東方信頼譚   作:サファール

34 / 35
 なんと、投稿時間を間違えてしまうという痛恨のミスw
 約四時間前投稿になってしまいましたが、修正しても困惑するだけだと思うので、このままにしておきます。申し訳ありませんでした。
 本当にすいません。活動報告に懺悔しておいたので、よければご覧下さい。





 一章ラスト。

 誰に植え付けられたかも分からぬ不滅の呪い。
 『他人を信じることが出来ない』。
 なんとありふれて、それでいて難儀な気持ちだろうか。
 心の大樹に寄生した黒の粘菌は、自我と融合して新たなる人格へと『昇華』する。

 一体誰が、この哀しき欺瞞者を救えるというのか。



 それでは、どうぞ。

 


30話.激戦の戦果と救いの手

 

 夜明け。

 

 長かった夜は明け、先程までの激烈な戦いを全く感じさせない清々しい朝日がとある山々から顔を出した。

 

「…………」ムクリ

 

 それと同時に起き上がった彼。

 (かたわ)らには、四肢の欠損した覚り妖怪の骸が転がっている。

 

「………ぁぁ」

 

 得心したような、それでいて無意識を吐き出すような吐息と共に、彼の脳は覚醒した。

 

()は一体……む」

 

 現状の経緯を思い起こそうとして、言葉の変化に気付く。

 

(何故俺は俺と言っている?僕…ではなかったのか)

 

 だが、と彼は思う。

 

「特に弊害が無いのなら、このままでもいいか」

 

 以前の彼は、相手との敷居を少しでも下げようとして柔和な雰囲気を醸し出す努力をした。だからこその一人称、“僕”であり、だからこそのあの優しげな話し方だった。

 しかし、既に彼にそんな考えは無かった。

 

(他者に頼らなくてはいけないようでは、とても一人では生きていけないだろう。ならば、他者に頼る必要など皆無。無理矢理己を合わせる意味は無い)

 

 障害となるなら穿(うが)つまで。己の行く手を阻む無知な愚か者に容赦はしない。

 

(それはいいとして、一体何が……あぁ)

 

 心身の異常が無いか確認した彼は、次いで再び気絶の理由を探った。

 

(このハクの『引き寄せる程度の能力』のせいか)

 

 立ち上がった彼は、足元にある死体に目を落とす。

 

 奴の能力によって、瞳の奥から『疑心』を引き寄せられたのだろう。というか、それしか可能性がない。

 やられた、という感覚はあるが、憎悪が湧く訳ではなかった。

 何故なら、奴が自分の魂から引き寄せてくれたお蔭で、他者を疑うことに磨きがかかり、より騙されにくくなったからである。そういう点では、寧ろ感謝すらしている。

 

 より自分を覆う事となった『疑心』のせいで、彼は別人のように変わってしまった。

 

(短槍と小太刀は……あった)

 

 満足のいく出来に仕上げた二つの得物を拾い、『地恵を得る程度の能力』を使ってハクの死体を地中深くに埋める。

 【完全解晰(かんぜんかいせき)】によって、三体の人格は既に取り込んでいる。これで【独軍(どくぐん)】の戦術の幅が広がるだろう。

 同時に、三体の保有していた能力を昇華した。

 

 ハクの『引き寄せる程度の能力』は『極を付与する程度の能力』に。

 レイの『気配を察知する程度の能力』は『流れを感じる程度の能力』に。

 ノラの『喰らい尽くす程度の能力』は、何故かそのまま『喰らい尽くす程度の能力』の状態で会得した。

 

 恐らく、汎用性や進化性が無かったからだろうと推測される。昇華する時の特徴として、元の能力の概念を別視点から見たり、拡大解釈や局所的な起用をする事が多い。そしてそれを納得させるだけの無茶苦茶な理論を完成させるのが、『昇華する程度の能力』なのである。

 トンデモ理論を世間に通用させるのが、この能力の凄いところだ。

 

「色々と苦労はあったが、これで帳消しだな」

 

 手にある二つの得物を見下ろしながら、満足気に呟く。

 

 刀身一尺(約30cm)の小太刀と、自分の身長程もある短槍。

 

「…そう言えば、まだ名を決めていなかったな」

 

 ふとした思い付きだが、これはいい案だと修司は思った。

 いつまでも小太刀だ脇差だ短槍だと呼称するのは忍びない。これから自分の身を守ってくれる大切な二振りになるのだから、名前くらいはあげてやらないといけない。

 

「ふむ…どうしようか」

 

 蘭が創った物に名前を付けるのはどうかと思ったが、元々そう言った事に頓着が無かった彼女だから許してくれるだろうと思い直し、とっておきのやつを考えてやろうと熟考した。

 

「存外難しいものだな……お」

 

 いい名を考えた。

 閃いた彼は、まずは小太刀を左手で握り、眼前へと掲げた。

 

「よし。名を螢蘭(けいらん)としよう」

 

 次いで右手に有る短槍を同じ様に掲げ、宣言した。

 

「そしてこいつの名は、華鏡(かきょう)だ」

 

 名を付けると愛着が湧くというが、修司にそんな感情はイマイチ湧かなかった。

 名前の理由ももちろんある。

 螢蘭は、温もりのある明るさを持ちつつも、夜のような冷ややかさを兼ね備えた蘭を想って。

 華鏡は、数多の人格()が混ざり合い、それらが写し出されている修司をモチーフにした。

 

「これでよし」

 

 呼応するように刀身が(またた)いたそれらを仕舞う前に、一度刀身を眺めてから収めようとする修司。

 

(やはり綺麗だ)

 

 黒い鞘に隠すのが勿体なくなる程に美しい。今は朝だが、月光の下に晒すと更にその魅力が跳ね上がるだろう。

 

(本当に綺麗だ)

 

 柄にもなく魅入ってしまう修司。ガラスケースに入っているトランペットを毎日通い眺める少年のような印象を受ける。

 鞘と合わせて漆黒の無光沢な柄に、淡く輝いていると錯覚してしまうほど綺麗な刀身。

 

 

「………?」

 

 

 本当に光って────

 

 

「…!!」

 

 気付くが早いか、修司は二つの得物を手放し、即座にバックステップで退いた。

 

 おかしい。

 

 朝日は昇っているが、背の高い木々が周りにあるので、まだこの平地には日光が差し込まれていない。だというのに、この刃は本当の意味で光っている(・・・・・)

 自分で発光しているのだ。『昇華する程度の能力』で調べた時、そんな効果がある事は判明しなかった。

 

 つまり、これは確実なるイレギュラー。

 

(何だ…?)

