東方信頼譚   作:サファール

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 闘いは続くよどこまでも。さあさあ、どんどんいきましょうか。

 「そんな事できねぇだろw」と思うような戦術が数多く出現しますが、作者の頭が幼稚なだけですので、気にせず最強ぶりを謳歌する修司を楽しんで行って下さい。


 では、爆弾投下です。

 


28話.財が瓦解する彼と心を手折る彼

 

 

 槍という武器は穂先で敵を突き刺したり、薙ぎ払って一気に敵を攻撃する事が出来るし、それが主な攻撃法だ。

 しかし短槍は違い、その二点に合わせて、細かく振るったり突いたりして、手数を多くして闘える武器である。また、刀などは敵に正対して振るう必要があるが、短槍はあらゆる方面に対して攻防が可能な得物なので、非常にアクロバティックに立ち回りながらの連撃も可能だ。

 これは修司の気性にマッチしており、だからこそ彼は、これを扱う時に他とは違った使いやすさを感じていたのだ。

 

 小太刀も捨て難い武器だが、如何せん間合いの取り方に癖がある。故に彼は、新しく武器を作ろうと思い立ったのだ。

 

「行くぜえええええ!!」

 

 前方、ノラも同じように駆け出してくる。これまでよりも更に速い速度で両者がぶつかろうとし、場の緊張感は増していく。

 

「うおらぁ!」

 

 右腕を振りかぶって殴りつけてくるノラ。修司はそれを認めると、左手の人差し指をクイッと上げた。

 

「【刺剛巌(しごうがん)】」

 

 走る勢いはそのままに、地面から数本の杭を突き出した。ノラの背後から二本、拳の前に三本、彼の顔の前に二本。

 

「────」

 

 だが、どこかから声が聞こえると、どこからともなく糸が二本発射され、ノラの背後から貫こうとした二本の杭が妨害されようとする。

 

ズガガガガン!!

 

 だが、その進行方向に新たな杭が出現し、糸はそれに受け止められた。

 

「…嘘……」

「ノラ後ろ!!」

 

 唖然とする声と、ノラの奥から叫ぶ声。このまま殴って目の前にある杭を破壊しようと考えていたノラは、これに素早く反応して横に飛び退いた。

 

(それも計算済みだよ)

 

 レイという蜘蛛妖怪もいそうな場所は把握しているし、ノラという鬼が指示には必ず従う事も【完全解晰(かんぜんかいせき)】で知っている。だから、これはまだ序の口だ。

 

「【簿結界】」

 

 杭を速攻で引っ込めた修司は、その開いた空間をそのまま突っ走り、左手に展開した【簿結界】をブワッと押し拡げてレイの位置を把握した。

 これで位置がバレることを知っている彼女は、その後森の中を進んで修司の背後に陣取ることも予測済み。だから彼は、自分の背中を守るように杭を数本展開し、射線を通しにくくしておいた。

 

 その間、修司はハクに向かって迫っている。心を読まれるという情報を得ているので、対策は完璧だ。

 

(さぁ覚り妖怪の君、君はこれをどう攻略する?)

「何っ!?」

(動揺が丸分かりだよ)

 

 心の中で思うだけで言葉が交わせるなら、こうして動揺を誘う事も出来る。

 妖力を高めて弾幕を張ろうとしていたハクはこれに驚き、明らかに油断した。

 この行動を全て、ノラのいたスペースを走っている一瞬の間に行い、連携を乱したこの隙に、修司は一気にハクへと迫った。

 

「くっ……ノラ!!」

 

 距離を取るために退ろうとしたハクは、修司の後を追いかけてきている鬼の名を口にすると、修司と目を合わせた。

 

(それも理解しているよ)

 

 『引き寄せる程度の能力』。これの発動条件は、引き寄せたい物を視界に収めていること。認識していても、見れていなければ発動しない。

 大方、追いかけるノラと修司とを引き寄せようとしているのだろうが、そんなもの、タネが分かっていれば【完全解晰】を使わずとも予測出来る。

 

「【刺剛巌】」ズガガガン!!

