まぁ、文章力はこれから努力していきたいと思っていますので、寛大な心で気長に待って頂けると幸いです。
あ、それと、前話投稿時に確認したところ、なんと、この小説がお気に入りに登録されていることに気付きました!!!
更に、初のコメントも届きました!!!
本当にありがとうございます!!!
ではどうぞ。
ハイテク自動車が停車したので、永琳との会話を打ち切って外を見てみると、そこには色んな建物が乱立していて物々しい雰囲気を纏った外観を持つ、街とは違った感じの建物群があった。それを囲むように塀があって、僕達の目の前にはよく学校なんかである感じの門があった。そこには門兵のような人が二人いて、永琳が窓を開けて来た理由を説明すると、門を開けて中に入れてくれた。
自動車が滑るように中にある駐車場に停車し、下車して
「大きいな」
「本当ね。でも、都市の防衛軍は妖怪から生存する要だから、どの施設よりも予算が降りるのよ。実際、この都市の中で本部の次に大きい建物よ」
圧迫してくる建物の間をすり抜けて、永琳はとある一つの施設の中へと入っていった。
そこでは沢山の人が訓練をしており、それを見ている一人の男がいた。永琳が彼に挨拶をすると、彼はビシッと敬礼して、ハキハキといい返事をした。
「八意様!御足労、ありがとうございます!」
「今日は彼の実力を試させたいのだけれど」
「はい!そういう事であれば、いつでも!」
話が早いということは、きっと既にアポは取ってあるのだろう。毎回手回しが早いな。
まぁ、それは僕もなんだけど。
部隊長だと言った彼に連れられ、修司は兵士達が乱闘している所へ向かった。隊長が一声「集合!」とかけると、兵士達はすぐさま彼の元へと集まってきた。皆息は切れておらず、得物はそれぞれ違ったものを装備していた。
「よく聞け!今日一日俺達の訓練に参加する事になった奴が一人いる!まずは自己紹介からだ!」
彼はそう言うと、修司に目配せをしてきた。既視感のある光景に半ば感動しつつ、修司は声を張り上げて応えた。
「えい…八意様の従者の白城修司です!今日一日、よろしくお願いします!」
最初永琳と言いかけたのは秘密だ。僕が自己紹介をすると周りがヒソヒソと小声で話し始め、チラチラ向けられる視線は好奇の視線だった。これはよく見たことのある視線だ。
(あれが噂の…的なやつだな)
最近僕の事が噂になっているのは気付いていたが、それでも街中で少し視線を感じるだけだった。そして、好奇は段々と慢心に変わっていく。
(あ〜、これは相当嘗められてるな)
これまで訓練してきた自分達がこんなヒョロヒョロの優男に負ける筈がない。そう、彼らは言いたげだった。流石に侮辱を口に出す馬鹿はいなかったが、それでも視線から痛いほどそれが伝わってきた。
「よし、白城の実力をまず測りたい。適当に誰かと手合わせをしてみてくれ。誰がいい?」
部隊長はそれに気付いたのか、少し口角を上げて訊いてきた。この人、俺の実力を既に見切っているというのか?
