東方信頼譚   作:サファール

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 大詰めです。これの次を投稿しましたら、受験休みに突入します。ご了承下さい。

 その後から、生存報告も兼ねての短編集を別小説でちまちま投稿でもしましょうかね。(息抜きみたいですんませんm(_ _)m)
 プロローグのリメイクは、絶賛難産中です。どこまで情報開示したらいいものか、悩んでいる最中です。


 それでは、どうぞ。

 


29話.孤独に苛む心と完全なる闇の侵食

 

 三体の事を【完全解晰(かんぜんかいせき)】で調べあげた時、一番可能性(・・・)があるのはハクという覚り妖怪だった。

 

(これは……都合がいい)

 

 同じ素質がある事が癪に障るが、分からせる(・・・・・)方法としてはこれ以上にないものだろう。

 

 ハクは、三体の中で一番“心が白かった”のだ。

 

 彼らは皆、幼少期に受けた非情な仕打ちを呪い、世界を変えることを決意した。

 それぞれは目的を達成するための“仲間”であり、家族でもなければ友人ですらない。互いに利害が一致しているだけの、“他人”とさえ呼べる関係である筈だった。

 

 だが、二人が初志を変えることなく過ごしていた中、ハクだけは違った。

 ノラは当初、鬼の集落で楽しく暮らしていた。

 レイはどちらかと言えば、家族愛だけが欠如していた。

 

 だがハクは、“他人の温もり”が欲しかったのだ。

 

 家族としての愛や、二度と失わない何かは要らない。

 彼はただ、“傍に他人が居て欲しかった”だけなのだ。

 

 孤独が身に染みて馴染んでしまった彼にとって、自分でない誰かが近くに居て、一緒に過ごしている事は何よりも嬉しい事だった。

 彼にとっては、『笑い合える世界』なんて要らなかった。ノラとレイ、この二人と一緒に過ごしていれば、それで満たされていたのだ。

 だからこそ、彼の心は時と共に少しづつ浄化され、白く、正常になっていった。

 

 

 

 

(…僕も、かつてはそうだった……)

 

 ゆっくりと歩んで来る彼を見て、修司は既視感に襲われる。記憶がないのに言葉だけ出せるのは何とも不思議なものだが、自分も以前は“白かった”事は何となく覚えていた。

 

(絵の具を全て混ぜ合わせたような……『黒』)

 

 ただの黒なんて、誰でもなれる。選ばれた者──純白であった者のみが、この境地に立てるのだ。

 

「親友を殺りやがって……!!!」

 

(呑み込まれた感情は怒りか…?いや、違うな)

 

 修司は『疑心』だが、ハクのそれは別の感情のようだ。復讐心から来る『怒心』かと思ったが、【完全解晰】で得た情報から推測するに、彼を支配しているのは恐らく────

 

「僕を独りにしやがって!!!」

 

────『孤独心』だ。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 彼には、修司のように決して崩れる事の無い理性の壁というものは持ち合わせていない。よって、孤独の“闇”に侵食されたハクは、その想いを隠すこと無く、真っ直ぐに修司へとぶつけていった。

 

「僕を独りにしたお前を、絶対に許さないっ!!」

(言葉と気迫だけはいいが、虚勢なのは丸わかりだ)

 

 獣のように飛びかかって来たハクの攻撃を避け続ける修司。先ほどとは桁違いの速度で肉薄され、先ほどとは段違いのキレのある連撃を打ち込まれる。

 

(……やっぱり、闇に呑まれるとさっきとは別人みたいに強くなるようだね。“心の力”ってやつなのかな)

 

 ノラのような素早さと、レイのような息をつく暇のない連撃。戦闘能力が低いとされている覚り妖怪にしては、異常な力だった。

 斯く言う修司も、『疑心』という意志の力が無ければ、ここまで強くなれなかっただろう。もし“闇”が修司を呑み込んでいなかったら、実力はせいぜい永琳の次くらいに留まった筈だ(それすらも過大評価かもしれないが)。

 

(これで本当に、『想いの戦い』となった訳か…)

 

 自分がわざと彼を陥れたと言えば他に何も言えないのだが、彼の心にこれだけの爆発力があったのは確かだ。後は、それを起爆するだけだった。

 

 

「死ねええええええ!!!」

 

 

「残念だけど、まだ死ねないんだよ」

 

 怒りで攻撃が単調になるかと思いきや、これまでの戦闘経験が活きているようで、なかなか隙が見当たらない。

 様子見をしようと防御的になったがために、修司は自分が攻撃するタイミングを失ってしまっていた。

 

「うおおおおおお!!」

 

 拳に無けなしの妖力を纏い、左腕を亡くしたと感じさせないほどの立ち回りを見せる。短槍の柄で攻撃を全て弾いているのだが、穂先をハクに向けれるくらいの間合いを取れず、修司は平地を後退し続けながら回避に徹するしかなかった。

 曲がりなりにも彼は妖怪。体自体がそれほど硬くない修司は、本来は一撃も貰ってはならないのだ。

 

「【薄結界(はくけっかい)】」

 