 

 ハクが能力を使う寸前、修司は【刺剛巌】でハクの目の前に杭を盾のように展開し、視界を塞いだ。

 

「っ!?」

 

 レイの支援はない。彼女の性格から、糸を放つために背後に乱立している杭を避け、もう一度横に移動してくる筈。

 そして、視界を遮られたハクは、律儀にこれを迂回して来るだろう。ノラがもうすぐ追いつくという事を見ているから、ノラに相手をさせる筈だ。

 

 修司はここまでの思考を、全てハクに悟られること無くこなしていた。

 それは、彼が短槍での戦闘を開始してから、【独軍(どくぐん)】を使って自分の心を様々な“声”で埋め尽くしているからだ。

 使用している人数は五十人。それぞれが勝手な想像をして心を掻き乱しているので、そうそうハクに読み取られることは無い。

 

 これは、修司が三人に対して使う切り札の二枚目。行動を読まれなければ、もう修司に死角はない。

 

 【刺剛巌】を、ノラとの間に展開して進路を妨害し、出て来たハクに対して短槍を振るった。

 

「抜かったね」

「ぐぁぁぁっ!!」

 

 だが、少し誤差が生じたのか、修司が短槍を逆袈裟(けさ)気味に放った斬り上げは、ハクの腕を斬り飛ばすだけに留まり、命を刈り取るには至らなかった。

 

(初実戦でそんなに上手くいく訳ないか。まだまだ修正が必要だな)

 

 咄嗟に脚を止めようとブレーキをかけた事によって事無きを得た彼。だが、妖怪にとっても、腕の一本は相当な痛手だった。亡くしたのは左腕だが、月光の元に晒された鮮血の量からして、意識を保つので精一杯だろう。

 嫐るなんて乙なことはしない。初撃から命を狙って正確に穂先を動かしていく。

 

 上手いこと躱されてしまい、【完全解晰】の更なる調整を決めた修司は、そのままもう一歩踏み込んで追撃を加えようと構えた。

 

ドゴオオオオオン!!

 

 しかし、突如として後ろから鳴り響いた破壊音で何が起こったのかを察し、構えていた短槍を背中に回した。

 

「うおらあぁぁ!!」

「ぐぁっ……」

 

 短槍の両端を持って背中に持っていったのだが、タイミング良く真ん中の柄に当ててくれたようだ。ノラが、【刺剛巌】の合金杭を破壊して殴りかかってきたのだ。

 背後で妖力の増大は検知していたし、合金の限界強度というものを調べていなかったので、このような事態への懸念はあった。しかし、本当に殴って破壊出来るとは……。つくづく鬼の膂力には驚嘆させられる。

 

 直撃は避けたものの、衝撃を殺しきることは出来ずに、修司はハクの横を通り過ぎて殴り飛ばされた。

 それでも素直に飛ばされる修司ではない。空中で短槍を地面に突き刺し、地面を深く抉りながら勢いを抑えた。小太刀と同じ素材で出来ている特別製だ、破損なんぞは有り得なかった。

 

「ハクっ!!」

 

 短槍が無かったら森の中まで果てしなく飛ばされていただろうが、それでも数10m程の距離を空けられ、少しの隙となってしまった。

 その間にノラは崩れ落ちそうになっているハクを抱え、修司とは反対方向、平地の中央に向けて投げ飛ばす。

 

「レイ!!」

 

 彼が叫ぶより前に、ハクを掻っ攫うようにして横から糸が現れ、着地地点にクッションとなる巣を張った。粘着性のないただの糸を戦闘跡のクレーターに張り、そこにハクが吸い込まれていった。

 

「頼んだ!!」

「…了解」

 

 ノラは短槍を抜いている修司に向き直り、レイは森から出て来て巣に転がっているハクの元へと急いだ。前衛として持ち堪えるから、その間にどうにかしろという意味だろうと解釈したレイは、視界外で爆発的に妖力が発散されている中、能力を解除してハクのみに集中し、治療を施すことにした。

 

(殺すまではいかなくとも、まぁこれはこれで結果オーライだな)

 