兵士達が全員にやけている。これは…ちょっとやるしかないな。
「じゃあ、この中で一番強い人とやりましょう」
その場にいた永琳と僕以外の全員が息を飲んだ。そして、次々に抗議の声が上がる。
「俺達を何だと思ってやがんだ!」
「お前みたいなヒヨッコが勝てる訳がねぇだろ!」
「ちょっと八意様に近い役職だからって調子に乗ってんじゃねぇ!」
とまぁこんな風に、色々な罵倒を食らった。君達は沸点が低過ぎんだよ。
「静かにしろっ!!!」
すぐさま部隊長が叱咤してその場は収まったが、彼らからの嫌な視線は止まることを知らなかった。
「部隊長、ここは俺がやります」
と、手を挙げて前に進み出たのは、他の兵士よりも筋骨隆々な大男だった。背は修司より少し高いくらいだったが、その体つきは修司の何倍もがっしりとしていた。
恐らくこの中では一二を争う実力者だろう。手に持つ幅広い刀身の両刃直剣が小さく見えてしまう。
「ここのナンバーワンはあなたですか?」
「おう。俺は強いぜ?本当にいいのか?下手したら怪我しちまうぞ?」
「そんなのは百も承知ですよ。お気になさらず」
軽くおちょくってきたがそれを意に介さず受け流し、修司は部隊長に言った。
「あの、僕に武器って支給出来ますか?」
「あ、あぁ。なんでもいいぞ」
部隊長に武器の支給をお願いしたところ、どうやらここにあるものならなんでも貸してもらえるようだ。なにやら部隊長の顔が変だが、どうかしたのだろうか。
「それなら、脇差を一本貸してもらえますか?片刃のやつを」
「えっと、脇差か…。誰か持ってるか?」
部隊長が暫く考えた後、兵士の集まりに向かって声をかけた。すると、中に埋もれていた一人が手を挙げ、自分の腰に刺さっていた脇差と鞘を修司に渡した。
「ありがとうございます」
「い、いや……」
渡してくれた兵士も何故か萎縮している。部隊長といい彼といい、一体どうしたというのだろう?
「よっ、ほっ、はっ」
慣らすために何回か素振りをした後、開けた場所へと移動していたあの大男に声をかけた。
「待たせました。さぁ、やりましょうか」
「…後悔するなよ」
「皆、壁に沿って並べ!さ、八意様もどうぞ」
部隊長が僕達のために空間を開けてくれた。わらわらと壁に駆け足で寄っていく兵士達の中で、永琳だけがこちらを見て読めない表情をしていた。
彼と正対した修司は、頭の中が何かに侵食されていくのを感じていた。それは懐かしい暖かみを纏っており、同時に鋭い冷たさを内包していた。だが、それを拒むことはしなかった。修司は本能的にこれが“望んでいた自分”であることを理解していたからだ。
逆に言えば、これが“僕”であり、これまでの“僕”は“僕”の“僕”だったのだ。
(ふふっ………ふふふふふふ………)
これまでにない高揚感が体を支配し、自然と笑いが出てくる。だが外面は非常に冷静で、無表情を貫いていた。
羽織る殺気に意味は求めない。込める力に理由は無い。ただ、全ての根底に“心”があればいい。
「それでは、降参か気絶による戦闘不能で勝敗を決定する。致命傷や瀕死の怪我は負わせないように。殺すなんてもってのほかだ。それでいいか?」
「はい」
「分かりました、部隊長」
二人が応と言うと、それぞれ得物を構えた。男は長さが1mほどもある両刃の直剣。修司は30cm程度の片刃の細い脇差。武器共に貧弱に見える修司とは対照的に、男からは
全てにおいて男に負けているような印象を受ける構図だったが、修司の纏う雰囲気が、それを真っ向から否定していた。
(…あんな異常な彼、見たことないわ)
永琳はダラリと両腕を垂らして気のない構えをしている修司を見て戦慄した。顔は無表情、口調は平然と、構えはヤル気が無さそうに。一見すれば何ともない感じの彼だったが、彼の目は、そのハイライトを爛々と輝かせていた。これだけ鑑みれば戦闘狂ではないかと思うのだが、それもまた違った。彼には……そう、“心”が無かった。
(相手は霊力を開放しているのに、修司は霊力のレの字も無いほど完全に素の状態。彼はまだ霊力の事を知らない筈だから使えないのは知っているけど、どうして知らない筈の霊力を“完璧に抑えている”の?)