 妖力で作った【薄結界】で動揺を誘ってみるも結果は全く。ひたすらに修司の事を見据えて迫ってくるその表情には、微塵も他事の色が見られなかった。

 

 だが、いくら妖怪と言えども、それを凌駕出来るように鍛えたのが、他でもないこの男。

 

「色々と、実験台になってもらうよ」

 

 自分と同じ状態に陥った存在が、果たしてどのような変化を見せるのか、とても興味深い。出来るだけ情報を搾り取っておかねば、次このような輩に出会った時に対処が甘くなるだろう。

 

「よくも僕の大切な親友をおおおおお!!!」

「その想い、偽物である事を証明しよう」

 

 ハクが倒れるのは、今から一時間と経たない内だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「──よし、データは取れるだけ取れた。ご苦労様」

「はぁ……はぁ……」

 

 こちらは奴を倒さずとも、やるべき検証だけやって、後は攻撃を避け続ければいいだけの話。正直言って他の二人よりも簡単だった。

 

「一応、抵抗出来ないようにさせてもらうよ」

 

「っあああああ!!」

 

 目の前で這いつくばっている彼にさえ、修司は情けをかけない。

 ハクの背中に片足を乗せ、しっかりと固定して、残っていた右腕を短槍で斬り飛ばす。

 そして念には念を入れて、足の筋をバッサリと切り落としておく。

 

「死なれちゃ困るから、ちょっと治療して…と」

 

 『どんな薬でも創造する程度の能力』で、止血と最低限の処置だけを施して、修司は切断した両腕を拾おうと踵を返した。

 

「……っと」

 

 と、不意に体がよろめき、修司は短槍を支えにして何とか踏みとどまった。

 『どんな薬でも創造する程度の能力』は、どんな薬でも創れる代わりに、その分の体力を消耗する。辺りに代償となる物品は無かったので体力で支払ったのだが、どうやら自分の知らぬ内に限界が近付いていたらしい。

 

「……そう言えば、最近はトレーニングやってなかったからな…」

 

 トレーニングというのは、修司が失った記憶の頃から続けている、基礎体力をつけるための運動の事だ。都市に居た頃からこの一万年間もそれを継続していたのだが、最近は鉱石の目標量が近いという事で、昼夜を問わずに各所を駆けずり回っていたのだ。

 

 妖怪の性質を取り込み、フィジカルが圧倒的に成長した彼は、自分の限界というものを測り難くなってしまった。

 表情や言動ではそれほど疲れていないように見えるが、実際は一般人がフルマラソンを走りきった後のように疲労している。仮面の中に全てを隠すのは、外面に出したところで格好の獲物だからだ。

 

(…何度か、本気で力を使ってみないと。自分を把握しないで相手は測れないからね)

 

 三千の妖怪を屠り、局所で言えば己に匹敵している妖怪を三体相手にして、“よろめき一つ”。しかしこれ以上の敵と遭遇する可能性は無きにしも非ず。

 研鑽を積むに越したことは無いのだ。

 

「さて……新しく課題も見つかった事だし、終わらせるか」

 

 『地恵を得る程度の能力』を使い、彼は舞台を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「──っぐぅ…」

「…ぅ…」

「ぐぁぁ…」

「起きたね」

 

 いや、人間なら狂い死ぬ激痛で気絶した彼らだ、妖怪と言えど痛みで叩き起されるだろう。

 合金で作った大きな檻の中に、三人は入れられていた。ハクの左右には、嘲笑うかのように両腕が置かれている。レイとノラは更にその隣だ。

 

「ハク…だったかな」

「フーーッ…フーーッ…」

 

 歯を食いしばり、修司を睨みつけるハク。彼と同じく覚り妖怪ではないので心は覗けないが、彼の中には『孤独心』で満ち満ちているだろう。

 

「君は勘違いをしている。僕は二人を奪ってない。君の両隣で、生きているよ」

「…!!!」

 

 修司がそう言うと、ハクは仰向けの状態で必死に首を動かし、遂にその姿を目に捉えた。

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

 その目からは涙が溢れている。状況を全て忘れ去って、彼は今、『仲間』が生きている事に心から安堵していた。

 

 

 

 

────下らない。

 

 

 

 

 下らない。

 実に下らない。

 本当に下らない。

 吐き気がする程下らない。

 転げ回ってやってもいいくらい下らない。

 

 顔のパーツは微動だにしないが、彼の中は、『疑心』が巻き起こした『憤怒』によって怒りの感情が満ちていた。

 

 修司は、檻の中にいるレイとノラを呼び、こちらに注意を向けた。

 だが、その目は朦朧としていて、まだはっきり意識が覚醒していない事を示していた。

 

 その意識に滑り込ませるように、修司は自分の言葉を注いでいった。

 

「なぁ、レイとノラ。僕が憎いかい?」

「「…………」」

 

 判然としない頭で考え、その瞳に段々と憎悪が宿っていく。素直にこちらの言葉が頭に入っていく内にと、彼は更に言葉に重ねる。

 

「僕が憎いかい?理不尽なこの世界が憎いかい?…そして…」

「何……を…」

 