 

 地中に控えさせていた合金から適当な槍を一本創り、自分に装備する。残りの合金は武器がある辺りと自分の辺りにスタンバイさせ、いつでも【刺剛巌(しごうがん)】を放てるように準備を整えた。

 

 その一瞬の間にも、得物の輝きは増していく。

 

カッ!

 

「うっ…」

 

 一層眩しくなり、彼は最大限の警戒をもって目を瞑った。

 

「…………」

 

 だが、武器が落ちている辺りには何も変化が無い。気配を探ってみたが、予想に反して捉えられるものはなかった。

 しかし心做しか、武器の存在感が増した気がする。

 

 奪われた視界が回復したのを見計らって、彼は目を開けた。

 

 

 

 

「────は?」

 

 

 

 

 恐らく今後一生見れないであろう修司の素っ頓狂な声と呆けた顔。

 

 拓けた視界に飛び込んで来たのは────

 

 

「御拝謁を賜り光栄にございます。私、華鏡にございます。創造主様、御命令を」

「おはようございますあたしのご主人!あたしの名前は螢蘭です!」

 

 

 二人の美女が正座をしている光景であった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 片方は、背丈が中学生程しかなく、クリクリとした愛嬌のある目が特徴の黒髪ショートヘアの少女だった。表情から察するに、馬鹿みたいに明るそうだ。

 もう片方は、女性としては少し高身長でスラッとした体を有し、白銀色に染まったストレートロングの髪を持つ美人の女性だった。こちらは打って変わって、静かな水面のような雰囲気を出している。

 二人共普通の旅装束を着ており、中身と服とのギャップが目立った。

 

 どうすべきか迷っていると、女性が殺気を放ち始めた。

 

「貴女、創造主様に向かって無礼な口を。申し訳ございません創造主様、すぐにこの不届き者を始末致します」

「え!?あ、あたし!?ちょっと待って待って!」

「問答無用です」

「きゃぁあ!?」ガキィン!

 

 腹に手を突っ込んだ長身の女は、体の中(・・・)から短槍(・・)を取り出し、一方の短髪の女に向かって振り下ろした。

 正座している状態からなので力が入らなかったのか、彼女の短槍は不届き者と称された少女の小太刀(・・・)によって防がれ、拮抗した。

 少女の方も、咄嗟に体に手を突っ込んで小太刀を取り出していた。

 

 訳が分からない修司だったが、すぐに状況を理解、二人に声をかけた。

 

「止めろ」

「ですが…」

「止めろと言っている」

「…はい、申し訳ございません」

 

 渋々と言った表情で短槍を体の中に(・・・・)仕舞う女性。その様子にホッとした少女は、横目で女性を警戒しながら小太刀を脇腹に差し込んで収納(?)した。因みに、両方の武器はシンプルで一般的な物だった。

 槍を握る両手に力を込め、頭の中で能力の発動準備を整える。

 

「誰だ」

「はい、私の名は華鏡。親愛なる創造主様の──」

「はっ。万の時を過ごせば冗談も笑えなくなるか。重症だ」

「冗談ではありま──」

 

ズガン!

 

「……」

「この意味が分からない程弱くはないだろう?」

 

 正座している彼女の喉元に一本の合金杭が差し向けられ、その先端が朝日を反射する。

 

「説明願おうか。お前達がそこいる理由と、お前達の名前と私の武器の名前が同じな理由を」

 

 一緒に少女の方にも【刺剛巌】で杭を出しておき、誰かに向けるのは初めてとなる本気の妖力を解放する。

 

ゴウゥッ!!

 

 ハク達との戦闘が赤子の駄々に見えるほどの旋風が巻き起こり、純粋な力の波動が周囲を蹂躙していった。そして、ハクの時とは比べ物にならない殺気が二人を撫で、凍てついた顔で睨みつける。

 

「おぉぉ…」

「流石でございます」

 

 だが、矛先を向けられているというのにこの余裕。恐怖するどころか、逆に恍惚とした表情を浮かべて賛辞を述べている。

 

(俺の武器は…)

 

 素早く瞳を動かして自分の装備を確認すると、『地恵を得る程度の能力』で地面を操作して、螢蘭と華鏡を手元に呼び寄せた。即席の槍は地面に捨てて地中に回収。螢蘭を鞘に収めて腰に帯刀する。

 華鏡は、穂に被せる鞘を仕舞い、そのまま右手で握った。

 

「そのお姿、非常に似合っております」

「かっこいいですね!」

(持ち上げて逃げ仰せるつもりか?…いや、違うな)

 

 一目見ただけで彼女らは強いと分かった。だが、まだ己には届いていないと彼は見切った。戦力的には妖怪の大将達と同等くらいか。だから、目の前の不安要素にはただただ首を傾げるばかりであった。

 事実、一見すれば命乞いをしているようにも見える。しかし、彼の読心技術は否と答えていた。

 

(何なんだ?訳が分からない)

「世辞も命乞いも要らない。説明しろと言っている」

「ご、ごめんなさい」

 

 ズズっと少しだけ喉に近付けた杭と怒気を含んだ声によって、少女は素直に謝った。

 平伏し、忠義を誓っているような印象を受ける。自身の考察によって導き出された解答に、修司は更に()せない想いに囚われた。

 

「彼女では不安なので、ここは私がご説明致します」

「酷いっ!?」

 

 首筋に当てられた杭にも動じず、女性が言った。

 