 三体の中で唯一、修司とほぼ同等の身体能力を保持している鬼のノラ。妖力の方も彼に迫る保有量である事から、修司は最初にこいつを倒さなくては陣形は崩せないと思い、こうして他の二体を無力化した。

 連携というものは、一人欠けると全てが瓦解してしまうのが難点である。突出して戦闘能力が高い(ノラ)が居たから、これまで何とかなっていたんだろう。

 

(ただし、先に彼を動けなくしてしまえば、君達の“手札”は無くなるんだよね)

 

 行く手を塞がれないように数多の“道筋”を用意しておくのは戦闘において基本中の基本である。戦闘狂のノラが居たから二人には分からなかっただろうが、彼自身への負担はとても大きかった筈だ。

 そして、これ(ノラ)がコイツらの最大の弱点であり、脆弱なガラスの心臓。一突きすれば、嘘みたいに呆気なく鼓動を止める。

 

(さぁ……終わらせようか)

 

 注意を向かせるように妖力を爆散させたノラに対して、修司は短槍の土を一払いで飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれたじゃねぇか…」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

 

 ノラは、非常に妖力の操作がお粗末である。本来ならば、可視化出来る程の濃密な妖力を膨大に精製し、それを使ってやすやすと大地を砕くことも可能な量を有しているのだが、彼は鍛錬をせずに、勘と気合いだけで修羅場をくぐり抜けてきた、生粋の野生児なのである。

 故に、彼は妖力を“使うと強くなる力”としか考えおらず、結界術は勿論、体に緩やかに留めて効率よく身体強化をするという技術なんかも会得していない。

 

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 だが、そのシャレにならない妖力の奔流は、大嵐を連想させる暴風を以て体外に害悪を及ぼし、修司の気を引き締めた。

 一瞬でも気を抜いてしまえば、その圧力で意識を刈り取られそうになる。修司でそれ程なのだから、大妖怪レベル以下の生き物はたまったもんじゃない。通常の範疇に収まっている生物は失神確実だ。

 

(無駄に妖力があるから厄介だ…)

 

 “三枚目”の切り札は最後の瞬間のために取っておきたいが、最悪使う事も視野に入れておこう。

 

(【完全解晰】と『点』は使わないと切り抜けられないな。【独軍】の数人は、戦闘に使用しよう。)

 

 後は、平均的な妖力と技術のみで切り抜ける。

 彼は、地面に大きなクレーターを作って突進してきたノラへの対処に意識を切り替え、短槍を強く握った。

 

 

 

 

 猪も逃げ出すような猪突猛進を見せ、ノラはまた右拳で殴ってきた。

 

(はぁ……もう少し捻った攻撃はないのか)

 

 いい加減この攻撃は慣れた。力押しが激しかったので避けていたが、もう『点』が通用するところまで解析し終えている。

 この夥しい量の妖力がこもった災害級の一撃。修司はこれをいなす為に、当たる寸前、左手でノラの拳に掌底を放ち、『点』を使って拳の進行方向を横に流した。丁度拳の外側から掌底を打ったので、拳は修司の顔の真右を通るようにして通り過ぎていく。

 だが完全にいなすことは出来ず、僅かに頭を引かないと無傷では避けれなかった。

 

「ぐっ!?」

 

 まさか自分の腕の方向を変えられるとは思っていなかったノラは、右腕の勢いを殺せずに、姿勢を低くした彼に無様に腹を晒した。

 

(柔よく剛を制すと言うが、僕はまだまだだな)

 

 完全にいなせなかった事に少し自責するが、この隙を見逃す筈はない。

 体に回転の勢いがかかっている彼に攻撃を防ぐ方法はなく、修司はより正確に胸の肋骨を狙って石突きを突き上げた。

 

「がっ…!」ゴッ!