 ハクが何か言うが、誰も居ないかのように無視をする。二人の目は真っ直ぐ修司を射抜くように見据えられ、彼は内心ほくそ笑んだ。

 

 

「────力が無い自分自身が、憎いかい?」

「「っ…!!」」

 

 

 【完全解晰】で得た情報に嘘はない。彼らの現在の情報から推測した予測の的中率はほぼ100%。この反応を見て、修司は確信した。

 

「力があれば、何でも手に入る。力があれば、自分を害する全てを破壊出来る。力があれば…『愛』や『失わないモノ』を手に入れる事も出来る」

「お前……どうして…それを…」

 

 ハクが、何故その事をお前が知っていると言ってきた。

 

 感情、性格、傾向、振る舞い、周囲と自己の評価、心の黒さ。

 現在の個人を形成しているのは、紛れもなくそれまでその人が歩んできた過去によるものだ。産まれた瞬間から“何か”を持っている存在など有り得ない。

 

 修司の『昇華する程度の能力』は、再三言うが、記憶などは手に入れられない。だが、記憶によって形成された現時点のその人を調べれば、糸を手繰るようにして過去を探る事が出来るのだ。

 しかし、完璧に出来る訳ではない。いくつかの大きな事実を垣間見る事しか出来ないので、完全なるコピーではない。

 

 努めて、ハクの事は無視する。

 

「二人共、力があれば、何でも出来るんだよ」

 

 甘く囁く悪魔の声。その声はレイとノラの心に黒く染み込んで、彼らの心を更に黒く染めていった。

 

「ちか…ら…」

「…」

 

 微かな声が細く流れる。後一押しだと思った修司は、檻に顔を近付け、二人の虚ろな瞳に語りかけた。

 

「でも、君達はまだ力が足りなかった。どうすればいいと思う?」

 

 熱に浮かされている二人には、敵である彼の言葉に靡かないだけの理性が欠如していた。故に、彼らは問うた。どうすれば、力を得られるかと。

 簡単な事さ、と修司は指をさした。

 

 

────ハクに。

 

 

「ぇ……?」

 

 腕が飛ばされ、脚は半ば断ち切られた状態のハクは、その目に困惑を宿した。【独軍(どくぐん)】は継続中なので、まだ思惑は悟られていない。

 

 しかし修司は、ここで【独軍】を解いた。

 早速読まれるような視線に晒され、彼に修司の思考が流れ込んでくる。

 

 

 

 

「────ッッ!?!?」

 

 

 

 

(どうだい?素敵な案だろう?)

 

 心でハクに語りかけた修司は、今度は言葉にして、二人に囁いた。

 

「力を得る為には、妖怪を食べればいい。それも、とっても強い妖怪を」

 

 朧気に頷く二人。焦点の合わない目で修司を見つめ、「食べる」という言葉に反応して無意識に口を動かす。

 滑稽だ。

 

「だが、ここらに強い妖怪は居ない。…しかし」

 

 もう一度、大袈裟な手振りでそこの妖怪(ハク)を指す。

 

「この強い妖怪は、もうすぐ死ぬ。だから、食べていい」

「っ!!」

 

 鋭く率直に単語を並べ立て、伝えたい意図だけを二人の頭の中に刷り込ませていく。

 簡単な言葉だからか、二人はすぐに視線を指す方へと移すと、ゆっくり口を開けた。

 

 元仲間(・・・)であるハクに。

 

 

 

 

(嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!)

 

 『第三の目』によって奴の考えを読み取ったハクは、目の前の現実をひたすらに否定した。

 

(そんな事有り得る筈が無い!僕達三人はあの時からずっと仲間(・・)で、一緒に目的を遂げようと誓い合った仲だ!)

 

 気付いていない。それのなんと哀しい事か。

 

 ハクは、普段からレイやノラと同じような思考を持って過ごしていた。それは、自分の頭の中を偽の目的で埋め尽くし、己の真意から目を背けていたからである。

 

(僕達は同じ(・・)っ!仲間で、親友で、掛け替えのない存在だ!!)

 

 偽物と本物の区別がつかない。混濁した気持ちはハクを混沌の底へと落としてゆき、更なる困惑を生んだ。

 しかしながら、そうだろうと現実が変わる訳では無い。

 

僕達(・・)は…強くなるんだろ!?)

 

 激しく首を左右に向け、二人の虚空を湛えた瞳に訴えかける。

 だが、他人の心を盗み見、自身の心を偽った罪は重い。

 

 

────怖かったのだ。

 

 

 自分の想いを打ち明け、それが拒否かれた時の衝撃に耐えられそうになかった。

 もし、これで絶縁でもされたら…もし、これで敵同士になってしまったら…。そんな考えが己の勇気を挫き、遂に言えずじまいだった。

 

 だから、『第三の目』を制御出来るようになった時は喜んだ。これで、二人の心を覗かなくて済むと。…もう、現実を見ないで済むと。

 

 

「…よう……かい……」

「喰って…喰らって…強く…なる…」

 

 悲痛な心に届くのは無常なまでに本能に忠実な声音。ハクの必死な視線なんぞ、全く意に介さない。

 