「率直に申しますと、私共二人は、創造主様の持つその得物と同一の存在でございます。私共は、現在の(あるじ)である貴方様に仕え、奉仕し、“寄り添う”為に存在します」

「ふむ……」

 

 この女性の言葉を鵜呑みにすると、彼女達は修司の武器である螢蘭と華鏡から生み出された化身…のようなものか。

 

「私共はあくまで、そちらの二振りの“心”を表した実体のある幻影のようなもの。死んでも貴方様にはなんの実害もありません」

(『昇華する程度の能力』ですら解析が難しかった物だ。これくらいの想定外は茶番にすら満たないのだろう)

 

 全て信じるとしたら、二人が修司に絶対的な服従心を見せるのも分かる。

 

「そうか…」

「以上です」

「俺の命令は?」

「最優先事項でございます。たとえ自害であろうと、一国の破壊であろうと、八百万の神の殲滅であろうと…全てを完璧に遂行致します」

 

 成程。なら…

 

 

「ならば、そいつの片腕を斬り落とせ」

「はい」

 

 

 そう言った女性は、また腹から短槍を取り出し、躊躇いもなく隣の少女の肩口からバッサリと斬り落とした。血が女性に降りかかり、それを彼女は避けなかった。

 

「ぐっ…」

 

 意外なのは、少女が抵抗もせずに、片腕を差し出して激痛に叫ばなかった事だ。

 

「それなりの意志はあるようだな」

「勿論でございます。私共は──」

「──あなた様の為に在るのですから……っ」

 

 残った片手で肩口を押さえ、ギュッとした後に地面に落ちた片腕を拾う少女。

 

 修司は考えた。

 これは、使えるかもしれないと。

 いくら修司自身が強くなろうとも、一人が手足を伸ばせる範囲は決まっている。そうした場合、もしも人手が必要な事態に陥った時に対処が出来ない可能性がある。

 だが、この二人が居れば。それなりの強さもある『駒』があれば、作戦の難度が違ってくるだろう。忠誠心もあるみたいだ。

 

 無論、背中を預けるつもりは毛頭ない。他人の心というのはどうしても信じきれない。

 

(答えは…出たか)

 

 致し方ないだろう。ならば、最低限の躾だけはしておくか。

 本当に久々に全開放した妖力を仕舞い、片手に薬を出現させた。

 

「使え」

「え?…あ、あの…」

「使え」

 

 腕を取り敢えず抱えていた少女に、『どんな薬でも創造する程度の能力』を使って欠損部位を接合する薬品を創り出した。

 まだ数時間しか経っていないが、体力は少し回復したので可能だった。ついでに言うと、この時点で【刺剛巌】による杭は地中に収めてある。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 禍々しい液体の入った小瓶のコルクをつまんで抜き、斬られた腕を隣の斬った張本人に持ってもらいながら、チョンチョンと患部に注いだ。

 

「創造主様からの(まこと)に慈悲深い施しです。精一杯感謝の念を持って味わいなさい」

 

 自慢気に言う彼女には目もくれず、修司は少女の腕が完治した頃を見計らって咳払いをした。

 正座の状態に戻った二人を見下ろしながら、彼は言った。

 

「…お前達を認めよう」

「ありがとうございます」

「えっと、ありがとうございます!」

「だが…」

 

 華鏡の穂先を鞘に収めて背中に回した修司は、制服の汚れを手で払いながら座礼をしている二人を見た。

 

「俺はお前達を信用はしていない。その心持ちは今後の行動で示せ」

「「はい」」

「それと、螢蘭と華鏡という名はこの二振りの為にあるものだ。だから、お前達にその名はやらない。たとえ同一の存在だとしてもだ」

「「…はい」」

「そこで、これからは(ほたる)(きょう)と名乗れ」

「「…!!」」

 

 少女が小太刀ならば螢、女性が短槍ならば鏡。安直だが、適当な名前を考える事に意味を見出さなかった彼は、それぞれ文字を取って名とする事にした。

 

「そ、それは、名を付けて下さるという事ですか!?」

「そうだ」

 

 立っていたら飛び跳ねそうなくらいに螢が喜ぶ。鏡の方は何も言わなかったが、顔の奥には隠しきれない喜色が垣間見えた。

 まあ、別段それを見ても何も思わないが。一段落ついたので、二人に彼は自分の目的を話す事にした。

 

「では、俺の目的を話しておこうか」

 

 名を貰った喜びが治まりこちらに注意が向けられたところで、彼は説明し始めた。

 自分は、この腐った世界に抗う──単純に言えば生きる為、力をつけながら行動していると彼女達に言った。

 そして、行く行くはとある人物を見つけ出し、復讐する事も伝えた。

 

「恐れながら、創造主様」

「なんだ」

 

 正座の状態から動こうとしない鏡が、口を挟んできた。

 

「その…復讐の相手とは…?」

「それは…俺にも分からない」

「分からないとは…」

 

 顎をさすりながら修司は言った。

 

「俺がこの世界に現れた時から、俺の本能がとある人物に対して激しい憎悪を抱いていた。霧がかかったようにその人の容姿は思い出せないのだが、何故かそいつに復讐するという強迫観念だけは根強く残っている」

「これまでにそんな人物には…」

「会ったら直感で分かる。身に覚えの無い事案だが、俺のこの『疑心』だってそれと同じ様に心に癒着していた。逃れる事は出来ない」

「お(いたわ)しいです」

「不要な憐れみはよせ」

 

 話しても大事無いから話したのであって、同情を求めた訳では無い。自分でそう結論づけただけなのだ。

 

「俺自身、俺の事は分からない事が多い。なのに普通悟らないような──ふざけた運命のような感情だけは、魂に刻まれている。実に難儀で仕方ない」

 

 だが、と彼は続ける。

 

「この衝動に身を任せるのは、酷く心地好い。生にしがみつき、感情のままに行動する事に俺は悦を感じているのかもしれないな」

 