彼はまだ霊力の存在すら知らない筈である。それが、常人ならば微弱に垂れ流している筈の霊力さえも抑えているのだ。これに彼女が驚かないわけがない。
部隊長が右腕を振り上げた。あれが振り下ろされれば、修司と彼の闘いが始まる。だが、部隊長の目には、僅かながら躊躇いが見えた。永琳はそれから、彼が薄々ながら修司の異変に気付いたのだろうと推測した。殺気を完全に隠して、霊力も抑えている。そして倦怠感すら感じる雰囲気。
これまでの彼とは明らかに一線を画していた。それは永琳の不安を煽るには十分であり、心の内で切に祈った。
(どうか、“無事”でいて…)
「────始めぇ!!!」
部隊長の腕が振り下ろされると同時に、男は修司に向かって思いっきり剣を突き刺してきた。
一同は彼の行為に驚いた。訓練用に刃は削って斬れはいようにはしているのだが、それでも力の限りに突き刺したり、肌を撫でたりすれば、当たり前だが肉が断ち切れるほどの傷を負わせることが出来る。致命傷を与える事以外が許可されているとはいえ、彼は都市の重役、八意様の従者であり、その地位は少なくとも下級兵士よりは上なのである。そんな彼に酷い怪我を負わせたとなれば、リーダーである部隊長の責任になりかねない。
「…」
だが、それはあくまで彼に剣が当たったらの話であって、現実が絶対にそうなるとは限らないのだ。
ギャリィン!!
「何っ!?」
男が不意打ち気味に放った刺突は、剣の刀身に添わせて軌道をずらした修司の脇差によって、呆気なくいなされた。しかし、刺突の勢いはまだ健在であり、それによって男は体を無防備に曝け出すことになった。そして修司は彼の腹に空いている左の手の平を当て、打ち出した衝撃を男の内部にぶち込んだ。
「破っ」
短い気合いと共に男が体はくの字に折れ曲がり、受けた衝撃によって数10mほど吹き飛ばされた。内蔵をひっくり返される感覚がして、男は地面を情けなくゴロゴロ転がり、腹に受けた攻撃に苦悶の声を上げる。
「っあああああぁぁぁぁぁ!!!」
余程痛かったのか男の声は部屋中に響き渡り、原因である修司はその五月蝿さに耳を塞いだ。
「…これはいい。体術に物理学を織り込んで、中国の攻撃法を真似てみたんだが、予想以上の効率だ」
だが表情は相変わらず無表情で、静かに自分の攻撃について色々と感想を述べていた。
修司は、男が起き上がるまで待ってあげると、近くに落ちていた彼の剣を持って、彼に放ってあげた。剣が床に刺さり、男の目の前で天井の蛍光灯の光を反射してキラリと光る。
「…………」
男は剣を無雑作に掴み取って立ち上がると、先ほどの嘗めた視線ではなく、本気で相手を殺しにかかる時の目で修司を見つめた。
「まだ僕の実力は測れてませんよね?もうリタイア…なんて事は止めて下さいよ」
「勿論だ。俺も本気でやってやる」
下級の兵士で使用できるのが珍しい霊力を限界まで開放し、男は剣を構えた。永琳にしてみればそんなに多くない量の霊力だが、霊力を全く出していない修司にとっては脅威だ。
そもそも、先の一撃だって、男は剣に霊力を這わせていたし、体にも少なくない霊力を纏わせていた。こういう力の前では、ただの肉体の攻撃は無謀に等しい。霊力が使える事は
その攻撃を彼はただの脇差で軽くいなし、ただの掌底でダメージを与えた。この事実が何を意味するか。
「やぁぁぁぁ!!」
故に────
「おりゃあぁぁぁぁ!!」
男の攻撃は────
「らああぁぁぁぁぁ!!」
全て完璧に────
「まだまだああぁぁぁぁぁぁ!!」
防がれていた。
男が両手をついて肩で息をしている。対して修司はまだ鼻で息をする余裕があるようだ。剣を取り落とし、男の顔は驚愕で染まっている。霊力を出していない人間に負けたのだ。そのショックは相当だろう。それに対して修司は小声で、「あと1cm誤差を…」なんて言っている始末だ。
「…もう、勝負はついたでしょ、終わりにして」
「いくら八意様と言えども、それは了承しかねます」
