東方信頼譚   作:サファール

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 読者の皆様、大変長らくお待たせいたしました。
 受験後の手続きや免許うんぬんで忙しく、またプロットを頭に呼び起こす作業に時間を掛けてしまいました。

 今日から定期投稿…と行きたいのですが、生憎書き貯めも何もない状態ですので、不定期投稿にシフトします。
 完結まで努力し、完走する覚悟ですので、どうかお付き合い下さい。

 今回から新章です。ついに本格的に原作との絡みを書けるので、モチベーションが上がってます。

 今日も一日頑張るZOY!

 


二章.その青年は幸福になるべき存在
31話.巡る星々と忌まわしき神


 

 相も変わらずに視界延々と続く森林。澄み切った青空。人の手が入っていないありのままの景色。

 

 仏教的に言うならば、諸行無常なこの世界。だが、その中でも変化というものは存在する。

 水が永遠と見間違う時を経て、岩石を削るように。命が消え、産まれ、魂の光が瞬くこの大地にも、変わる時は訪れるのだ。

 

 

 

 

「…食えないものばかりだ」

 

 

 

 

 最後の一匹の喉元に短槍を突き刺し、躊躇いなく抉り飛ばす。

 

「ゴァフ……」

 

 断末魔も弱々しく、狼を模した獰猛な妖怪はその体を横たえる。

 

「…………」

 

 最期の一撃の振り上げた鉤爪は、修司に届くことなく地面を引っ掻くのみとなった。それを不満気に眺め、興味を失ったかのように踵を返した。

 

「まあいい。備蓄ならまだある。時間の空いているものから食べよう」

 

 足元で地面が蠢き、艶々とした鉄キューブの一角が姿を見せる。グパァと開いたその穴に、彼は持っていた木の実をポトポトと落とし入れ、歩き出した。

 後ろで鉄の貯蔵庫が地面に潜った音を聴き、短槍の血を払い落とす。

 

「方角は……あっちか」

 

 経験で身につけた時間感覚と太陽の位置を計算し、彼は向かうべき方角へ足を向ける。

 彼が目的地に着いたのは、それから一時間後だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ」

「おかえりなさいませ!」

「肉は手に入らなかった。備蓄で済ます」

「はい。鍋の用意を致します」

「じゃあ、お水を汲んで来ます!」

 

 ハク達────妖怪の大将達との戦闘の戦果として仲間になった(きょう)(ほたる)

 あれから各地を転々とした。一人ではなくなったので、ある程度の定住を繰り返しながら、宛のない旅を続けている。

 今は、この横穴を(しばら)くの住居とし、そこで数ヶ月の時を過ごしている。

 

「少々お待ちを」

「行ってきます!」

 

 彼女達の事について色々と実験をした結果、様々な利点や欠点を見つけた。

 

 まず、二人に空腹と言った概念は無く、食べる事は出来るが、必要とはしない事が分かった。

 次に、体の中から召喚する武器は、彼女達を(かたど)った模造品らしく、壊れてもすぐに次を出せるようだ。

 そして、彼女達と彼は繋がっているようで、念話のようなものが交わせる。離れすぎていると使えないが、話せない状況だと便利だろう。

 

 そして、これが一番の長所と言える。

 

 彼女達は、彼の持つ『華鏡(かきょう)』と『螢蘭(けいらん)』の中に戻る(・・)事が出来るのだ。

 武器を(かざ)してから十秒程かかるが、彼女達の体が霧のように霧散し、得物の中に収束していく。この間彼は動けないので、戦闘中には行えない。しかし、これはこれでかなり便利な能力だ。(ちな)みに、出現する時は一瞬である。

 

 死に関しては、試してないのでまだ分からない。だが、彼女達には魂が無いようだった。

 霊力を使って二人の中に力を送り込んでみたが、霊力は彼女達を通過し、消えた。これはつまり、受け入れる器──魂がないことを示している。

 霊力などのエネルギー系が使えない。これは、敵によってはかなりのハンデとなるだろう。

 

 だが、その分近接戦闘は彼に並ぶ強さである。霊力などを縛った手合わせでは、かなりいい勝負をしていた。

 実力では、彼の次に鏡、そして螢という順番だ。彼の隣に蘭が立つが。

 