 

 左手はノラの妖力の反動で弾かれているので右手のみの突きだったが、先端に妖力を濃く纏わせた一撃なので、ノラの脚は簡単に宙に浮いた。

 ボキリと確かな快音を、柄を通して手の平に感じ取った。上手くいけば肺に届いているかもしれないが、この筋骨だ、恐らく望めないだろう。

 

 脚が浮いているので、ノラは反撃に出る事が出来ない。修司は落ちてくるノラの脇腹に回し蹴りを打ち込み、吹っ飛ばしながら地面に叩きつけた。

 

 肺が酸素を求めて喘いでいるのか、ノラは特に何かする訳でもなく、ゴロゴロと勢いままに転がった。

 それをただ修司が見ている訳なく、【刺剛巌】でノラの先に壁を作り、ついでにレイとハクがいるクレーターの周りにもビッシリと合金杭を展開した。これで破壊するか乗り越えない限り出て来れない。

 

(さぁ、串刺しだ)

 

 ドガっと豪快に杭の壁に体を打ち付けたノラは、必死に喘ぎながら四肢に力を込め、立ち上がろうと気合いを入れる。

 

「ああああああぁぁぁぁ!!」

 

 だが、やっとの思いで躍動させた両脚は、弾丸の如き速度で撃ち出された二本の【刺剛巌】によって太腿に穴を開けられ、呆気なく機能を失った。

 最大幅10cmのものを使い、骨を砕いておくだけにする。“ある事”をする為に、彼らは皆生かしておく必要があるからだ。

 

「脚を封じれば、君の妖力や剛腕なんて、ただの飾りだ」

 

 

 たった一度。

 たった一度得物をかち合わせただけで、ノラは無力化されるにまで追い詰められた。

 

 どれ程の持久力、どれ程の膂力、どれ程の力があろうとも、一瞬の隙を見せれば、それで命は終わる。

 こんな世界に一万年。

 まだまだ妖力も気力もあるのだろう。杭の壁を地中に収め、合金の檻に閉じ込めても、ノラの妖力は些かも衰えること無く、両肘をついて何とか立ち上がろうと努力していた。

 

「がああああああああああ!!」

 

 馬鹿の一つ覚えみたいに妖力を爆発させ、その衝撃で辺り一帯の大気を激しく震わせる。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

 這って檻の柵まで移動し、腕に恐ろしいまでの妖力を溜め込んで拳を打ち付ける。しかし柵はビクともせず、振動を地面に逃がしてただ震えているだけ。正直言って崩壊する兆しも見えない。

 先程はハクを救うために杭を簡単に破壊したノラだったが、それを踏まえて構造を変えた合金の檻は、彼の暴力的な妖力も、聴く者全てを震撼させる雄叫びも、全てを赤子の駄々同然へと成り下げてしまった。

 

 

 

 

 命とは、何と軽いものか。

 

 

 

 

 どれだけ栄華を極めようとも、終わりは無様なものだ。

 

「さて、次は君達だ」

 

 檻には目もくれずに合金杭の囲いに向き直った修司。血の付いていない短槍の穂先は、妖しく輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 【刺剛巌】によって、高さが優に20mもある囲いを展開して監禁していた修司は、囲いの前に立つと、左の人差し指と中指をクイッと下げ、杭を戻した。

 

シュシュシュッ!

ドババババババ!!

 

 一気に全ての杭を地中に戻すと、彼の目の前には多数の妖力がこもった糸と、とても避けきれない量の弾幕が視界いっぱいに広がった。

 

(腕一本じゃあ流石に倒せないか。ここで応戦するってことは、蜘蛛妖怪の方は森に逃げないんだね)

 

 まだ【完全解晰】の効果を継続している修司は、起こった事象に対して冷静に分析し、次々に可能性を浮上させては精査していった。

 そして導き出した選択肢を全て警戒しながら、彼は糸と妖力弾の弾幕の対処に向けて短槍を振るった。

 

 横に避けても絶対に逃げれないほど範囲の広い弾幕だ。糸の方は一度に出せる数に限りがあるようで、体目掛けて正確に放ってくる。修司が近距離での戦闘が圧倒的に得意である事は周知の事実なので、それを考えての作戦なのだろう。

 

 だがそれは可能性の内である。

 

 体にかかっている射線の弾幕を全て効率よく『点』を使って真っ二つにしていき、糸は相変わらずの粘着性があるので躱す。そのどれもが高密度の妖力の塊で、ノラとは違って彼らの技術が垣間見える。今弾幕を斬れているのは『点』のお蔭だ。