彼らの繰り広げる一方的な“心を折る闘い”は、既に決着がついたようなものだ。しかし、部隊長は打ち切ることをよしとしなかった。勝敗条件は、相手を気絶させるか、降参させるかだ。男はまだそのどちらもしていない。つまり、まだ負けてないのだ。こんな拷問のような状況をまだ続けるのかと、彼の友達の兵士は部隊長に詰め寄った。しかし部隊長はその剣幕に臆することなく、こう言い放った。お前は友人の顔に泥を塗るのか…と。
「ねぇ、もういいじゃない。修司の実力はよく分かったでしょ」
「いいえ、まだ終わるわけにはいきません」
永琳が説得しようとするも、相手は部下をまとめあげる部隊長。その生粋の武人魂に揺らぎはなく、権力に屈しない風貌は永琳ですら敵わなかった。
「さぁ立って下さい。まだ負けを認めていないということは、まだ闘う意志があるということですよね?」
「うぅ………ぐぅ…」
修司の問いかけに返答することすら出来ない。それほど彼は完膚無きまでに叩きのめされ、体力的にも精神的にも立ち上がれない状態だった。そんな彼がまだ降参を認めないのは、ひとえにただの安いプライドだった。
霊力が使えて、集団の中で抜きん出ていた才能を有していた彼は、それこそ下級兵士の中では神童、秀才、希望ともてはやされていた。しかし彼はあくまで下級の中では、という条件を忘れ、一人才に驕っていた。そんな彼を部下に持つ部隊長は、藁にもすがる思いで八意様に頼み込んだのだ。
────彼を更生させる策はありませんか…と。
結果、彼のメンタルは木っ端微塵に砕かれた。もう力に驕ることはしないだろう。しかし、永琳は一つミスをしていた。
それは、修司の事だ。
彼は以前、熊の妖怪と互角に渡り合っていた。そして、彼女が今すぐ動かせる唯一の人材であったので、永琳はこれ幸いと彼を誘ったのだ。彼ならなんとかしてくれる…。確かになんとかはしてくれた。しかし、その代わりに永琳は“何か”をミスしてしまった。その何かは今の彼女には理解出来なかったが、それが良くないものであるのは容易に分かった。その結果、“この修司”が出来てしまったのだから。
「まだ立てませんか?もうそろそろ一時間は経ちますよ?」
「……………」
最早声すら出なくなってしまった。兵士達は更に部隊長に迫り、永琳もそれに参加する。しかし部隊長は静かに事を見守る姿勢を崩さない。
やがて修司は起き上がらない男に近づき、優しく話しかけた。
「…霊力を使えるみたいですね。その階級で使えるというのは、とても有利です。すごい才能ですね」
「………」
「ですが、あなたはそれにかまけて人間の強みである“努力”を怠ってしまった」
「………」
「それが今回の結果です。目下の人達を見下して満足していたあなたが招いた、必然です」
「………」
「────でも、それでもいいじゃないですか」
「………!」
反応が無かった彼に、この時初めて反応があった。
「過去は変えられませんが、これからを変えていく事は出来ます。それまでが駄目でも、その先に影響を及ぼす事は可能です。…後は、自分が何をすればいいか、分かりますよね?」
まるで先生が子供に言い聞かせるように、修司は彼に慈愛を込めて語りかけた。その一句一句に彼の心は揺さぶられ、そしてか細い声で一言、修司に言うのであった。
「……負けました」
手合わせが終了し、部屋の空気はいつの間にか溜めていた圧力を吐き出すように緩んでいった。男の友人は彼に駆け寄り、部隊長はその場の指揮を取り、永琳は修司の元へと向かった。
「…修司」
「ん?何?永琳」
クルッと振り返った修司の顔はいつもの修司の顔に戻っており、男との戦闘の跡がなければ完全に日常の風景に溶け込んだ表情だっただろう。それが逆に永琳の顔を暗くし、修司はそれを不思議に思った。
「どうした?何だか顔色が悪いよ」
「いえ、別に大丈夫よ…」
心配する修司をよそに、永琳は部隊長のところに行った。
「…今日はもう帰るわね」
「あ、そうですか。それではまた機会があれば…」
部隊長が出会った時と同じく勢いのある敬礼をすると、それにつられて他のみんなも敬礼をした。
「えぇ、それじゃあ…」