「創造主様、用意が出来ました」

「分かった」

 

 鉄キューブから木の実や保管していた肉などを出し、海岸らしき場所から仕入れてきた岩塩も出す。今までの彼とは比べ物にならないほどの食事の変化だ。

 

「「…………」」

 

 必要以上の会話は極力しないのが、彼らの常識だった。

 だが、

 

「マッハで行ってきました!ご主人!」

「その口を閉じなさい螢。そのような無駄な報告は不要です」

「はいどうぞ!」

「話を聞き────」

 

 鏡の説教を横に流し、修司は水で満たされた桶を受け取った。二人の会話にはあまり口を挟まない。二人共彼に絶対服従なので、何か言えば絶対に似通ってしまうからだ。特に鏡は、それが顕著である。

 

「………よし」

 

 黙々と火打石を打ち付け、組んだ薪に火をつける。煌々と燃える火の粉が、彼の顔を熱した。

 

「あっ、申し訳ございません創造主様!螢がすぐに準備を」

「えっ!?そこあたし!?」

 

 鏡は修司自身に創ってもらったからか、蘭の被造物である螢を下に見ている節がある。彼女自身が奉仕するというよりは、螢を使って彼に仕えると言った感じだ。勿論、鏡も積極的に彼の世話をしている。

 

 彼の嫌そうな顔が目に浮かぶようだ。顔は動かないが。

 

「そうか。なら俺は奥で“服”を作るとしよう」

「準備が出来次第、お呼び致します」

 

 奥には、上へと続く縦穴が開いている。光や新鮮な空気が入り、奥も快適なのだ。

 青い制服をたなびかせ、旅装束の二人に後を任せる。

 奥には、作りかけの服が転がっていた。

 

「もうじき完成だ。割と時間がかかったな」

 

 これは断じて、編み物みたいな高尚な趣味ではない。

 これから“訪問”をするにあたって、修司の服は悪目立ちするのだ。せめて、鏡や螢のような質素な旅装束でないと、怪しまれる。

 

(今日採ってきた繊維を足せば、恐らく一式揃うだろう)

 

 作りかけの、修司用の旅装束一式を拾い上げ、鉄キューブから採取した繊維を取り出す。

 現在着ている青色の制服が要らなくなった訳では無い。破けても直る服を、彼は重宝だと思っている。

 

 

 

 

────何せ、都市が消滅してから二億年も経っているのだから。

 

 

 

 

 気の遠くなるなんて言葉では片付けられない。発狂したっておかしくない幾星霜の時間を、彼は過ごしてきたのだ。

 正直、鏡と螢が居なければ、言語機能が麻痺していたかもしれない。長い間独りでいると、自主的に喋り続けていたとしても必ず不自由が生じる。話し相手がいた事は、彼にとって僥倖(ぎょうこう)だった。

 

「…………」

 

 人格の変化が現れてから、無口に拍車がかかっている。それでも日本語を話せているのは、やはりあの二人のお蔭だろう。彼は認めたくないが。

 

(……切り替えろ)

 

 意識を引き戻し、繊維を加圧して使えるようにする作業を開始する。やっている事は原始人や縄文人並の事だが、修司はこの技術を一から開拓したのだ。その根気と努力は計り知れない。

 

 目標としては、今日中には服を完成させて、明日にはここを引き払いたい。

 そして、その日の内に決着をつける。

 

 

 

 

「創造主様、準備が整いました」

「丁度完成した所だ。今行く」

 

 陽の光も望めなくなった現在、出来上がったばかりの服に袖を通した修司は、薄闇の中から呼びかける従者に目を向ける。

 

「…そのお姿、とてもよろしいかと」

「お前達は何にでもそう言うんだな。ただのボロ服だというのに」

 

 それが私達ですので、という鏡は無視して、修司は洞窟の出口に向かって歩き出す。侍るようにして鏡も続き、間もなく鍋を掻き回す螢が見えてきた。

 

「あ、ご主人!」

「待たせたな」

「とんでもございません!」

 