 修司によって付けられた酷い傷さえも無視出来るほどの食欲。純粋で醜悪な力への欲求が、二人をつき動かしていた。

 四つん這いになってモゾモゾとハクの方へにじり寄っていくレイとノラ。盲目者似の彼女達のまさぐるような両手は、二人とハクの間にある──ハクの両腕に辿り着いた。

 

「そ…れは…」

 

 声が出ない彼をよそに、二人は手に掴んだモノ()を手繰り寄せる。目には最早、何も映していなかった。

 

 “見えてしまう”という事は、時に残酷である。

 ハクは現在、『第三の目』の制御を解除している。故に、二人の思考も、彼には視えてしまっていた。

 

 

僕達(・・)はっ!一緒に強くなるんだろ!?)

(…()は強くなる…)

()は強くなる…)

 

「ぁ…ぁぁぁ……!」

 ガブリ…と。既に感覚の無い腕が喰われた感触がした。

 

 

僕達(・・)はっ!三人で歩むって決めただろぉ!?)

(…()は、“愛”の為に進む)

()は、“失くさないモノ”の為に行く)

 

「ゃ……ゃめ………」

 指、掌、肘の辺りまで咀嚼され、半ば斬られた上腕が口に収まろうとしている。

 

 

僕達(・・)はっ!仲間じゃなかったのか!?)

(…()は、自分の為に協力してきた)

()は、もう死ぬ奴なんてどうでもいい)

 

「僕の……僕の腕………」

 食い違い。価値観の変化。

 倫理の歪曲。現実逃避の末。

 

 

 彼の心の中の、“ナニカ”が呆気なく瓦解していった音を聴く。

 一度壊れた彼を修復し、陰ながら支えていたモノが、行儀の悪い咀嚼音と共に崩れ去って逝く。

 

「そんな…そん…な……」

 

「「────ング」」

 

 両腕全て、二人に喰われた。

 

 月明かりに輝く檻の格子をバックに、二人の丸まった背中が見える。そして、その俯いた顔も。

 真っ赤に染まった両手を凝視し、全く動く気配が無い。

 しかし、彼女らの傷は目に見える速度で癒されている。ハクの腕を食べた分だけ、急速に回復しているようだ。

 

「いいぞ……だが、まだ残っているよ」

 

 視線を上に上げて檻の外の奴を見る。

 

(二人はもう、君の事を食べ物としか見ていない。やっぱり、君達の絆なんて、そんなものなのさ)

 

 こちらに気付いた奴が、表情の変わらない顔でそんな事を思う。視えているから、わざと心で話しかけているのだろう。

 

(…………)

 

 実際、少し期待していた。

 

 普段の二人の仕草は自然なものだったから。もしかしたら、という淡いものがあった。

 自身のように心情が変化し、関係を繋ぎ止めるために振舞っているのだと思いたかった。

 

 だが、幻想を夢見ていたのは自分だけだったようだ。

 

「まだ、まだだよ。まだそこに残っている」

「「…………」」

「ひっ…!」

 

 ギラりと光った二人の目。動こうともがくが、ダメージが酷くて碌に体が動かない。それに脚をやられているので、どうしようもない。

 

 

────喰われる。

 

 

 敵ではなく、自身の心を支えてくれていた偽の仲間に。

 全部自分が勝手に考えて、勝手に信じて、勝手に絶望した。

 でも、だとしても、

 

 

(こんな…こんな結果…あんまりじゃないか…)

 

 

 二人は何も悪くない。寧ろ、この選択は客観的に見て充分及第点な模範解答である。

 だが、自分の信じていたものに裏切られる哀しみは、想像を絶する絶望感をもたらした。

 

(ハク)

 

 唸り声を上げるのみとなった二人の隙間に、心から届いた声が一つ。

 それに顔を向けると、やはりというか、そこに彼は居た。

 

 自分達を返り討ちにし、このような酷すぎる拷問を与えた、白城修司という人間。今では、憎しみという感情を感じる余裕など無かった。

 

(君が心の中で抱いていた絆、仲間意識、『信頼』は、全てまやかしだ)

 

 無表情の顔面が微かに動いたような気がした。

 

(そんなものは有り得ない。ましてや、妖怪である君達に芽生える筈が無い)

 

 今度の洗脳相手は僕か、なんて事を思いつつ、抵抗する気も起きない無力感が思考を鈍化させる。警戒するとは言葉のみで、彼の理性に防衛の手段は無かった。

 

「は……ははは……」

 

 乾いた笑い声が半開きの口から溢れ出る。

 

(暖かいモノに手を伸ばしたくなるのも分かるが、それは心の隙間が創り出した偽物の温度。それを望む事が幸せの追求であり、愚かな絶望への一本道なんだよ)

 

 他の妖怪にはない、優しそうな面持ちで凍てつく言葉を吐く修司。

 今が好機と見た彼は、ハクが抱く絶望に刷り込むように、その長身を更に屈め、じっくりとその顔を眺めた。

 

「…に……く…」

「喰わせ…ろぉ……!」

 

「っ!!」

 

