げれなかった。

 

「これは……そうよ、検証よ」

「ほう?何の検証で?」

「それは……あれよ」

「あれとは?」

「……もういいでしょ、修司、お昼にするわよ」

「へ?ちょ、えぇぇぇ!?」

 

 まだ昼にするには少し早い時間だ。それと、腕を掴んで引っ張っていくのは止めて欲しい。ほら、千代さんが笑ってこっちを見てるし、何よりも猛烈に歩きづらい。その事を永琳に言ってもやはり無視されてしまい、結局半ば引きずられる形で家へと戻っていった。最後に千代さんが零した言葉は、一陣の風によってかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「検証…ですか。それは恐らくあなた様の予想通りだと思いますよ?八意様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から庭師が仕事に戻っていくのが見える。ドアを閉じてまたキッチンに篭もり始めた永琳に嘆息しつつ、やっと開放された右腕をグルグル回す。今日は朝のトレーニングもやれてないし、永琳に調子を狂わされてばっかりだ。それに、折角の休日なのに、まだ特別な事を何もやれていない。かと言って何かをしてあげれる訳では無いのだが、そういう問題ではなく、何も出来ないことが嫌なのだ。

 本当に今日の永琳はどうしてしまったのだろうか。いつもの大人な雰囲気が消え、まるで少女に逆戻りしたような錯覚に囚われる。このデレっぷりは、僕の人生で一度も感じたことのないものだ。そもそも、女性からそんな事をされるなんて、どこかのゲームの中でしか見たことが無かった。記憶が無くてもこれだけは断言出来る。

 

「僕はきっと、超モテないダメ男だったに違いない…」

 

記憶を失う前は、きっと女の子が避けて通るような冴えない男だったに違いない。女性と会話した経験なんて数えるほどだろうし、こんな事をされるなんて夢のまた夢だろう。確証が無いので今日を素直に喜ぶことは出来ないが、戸惑いを除けば………うん、ちょっと嬉しい。

 

(って、何を考えてるんだ僕は!永琳は僕のことなんかただの居候としか思ってない筈だろ。高望み甚だしい!)

 

 こんなヒョロヒョロなもやし男なんて誰が好きになるか。僕が女だったとしても、僕みたいな男はお断りだ。頼りないし、ヘタレだし、もやしだし…。なんか、自分で言ってて情けなくなってきた。これ以上自分を罵るのは止めておこう。

 

 

「修司ー!ご飯出来たわよー!」

 

 

 どうやら早めの昼が完成したらしい。永琳の事だから、きっとまた微妙なんだろうなぁ…。

 

(でも…)

 

 味は微妙だし、見た目は崩れているし、盛り付けは雑だ。でも、不味いと思った事は一度も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べ終え、修司と永琳は日の当たる二階のベランダから、庭師が手入れしたての庭師を眺めていた。なぜこんな事になったかと言うと、「さて、今日は何をしようか」と、僕が言い、彼女が、「取り敢えず、今日はゆっくりしたいわ」と返し、それならば二階のベランダが妥当ではないかという結論に辿り着き、現在に至るのだ。

 色々と物申したいのは分かる。何故昼にそんな会話が出るのだとか、一日中家でのんびりしているつもりかとか、そんなのは全て受け止めても尚、ベランダという意見が通ったのにはちゃんとした訳があるのだ。

 

「時間の流れがゆっくり感じられるわ…」

「僕もだよ。最近は目まぐるしく日々が過ぎていったからね。またにはこういうのもいいね」

 

 そう、僕達は最近、やることが多すぎて、まるで下っ端のサラリーマンのような感じに色々とやる事が山積していた。永琳は研究と上役との会議や交渉。僕は家の家事と永琳の研究の手伝い。気付けばもう日が落ちていた…なんて事はざらにあり、徹夜もそれなりに経験した。時間の感覚がおかしくなり、永琳と共に庭師に注意された事もある。少々お節介な庭師だが、この都市にはなかなかいない人材なので、永琳も僕もかなり助かっている。

 そろそろ息抜きが必要だと思っていたところに永琳の休みが入り、これ幸いと便乗して僕も休んだ。僕の仕事は永琳に関係している事が殆どなので、永琳が休みなら僕も休みだ。

 やはり、休みだからどこかに出向くなんて典型的な考えは捨てるべきではないか。ゆっくり一日を感じられるのは新鮮でいい。

 

 空を見上げれば見えるのは緩やかに流れる雲。その流れを目で追っていると、ここが防壁に囲まれた未来都市である事を忘れることが出来る。壁の中でくらすなんて想像も出来なかったけど、案外狭苦しいものだ。だが、視界一杯に青い空を映し出すと、やはりこの世界は無限に広がっているのだという事を再認識し、同時に自分がこの広い全ての一部である事を感じられる。