 グツグツと。暖かな炎に包まれた夕食は、各地で手に入れた調味料と素材の質が引き立てあって一層美味しそうに見えた。

 鉄キューブの中からお椀と匙を人数分取り出し、二人に渡す。鏡は(へりくだ)り、螢は満開の笑顔を咲かせた。

 こんな日々を二億年。悪くないと思ったかもしれないが、料理のマンネリというのは怖い。

 

「食べながら、明日の事について話そう」

「了解です!」

「承知致しました」

 

 頂きますと手を合わせ、三人は焚き火を囲んで夕食を開始した。

 

「んぅ〜!美味し〜い!」

 

 体を左右に揺らしながら、螢は頬に手を当てて咀嚼する。創造主様の御前ですよと諌める鏡を見るのも、何億回目だろうか。

 

「食べながら、畏まらなくていい。明日からの計画を伝えようと思う」

「創造主様、遂にその服が完成なされたということは…」

「そうだ──明日、『村』に侵入する」

 

 

 数ヶ月前、この物件を見つける前。三人がこの辺りを旅していた頃、ガサガサと草をかき分ける音がした。

 その音の異常性に気付いた修司は、二人に隠れるように命じ、木の上で息を潜めた。

 

『…食う、モノ、採った』

 

 それは、ボロ布のような服を着た『人』だった。

 彼は少し目を見開いた。人間など、実に二億年ぶりに見たからだ。髪は伸び放題、体の手入れは見受けられない、原始人やその程度の存在。

 しかし、人間には違いなかった。

 

『カエル、村、帰る』

 

 単語を並べただけの簡単な言語だが、話している言葉は日本語に間違いなかった。しかし、それでも彼の音声は不明瞭で、聞き取りづらかった。

 身なりから文化レベルを察するに、言語があるだけでインフレや文化面はそれ程発達していなさそうだ。

 

『村…と言っていますね』

『ふむ……』

 

 彼の言葉を認識通りに解釈するなら、この近くに村があるようだ。

 

『……行ってみるか』

 

 

 …と、このような発見があり、修司は今日までその準備に勤しんでいたのだ。ついでに、その男を尾行して村の場所も把握している。

 

「隠密には行かない」

「何故ですか?」

 

 匙で掬いながら、彼は言う。

 

「お前達は感じなかったのか?あの気配を」

「申し訳ありません。私共が到らぬばかりに…」

「…神力を感じた。恐らくあの村には、“神”が居る」

 

 魂が無いがために、二人は霊力などの力を感じ取れない。修司程の強大なものならば流石に感じるが、微弱なものは不可能なのだ。

 

「紙?」

「神だ阿呆」

「全く…。話の腰を折るな、チビ」

「あぁ!チビって言った!チビって言ったぁ!」

「創造主様の御前ですよ、黙りなさい」

 

 チビと言ったのは、言わずもがな鏡である。

 

「はぁ…話を続けるぞ」

 

 プリプリ憤慨する螢は放っておいて、修司は汁を一口啜った。

 

「…あれは村から信仰を得ている類の神だ。だから、村の範囲内の事はすぐに気付く。見覚えのない輩が侵入してもな」

「創造主様の技術では…」

「無理だな。地面に足がつくだけで気付くのが神だ。霊力なんかを使っても駄目だ」

「ならば、神を殺してしまえば…」

「本末転倒だ。俺達の目的は今回、人間と思わしき生命体の調査と交信、そして情報を引き出す事だ。そこの親玉である神を殺したら、彼らとは敵対する事になる」

 

 信仰している神を殺せば、村人は黙っちゃいないだろう。そこらの木の棒でも持って襲いかかってくるに違いない。

 

「折角見つけた文化的生命体だ。この世界が俺の知る世界である確信がない以上、機会を易易とは手放せない」

 

 月に移住した都市民、日本語を話す原始人、狼や熊といった動物妖怪。彼の前世の世界に似ているようで違うような。

 彼は、確信が欲しかった。この世界は彼の知るものなのか、否か。

 知っているものならば、彼はかなりのアドバンテージを得ることになる。

 