 双眼に捉えられたハクの顔は歪んだ。

 

────遂に、ハクの身体に、二人の手が届いたのだ。

 

「やめて……」

(いや、それは無理だね)

 

 さも当然のように修司が言う。いや、既に二人に言葉は届かないから、当然と言えば当然の現実か。

 

「おぉ……ぉぉおお」

「………」ニチャァ…

 

 粘性のある血糊が二人の口で音を立て、禍々しくパックリと割れた。

 

 その大きく拡がった口で、ハクの脚にかぶりつく。

 

「っあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

 

 か細い喉がビクンと跳ね上がる。耳を引っ掻くような棘だらけの声は、この場の三人には全く届きもしなかった。

 

(こんな断末魔、飽きるほど聴いた)

 

 裏切られてから一体何体の敵を屠ってきたか。

 実験の為に、数え切れない数を残虐に殺してきた。

 

「んぉ…っふぁう……はぁぁ…」

「グヂュ…ガブ…ギチ…」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」

 

 面白いくらいに血が噴出する。檻の外から、気絶しない程度に意識を保たせる為に、『どんな薬でも創造する程度の能力』で薬を創ってハクに掛けている。そのせいで、彼はこの激痛を否応無しに受け続けていた。

 部位欠損を治す効力は無い薬なので、ハクは生命活動を維持されたまま、どんどん二人に喰われていく。

 

「はふぅ……」

「ぅぇ……っはぁ…」

 

 恍惚とした表情が檻の天井を仰ぐ。獲物に群がるハイエナのような野性を感じ、改めて彼らが申し訳程度の理性しかない害悪である事を再認識する。

 

 その姿を見て瞬く間に虚ろへと変わってゆく彼のガラス玉には、最早理性の堰は存在していなかった。

 

(……もう終わりか)

 

 精神的に脆弱な部分を突けば、こうもあっさりと砕けるものか。

 残念なほどに呆気ないな。

 

 

 

 

「君の“信じた”その感情は、全て偽物だ」

 

 

 

 

「ぁ────」

 

 最後の一刺し。

 こうして遂に、ハクの心は決壊した。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……」

 

 修司はガクッと片膝を落とし、僅かに肩を震わせながら息をついた。

 拷問の為に薬を創り過ぎた。もう体力が殆ど残っていない。

 

(後少し…後少しだ…)

 

 もう“教育”は終わった。後は三体にトドメを刺すだけだ。

 

「……【刺剛巌(しごうがん)】」

 

 

ズガガガガシャァァン!

 

 

 檻の天井と地面の両側から、口を閉じるようにして【刺剛巌】を発動。ハクに夢中になっていた二人を、ミンチにして、ただの肉塊へと変貌させた。

 残るは、勝手に妄想し勝手に絶望した、どうしようもなく愚かな覚り妖怪のみ。半分近く喰われた彼の場所のみ残しておいたので、彼は【刺剛巌】の餌食になっていない。

 

 合金の檻を解除して地中に戻し、地面を操って二人分の挽き肉を地下深くに埋める。先程までの凄惨たる状況が嘘のように消えてなくなり、将棋でも差せそうな静けさが二人を包み込む。

 

「っぅ……ぇっぐ…」

 

 ただ一つ、脚を全て食べられた少年の体躯を持つ彼の嗚咽のみ。

 

(なんで……なんで…なんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!)

 

 遥か昔、確か二人と出会う前も、こんな風に現実を呪っていた。巡り巡って舞い戻ってきた“黒い世界”に、ハクは激しく憎悪した。

 

 死ねない。

 どれだけの苦痛を味わい、どれだけの裏切りと孤独を身に受けても、結局死ねなかった。

 

(…もう、さっさと死にたい…)

 

 何故こうも現実は天邪鬼なのだろうか。右と言えば左。上と言えば下。死にたいと言えば死なせてくれない。

 他人の心は覗けば全て分かるのに、未来の事はどうやっても分からない。

 

 自分ではどうすることも出来なかった事が腹立たしく、彼の目からは止めどない透明な涙が溢れ出ていた。

 

 

「そんなに悔しいのかい?」

 

 

 目を開けなくても分かる。アイツ(修司)だ。

 

「これで分かっただろう?そもそも、君の望んだモノなんて存在しないんだよ」

 

 ハクの望んだモノ…それは、友達との絆ではなく、信頼出来る者でもなく、『笑い合える世界』でもなく──『友達と一緒に居れる世界』だった。

 【完全解晰】で殆どの事を調べた修司だからこそ、分かる。修司だからこそ、理解出来る。

 

────だからこそ、それを否定する。

 

「“信じられるモノ”なんてこの世に無い。自分自身すらも、欺かれる危険性がある。そんな世界で他人に刃を向けないのは、愚か者のする事だ」

「くそ……くそぉ…!」

 

 痛みを薬で消しているからか、ハクは存外元気に雑言を吐き出してくる。

 

ザッ…ザッ…

 

 ゆっくりと、しかし着実に、『死』が迫っている。

 

「いやだ……いやだよぉ……」

「……」

 