 醜いか、と問う。実に滑稽だろうと心外な事を吐いてみる。

 螢は、首を振った。

 

「いえっ!そんな事ないです!」

「その通りでございます」

 

 鏡もそれに賛成する。

 

「あたしは…あたしの創造主様である蘭様があたしを造った時から意識がありました。それはきっと、鏡も同じです」

「何…そうなのか?」

「はい…。私は生まれてからまだ数時間ですが、そちらの槍が無名であった時から、私という『心』は在りました」

 

 武器の方にも、そして彼女達にも『昇華する程度の能力』が通じなかった修司は、その事実を見抜けなかった。

 彼は、小太刀の鞘を抜き放って見る。

 その刀身は変わらず白銀色だったが、自ら輝くような淡い神々しさは失われていた。

 

(成程…時折見せていた輝きはこいつらの存在によるものだったのか)

 

 得心した修司は一つ頷くと、小太刀を納刀して続きを促した。螢が話を続ける。

 

「あたしは、ご主人が蘭様に初めて会った時から、独りになって目的の為に奔走していたご主人まで、それなりの時間を共に過ごしてきました。ご主人の事は、少しながら理解しているつもりです」

「戯言を。俺の何を知っていると言うんだ」

 

 本心をひた隠しにする『疑心』にとって、自身の事を知られるというのは有り得ない事だった。有り得てはならない事だった。

 地中の合金の塊を螢に集中させ、いつでも串刺しに出来るようにしておく。警戒は更に高まった。

 彼女は一瞬下に目をやった後、意志のこもった視線を彼に投げかけた。

 

「知っています」

 

 一息置いて、彼女は言った。

 

「人を疑う感情しか無かったご主人が、蘭様と闘っている内に蘭様に対して態度を軟化していった事。その強大な理性をもって、『疑心』による殺戮の衝動を抑えている事。実は、案外草食な食生活を好む事。他にも──」

 

 彼女はつらつらと、己が知っている限りの彼の情報を彼に話した。

 それは、重要なものからそうでないものまで多岐に(わた)り、彼女の意識が武器に宿っていたという言葉を信憑性のあるものへと変えていった。

 

「更に──」

「もういい」

 

 手を振って彼女の口を閉じさせ、登ってきた朝日を左手で遮る。

 

「お前が知っている事は、確かに外面から見た俺(・・・・・・・)の事を正確に捉えている。あながち嘘ではないのだろう」

 

 内にある心の混沌とした黒さは流石にバレていなかったが、こうまで自分の事が知られているのはいい気分になれない。

 だが、知られてしまったものは仕方がない。せめてこれ以上広まらないように、二人は手元に置いておこう。

 

「まだ知りたい事は山ほどあるが…。お前達の事はゆくゆく知っていくとしよう。一先(ひとま)ず、これから俺の手足として粉骨砕身尽くせ」

「「心得ました」」

 

 最低限知りたい事は知れた。後はこの長い年月の内に調べてゆけばいいだけの事。二人への言及よりも、今はこの場を離れる方が先決だと判断した。

 

「では、行こうか」

 

 二人を立たせ、朝日とは反対の方向へと歩き出す。その修司を、二人は追従するように背後から続いた。

 

「────あぁ、一つ言い忘れていた」

 

 不意に。

 

 ここから始まるという雰囲気たっぷりな状況での静止にも、二人は即座に反応して立ち止まった。若干、螢がつまづいたが…。

 肩越しに二人に視線をやった彼は、一段階低くなった声音でこう言った。

 

 

 

 

「俺の事を、お前達は何も分かってはいない。今も、そしてこれからもだ。理解しようなどとは考えないことだな」

 

 

 

 

 お前達が“寄り添う”というなら止めはしない。

 しかし、理解しようというのなら、こちらもそれ相応の対処をしよう。

 

 

────その喉には、『疑心の懐刀』が添えられていると思え。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……ぅぁ?」

 

 身体中が軋む痛みに意識が浮上し、雄也は目を覚ました。この倦怠感は…と思考を巡らせ、そして納得する。

 

(そうか…なりふり構わず霊力を使い過ぎて、枯渇してんのか)

 

 大妖怪にですら怖じない雄也の渾身の一撃。全ての力を注いだその一撃のせいで、彼の霊力はすっからかんだった。

 いくら“無くならない”この世界だからと言っても、回復には時間を要する。彼の不調は、必然だった。

 

「つぅ……どこだ、ここ」

 

 ダルい体に鞭を打ち、なんとか半身を起こした雄也。片手に握りしめたままの大剣に目が行き、少しの努力と共に握力を解いた。

 改めて辺りを見回す。

 

(綺麗な場所だ……)

 

 雄也が寝ていた場所は、病院と言うには設備が整い過ぎている──そう、丁度館の客用の部屋のような内装の部屋だった。雄也はその部屋の中央に当たる床に寝ていたのだ。

 洋風のシングルベッド、本の無い棚、テーブルに椅子、モダンな照明etc…。

 お洒落なアパートのような印象を受ける。新生活を始めたばかりの新社会人のようだ。

 

 久しく見た事の無い朝日が窓からカーテン越しに注がれている。大剣を腰の鞘に入れて、窓にヨタヨタと近付いてみる。

 

「うっ…」

 

 眩しさに一瞬顔を顰めるが、特に頭痛も無くカーテンを開ける。

 

 そこには────

 

 

 

 

「「「「「せいっ…やぁ!!!」」」」」

 

 

 

 

「みんな…!」

 

 自身が身を呈して逃がした、『不死隊』の隊員達が足並み揃えて訓練に勤しんでいる光景だった。

 ここは建物の三階程の高さらしく、建物の目の前に広がるだだっ広い土地で、いつかの頃と変わらない雰囲気で訓練をしている彼らが目に入ってきた。

 

「はぁ………」

 