「兎に角、俺達は旅人のフリをして村に侵入。村人と友好関係を結び、出来る限り情報を得る事を目標にしよう。殺傷武器の使用は極力避けろ」

「はい」

「あ、あの…」

「どうした」

 

 螢がおずおずと手を挙げる。

 

「その村の神様って、どうするんですか?」

「接触してくるなら相応の対処をするし、放置するならこっちも放置する。神にはいい思い出がないからな」

 

 ツクヨミの例がある。神が皆あのようだとは限らないが、自分から触れに行くのは愚か者のする事だ。これぞまさしく、『触らぬ神に祟りなし』というやつだろう。

 

「何か言いたいことはあるか?」

「創造主様の言う事に抜かりありません」

「ご主人の事は“信頼”していますから!」

 

ズガンッッ!!

 

 突如、螢の喉元に数本の杭が迫る。それはヌラヌラとした光沢を放ちながら、彼女の喉元数センチで止まった。

 

「……言葉には気を付けろ」

「は、はい…………ごめんなさい」

 

 【刺剛巌(しごうがん)】を収めた修司は、何事も無かったかのように食事に戻る。鏡はこれには口を出さず、無視してお椀をよそった。

 

「「「…………」」」

 

 無言の食事は終盤へ。最後になってやっと、彼が一言発した。

 

 

「明日の朝ここを出立する。準備をしておけ」

「はい」

「…はい」

 

 食事を終えた彼は、早々に就寝の用意を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 その村は、見かけ平坦な地形をした森の中にポツンと存在していた。そこには一つだけ丘があり、神社のような形をした建造物が鳥居と一緒に鎮座している。

 平坦に見えるこの土地だが、なんならかの巨大なクレーター(・・・・・)のように窪地になっている。村を囲むようにして淵がせり上がっており、周りからは微妙に見えないようになっている。盆地とまではいかないが、これはいい場所に居を構えたものだ。

 

 霊力を通常まで抑え、短槍と小太刀に作っておいた布を巻き付ける。そして、鉄キューブから取り出した食糧を背嚢(はいのう)に入れて背負えば、普通の旅人の完成だ。

 

「行くぞ」

 

 腰と背中の得物を触り、眼下に有る村を目指して足を踏み出す。せり上がった部分にいた三人は、その一歩を、恐る恐る踏みしめた。

 

 

 

 

サワサワ……

 

 草木の擦れる音しか聞こえない。何か起こるかと思ったが、存外そんな事は無く、拍子抜けな二人(・・)だった。

 

「…大丈夫みたいですね」

「よかった、神様が登場するなんて事がなくて」

「…一度、お前達は鍛え直す必要がありそうだな」

 

 実力があるだけに、勿体ない。

 

「え?」

「どう致しました?創造主様」

「気配を捉えろと言ったんだ。鈍感にも程があるぞ」

 

 所詮は武器から出た贋物(がんぶつ)。野性的な本能は何一つとして持っていなかった。

 故に、敵の接近を許してしまう。

 

 

キシャアァア!!

 

 

「「っ!!」」

 

 突然、茂みから巨大な白蛇が現れた。森の隙間に隠れられるような丁度いい大きさの蛇は、迷うことなく三人へと肉薄し、その口を開けた。

 

「せいっ!」

 

 だが、咄嗟に小太刀を体から取り出した螢は、それを叩き落とす事に成功。地面に落とされた蛇の隙を逃さず、刀身を鞘から抜き放ち、一瞬で蛇を輪切りにした。

 

「お怪我は!?」

「問題ない。敵が出てからは動けるのだな」

 

 気付けなかった。鏡は修司の安否を心配しながらも、その事実に愕然とした。通常の動物や妖怪、殺気や大物の気配などは察知出来るのに、こういった姑息な手に対する反応は遅い。

 螢がその蛇を調べようと近付くと、蛇は朽ちて塵となり、霧散してしまった。

 その不思議な現象に、螢が呟く。

 

「何こいつ…」

「それは恐らく、あそこにいる神の仕業だろう。蛇は、神力で召喚したもののようだ」

 

 木々の間から見える丘上の神社を睨み、彼女に教える修司。

 神力に(かす)かな殺気が篭っていたが、それも注視しなければ気付けないものだ。二人が察知出来ないのも仕方が無いのだろう。

 

「小さな変化も察知しろ。その鈍感さは命取りになるぞ」

「申し訳ありません、創造主様」

「精進します!」

 

 よし進もうかと思ったのも束の間。

 

キシャァアァ!