 暖かいから。明るく朗らかだから。

 街灯に魅せられた深夜の蛾のような。

 しかし、伸ばした腕に巻き付いたのは、心に突き刺さるような茨の(つる)

 ギチギチと言わせて彼の腕を絡めるその茎には、目を奪われるほどに麗しい薔薇の花が咲いている。

 

 

 

 

トサッ────

 

 

 

 

「っ」

 

 落とすように膝を折り、ハクの顔を反対から覗き込んだ修司。その瞬間の僅かな疲労を読み取る暇の無いハクは、彼のその、深淵のような双眸へと焦点を合わせた。

 

 黒い。

 

 この上なく黒く、自分達の闇が赤子のように感じられる。

 

 上には上がいるから。

 強き者には蹂躙されるから。

 手を伸ばしても斬り落とされる。

 黒き手に捕食される。

 

「さぁ……もう終わりだ」

 

 …もう、目を閉じようか。

 

 

 

 

 

 

 

────黙って殺られるか。

 

 

 

 

 

 

 

 突如、己の中に湧き上がってきた感情。意地にも似た閃光の瞬間的思考。

 その変化に自分自身で驚愕し、熱くなった躰に喘ぐ。

 

 頭に突き刺さった声は、果てしない“独り”への寂しさを彷彿とさせ、別人のようで同一人物のような既視感をハクに与えた。

 まるで、『孤独な心』が彼に語りかけているかのような。

 

 

────足掻け。

 

 

 手足の無い状態でどうしろと。

 

 

────君のその(能力)は飾りか?

 

 

 能力……

 

 

────ただで殺られる訳にはいかないだろう?

 

 

「なかなか強かったよ…だから」

 

 そう言って短槍を傍らに置き、鞘に入れられていた脇差に手をかける。

 

「トドメはきっちり刺してあげる」

 

 シュラァンと抜き放たれた白銀の刀身。

 

 だがハクの目にはそんな事は映っておらず、視界一杯にあるのはただ一つ、修司の眼孔だった。

 空を覆い尽くすようにハクの顔を覗く彼の黒い目。

 

 

 無意識の内に、ハクは(能力)を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 初めは、違和感だった。彼の雰囲気が変わったと思ったら、虚ろな目に鈍い光が灯ったのだ。

 

(何だ?再起不能なまでに心を折ったのに、まだ耐えるのか?)

 

 念のために【独軍】を先程から発動しているので、思考は読まれていない。しかし、ハクの変化は留まるところを知らず、ドンドン湧き上がっていた。

 

(面倒だな……早く殺るか)

 

 これ以上の予想外は要らない。

 抜刀した脇差を逆手に持ち、突き刺そうと振り上げる。

 

 

だが────

 

 

「……は」

「っ!?」

 

 嗤った…。

 

「っぐぅ!?」

 

 次の瞬間、何かが引き寄せられる(・・・・・・・)感覚に陥った。いや、実際に“何か”がハクによってせり上げられている。

 

グイッ

 

「なっ!」

 

 手は無い筈なのに、胸ぐらを掴まれて(・・・・)顔を引き出された。ハクと修司の顔が、鼻先が触れるほどに近くなる。

 

 目と目が間近5cmに迫り、僅かに見開かれた修司の瞳孔がハクの冷たい意志の炎を灯した黒目に吸い込まれる。

 

「ははは」

 

 静かで冷徹な狂気を修司とするなら、ハクのそれは、まるで音声機関が狂ってしまったピエロ人形のようだった。関節が脈絡も無く蠢き、木片の擦れる音がその狂人ぶりを助長している。

 

「ははははは」

 

 ハクの『引き寄せる程度の能力』によって体が引き寄せられ、それに抗う修司。体力が残っていた場合なら即座に脱出出来ただろうが、生憎、歩く事すら大儀に感じる程の疲労が彼を襲っていた。

 

「ぐっ…!」

 

 抜け出そうとするも、それは叶わず。ならばとさっさと小太刀でかっ捌こうとしたが、両手が地面に“引き寄せられ”、動かせなかった。

 

「ははははははは」

 

 狂気の声音が修司の耳を穿つ。吐息が掛かり合うこの一瞬に、修司はハクの『孤独心』からの置き土産を貰った。

 

 

 

 

「こっちへ出ておいでぇ!!(孤独)お友達(猜疑心)ぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

「っああぁああああ"あ"あ"!!!」

 

 ハクの目にある鈍い光が、ギラリと並ぶ牙を見せたと思った刹那。

 ハクは再度『引き寄せる程度の能力』を使い、『あるモノ』を引き寄せた。ハクは、修司の目の奥にあるそれを感じ取り、消え逝く自分の最期の悪足掻きを決行したのだ。

 

 ボロボロで穴だらけの彼の魂から、全ての色を混ぜ合わせたかのような混沌の『黒』が滲み出る。他者を疑い、己を疑い、片手には常に刃を備える。

 そんな彼の感情────『疑心』は、修司の双眸から捉えられ、ハクによって無理矢理引き出されていた。

 

「やめろおおおおおおおお"お"お"ぉ!!」

「あははははははははははははは!!!」

 

 力を振り絞って抵抗するが虚しく。命を削る覚悟で能力を使用しているハクの拘束には到底抗えなかった。

 いつぞやのように絶叫する修司は、また喉が裂けるのも構わずに声の限りに喚き散らした。

 

 

 出て来るでてくるデテクルデテクル……

 

 黒いくろいクロイクロイ……

 

 気持ちいい?辛い?楽しい?怖い?嬉しい?哀しい?