 安心からか、雄也の口から吐息が漏れる。

 ここに来てから目にしなかった、足の着く土の地面と青い空、そして太陽。この平凡に見える光景に、彼は緊張のネジが緩んでいくのを感じた。

 この不明な建物以外に、視界に写る限り建物は無い。草木一つない平坦な土の地面があるだけだ。

 だが、足場がない不安定な場所で一万年も防衛戦を繰り広げていた雄也にとっては、これだけでも充分過ぎる平穏の風景だった。

 

 窓枠に両手をつき、目尻が下がるのを無意識に感じる。

 

「はぁ………」

 

 もう一度吐息。素晴らしいこの状況は、実は夢なんじゃないかと疑う。それならいっその事、さっさと幻だと言って欲しいくらいだ。

 

 

「────おや、起きましたか」

 

 

「──っ!?」

 

 緩みきった頬が一瞬で引き締まり、大剣を手を掛けて振り返る。咄嗟に左腕を前に出し、防御の構えをとる。

 たとえ油断していたとしても彼は一介の兵士。その中のエリート中のエリートだ。熟練の兵士を軽く凌駕する反応速度だった。

 

「ふふっ…心配しなくても、私は味方ですよ」

 

 両腕を広げたその人は、慈愛を含んだ笑みを浮かべて彼を迎えた。

 

「お前は一体誰────何ぃ!?」

「ふふふ。表情が騒がしくて楽しい人ですね」

 

 左腕を降ろして大剣を抜いた雄也は、その人物の顔を見た。だが、その顔が意外過ぎて、思わず彼は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 彼──彼女は、修司にそっくりな顔立ちをしていたのだ。声音や物腰、そして見た目から彼女が女性であると推測出来るが、その顔は、元の修司の顔の女バージョンという表現がぴったり当てはまる程に彼に似ていた。

 

「な、なんで修司に…」

「似た顔を持っているのか…ですか?それも含めてこれから説明致しましょう」

 

 取り敢えずお掛け下さい、と勧められ、彼は渋々部屋備え付けの椅子に腰掛けた。

 敵意が無くても警戒はする筈の雄也。だが何故か、彼は大剣を仕舞って席についた。彼女から醸し出されている雰囲気のせいか、剣呑さを削がれてしまったのだ。

 

 反対側に座った彼女は、息を吸って説明を──

 

「お茶でも出しましょうか?」

「要らねぇよ。早く話してくれ」

 

 マイペースな人だ、と雄也は思った。

 つれない人ですね、と彼女はいい、急かされた事に溜息をついた。

 

「まぁいいです。少なくとも今は安全なので、ゆっくり話しましょう」

「今が安全だと…?」

 

 そう言えば、あの黒い何かはどこなんだ、と彼は窓の外を見る。しかしそこには清々しい青空が広がっているだけで、あの黒い何かは影も形も見つからなかった。

 

「はい。あの『疑心』の波動は、私の領域には手を出せませんから」

「お前の領域?」

「そこからですね。まず、私が誰で、ここがどこなのかを説明しましょう」

 

 修司にそっくりな女性は、居住まいを正して彼を見据えた。

 

 

「私は、白城修司の喜怒哀楽の一つ、喜びを司る感情の化身──そしてこの領域は、私の“感情の領域”です。私の事は適当に喜身(きしん)とでも呼んで下さい」

 

 

「修司の喜び…だと?」

「信頼の化身であった“彼”に会っているのだから、他の感情にも化身がある事は納得出来ますよね?」

 

 確かに。何も信頼と疑心だけが修司の心の中身じゃない筈だ。他の感情──喜怒哀楽にも、人の形を取った存在が居てもおかしくない。

 

「喜身……お前がそうだとしたら、ここは…」

「ご察しの通り、この空間は喜び()が支配しています。信頼の化身──頼身(らいしん)の事は、残念でした」

 

 頼身…。その言葉を反芻(はんすう)して、今は亡き彼の姿を思い浮かべる。

 

「そうか、しゅ…頼身。あいつの名前…」

「私達に名前はありませんが、区別するとしたら、そういう名でしょう」

 

 現実の修司と見分けがつかないくらいにそっくりな顔をした、心優しい青年。

 

「……くそ…」

 

 膝に置いた拳に力が入る。自分の無力さが苛立たしかった。

 悔しそうに唇を噛む彼を見て、喜身は淡々と続けた。

 

「ですが、私達は修司の感情に過ぎません。故に私達に『死』という概念はありません。あるのは、“呑む”か“呑まれる”か、です」

「呑む…?」

 

 疑問を感じた雄也。それに彼女は答える。

 

「一つの感情を、別の感情に“染める”という事です。呑み込まれた感情は消失し、その心から抹消されます。現実の彼が、より完全に他人を信用しなくなったのは、これが原因です」

 

 普通はそんな事起きないんですけれど、と彼女は言った。

 つまり、人を疑う疑心が、人を信頼する信頼という感情を呑み込んだ事によって、信頼は疑心に染まったという事なのか。

 

「修司の心の中の感情。これの八割九割を疑心と信頼が占めているのですが、それが疑心一色に染まってしまったので、修司の心は極端に偏ってしまいました」

 

 喜身は目を伏せる。

 

 彼女の話によると、人の感情というものの割合は、負の感情が少なく正の感情が多いと言う。これが普通の人間であり、悪人であっても少し負の感情が強い、という程度だ。

 

 だが、修司は違った。

 

 彼は最初から、『信頼』と『疑心』の感情が心の(ほとん)どを占め、喜怒哀楽から始まるそれ以外の感情は申し訳程度しか存在していなかった。あっても、少し『喜び』が大きかっただけだ。

 互いに対極の関係にある二者がその均衡を保っていたからこそ、白城修司という人間は暴走せずにこれまで狂人で留まっていた(・・・・・・・・・)

 既に、前提として壊れていた修司。それを周囲に悟られないようにと必死になって鍛え上げた理性。この刺繍糸で綱渡りをするような状況は、現実で出会ったハクという妖怪によって破られた。

 

 『疑心』の勢力は留まる所を知らず、修司の魂を徐々に侵食している。『信頼』が堕ちたことにより、修司の精神の殆どが(疑心)に染まってしまった。

 