 

「せいっ!」

 

 修司に飛びかかった白蛇を、鏡は召喚した短槍で串刺しにした。

 

「流石に二度目は無いぞと言うとしたのだが…言う必要もないか」

「ご期待に沿えるよう、村まで護衛致します」

「必要ない…と言いたいところだが、これも修行だ。一匹たりとも俺に近付けるな」

「「御意」」

 

 ゆっくりと歩を進める修司を挟むようにして、二人が得物を構える。走ることはせず、わざと遅く向かうことにした。

 

サワサワ…サワ……

 

 木の葉の擦れる音が、全て敵のものに聴こえる錯覚に囚われる。

 

「「…………」」

 

 最大限の警戒を以て、二人は彼の横を進んだ。

 

シャアァアァア!!!

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 村へある程度近付くと、蛇の散発的な襲撃はピタリと止んだ。

 

「…もう終わりか。お前達、もういいぞ」

「「はい」」

 

 労いの言葉はかけないし、感謝なんて以ての外。やって当然、成し遂げて当たり前なのだ。

 茂みに身を隠し、前方の様子を確認する。そこは、丁度森が拓けており、竪穴住居のような住居がポツポツと建っていた。

 見れば見るほど、縄文時代にそっくりな風貌だ。

 

「創造主様、どう致しましょうか」

 

 修司の横についた鏡が訊く。

 

「……変更はない。交信を図るぞ」

 

 スクっと立ち上がった彼に慌てて付いていく二人。彼はそのままズカズカと村へ入っていった。

 

 

「誰か」

 

 

 奴らと同じように単語で呼びかける。始めは気付いていなかった彼らも、徐々に三人の余所者を認識し始めた。

 

「誰」

 

 暫くすると、男の一人が三人に近寄り、全身をじっくり見回しながら問いかけてきた。

 

「旅人」

 

 背中の背嚢を背負い直す。言葉の意味は通じている。つまり、第一関門突破だ。

 

「交換」

「交換?」

 

 背嚢を短槍と一緒に地面に降ろすと、紐を弛めて口を開いた。

 この中には、普段から採集している木の実や食べられる野草、枝や石や木材などで作り上げた農耕具がある。手斧や石包丁があるが、数品だけ、不純な鉄で作った物も混じっている。

 

「物、ある。だから、交換」

「……みんな、話す、考える」

 

 やはり警戒しているだけあって、行動は慎重になっているようだ。そもそも、この村に部外者が訪れた事はあるのか。

 この村は、隠された土地にある。外の妖怪や獣に襲われる危険性を考えると、外に出て放浪するのは今の時代では困難を極める。よって、定住して農耕で食い扶持を繋いだ方が遥かに安全なのだ。

 

(見た所、目立った武器や戦闘意識は見えない…。これはもしかしなくても、そこらの犬もどきに食い殺されるくらいの弱小ぶりだぞ)

 

 ここに狼が数匹現れたら、この縄文人達は全滅してしまうだろう。闘いはやったことが無い、そんな雰囲気だった。

 

(…そうか。あの神がコイツらを護っているのか)

 

 防衛は恐らく、神が神力で召喚した白蛇で対応しているのだろう。込められた神力が微弱だった事から、木々を覆う程の大きさも召喚出来る筈だ。

 ならば、何故修司達にはそれをけしかけなかったのか。

 

(…森の保護、だろうな)

 

 森を破壊すれば、単純に彼らの食糧が減る。それを避けたかったのだろう。

 

(どうしてもコイツらを囲っていたいようだな)

 

 この人間に近い縄文人に、一体なんの価値があるのだろうか。信仰で神力を補充する類の神だとしても、過保護過ぎるように思えて仕方なかった。

 

(彼らに情でも────)

「交換、する」

 