 

 

 

 

「ははははハハハハアアァァ……────」

 

 

 

 

 ハクの絶命と共に、修司は白眼を剥いて倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

オオオオオオオオオオオオオォ……

 

「な、何だ!?何があった!?」

「一体どうしたの!?」

 

 修司の精神世界。実際には、修司の魂の中にある『感情の世界』とも呼べるこの果てしなく広い空間に、世界をふるいにかけたような振動が拡がった。

 その振動に、修司が取り込んだ人格達は動揺し、彼の親友の蔵木雄也と、かつて彼と同じ時を過ごした八意永琳は、状況の報告を求めた。

 

「分かんねぇ!」

「んな事俺らに訊くなよ!」

「皆目見当もつかないな」

 

 『疑心』の兵士と戦闘を繰り広げている『不死隊』の皆は目の前の敵に集中しているが、少なからずその動揺が伝染し、隊列にグラつきが生じた。

 

「雄也っ!どうなってるの!?」

「俺が訊きたいくらいだ!」

 

 兵士の一人が敵を斬りながら問いかけるが、怒号に返したのは同じく怒号。誰もこの異変の正体を掴めずにいた。

 

 

オオオオオオオオオオオオオ……

 

「っ…はぁ!?」

 

 戦列に指揮を送ることを忘れていた雄也は、更なる異変に呆けてしまった。

 

ゴゴゴゴゴ……

 

 音を出しているのは、雄也達が弾き出された『信頼の領域』。当初はそこに居り、『信頼』の化身であった修司と共に過ごしていた。しかし、侵食してきた『疑心』によって『信頼』の保有していたエリアは全て占領され、追い出されてしまった。

 目の前の巨大な黒い球体が正しくそれであり、そこから出て来る漆黒の兵士は奴が生み出した悪しき敵。

 

 この世界で自由に動ける彼らが目障りなのか、執拗なまでに兵士を送り込んでくる。

 

 だが、今はそんな事は問題ではなかった。

 

────黒い『信頼の領域』から、黒い“モノ”が滲み出てきたのだ。

 

 

 墨汁が真水に染み出すように、目の前の黒い球体から全体に向けて黒い液が出て来る。

 

「おぉ!?なんか黒いのが出て来たぞ!?」

「陣形を乱すな!後衛!援護射撃くれ!」

「雄也指示をっ!!」

 

 変わらず攻撃してくる黒い兵士を食い止めながら、隊員の一人が雄也に叫んだ。それで我に返った雄也は、頭を振って思考をかき消した。

 

「後退だ!退りながら攻撃しろ!その黒い何かに触れるな!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 重力という概念が無いこの世界では、夢の中のようにフワフワと浮いて行動する。だから『不死隊』の皆は後ろに飛びながら、迫り来る障害を(ことごと)く打ち払った。

 戦列はかなりの速度で後退しているというのに、球体から滲んだ黒い“何か”はそれ以上の速さでこれを追いかけてきた。

 

「くそっ!」

 

 隊員の一人が悪態をつき、レーザーライフルを一発、黒い液の方へと撃ち込む。

 

「おい!止まらないぞ!」

 

 しかしその閃光は虚しく吸い込まれ、何の成果も挙げずに黒に飲み込まれてしまった。

 

「逃げろ!兎に角逃げろ!」

「逃いいげるんだよおお!!」

「銃器を持っている人は迎撃に回って!」

「次弾装填中だ!」

 

 ライフルやマシンガンを持っている人はそれを使い、霊力を使える人はあらん限りで弾幕を張った。霊力も弾薬も体力も気力も、ここでは何もかもが減らない。故に彼らは、最大の限りを尽くして制圧攻撃を加えた。

 

 しかし、それでも『黒』の進撃は止まらない。

 

「っ!?全力で撤退だ!埒が明かなねぇ!」

 

 無限に湧いてくる敵兵と黒い何かに攻撃を続けるのは無駄だと判断した雄也はそう命令し、次いで背後にいる非戦闘員にも声をかけた。

 

「固まって逃げろ!黒い球とは真反対の方向だ!」

 

 この空間に終わりがあるのかは分からないが、このままここに居てはいずれ飲まれる。今は、ただ逃げるしかない。

 各々自由な返事をした隊員以外の人格達は、互いに脳内で情報を共有しながら逃げ始めた。

 前にも述べた通り、この世界にいる人格達の脳内は皆、繋がっている。共有したいものだけを開示する事が出来、したくないものは秘匿出来る、便利なものだ。

 

 脳内でも逃げろと叫びながら、口頭でもそう叫んだ雄也。思考のどこかは常時必ず皆と繋がっており、その安心感からか、彼はこの場においても素晴らしいリーダーシップを発揮している。