永琳は彼に別れを言い、再び修司の元へと戻っていった。彼は借りた脇差を返し終わったところらしく、貸してもらった人と軽い談笑をしていた。
「修司」
「今行くよ。……それじゃあね!」
「あぁ、またな!」
どうやら友好関係を築くことに成功したらしい。なんだか自慢げな顔をして永琳の元に来た。
「もう帰るのか?」
修司が訊いた。彼女の雰囲気から帰宅の旨を感じ取ったようだ。
「えぇ、今日はもうこれでいいわ。また来たいなら、今度ね」
「そっか…」
心做しか残念そうだ。永琳はそんな彼に言い得もない感情を煽られ、手を掴んで部屋を後にした。
* * * *
家に帰ると、修司は早速晩御飯を作り始めようとした。
「待っててね、今からご飯作るから」
見せる笑顔はいつもと変わらなかった。まるでさっきの闘いを感じさせない爽やかな笑みに、永琳は少し不信感を感じ、彼を引き止めた。
「待って、少し話があるんだけど…」
「話?う〜ん、ちょっとご飯が遅くなるけど、それでいいなら」
「構わないわ」
寧ろ今は何も食べたくない気分だ。私は彼をテーブルの椅子に座らせると、それに対面する形で反対側に座った。
「あなたに訊きたいことがあるの」
「訊きたいこと?」
首を傾げる修司に永琳は頷き、今一番気になっている事を切り出した。
「修司、あなたは…………何者?」
瞬間、部屋の空気が底冷えしたものに変わった気がした。目の前にいる修司はニコニコしながら怪訝そうな顔をしている。その器用さに更に疑問を深めると、永琳は言葉を続けた。
「あなたがあの大男と闘っている時、あなたがあなたじゃなくなったような感じがした。私の知っているあなたが消えて、知らないあなたが出てきた。…まだ疑問な点はあるわ」
「…………続けて?」
あからさまにわけの分からないという顔をしているが、永琳の目は誤魔化せなかった。
「あなた、記憶が消えているんでしょ?それなら、霊力の存在だって知らない筈よ。だけどあなたは、霊力を増減させる事はおろか、完璧にコントロールしていた。」
「?僕は霊力なんて使ってないよ?」
「わざと使わないようにしたんでしょ。あの人のプライドを折るために」
「そこまで過大評価しなくても…」
「いいえ、あなたはそれだけの事をやってのけたのよ。霊力無しで霊力を使用している人に勝つなんて、常人では到底できないことよ」
「………」
修司は先程までの笑顔を消し、唐突に無表情になった。それは男と闘った時の顔と同じだったが、目はあの時のように輝いてはおらず、逆にハイライトは消えていた。
「もう一度訊くわ。あなたは、誰?」
「…あはは…」
乾いた笑いが漏れる。
「永琳…」
「何?」
「……永琳は、僕の恩人だから教えてあげるけど、他言無用でお願いできる?」
「誓うわ。絶対に秘密は漏らさない」
その言葉を聞いても彼は気持ち悪いほどに無表情で、お茶を煎れてくると言って、その顔のままキッチンへと向かった。
暫くして修司がお茶を持って戻ってくると、何も言わずに二つ注いだ。いつもなら「お茶いる?」なんて一言かけたりするのだが、その能面からは何も発せられなかった。
「まず、永琳の感じている違和感と、あの時の霊力の話の原因は一つ。…………病室で話した時、僕の能力について話したよね?」
「えぇ、確か、『いくらでも記憶する程度の能力』だったわよね?」
これは永琳が検査から決めた暫定の能力名だ。
「僕は、あの能力について、この数ヶ月間色々と試してみたんだ。そして、この能力の本当の名前が分かった」
「分かったの?」
これまでに起こった事と検証を鑑みた結果だがな、と修司は言葉を添えて、やっと判明した能力を口にした。
「僕の能力の本当の名前は、『昇華する程度の能力』だ」
「『昇華する程度の能力』…?」
自分の口でオウム返しをして、その昇華という言葉の意味を思い出す。そしてその恐ろしさが理解出来ると、永琳の顔は段々と青ざめていった。
「それって…」
「自分でも思うよ、なかなかに規格外な能力だってね」
彼はこの能力について説明してくれた。