 品物を金属物以外並べて、考え込んでいた修司。鏡と螢はその後ろに控えているが、二人は初めて見る修司以外の人間みたいな生物に興味津々で、修司を思考の海から救おうとはしなかった。

 

「分かった。これ、物」

 

 二人に折檻する計画を立てつつ、彼は並べた品物を示す。あちらは、十人程で寄ってきて、この辺りで採れる作物や畑と見受けられる土地からの産物を並べてきた。

 農耕の文化があるという事は、少なくとも弥生時代くらいの文化を持っている。その証拠に、あちらの品物の中に薄くて硬そうな弥生土器があった。

 

 この世界が彼の前世のものである可能性が増してきた。となると、彼は死んでから異世界へ転生したのではなく、死んで大昔へと飛ばされたという説が有力になる。

 

「これ、欲しい」

 

 彼らが内輪で相談して決めた一つ目の品は、石包丁などの石製の農耕具だった。食べ物には困っていない様子だったので、そちらには目もくれていない。

 

「なら、これと、交換」

 

 修司は彼らの提示した物の中からいくつかの農作物と弥生土器を選び、等価交換になる量を指定した。

 彼らはまた何か相談し、「分かった」と了承した。

 

 交換などを通して交流することで、彼らについて調べる事が今回の大きな目的。物品には実用性を求めていない。

 

「交換、成立」

 

 あちらが修司の並べた物を取ると、あちらの数人が修司の指定した物をこちらに寄越した。

 

(……これ以上の接触は危ないか)

 

 行商人を装うなら、日の高い今の内に別の場所に移る事を考える筈。食料は交換したので、ここに留まる理由はない。

 それに、部外者を神がそう許しておくとは思えない。神力で召喚した白蛇で軽く妨害してきた辺り、自分が囲っている人間にあまり干渉して欲しくないようだ。

 

「交換、終わり。俺達、行く」

 

 簡単な言葉の羅列で物々交換の終了を告げる。少し物を取り替えただけなように思えるが、このくらいの文化レベルではこれが普通だと彼は思っている。

 

「分かった」

 

 男の一人がそう言うと、彼らが出していた品物を各々仕舞い始めた。

 

「(創造主様、もう行かれるのですか?)」

 

 鏡がそう耳打ちする。

 

「(神に目を付けられたら厄介だ。これから少しづつ訪問を重ねればいい)」

 

 そう、修司達には有り余るほどの時間がある。一ヶ月に一回のペースで調査を進めたとしても、かなり進行するだろう。

 

 

「誰、誰」

 

 

 すると、村の建造物から、子供と見受けられる者達が数名、修司へと寄ってきた。大人の村人が説明をする。

 

「旅人。多分、安全」

「初めて、見る。顔、楽しい」

 

 よく分からないが、つまり面白い顔をしているという事か。まぁ、彼らの常識には“毛を剃る”という項目が存在していないので仕方ない。まだ散髪や髭を剃るという習慣も発達していないからだろう。

 彼らの全身は、毛という毛全てが手入れされておらず、伸び放題となっている。まさに原始人といった風貌だ。

 加えて、服装も獣の毛皮で大事な部分のみを隠しているという状況。草で編んだ旅装束ですら高度文明過ぎたかと、己の服を見る。

 

「何、これ」

「これ、食べ物。木の実」

「初めて、見る」

 

 この辺りには自生していない木の実だからか、子供達はとても気になるようだ。短槍などは触らせないが、背嚢くらいなら好きにさせている。

 

「物、沢山、入る。凄い」

「初めて、初めて。楽しい」

 

 外部からの訪問者という事もあって、子供達は念入りに修司と修司の荷物を見ていた。盗もうとした輩には石突きで小突いているが。

 

「謝る」

「気に、しない」

 

 大人の方が謝罪をしてきた。倫理観は現代の人間に近いので、やはり彼らは人間の祖先なのかもしれない。

 

 

 

 

 さて、そろそろ帰ろうかと思った時、子供が背嚢の中から荒鉄で出来た農耕具を見つけ出した。

 

「これ!これ!」

 