 チラチラと見える二人は、流石の妖力の消費に苦悶の表情を浮かべている。ハクの左肩口にはレイの衣を割いて縛ったのであろう応急処置の跡がある。そのせいか、レイよりもハクの方が遥かに苦しそうだ。

 

「くっ……」

 

 何の脈絡もない、ただ妖力弾を彼に向かって飛ばしているだけの単純な弾幕。ノラが居ないだけで参謀はこうまで落ちぶれるのかと溜息を禁じ得ない。

 時々、『引き寄せる程度の能力』を使用されるが、その時は修司が自身の前に杭を展開して視界を塞いでいる。たまに【刺剛巌】を発動して二人を攻撃するが、それはレイの『気配を察知する程度の能力』によって感知され、躱されてしまう。

 結局、弾幕が尽きるまで永遠にこの拮抗は続き、修司は参謀(ハク)に策があるのかという一抹の期待を裏切られ、戦闘に支障のない程度に憤慨した。

 

 あっさり無傷のまま弾幕を切り抜けると、ハクとレイは遠距離戦を諦めたのか、修司に向かって肉薄してきた。

 

(腹を括ったか、短槍の実験台には丁度いいかな)

 

 だが、一つ不満点を挙げるとするなら、彼らは皆武器を携帯していない。全て無手か妖力での攻撃だ。よくそのバリエーションのみでここまで成り上がって来たものだと賞賛する。

 武器同士、得物の打ち合いも試してみたかったのだが仕方ない。妖力で防御する事は出来るようだし、ワンサイドプレーにはならないだろう。

 

「はああぁぁぁぁ!!」

「…………」

 

 戦闘では常に先手をとって闘えていたハクにとって、心を読めない相手とは非常にやりづらい。しかも、前衛として白兵戦を全任しているノラが戦闘不能に陥っている状況なんて初めてで、鍛えている筈の近接戦闘はどうもキレが無かった。

 そして、黙って攻撃に集中しているレイ。杭の囲いの中で、心が読めなくていつも通りにはいかないと聞かされ、ならば自分達でどうにかするしかないと覚悟し、ハクが何とか作戦を考えるまで耐えるしかないと思った。だからこうして遊撃を止め、珍しく直接戦闘をする事にしたのだ。

 

 二人共、普段とは違う事態においてもかなりのセンスがあった。ハクは、短槍との激しい攻防を交わす度に体が慣れていき、段々と動きが良くなっていった。レイは、八本の脚を器用に使って修司の周りを上手く立ち回り、糸と妖力で強化した鞭のような糸を二本使って多彩に攻めていた。

 

「やぁぁぁっ!!!」

 

 ハクが正面から回し蹴りを放つ。修司はそれを短槍の柄で受け止め、ハクの方に押し戻した。

 

ドシュッ

 

 得物が後ろに振られる前に、斜め後ろの死角からレイが糸を撃つ。しかし妖力の気配でそれを感じ取った修司は、指を上げて【刺剛巌】を発動、射線に杭を展開し、それを防いだ。

 

ザクッ!

 

 防げると思っていた修司だったが、レイは糸の先を細く尖らせて発射していたので、杭に少し突き刺さった。

 粘着性のある糸での攻撃しかしてこなかった彼女の変化に【完全解晰】が反応し、対応を修正。杭の形状を変え、刺突に耐えられるようにした。

 

(目立った近接攻撃が無いな…やはり物理は苦手なのか)

 

 修司は、さっきから糸と妖力の弾幕でしか攻撃してこないレイにそう予想付け、スタイルを変えることにした。

 

「次は君だ。【刺剛巌】」

 

「「っっ!!!?」」

 

 短槍を横薙ぎにしてハクを飛び退かせ、距離を空けた修司。その間に【刺剛巌】で杭を展開し、レイの放つ糸を避け、彼女と修司を囲うようにして杭を突き出した。

 ハクは完全に蚊帳の外。修司はレイとの一騎打ちをする為に、この状況を用意したのだ。

 高さは先程よりも高く、30m。全ての杭を統合して太さを充分にした杭が立ち並ぶ即席の闘技場は、彼らでは絶対に破壊出来ないであろう堅牢さを誇っていた。

 