 

 一通りこの世界の説明を受けた雄也は、「やっぱりお茶を入れますね」と言った喜身の後ろ姿を、何とも言えない表情で見つめていた。

 

「ですが──」

 

 茶葉を缶から出した喜身は、キッチンから振り返る事なく話を続ける。

 

「本来、こういった──感情が呑まれるという事態は起こりえません、絶対に」

 

 ポットに入れた水が沸騰するのを待つ彼女の背中には、その困惑がありありと浮かんでいた。

 

「両者の差が大きければ話は別ですが、『疑心』と『信頼』はほぼ同等の割合でした。ですから、このまま均衡が保たれる…そう思っていたのです」

 

 話は他の皆から聞いています、と彼に言う。

 

「『信頼』の化身である彼が、『疑心』が創り出した檻と鎖で拘束され、侵食されていったそうですね。それぞれの感情の領域というものは、互いに絶対的な不干渉地帯なのです。」

 

 唐突に、彼女は顔を窓に向けて空を仰いだ。

 

「現に今、貧弱な私──『喜び』の領域ですら、『疑心』は干渉出来ていません。あの青空は、ただの壁に色を付けただけで、アレの向こう側は『疑心』で真っ黒ですよ」

「そう…なのか…」

 

 実感が湧かない。いきなり平穏そのものを浴びせられたような感覚なので、ギャップに混乱しているのだ。

 

「余程の事がない限り、“アレ”は私の“家”には入って来ないでしょう。安心して下さい」

 

 電子音が聴こえたので視線を戻してみれば、湯が出来上がっていた。

 

「緑茶は嫌いですか?」

「いや、大丈夫だ」

「そうですか」

 

 コポコポと。

 先に急須に入れられた茶葉は、その熱さに不格好なダンスを踊っているところだろう。拘りが無い所を見ると、そういうのに頓着は無いらしい。

 

「皆さんは、現実の(修司)が集めた大切な“仲間”です。最大限のサポートを約束しましょう。取り敢えず、彼ら(不死隊)の要望で、広大な大地と空、全員が人間的な生活を送れる館を創りました。消耗品も、ここは“私が全て”なので何でも生み出せます」

 

 それで、こんなちぐはぐな空間が実現したのか。本当に最低限だな。

 

「…ん?お前がそれを出来るなら、しゅ…頼身も出来たんじゃないのか?」

「原因は分かりませんが、恐らく『疑心』の鎖に縛られて、その力を封印されたのでしょう。ですが、最期の最期で、あなた達を領域外に弾く事だけは出来たようですね」

「お人好しだな」

「感情の化身の性質として、その感情が大きく反映されます。頼身は『信頼』の感情なので、あなた達を“頼った”という事です」

 

 つまり自分達は、彼に“託された”というわけか…。

 

「弾き出されたあなた達を見て、最初は静観を決め込んでいました。私に出来る事なんてほぼありませんから」

 

 グラスを出すかと思ったが、彼女は存外にも、和風な湯呑みを出してきた。そこに注がれる緑色の液が、白い湯気を立ち昇らせる。

 

「しかし、あのハクという妖怪のせいで、そうもいかなくなってしまいました」

 

 あなた達を勝手ながら、私の領域に呼び込んでしまいました。

 そう言って、謝罪をしてきた。

 

「いや、あのままだったら俺達は『疑心』に取り込まれていただろうさ。こっちが感謝するべきだ」

 

 湯呑みを二つ持ってテーブルに戻って来た喜身に、座ったまま頭を下げる雄也。

 コト…と。どうか顔を上げて下さいと言いながら緑茶を差し出してくる喜身に、彼はゆっくりと視線を上げた。

 

「あなた方は精一杯善戦しました。他人事と言われても差し支えない私達の問題に、その身を賭して」

「俺達は、現実の修司に“頼られた”のさ。なら、応えない訳にはいかないだろ?」

 

 現実の修司がこれを聞いていたのなら、絶対「頼ってない」と言うだろう。

 だが、理性の隔壁が存在しないこの彼の(世界)に呼び出され、彼の本心に触れていたら嫌でも分かる。

 

────彼は、助けを求めている、と。

 

 彼の悲痛な叫びを聴いた。

 全てに絶望し、受けてきた痛みを吐き出すかのような。

 現実でどんな出会いをし、どんな関係にあったとしても、この声を聴いてしまったら、誰だって助けたいと思ってしまう。

 この世界に生まれる時にそれに触れるからこそ、敵味方関係無く、手を貸してしまう。

 

 雄也達はその時の記憶は無いので、「何故か皆仲間になっている」という印象を受けているのだ。これは前にも述べた事だが。

 

「まあ、存在意義…みたいなものじゃないかと、俺は思ってる」

「……」

 

 敵意は完全に失せた。彼は静かに頭を下げる彼女を見つめ、次いで置かれた緑茶を見た。

 

「説明はもう充分だ。みんながここに居るなら、後の細かい部分は頭同士を“繋げて”知ればいいからな」

「必要な物があれば、なんでも言って下さい。まだまだ物を追加していく予定なので」

 

 

ドタドタドタドタ────

 

 

「……ん?」

「あぁ…来ちゃいましたね」

「何がだ?」

 

 ドアの向こうから近付いて来る慌ただしい足音に、彼は首を傾げる。彼女は苦笑して、部屋の隅に退避した。

 

「お前、なんでそんな所に────」

 

バンッ!!