『昇華する程度の能力』とは、文字通り、対象を昇華して自分のものにすることが出来る能力だ。それが物であれ、人であれ、そこに昇華出来るものがあれば、何だって昇華出来る。
そうやって昇華したものが知識や概念などであれば、それは脳に刻まれ、頭痛という形で表れる。身体的なものであれば、体に表れる。
昇華はコピーとは違い、得たものを進化させて取り込む。なので、例へば剣豪の剣術を昇華したとなれば、手合わせでその剣豪を倒せるくらいの剣術を手に入れた事になるのだ。これは相当にヤバい能力である。
永琳と初めて出会った時、彼は一ヶ月も昏倒するほどの頭痛を患った。あれは、永琳の知識や概念を全て昇華して取り込んでしまったからだ。だから脳に100年分ほどの容量が存在し、彼女に教えられてもないのに彼女の取り組んでいる研究や都市の知らない技術を扱えた。まだ彼は言ってないが、彼女の研究を飛躍的に進歩させる方法も、彼は昇華したので知っている。だが、こういうのは努力して手に入れるものだ。なので、永琳には言ってない。
熊と闘っていた時、永琳と出会った時、病室で彼女から書類を見せてもらった時、制服の説明をされた時、彼女の家を初めて見た時、兵士と手合わせをした時。この他にも数多の時、彼はこの能力を使用して知識を得ていた。
ここまで説明して、修司は一旦お茶を啜った。永琳はこれを聞いて呆然とした。これが本当だとすれば、彼は既に、相当の知識を蓄えていることになる。どうりでこれまで色々と博識な部分があるなと思った。常人が永琳の話に付いていけるわけがないし、都市を一目見て驚嘆していた人間にしては対応力が異常だった。
永琳が知っていたから霊力の事を理解出来た。あの兵士の戦闘好きな概念を得たから、自然とあの時の彼はその状態になったのだ。
(…あれ?)
だとすればまた一つ、疑問が浮上してきた。戦闘の時の彼は理解出来たが、なら何故今、そんなにも無表情で、不気味なのだろう。
それを伝えると彼は「永琳なら分かるよ」と言って、教えてくれなかった。
「ほら、そんな事よりさ、早くご飯食べよ?」
「え、えぇ」
そのまま押し切られ、修司はキッチンにパタパタと駆けていった。その後ろ姿を永琳はただ見つめていた。
* * * *
永琳におやすみと言って、修司は自分の部屋に戻……らなかった。
(ちょっと風に当たって来ようかな)
そう思い立ち、彼は玄関を出て庭にあるベンチに座った。相変わらずここの庭は馬鹿みたいにデカイ。庭の手入れは定期的に専属の庭師がやってくれているので綺麗に保たれているが、そんな風景に権力の堅苦しさを感じ、修司はこの庭があまり好きではなかった。
だが、永琳に盗み聞きされない場所がここしかないので、ここで我慢するしかないだろう。門に近いベンチに腰掛けたので、目の前には庭の中に建つ豪邸が見えた。そこでは今から永琳がベッドで寝ようとしているだろう。…いや、彼女の事だからきっとまだ研究に没頭しているに違いない。…後でお茶でも持ってってあげようかな。そういう事をしてあげると、彼女はとても喜ぶ。喜んでいる時の彼女はまるで少女だった。
「永琳……」
恩人の名を呟く。それは月光照らす庭が佇んでいる涼やかな空気が吸い込んで、何処と無く霧散していった。
「永琳は………恐らくいい人だ。…多分」
記憶を無くしても、その時に刻まれた感情は残っているようで、僕はどうしても人を信用出来ないようになっていた。過去に何があったのか。それは未だに思い出せないが、それでも、心にこんなに深く刻まれているという事は、過去の自分にとってとても酷い何かがあったのだろう。
彼女を信用したい。命を助けてくれたし、優しいし、嘘偽り無く話してくれ、本心からの言葉をかけてくれる。
こんなに信用出来る条件が揃っているというのに、僕の心は頑として拒否の姿勢を変えなかった。
「どうして…どうして僕は“信じることが出来ない”んだ!!」
悲痛な叫びはまたもや虚空に消える。
彼はさっき、自分の能力について説明した。永琳はそれを聞いて納得し、彼を“信じて”くれた。なのに────