「レイぃぃぃぃ!」

「…大丈夫」

「いや、その音量じゃあ聴こえないでしょ」

 

 出会ってから常々思っていたツッコミはスルーされたが、彼女は取り敢えずそれだけ言うと、二本の糸の鞭を地面に叩きつけ、八本の脚をギチギチ動かした。

 

「…ノラを見た」

「それが?」

 

 互いに隙を探り合いながら、レイは唐突に声をかけた。

 訝しげな視線を送るも、修司はそれに応える。

 

「…あなた、やっぱり強い」

 

 なんだ、そんな事か。

 殆ど顔が動かない彼女は、心に欲望の炎を灯し、内心で落胆した彼の言葉を待つ。

 

「時間稼ぎはしても問題無いけど、選択権がないことは承知だろう?」

 

 今更な事を告げたって、それは自身の魂胆を曝け出す阿呆の所業に違いない。つまり、ハクの救援を望むのがバレバレだということだ。

 短槍を両手で握り、腰を落とす。まだ短槍で碌な戦いをしていない。ただ敵の攻撃を短調に防ぎ、隙を見逃さず一突きしているだけで、修司本来の短槍技術が活かせていない。何とかしたいものだ。

 

「…その強さ」

 

 覚り妖怪である彼以外はやはり頭の使い方が悪いのだなとがっかりした修司だった。

 しかし、彼の全く意に介さない彼女は、まだ続ける。その様子を見た彼は、【完全解晰】で調べあげた情報からそれを予測し、そして納得した。

 

(あぁ…全く)

 

「強さが…何だ?」

 

 促すように、彼女の二の句を言わせる。

 “同じ者”ならば、せめて言わせてあげよう。そして、彼女達の望む回答を与えよう。

 

「…それだけの強さがあるなら……」

 

 一度付いた炎の煌めきは抑えきれない。彼女は引き寄せられる虫のように、一つの質問をぶつけた。

 

 

 

 

「…欲しい物…手に入る?」

 

 

 

 

(こんな時なのに、よくそれを聞けるな)

 

 いや、彼女…彼女達だからこそ…か。

 生涯の全てを“それ”に費やし、渇ききった喉を潤したいが為に強さを求めている三人。終わりのないマラソンのゴールを聞きたがるのは、寧ろ当たり前だろう。

 だから、彼女にはしっかりと教えてやる。

 

 

 

 

「……欲しい物が何であろうと、死ねばそれで終わりだ」

 

 

 

 

 ピクッと、彼女の頬が微動した。

 どれ程の強さを手に入れようと、死ねばそこで終わる。自分の手にはら何も残らない。

 故に、修司は求めるのだ。

 

 永遠に生きる事の出来る実力と、絶対に絶える事の無い激情を。

 

「…そう」

 

 その言った彼女の顔には、もう何の色も映っていなかった。ただ、目の前の敵を排除する。ただ、それだけ。

 

(いい顔だ)

 

 『疑心』が疼く。

 他者の闇を感じ、歓喜の叫び声を上げる。

 『愛のある世界』、『失わない世界』、そして『笑い合える世界』。

 どれも素晴らしい願いだと、修司は思う。

 しかし、どれも有り得ない(・・・・・)

 絆…友情…家族愛…信頼。

 

 そんなもの、『疑心』が許さない。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!クソクソクソクソ!!」

 

 拳に妖力を溜めて、目の前の忌まわしい壁を殴り続ける。

 右手だけになってしまったが、まだまだ戦える。みんな(・・・)で戦えば、きっと勝てる…。

 

「僕が判断を誤ったばっかりに…」

 

 奴の心は、よく分からない“声”で一杯過ぎて、何が何だか訳が分からない。『第三の目』からは沢山の声が聴こえてきて、どれが本物の“声”なのか見当もつかない。

 そもそも、何故一人の心からこんなに声が聴こえてくるんだ。僕の『第三の目』の事がバレたのは納得出来るとして、奴のあの変わりようが全く理解出来ない。

 

(僕の能力の事も知っているようだし、一体どんな手品だ…?)