 

 

 

 

「「「「「雄也!!!」」」」」

 

 

 

 

 蝶番が弾け飛びそうなくらいに乱雑な扱いを受けたドア。人一人が通るために設計された筈のその隙間から、防衛軍の軍服を着た戦友達がなだれ込んできた。

 どこから聞きつけたのか知らないが、(ようや)く目覚めた雄也に会うために、こうして大挙して襲って来たようだ。

 

「怪我とかねぇか!?」

「体調は大丈夫なのか?“闇”に何かされたか?」

「やっと起きた…雄也ぁ!!」

「心配したぞ、蔵木」

 

 様々な顔が彼に迫り、口々に彼に言葉を浴びせていく。「緑茶が零れますよー」という喜身の注意は全くの無視。みんな彼の事に夢中だった。

 

(お前ら……)

 

 言い得もない喜びが彼の中に広がっていく。家族以上の絆で結ばれたみんなが、元気な顔をして自分の事を気にかけてくれているのだ、嬉しく無い筈がない。

 彼らは、情けなくも組織が混乱してしまった時に、即座に対応が出来なかった事を悔やんでいるのだろう。自分達が足を止めてしまったが為に、雄也が玉砕覚悟で時間を稼ぐという事態に陥ったのだ。

 

 だが、雄也にとっては当たり前の事だった。

 仲間のピンチを命を懸けて助けるのは、正義感の強い彼にとって当然の行動であり、それを感謝される(いわ)れなんてものは無いのだ。

 

「みんな落ち着けって…。俺はこの通り大丈夫だ。それより先に、報告だろ?」

 

 それを聞いた特隊の面々はハッと我に返り、一人が現状報告した。

 

「非戦闘員には、当領域にてはぐれない限りの自由行動を許可しています。現実の修司隊長を補佐している蘭さんは、この館の一室のベッドに寝かせてあります」

 

 怪我無く、守り通しました。そう彼は告げた。

 

「そうか…よくやったな。取り敢えずは一安心だ。まだ何かあるか?」

 

 問い掛けた彼に、青年は顔を強ばらせた。

 

「えっと……新しく新入りが来まして…」

「なんだ、歯切れの悪い。どうした」

 

 いえ、と濁す青年に注意が向く中、突如としてドアが破られた。

 

ドバコォン!

 

「っ!?」

 

 雄也に群がっていた『不死隊』の全員が武器に手を掛け、雄也は椅子を蹴飛ばした。隅っこにいた喜身が溜息をつく。

 まだ脳内の再接続が完了していない雄也は、その“新入り”を目視で確認した。

 

 そして、戦慄した。

 

 

「よぉ、やっと起きたのか」

「ノラ、ドアというものは正しく開けなきゃ」

「…脳筋に文明の利器は無理。諦めた方が賢明」

 

 

 ヌッと入室してきた三体の妖怪は、今回の騒動を引き起こした張本人達。【完全解晰】によって人格を取り込まれた、妖怪の大将達だった。

 彼らから放たれた殺気と妖力に、その場の皆が身を固くした。

 

「おっと、僕達は闘いたい訳じゃないよ」

「俺らの挨拶みてぇなもんだ、気にすんな」

 

 カッカッカッと笑うノラ。段々と治まっていく殺気から、どうやら本当らしい。

 

「…へぇ、これが、あの人間の鍛えた兵隊の実力。弱小種族をここまで育てるなんて…」

 

 レイは、雄也の顔をまじまじと見つめ、その八本の脚をギチギチと鳴らした。

 

(なんだよコイツら…。俺達なんて比にならねぇ…!)

 

 迸る気配から測っても、この三体の実力は雄也を軽く超えていた。現実の修司は、こんな怪物を相手に完封してみせたのか…。

 喜身は、我関せずといいたげに嘆息した。

 

「ここに来た時は、お前ら全員ぶっ殺してやろうかと思っていたんだがな…」

 

 顎を擦りながら、目をギラつかせる。真紅の皮膚が、彼の猛々しさを助長していた。

 

「…気に入らねぇ」

 

 吐き捨てるようにそう言った彼。

 

「気に入らねぇなぁ…。俺らを倒した人間の中身が、こんな貧弱なんてよぉ」

「それに関しては僕も同意見かな」

「…私も」

 

 ノラの妖力が再び爆発する。プレッシャーが全身に襲いかかり、彼らは脚を動かせずにいた。

 

「現実の僕の最期のように、この世界()も闇に染められ、面倒な感情が蝕んでいるようだね」

「…助けてくれる人が居なかった。だから、これは仕方ない────って、言いたい?」

 

 レイの言葉に唇を噛むみんな。これについては喜身も悔しそうな顔をしており、壁に預けていた背を起こした。

 

「いくら妖怪と言えど────」

「言葉を選べってか?」

「ぐうの音も出ないと自分で言っているようなものだね」

「…現実は受け止めなきゃ、駄目」

 

「……っ」

 

 再び、壁に寄りかかる喜身。

 仕方ない。これを理由に、無意識に自分自身を擁護していると自覚させられたのだ。特に情に厚い雄也は、剣を抜かないように抑えるのに必死で、腕が震えている。

 誰も何も言えないでいると、ノラはまた口を開いた。

 

 

「…だがよ、面白い、とも思った」

 

 

 怪訝そうな顔をする雄也達。彼は止まらない。

 

「折角こんな場所に呼び出されたんだ。現実と同じ事をしてもつまらねぇ」

 

 そういう結論に至ったんだ、と隣でハクが付け加えた。

 

 

 

 

「────付き合ってやろうじゃねぇか」

 

 

 

 

 この世界に召喚される時。無意識に聴こえた苦痛の嗚咽。野望の暗闇に囚われた彼らの心を動かしたのは、他の人の変わらぬ単純な理由。

 敵の正体も、解決策も、これからの方針も、自分達の事でさえよく分からないこの空間。

 

 でも、助けたいと思った。手を差し伸べたいと思った。

 

 彼の腕にまとわりつく茨を取り払い、目から消えた灯火を点け、「こちらにおいで」とはにかむ。

 

 妖怪とか人間とか、善とか悪とかなんて関係ない。

 理性ある生物の本質。その存在の根底にある、眩いばかりの『白』。

 

 鋭く尖った牙が並ぶ口。豪快な笑顔を作ったノラのそれは、彼がまだ集落で暮らしていた頃の、白くて純粋な輝きを放っていた。

 