 心地いい風が頬を薙ぎ、隣に座る女性の美しい銀髪をいたずらに揺らす。以前の僕ならばこんな事を感じる前に全てから目を背けていただろう。見えるもの全部が恐ろしくなり、逃げるという選択肢を迷わず選び、周りからなんと言われようと頑として再び手を伸ばすことを拒絶したあの頃。事実、今があの頃から改善されているかと言われれば、それは否、と答えるだろう。

 だが、変わったことも、ある筈だ。自分が気付かないだけで、本当は良くなっていると思う。そう、“信じたい”。

 

「こうもいい日だと、眠くなってくるわね」

「そうだね」

 

彼女が僕の肩に頭を寄り掛からせ、腕を絡ませてくる。ここまで来たらもう恋人の所業じゃないか。もうパニックになることは無くなったが、それでも困惑の念は拭い去れない。

 

「どうして…」

「ん?何か言った?」

「…いや何も」

 

 二の句を呑み込み、永琳に気にするなと言う。ずっとくっ付いてきて一体どうしたんだと言いたいが、その問いはもう朝から何回もやり、全てをはぐらかされている。今更答えがもらえるとは思っちゃいない。僕が訊きたいのはもっと別の事だ。

 だがその思考は、突如として僕の膝の上に乗せられた彼女の頭によってかき消された。

 

「永琳?どうしたの?」

「見て分からない?膝枕よ」

「それって普通逆じゃ…」

「いいじゃない。今日一日家主命令で私に付き合ってもらうんだから、これくらいは当たり前よ」

 

そんな事は初耳だ。命令である以上逆らえないが、最初に僕に今日の予定について言ってきたのは永琳の方じゃないか。だから朝から頑張って行く場所を探していたのに…。

 

「ふぁぁ〜。このまま寝ちゃってもいいかしら」

「ご自由に。僕はこのままでも大歓迎さ」

「ふふっ、嬉しいわね。じゃ、お言葉に甘えて…」

 

 永琳は微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。

 銀の編み込まれた髪をくゆらせて、僕の膝で綺麗な家主さんが幸せそうに寝息を立てる。こうしてると、ただの女性にしか見えない。

 

(…永琳は、本当に頑張ってるなぁ)

 

つくづくそう思う。彼女の仕事量は常人の何倍もあり、できるだけ分担してあげたりしてはいるのだが、それでも毎日仕事に追われる日々。よくこんな職場でこれまでやってきたと賞賛するに難くない。普通ならこんなブラック企業速攻で辞めてもなんの文句も言われないだろう。

 

(…今後の参考までに、やっぱり調べておくか)

 

 いつも持ち歩いている情報端末を取り出し、電源を入れる。立体的な顕現を可能にした最新型で、端末を触って操作することも出来るが、直接空間に出現したホログラムを触って直感的な操作も出来るという、優れものだ。

 

(えっとまず…僕でいうネットを開いて…)

 

所々で言葉の違いを知らしめられるが、そこは随時学んでいけば問題無い。僕の知っているインターネットに相当するソフトを起動して、そこから欲しい情報を検索する。

 

「……あ」

 

 検索をしようとしたら、そこに広告として防衛軍の勧誘ポスターが貼ってあった。

 

「防衛軍……か……」

 

悩ましい。永琳の手伝いもあるし、僕はあそこで悪目立ちし過ぎた。入りたいのは山々だが、色々と問題が起こるんだろうな…。

 

 でも…と、修司は右手を見る。

 

 僕はここが好きだ。永琳のいる、この世界が。だから、それを護るために、僕は力をつけなければいけない。

 そう、僕の本能が訴えている。大切なものを守り抜けと、頭を叩いてくる。

 

(…起きたら、話してみようかな…)

 

 眼下に横たわる可愛らしい彼女の頭をそっと撫で、銀の髪を梳く。庭師は既に仕事を終えているので家路についているだろう。よって、この現状を盗み見る不埒な輩は誰一人としていない。

 僕は、永琳が僕にしたように慈愛に満ちた微笑みで努力家の彼女を見、そして空を見上げた。

 

 こんな日々が、永遠に続きますようにと、願いを添えて…。

 

 

 

 

 

 

 

 この後永琳が起きたのは夕方だった。僕はこの麗らかな日差しに当てられ、不覚にも眠ってしまい、僕の寝顔を思いっきり晒すことになってしまった。僕が起きるまで永琳はそのままの状態で待ってくれ、起きた時に彼女に散々笑われた。僕はそれに顔を赤くしながらも、早速話を切り出すことにした。

 

「…こほん、それはそうと永琳」

「どうしたのよ、改まって」

「その……」

 

放ったらかしにしていた端末を仕舞い込み、起こした永琳に真剣な顔を向ける。その雰囲気に合わせて永琳も顔を引き締め、僕の話に耳を傾けてくれた。

 