 子供が鉄製の包丁っぽい刃物を持ち、はしゃいでいる。また盗むのかと短槍を構えたら、突然大人が背後で叫んだ。

 

「鉄!御業!神様!」

 

 修司はその彼へと目を向ける。その男は修司を指差してそのように声を上げ、周囲の村人を呼びつけた。

 

「報せ!報せ!」

 

 村人の一人は神社の方角へと走って行き、子供は大人にその鉄具を渡した。

 

「それ、俺の、物。返せ」

 

 勝手に持ち出そうとしたので、修司はそれを諌める。だが存外にも、その男はそれを拒んだ。

 

「駄目。これ、献上。神様、見せる」

 

 強情な、と後ろの鏡と螢は思ったが、修司はなんとこれになんの反論もしなかった。子供を払い除けて背嚢を取ると、持って行かれた鉄具以外の物をそれに仕舞い込み、二人を呼ぶ。

 

「(ここであれを取り返せば、最悪暴力沙汰だ。そうなれば神が出張って来るだろう。それは避けたい)」

「(ですが、あれは創造主様が丹精を込めて造った有り難き品でございます!タダで奴らにくれてやる義理など…!)」

 

 彼らに聞こえないように小声で話しているが、鏡が拳を握り締めて震えている。余程許せないのだろう。

 

「(いい。鉄なら城が作れる程ある。今は、迅速にこの場を去れる方法を探せ)」

「(ご主人、黙って帰っちゃ駄目なんですか?)」

「(これからも交流をする予定だ。だから、出来るだけ問題は起こしたくない)」

 

 ある程度の自分勝手なら許す。村の掟のようなものもあるだろうし、人間らしい寛容さを持たないと、これから先問題ばかり起こるだろう。

 修司は振り返ると、村人に言った。

 

「時間、無い。もう、行く」

 

 荷物を全て背負い、次の場所に行きたいと言ってみる。

 しかし、

 

 

「駄目。お前、神様、決める」

 

 

 修司は内心毒づいた。三人を包囲した村人達は、それが当然で、三人を逃がさないのは当たり前だという顔をしていた。そこで武器を持ち出さない辺り、争うという概念はないらしい。

 

(ふざけた奴らだ……)

 

 穏便に済ます事が出来ればいいと思っていたが、信者にも程がある。

 日のある内に出立しなければ、普通は命に関わる問題だ。それを、“珍しい物”があったから程度で留め、神の判断が下されるまで待てと言う。しかも、物々交換が主なこの時代で、物を一つ盗んだ。修司は短槍に手を掛けそうになった。

 

(だが待て…。これもコイツらを調査する為だ。短気を起こしてもいい事はない)

 

 耐えろと自分に言い聞かせる。

 

(ただの鉄包丁だ。神も気にしないだろう)

 

 暫くすると、鉄具を持って行った村人が走って帰って来た。

 

「旅人、旅人!」

 

 彼は修司の服をむんずと掴むと、自分が来た方向へと無理矢理引っ張った。

 

「神様!会う!お前、会う!」

 

 後ろで二人が武器を展開しかけたが、修司はこれを視線で押さえた。

 

(やはり、こうなってしまうのか…)

 

 会いたくなかった。神なんて傲慢な存在、もう関わりたくもなかった。吐き気がする。

 

「創造主様!」

「ご主人!」

 

 二人が引き摺られる彼の元へと急ぐ。どこまでも自分勝手な村人は、これまた当然といった表情でグイグイ袖を引っ張った。

 

(くそっ。こうなったら、別の方法で調査だ)

 

 所謂プランB。

 短槍と小太刀を触り、その切っ先を鞘越しに撫でる。

 

「神様!神様!嬉しい、事!」

 

 丘上にある神社が、やけに光を帯びていた。

 




 

 読んで下さりありがとうございます。上達しているのかは微妙ですが、ブランクを取り戻すためということでここは一つ。

 ちなみに、志望校にはキッチリ合格してきました。望み薄って顔をしていた先生方に渾身のドヤ顔をかましてやりましたよ。

 これからの投稿は不定期ですので、出来上がり次第投稿します。土曜日以外にも出すと思いますので、お気をつけ下さい。

 

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