「何故“全部”言えないんだ!」
彼の能力は、実はあれだけではない。あれだけ聞いたならば、なんと素晴らしい能力だろうと思うだろう。だが、この能力には“弊害”がある。
例へば、午後に手合わせをした兵士を例に挙げてみよう。彼の概念を昇華し、戦闘好きになったと説明したが、本当は違う。
本当は、彼の“精神”を昇華したのだ。
実際、彼はそんなに戦闘狂ではない。昇華して得た情報では、彼は案外快活なだけで、次ぐに手が出るような喧嘩早い人格ではないのだ。戦闘の時に修司がああなってしまった理由はもっと別にある。
(…混在する人格………)
彼はこの弊害を、そう呼称する。
概念や思想など、対象の内面を昇華する弊害として、対象の人格を自分の中に取り込むのだ。考えれば当たり前である。彼らの人格からくる思想や概念なのに、彼らの人格無くしてそれは理解出来ない。今、彼の中には、いくつかの人格がある。永琳、兵士、部隊長……挙げていけばキリがないが、既に“自分を保つ”のが難しいくらいに精神が混在している。
あの男との手合わせの時、修司はその場にいた全員を昇華した。そうする事で、どんな武器でも一応は使いこなせるようにし、男の持つ剣との相性を考えたのだ。その時、あまりに多くの人格が流れ込んできたために、一時は混沌に身を落としていた。永琳が心配していたのはそれだ。
(どんどん、自分が無くなっていく…)
一見すれば恐ろしい事だが、なんと修司は、それを受け入れているのだ。
「こんな“信じれない自分”なんて、居なくなってもしょうがない」
諦観。その一言に尽きる。修司は既に信じる事を諦めており、もうこのまま生きていく事に決めた。
誰かの為に流す涙なんぞ持ち合わせていない。誰かの為に笑う感情も無い。あるのは、ただ、相手の信用を得ようとする傲慢な心のみ。自分は信じないくせに、相手からは信じてもらいたい…。そんな都合の良い望みを抱き、今日も永琳に喜んでもらうために、深夜にお茶を用意するのだ。本心から彼女の為と言えたらなんといい事だろうか。だが根底にそんな綺麗な感情は無く、親切の対価に信用を要求する。
「こんな自分……“消えてしまいたい”…」
いつか、この願いが現実になるとも知らずに、彼はそう、言葉を零すのであった。
ここで、ちょっとやらかしたことに気付きました。
作中に霊力の話題が出て来たのですが、修司が既に知っていたこともあり、説明するタイミングを逃してしまいました。ですので、今この場で説明させてもらいます。大変失礼致しました。
この作品での独自解釈も含まれますので、読まれた方が、よりこれからの展開を楽しめるかと思います。
以下説明↓
霊力とは、人間が内に秘めるエネルギーのことであり、これを操れるようになれば、その人の戦闘力は飛躍的に上昇する。これが枯渇すれば激しい倦怠感と疲労に襲われ、立っているのも辛くなる。
どんな人間でも常に微弱ながらも霊力を全身から放出しているが、それは全く気にならない程度のものなので、普段は気に掛ける必要はない。
だが、霊力を意識して操作するには弛まぬ努力と天賦の才が必要である。
霊力を全身に過剰に纏うと、身体能力や神経系、肉体強度が強化され、またこれを局所(拳や脚とか)に集中して纏うと、その部分だけが強化されたりする。また、自身の霊力を武器などに纏わせることも出来、攻撃力を上げれる。
霊力は、単純な身体強化以外に弾やレーザーとして打ち出せる。と言うか、こっちの方が主流。
他に、霊力を固めて結界を張ったり、脅しとして適当に放出して威嚇したり出来る。
霊力の他に、妖怪の持つ『妖力』や、神様の持つ『神力』がある。更に他にもあるが、ここでは明かせない。
――――
余談ですが、作中に出てきた手の平を押し当てる攻撃ですが、これは、ポ○モンで言うはっけいという技であり、全身から手の平に伝えた衝撃を相手に送る、内部破壊を目的とした攻撃法です。中国うんぬんは完全に作者の妄想ですので、スルーの方向でお願いします。
と、いった感じです。
ではでは、また来週にお会いしましょう。