 

 

 

「…防衛軍に入っても、いいかな…?」

 

 

 

 

「…えらく唐突ね。昨日のあれで入りたくなったのかしら?」

「それもある…。でも、理由はもっと他にあるんだ」

「理由って?」

「……この都市を…永琳を……護りたい…」

 

 これに永琳は目を見開き、その驚きを素直に表した。呆気にとられているのか、それともそんな理由で入るのかと思っているのか。

 

「修司…」

「なんだい?」

「私は、これでも強いわ。あなたに護られる必要はほぼ無いし、都市も防衛に関しては人手不足でも鉄壁のAIがいる。そう簡単に破られるものじゃないわ」

「それは分かってるでも…」

 

 口に指を当てられ、その先を言えなくなってしまった。

 

「でもね?女性は普段とてもか弱いの。そんな私を護ってくれる騎士(ナイト)が必要ね」

「え?それじゃあ…」

「えぇ、入ってもいいわよ。元々、私の方から持ちかけた話だもの。そもそも断る理由が無いわ。研究の手伝いも家にいる時だけでいいわ。わざわざ戻ってこなくていいわよ、しっかり鍛えてらっしゃい」

 

 指を離して永琳は僕の頬に手を添え、優しくそっと首まで指を落としていった。

 

「その代わり……頑張ってね?」

「永琳……ありがとう!」

「きゃっ!?」

 

感極まって、思わず永琳に抱きついてしまった。朝からの立場は完全に逆となり、今は永琳の方がアタフタする番だ。

「ちょ、ちょっと!?」

「いいじゃないか、永琳も朝からやってただろ?」

「それとこれとは────」

「────話は別じゃないよ、永琳」

「み、耳元で囁かないで〜!」

 夕暮れに一人の女性の声がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 罰として晩ご飯は僕が作ることになった。別に、いつも僕が作ってるから罰になってないのだが、それを永琳が分かってないわけがないので、敢えて無視することにする。

 今日のご飯も非常に好評だ。先程まで拗ねていたのが嘘のように機嫌が戻り、女性の気分はまるで野良猫のように気まぐれだなと思った。

 そんな野良猫さんの髪を櫛で丁寧に梳いていると、彼女は目を細めて気持ちよさそうに椅子に座っているのであった。素直な永琳はなかなかお目にかかれないので、この時間は結構貴重なものだったりする。お風呂上がりの湯気が出ている女性の髪を梳くのは記憶を無くす前では全く経験していなかったようで、最初は下手の極みだったが、それは既に昔の話だ。今の僕は、女性の世話に関しては絶対的な自信がある。気難しい永琳が満足しているのだ。他の女性にやっても絶対に太鼓判を押されるのは間違いない。他の人にやるつもりはないが。

 

「はい永琳、終わったよ」

「もうちょっとやってくれないの?」

「だーめ。今日はちゃんとした時間に寝ようって言ったの、永琳でしょ?」

「む〜」

 

 ジト目&上目遣いで睨んでくるが、努めて無視を敢行する。靡かない僕を諦めたのか、永琳は椅子から立ち上がり、一言おやすみと言うと、そのまま振り返らずに私室へと行ってしまった。

 そんならしくない永琳に一抹の不安を感じつつも、周囲の用事を済ませた後、僕も床に就こうと部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに寝ながら天井を見つめ、僕は今日の奇妙奇天烈な一日を振り返った。

 

(今日の永琳は…やっぱりおかしかったよな…)

 

そう、一番気にかかるのは、他でもない永琳の事だった。朝からグレーな行為に始まり、常に腕を絡ませて付いて来て、そのままだと散歩にすら行けないので困り果て、庭でゆっくりしようとベンチに座っていると、今度は庭師の千代さんにからかわれ、次は二階のベランダで逆膝枕。他にも色々なアレコレがあったが、それは流石に割愛させてもらう。大方想像通りの事をしていた…とだけ言っておこう。

 

 

ガチャ…

 

 

 と思考に耽っていると、突然ドアが開く音がした。そこから殺気を感じなくても習慣からいつでも迎撃できる体勢にして、その人物が来るのを待った。

 

「修司…」

 

だが、その危惧は杞憂に終わった。その声は正しく永琳であり、気配から敵意が無いことを確認した。

 だが、何故永琳がここに来た。朝の事は理由があるから説明がつくが、これはてんで予想がつかない。

 僕が返答に困っていると、永琳は更に近づいていき、僕のベッドに入り込んできた。

 

(!?)