 

 だが、その安心は、唐突に瓦解してしまった。

 

 

 

 

フッ

 

 

 

 

「────!?」

 

 目の前に他の人格達、後ろに隊員達、間に自分と永琳という陣形でひたすらに飛んでいた雄也達だったが、急に、彼の眼前を飛行していた人格達が、跡形も無く消え去った(・・・・・)

 

「な、何が!?」

 

 突然沢山の人格達とのコネクトが断ち切られたショックで、隣にいる永琳が狼狽する。

 それは永琳だけでなく、雄也や背後の隊員達も例外ではなかった。こんな事態は初めてなので、対処法が思いつかない。

 

「八意様!落ち着いて下さい!」

「どうなって────」フッ

「八意様!?」

 

 都市の頭脳の明らかな動揺にも関わらず、雄也は修司に鍛えられた胆力を以てして耐えた。そして彼女を鎮めようと声をかけた矢先、彼女は彼ら同様に、一瞬で消え去った。

 

「おい雄也!どうなってんだ!」

「みんなはどこに行っちゃったのよ!」

「神隠しだ…」

「な、何を言ってんのか分からねぇと思うが、俺も何を──」

「「「「「お前は黙ってろ」」」」」

 

 ネタをやってる場合じゃねぇだろと叫びたい衝動に駆られるが、振り返った彼の目に飛び込んできた『黒』のお蔭で、無理矢理現実に引き戻された。

 

「っこなくそぉ!!」

 

 現実の自分がロケットに乗り込む時に投げ捨てた相棒の大剣。それを瞬時に抜き放ち、反転して『黒』に突貫した。

 部隊が混乱している今は、どうしても時間が欲しい。

 

「お前ら早く逃げろ!!!」

 

 苛立ちをそのまま声にして放出し、体から霊力を開放する。『不死隊』の隊列の隙間を縫って飛行し、視界一杯の『黒』を相手に気合いを出す。

 切羽詰まった雄也の声を聞いた『不死隊』は、一人で『黒』を止めに入った雄也を振り返り、次いで命令に反射行動を起こした。

 今この場で彼に反応し、踵を返そうものなら、彼の決死の覚悟を無駄にしてしまう。こんな状況を作り出してしまったのは自分達であると悟ったが、それよりも先に体が動いていた。

 

 ほんの少しの動揺のせいで、迎撃せざるを得なくしてしまった。最早逃走しきれる距離ではない。

 

(お前ら鍛え方が足りねぇぞ!)

 

 過去に、修司と個別で特訓をしていた雄也は、他の隊員とは一線を画すほどの胆力を身につけている。彼だけは、特別強いのだ。

 修司が居ない時の特隊が彼に任されるのは、そのリーダーシップ能力や修司の親友という立ち位置もあるが、一番の理由はその実力である。

 

(俺が…俺がみんなを守るんだ…!修司が救われるまで、俺が耐えてやる!)

 

 それがたとえ、得体の知れない黒い波動であったとしても。

 決して退かない。

 決して諦めない。

 彼に恩を返すまでは。

 

「はあああぁぁぁぁ!!」

 

 霊力の全てを大剣に注ぎ込み、淡い輝きを放つ。集まったそれを凝縮し、刃として生成する。

 とてつもなく濃縮された霊力は、高密度の固体となって透き通った光を纏った。

 

「食らえええええぇぇ!!」

 

 突貫した彼は、それを思いっきり唐竹に振るい、黒いそれを一刀両断しようと膂力(りょりょく)の限りを尽くした。

 大妖怪ですら一撃で屠る事が出来る程の威力。この世界にコピーされても怠らなかった鍛錬の賜物だった。

 

────だが…

 

 

「っ……ちくしょう!!!」

 

 まるでブラックホールのように。彼から飛ばされた斬撃は吸い込まれ、何事も無かったかのように吸収されてしまった。

 

ズズズズ………

 

 そして、侵食するその暗黒は、こちらの『白』を全て飲み干す勢いをそのままに雄也を取り込もうとする。

 

「っぐあぁ!?」

 

 退ろうと背を向けた彼の脚先が少し、『黒』に触れた。それだけで全身を突き抜けるような激痛が彼を襲い、意識が飛びそうになってしまう。

 痛み対する耐性は修司にみっちり鍛えてもらった筈だが、その努力を嘲笑うほどの衝撃。気絶しないようにするだけで精一杯だった。

 

「────」

 

 その瞬間を逃さずに、『黒』は彼の体を侵食しようと範囲を押し広げる。

 

(くそっ……くそっ)

 

 フェードアウトする意識の中。彼の視界に『不死隊』の姿は無かった。

 




 

 この終わらせ方はノラの戦闘の時よりも悩みました。これで、作者の思い描いていたインフレ完璧チーターの完成です。3分クッキングどころか、何ヶ月かかってんだって話ですよねw
 まぁ、ちゃっちゃと場を整えてしまう展開が嫌いな作者にとっては、これぐらいが丁度いいくらいです。

 では次回、一章最終話。
 お楽しみに。

 

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