「協力してやんよ。ややこしい事は分かんねぇけどよ、たまにはありだろ」

「そうだね。妖怪とは本来、酔狂で気まぐれなものだからね」

「…愛も大事。でも、手を貸してあげる」

 

 いつの間にか、殺気や妖力は消えていた。

 

「僕達を殺めた存在に足る心を持ってくれないと。現実の僕達が可哀想…って理由が主だけどね」

「…癪だから、助けるだけ。変に期待はしないで」

 

 ぎこちなく笑ったハクとレイ。ガハガハと雑な笑い声を上げながら、ノラは二人の肩をバシバシ叩く。

 

「おめぇらのそんな顔、俺ぁ初めて見たぜ!案外可愛い顔じゃねぇか!」

「「痛い痛い痛い!」」

 

 鬼の力で叩かれるのだ、下手したら骨折だろう。

 だが、二人の笑顔は更に深く、明るくなっていくのであった。

 

 

 

 

「…そのドア、直すのは私なんですよ?」

「おぅ!すまねぇ!」

「謝る気ゼロですか…」

 

 ガクリと落胆する喜身。和やかになった部屋の第一声によって、雄也達『不死隊』の面々の体は自由を取り戻した。

 武器に掛けていた手を下ろし、緊張を解いた隊員達。その顔は敵を見る警戒ではなく、仲間を見る安堵へと変わっていた。

 

「…信用、していいんだな」

 

 雄也だけは最後まで拭い切れない想いを残していたが、それも、ハク達の曇のない顔によって消し飛ばされた。

 

 

「少なくとも、今は」

「…私達の本質は妖怪。…あなた達の知っている──蘭という妖怪よりは妖怪に近い」

「思ったよりも単純っつー事だな!」

「「一番単純なのはノラだけどね」」

「だが俺は強い!!」

「「どうどう」」

 

 

ワイワイガヤガヤ────

 

 ガヤつき始めた室内。いつの間にか、不死隊の皆も談笑するに至っていた。

 

「なぁなぁ、お前の能力って物を引き寄せる事が出来るんだろ?ちょっとやってみてくれよ」

「あぁ、いいよ」ヒョイット

「「「「「おぉぉぉお!!」」」」」

 エスパーな能力に馬鹿共は沸き立つ。

「俺だってすげぇんだぜ?この拳一つで、何だってぶっ壊せるんだからな!見てろよぉ…」

「「「「「いけいけぇ!!」」」」」

 次は俺を見ろと、鬼はフローリングの床に狙いを定める。

「直すのは私なんですよ!?やめてください!!」

 

 順応の速い男性陣は、ハクとノラを取り囲んで盛り上がり。

 

「レイちゃん…でしたっけ?」

「…ちゃん…?…まぁ、そうだけど…」

 『不死隊』の中でも最年長の彼女は、女郎蜘蛛の綺麗な上半身を見て叫ぶ。

「全く…可愛い顔してなんて残念な身なりですか!ちょっとそこに座りなさい!!」

「っ!?」ビクッ

「押さえ付けて下さい!」

「「「「「了解っ!!」」」」」

「えっ?えっ?えっ!?」

 無理矢理床に座らされたレイ。先程とは立場が逆転している。

「さぁ!!喜身さんっ!この子に服をっ!!速く!!!」

「そ、それよりも今は彼を止めるので精一杯です〜!」

 着せ替え人形を手に入れたような興奮加減。クワッと目を見開く彼女に、喜身は疲労を訴える。

 

 

(────……なんかもう、いいか)

 

 

 この馬鹿馬鹿しい感じが、アットホームでフレンドリーな『不死隊』のいい所だ。戦闘中ですらネタに走ってしまうような、馬鹿げた連中。それでいて、しっかりした所はしっかりしていて、勝ちは拾ってくる。

 最後まで心配しているこっちの方が馬鹿みたいじゃないか。雄也の牙は毒気を完全に抜かれ、今度は、間抜けな友人を眺める呆れたような顔へと変化していく。

 

 

「あぁあ!雄也さん!助けて下さいぃ!!」

「さっきまでのマイペースキャラはどこいったんだよ、お前」

 

 

 半泣き状態で、喜身はノラを押さえながら空いている片手で服を創造している。顔の必死さから、相当参っているようだが、さてと。

 

「どうしたもんかなー」

「お願いしますから!」

 

 修司の事は、正直まだ対策が練れてない。あの黒い波動もよく分からないし、信頼の感情に何が起こっているのかも、皆目見当もつかない。

 現実の修司のこれからの事も気が気じゃないし、あの螢と鏡の事も不明だ。

 

 でも、なんだろうか。

 

「「「「「うおおぉあぁ!!」」」」」

「いいから俺に何か殴らせろって!」

「あぁ駄目です駄目です!この館を創るのにどれだけ苦労したと思っているんですか!?」

 

「さぁ!次はこの服ですよ!」

「下半身とのコントラストを楽しめないのが難点ですね、レイちゃん?」

「…あ…あの…もう…いい…」

「「「「「聴こえない聴こえない」」」」」

 

 

 楽しい……な。

 

 

 

 

 

 

 

────雄也は静かに、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 




 

 休みに入る前になんか新キャラを投入してしまった作者。変わった人格、染まった心、忠誠を誓う者、助け合う者。
 色んなものを残して、作者は受験へとペンを走らせます。


 …とまぁ、そんなこんなで一章、完結です。今後の活動について、この場にまとめておきますので、目を通して頂けると助かります。(ついでに活動報告などにも書いておきます)



・受験期間が終わるまで、当小説の更新は停止します。
・生存報告も兼ねて、ちょうちょい書いていた短編集をちまちま別小説として投稿します。
・0話のリメイクは難産過ぎるので、生存報告の一環として投稿します。
・絶対復帰を宣言致しますので、お気に入り登録は解除しないで頂けると嬉しいです。
・更新停止に伴い、タグの『定期投稿』は、一時的に削除させて頂きます。

 今まで読んで下さり本当にありがとうございます。
 これからも、何卒よろしくお願い致します。

 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。