「お邪魔するわ…」

 

背中を向けて寝ている僕からは彼女の顔が見えないが、きっと寝ぼけているのだろう。意識が朦朧として、朝のようなことを想像していたらこうなったとか。それか、怖い夢でも見て子供のように僕の所に逃げてきたんだろ、そうだろ。そうだと言ってくれ。これは決して故意じゃないと。もう僕の心臓がバクバクと警鐘を鳴らしているんだ。朝のハプニングとは違って、今回は最初から意識がある。それが僕の心臓を更に加速させ、きっと心拍数は余裕で危険値だろう。

 

「ねぇ、寝てるの?」

「……」

 

 これは今日一番で破壊力がある。緊張のあまり口をパクパクさせるだけで精一杯だ。それを就寝していると勘違いしたのか、永琳がさらに身を寄せてきた。

 

「あのね、修司」

(ち、近い近い!)

 

身を仰向けに出来ないくらいに近付かれ、背を向けている状態のままでいることしかできなくなってしまった。

 

「私、今日の事で分かったことがあって…」

 

そういえば、庭師さんとお話している時にちょくちょく検証がどうとかって話をしていたのを思い出した。

 

「…聞いてないわよね…」

 

 やけに決意を固めた雰囲気を出す永琳に、修司は妙に心が落ち着いていくのを感じていた。それは単に永琳の話に集中して気を紛らわそうとしているだけだが、彼女の次の言葉に、また心臓か破裂しそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────私は、あなたが好きよ、修司」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビクッと肩を揺らしそうになったのをかろうじて身じろぎに偽装し、僕はこの衝撃に耐えた。真後ろからいきなり告白されたのだ。これが動揺しない筈が無い。背中が熱くなってくるのを感じる。意識を頑張って永琳が離そうとするが、他に逸らすものがないのでどうしようもない。

 

(えっ!?え、えええええ永琳!?)

 

 どれだけ「え」を重ねても足りないくらいに修司は驚き、頭の中がパニックになった。

 ベッドの中での突然のハプニングに晒され、修司はどうするのが最善策か分からなくなり、ただ背後から聴こえる彼女の声に耳を傾けた。

 

「私ね、今まで、飾られた会話したことが無かったの」

 

暗く静かな一室に、声が響く。

 

「上辺だけの話で自分を着飾って、本当の自分で誰かに接したことがなかった」

 

「………」

 

「あなたを家に招待した時、あなた、なんて言ったと思う?」

 

何て言ったっけな。数ヶ月前の出来事だったが、その時の事はあまり覚えていないや。

 

「あなた、凄いです…って言ったのよ?」

 

それのどこに感銘を受けるポイントがあるというのだろうか。それこそ、永琳の言っているお世辞と変わらない言葉だろうに。

 

「重要なのは言葉じゃないわ。あなたが私に本心で言葉を掛けてくれた事が重要なの」

 

 彼女は語ってくれた。彼女の胸の内を。彼女の今までと、僕が与えたこれまでを。そしてこう、最後に締めくくった。

 

 

 

 

「あなたのその綺麗な心に、私は惚れたのよ。…あ、勿論、他が嫌いってわけじゃないわよ?」

 

 

 

 

 …誰に言ってるのか知らないが、それは人違いというものだ。僕は、そんなに綺麗な人間じゃない。見当違いな言葉を並べ立てられても困る。一時はそう見えていたかもしれないが、それは所詮幻想の僕でしかない。偽りで塗り固めた傀儡の心が吐き出した言葉が、たまたま永琳の耳にはそういった耳障りのいいものに聞こえただけだ。

 永琳は一時の気の迷いに当てられてちょっと正常な考えができてないだけだ。ちょっと外に出れば、本心で言葉を言ってくれる人は何人もいる。

 

 その後も取り留めのない話を少しした後、永琳はそのまま眠ってしまった。男の一緒のベッドで寝るのは些か度胸があり過ぎるのではないかと思うが、勿論僕はそんな事をする人間ではないので、僕はただただ緊張しているだけだった。これは新手の拷問かなにかか…。

 

 結局その日の夜、修司は一睡もできなかったそうだ。

 

 




 完全なる閑話回にしようと思ったのに、なぜか本編への絡みのある結果になってしまった……。

 今回は、永琳が自分の気持ちを確かめるために修司に苦行(ご褒美)を与えて、それが恋心であることに確信を持つ話でした。ついでに、修司が軍に入ることになる話でもあります。

 ここではっきりさせなきゃ後々面倒になるのでこうなりましたが、後悔はしてません!!
 いきなりの美味しい展開にタジタジの修司でしたが、最後まで暴走せずに耐え切ったのは、ただ単に永琳に裏があるんじゃないかと、心の奥底で勘繰ったからでもあります。修司の自制心は、都市の防壁よりも分厚く堅牢です。話の中で修司が暴走することは有り得ないというくらいに凄まじい防衛能力です。

 ここから物語が進展していきます。次回も楽しみにして待って頂けたら幸いです。
 それではまた来週。

 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。