 

 これまで得体の知れない奴らとは散々殺り合ってきたが、彼は輪にかけて“ヤバい”。僕達の手の内はあっさりバレるし、全てを看破されている。正に手も足も出ない状態だ。

 必死に突破口を考えるハクだったが、その思考は突如として耳に入った唸り声によって掻き消された。

 

 うぅ………

 

 手が血塗れになるまで杭を殴ったハクは、その声によってもう一人の大切な存在(・・・・・)を思い出し、バッと振り返った。

 

「ノラ!」

 

 地面にうつ伏せになって沈黙する彼の容態は、ここからじゃ分からない。檻が煌々と光り、中の彼を幻想的に見せている。

 

「待って!今から助けるから!」

 

 杭の壁からは小さく大地が爆ぜる音が聴こえる。時間をかけて本気の一撃を放てば破壊出来るかもしれないが、それをした場合、僕の妖力はスッカラカンになってしまう。そうすればもう終わりだ。

 なら、まだこっちの方がマシと考えるのが妥当だろう。

 

「もうちょっと耐えt────」

 

ブワッ!

 

 体を翻して駆け出した僕は、壁の中から放たれた奴の薄い結界に晒され、思わずたたらを踏んだ。

 

(これは……)

 

 実害はないが、位置を知られてしまうという結界だった筈だ。奴の心がまだ読めていた頃に判明している。

 という事は……

 

ズドドド!!

 

「やっぱりか!」

 

 僕がノラの檻に向かっている事がバレ、奴の持つ杭によって地中から攻撃された。レイは単独でも恐ろしい戦闘能力を有している筈なのに、よくこちらに攻撃する余裕があるものだ。

 

ブワッ!

ズドドド!!

 

「っちぃ!!」

 

 もう一度位置を知られた。結界を妖力で壊そうにも、結界自体が何故か全てを透過して、触るに触れない。結界とは壊れるものではなかったのかと驚きを隠せない。

 

 この杭がノラでさえ破壊の難しい物体である事は分かっている。

 だが、それ以外に方法が残されているだろうか。

 考えても考えても、行く手には鉄の壁。破壊する事は勿論、乗り越える事も到底出来るものではない。

 

 

「────!!」

 

 

 今までにない感覚。

 僕達(・・)は、例えどんな時だろうと策を見い出し、満身創痍になりながらも勝ち続けていた。

 

 だが、この男に対しては全く“そういうビジョン”が見えてこない。

 

 勝ち筋が見えなければ勝利など有り得ない。コイツに関しては、“何も見えてこない”。

 

 全てが看破された。僕達の“全て”は通用しなかった。

 

 

 

 

────ならもう、勝てない。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 途端に重くなる身体。

 

(何故?)

 

 自分の体重が何倍にも重くなったかのような重圧が僕に襲いかかった。呼吸が荒くなり、周りの音が異様に耳に入る。心臓は痛い程鼓動し、目は閉じる事を良しとしない。

 

(これは……確か味わったことがある…)

 

 遠い昔。まだ産まれたばかりの頃。

 弱く、力の無かったあの頃、他の妖怪に向けて抱いていた感情。

 それは……

 

 

 

 

 恐怖。

 

 

 

 

「ノラっ!ノラあああああ!!」

 

 必死に走り回って杭を避け続ける。自分自身の耳をも劈いてしまいそうな程叫ぶが、檻の中からの反応は薄い。妖力を使い過ぎたのか、彼から感じる存在感はどんどん弱まっていく。

 形相は普段とはかけ離れ、切羽詰まった絶体絶命の弱者のようなものへと変化していく。

 

 後悔しかない。何故、もっと自分達(・・・)に力が無かったのかと自問せずにはいられない。

 

 力さえあれば、何でも手に入る。

 

 かつてそう言い、確固たる自信で熱弁を繰り広げた彼は、呆気なく無力化された。

 僕達の中で随一の戦闘力を誇る彼がこれでは、到底勝ち目なんてない。

 

 僕の策も、ノラの膂力も、レイの奇襲も。

 全て試した。

 全てを以て戦った。

 次は、何をしろと……?

 

「ぁ……ぁぁ……」

 

 自然と足が止まり、喉が枯れて何も出なくなる。

 己を高め、周囲を寄せ付けない強さを手に入れた今だからこそ分かる。

 

────あれ(修司)は、僕達を喰う者だと。

 

「ぅ……ぅぁ…ぐぅ…!」

 

 檻の中から、相変わらずノラの呻き声が聴こえる。それが僕の耳の全てを支配し、埋め尽くしていく。

 

ズズズズ……

 

 次いで、レイを閉じ込めていた杭の壁が地面へと吸い込まれていった。月光を反射する巨塔は一瞬で無くなり、中から一人の人間が姿を現す。

 

 その傍には、倒れ伏して動かない蜘蛛少女のレイ。彼女の纏う衣は真っ赤に染まり、脚が数本欠けている。

 

「────!!」

「近接は苦手なのかと思っていたけど、単騎でもなかなかの手強さだったよ。流石妖怪の大将の一人だね」

 

 服に付いた糸の残骸を小太刀で服ごと削ぎ落とし、そこらに放った。その瞬間、服は再生され、元通りになる。

 その原理は僕にとって理解不能な出来事だったが、そんな事に気付くことはなく、頭の中はただ一点。

 

「レイ…」

 

 やはり(・・・)……だ。やはり駄目だった。

 

(僕の……)

 

 大切な二人。

 

「僕の……」

 

 培った全て。

 

「僕の……」

 

 全てを奪った人。

 

 

 

 

「お前…………」

 

 

 

 

 不意に、体の震えが止まった。

 小刻みに振動していた両手が定まり、何重にも見えたていた視界が急にクリアになった。

 止まった震えの代わりに、僕の中から『黒いモノ』が湧き出してくる。

 

「……やっぱり、“そうなるのか”」

 

 奴が何か言っているが、僕の耳には入ってこない。相変わらず奴の心は混沌としているが、僕の心も、同じように“黒く”なっていった。

 

(────あぁ…)

 

 僕の心の奥深く。深淵の中からヌッと伸びてきた手は、瞬く間に僕の何もかもを黒く塗り潰していく。

 

「僕の……僕の大切な(・・・)……」

 

 支配されている?いいや、僕が支配している。疑ってしまう程頭がスッキリしている。

 目に見えるのは目の前の人間。

 僕から全てを奪った、許し難い罪人。

 

「これでほぼ完全に同類か…。珍しいを通り越して面白くなってきたよ」

「許すものか……絶対に許さない……」

 

 同類?いや、お前なんかは僕とは違う。お前と一緒でたまるか。

 半端に開いた両手は、次第に拳へと変化していく。大地を踏む双脚は、ゆっくりと奴の方へと進んでいく。

 僕は、怒っているんだ。復讐したいんだ。他でもないお前に。

 

 僕の大切な────

 

 

 

 

 

 

 

親友(・・)を殺りやがって……!!!」

 




 

 【完全解晰】のえげつなさは、正直書いて伝えるのが難しいです。ですので、技説明を理解して頂くしかないです、ごめんなさい。

 ノラのやられ方については、作者は結構迷いました。一瞬で終わらせるのか、それともしっかりと戦うのか。
 今回一瞬の方を選んだのは、この時代の命の散りやすさと、積み上げたものが一撃で崩れ去る儚さを表してみたかったんです。出来てないなんて言わないで下さい。作者自身が一番分かっていますのでw

 レイとの一騎打ちの後、修司の制服に糸が付いていたのは、三人がかりで挑んでも大した傷を負わせられなかった彼に、単騎でダメージを与える程善戦した証拠です。彼女は、最後の最後に、修司に一矢報いたのです。

 そして最後のハクの描写。黒く、黒く、染まっていきました。デジャヴを感じますねw


 長文失礼致しました。それではまた来週に!

 

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